学園お抱え装蹄師の日常    作:小松市古城

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80:陰謀はお家芸

 

 

 

 新橋にあるURA本部ビル。

 その最上階、最奥にあるのが理事会専用の大会議室だ。

 

 陽も落ち、都心の煌びやかな夜景が浮かび上がり始める時刻、荘厳さと重厚さを醸し出す石がふんだんに使われた会議室で、その部屋の主たちは顔を合わせていた。

 

「…首尾はどうなのだ、技術委員長」

 

 壁面にウマ娘の横顔をモチーフにつくられているURAの紋章を背に座る男は、最も下座に座る技術委員長に問いかけた。

 

「手続き上の問題はなにも、ありません。世間の常識は我々の非常識、或いは我々の常識は、世間の…というところでありましょうか」

 

 理事たちは一斉に唸る。

 

「…本人の申し開きはどうなんだ?」

 

 ナンバー3の位置に座る男が静かに疑問を呈する。

 

「そうだ。結局はあ奴のスタンドプレイ、それが今回の結果の本質ではないのか?」

 

 合いの手を入れるのはさらに下位の男だ。

 

「…特にこれといって不自然な点はありません。サイレンススズカの能力が同世代どころか、歴代のウマ娘として図抜けているのは間違いのないところで、それをかなり早い段階から彼らは見抜いていたようです。だからこそ、あのような蹄鉄が必要になった、と…」

 

 技術委員長は淡々と応じる。

 

「…施行担当として申し上げるならば、あの日のあのバ場で出る1,000mの通過タイムを見る限り、これまでの想定上限を上回る走りをサイレンススズカがしていたことは間違いありません。彼女の能力には疑いはないかと」

 

 理事会の中にも少数ではあるが、現場を理解している人間が居る。だが、その席に座れるということは、それなりに政治に長けた人間であることも確かだった。

 

 先の施行担当理事の発言も、サイレンススズカ自身を擁護こそすれ、それ以上の意味を読み取れるのは現場のことを知悉している人間でなければ難しい。

 

 つまり下には恩を、上には追従を。

 今この場では何の意味も持たない、見事に無意味な発言であった。

 

「蹄鉄そのものはどうなのだ。世間が言うような大層な代物なのか」

 

 上座に近い理事が新たに問う。

 

「モノ自体は、確かに独創性に溢れた蹄鉄であることには疑いはありません。高耐久、高剛性を実現しながら二層構造を取ることで鋼に柔軟性を持たせ、脚への負担を軽減しています。加工法自体は古くからある技術ですが…現代であれをやろうと思うようなものではないのは確かです。まぁ量産品では現実的な価格では実現不可能、という意味では、一般的なものではありませんな」

 

 技術委員長は事実を淡々と述べる。

 

「…ですが、そこを咎とすることは難しい。我々は定められた規則に則ってその蹄鉄を審査し、適合を確認し、それが特別に高い競走能力をもたらすものではないことを確認して使用許可を出したのです」

 

 その言葉に、理事たちからはため息が出る。

 

「…君はつまり、規則そのものが問題だ、と。そう言いたいのか?」

 

 ナンバー2の位置に座る副理事長が問う。

 

「そうは申しておりません。ただ、規則通りのモノだと申しておるのです」

 

 そして規則内の創意工夫でもって、サイレンススズカの怪我はあの程度で済んだのだ、と内心で呟くが、口に出しはしない。

 

 それは証明のできない事柄であるからだった。

 

「…とにかく今はどのように世論に答えを出すか。それこそが最も重要なことなのだ」

 

 最も上座に座る男が、一同を睥睨するかのように鋭い視線を走らせる。

 

「…我々はエンターテイメントを提供しているのだ。そのことを忘れてはならない。世間に波風を立てることは本分ではないのだ」

 

 理事たちは一様に押し黙り、この場の最上位者に向けて静かに同意を示した。

 

 流れの見えない今、ここで不用意な発言をして権力者の不興を買うことは避けたい。

 誰しもそう思っていることが場の空気感から伺えた。

 

 

 

 この日の理事会も、これといった進展は見せないままに散会となった。

 

 

 

 

 

 

 

 東条ハナはすべての業務を終えたあと、いつものバーに足を向けた。

 

 ここのところ、バーで夜を過ごす日が増えている。

 

 ここであれば沖野の動向を知ることができたし、ひとりでゆっくり思考を巡らせることもできる。それに、潰れてしまってもなんとか家まではたどり着けるからだった。

 

 しかしその日は、バーに先客がいた。

 

「…確か鍛冶屋の後輩、だったわね。何しているの?こんなところで」

 

 装蹄師の男とともに顔を合わせることはあっても、東条ハナと二人で向かいあうことは今まであまりなかった。存在を認識しながらも、きっかけがなかったのだ。

 

「いえね、ちょっと先輩のことで、東条さんとお話したいと思いまして」

 

 後輩は言いながら、自らの席の横を示した。

 東条ハナは怪訝な顔をしながら後輩の横に腰を下ろした。いつもの飲み物を注文する。

 

 後輩は、学園内で装蹄師の男に具体的に手を差し伸べられるのは理事長と東条ハナ、とアタリを付けていた。そのアタリは配下の調査組織からのフィードバックで裏付けが取れていた。

 

「…何なのよ一体。内部情報なら話せないわよ」

 

 東条ハナは突然プライベートスペースに現れた異物に警戒していた。たとえそれが自身が懸想する男の後輩という、間接的に繋がる人間であっても、だ。

 

「…東条さんは忘れてらっしゃるようですが、俺は先輩に大きな恩のある人間ですよ。なんか悪いこと企むわけないじゃないっスか」

 

 東条ハナの切り口上に怯むことなく後輩は言った。それでも少し傷ついたような表情は隠し切れない。

 

「…そう、だったわね…。ごめんなさい。ここのところ、少し気が立っているものだから」

 

 東条ハナはバーテンダーから出てきた一杯目を受け取りながら、謝罪した。装蹄師の男の部屋で、酔いの勢いにまかせながらも土下座し、泣きながら罪の告白をする目の前の男の姿を思い出していた。

 

 プライドの在りかは人それぞれであろうが、装蹄師の男以外にウマ娘たちや自分までもがいるあの部屋で、過去の自らの罪の告白をする後輩の男はそれだけで大したモノと言えた。アルコールに力を借りていたからこそであっても、その評価が下がることはなかった。

 

「気が立っているのは先輩のこと、で間違いないっスか?」

 

「…そうよ。他にも色々あるのだけど、おおもとはそれね」

 

 二人はグラスを軽く掲げて乾杯の仕草をすると、湿らせる程度に口にした。

 

 後輩はその東条ハナの仕草にそこはかとない艶と同時に、生来の勝負師の持つ凛々しさを感じ取る。

 

 なるほど。先輩も意識するわけだ。

 

 後輩は琥珀色の液体をさらに体内に流し込みながら、横目で東条ハナを観察してひとり、内心で呟いた。

 

「…で、何を話したくてここに来たの?私はひとりでゆっくり考え事をしたいのだけど」

 

 再び凛々しさ、というよりも一線を引くような厳しさを前面に出し、東条ハナは問うた。

 

「その考え事に、一枚嚙ましてもらえないかと思いましてね」

 

 後輩は自らの名刺を東条ハナに差し出した。

 

「はぁ…あんた、ちゃんと働いていたのね」

 

 後輩は苦笑いする。

 確かに平日であろうが休日であろうがランダムに顔を見せるという感じであったから、自由業かなにかの人と思われていても仕方はない。

 しかし東条ハナにしてみればさらに下の、装蹄師の男のなんだかよくわからないツレと思われていたらしいことを知るとさすがにヘコむ。

 

「まぁこれでも一応…いいとこのボンボンなんスよ」

 

 後輩はそう呟くと、琥珀色の液体のおかわりをバーテンダーに告げた。

 

「それで、なんだかよくわからない会社のなんだかよくわからない部署の部長さんが、何の用なわけ?」

 

 後輩の会社の屋号は祖業の米穀商のころから苗字しかついておらず、それに現代の会社法に合わせた表記をしているため、株式会社と彼の苗字だけの社名だった。

 

 部署名についても現代風ではない呼称の「特務部」としか書かれていない名刺は、東条ハナにとって唯一、彼の肩書しか理解できないような代物となってしまっている。

 

「あぁ…説明不足っしたね。有り体に言えば、おこがましくも俺は先輩を今の状況からなんとか助けたいと思っている、といえばおわかりいただけるっスかね…」

 

 おかわりを差し出された後輩は、受け取るとそのままぐっと飲む。

 

「…今のところ、外部の人間にできることはないような気がするけど。内部に居てすら、よくわからないのに」

 

 東条ハナは名刺を眺めながら、呟く。

 

「そうなんっスよ。どこをどう調べてみても、すべてが「よくわからない」のが今なんスよね」

 

 後輩はそう応じた。

 

 調べれば調べるほど、今回の事態はメディアに端を発する「雰囲気」にすべてが押し流されているように思えた。

 

 複数以上のルートからURA上層部に関しても探りを入れていたが、どれもがふわふわとした話ばかりで、確たる対処方針が出された形跡が見えてこない。

 

 さまざまなバックグラウンドを持つ人間たちが集まって、とりあえず世論に応じてこぶしを振り上げてみたというだけのことであり、もともと何かの信念があってのことではないのではないか、と後輩は思い始めていた。

 

 URAに影響力を持つウマ娘界の名家に関しても、なにをどうしたものか、という風である。

 その中では唯一、ルドルフの生家であるシンボリ家に関しては、装蹄師擁護の構えが見て取れた。しかしそれとて積極的になにかしようという雰囲気ではなく、状況によってはそのような旗幟を鮮明にするつもりだ、というようなニュアンスである。

 

 要するに誰もが当事者意識が薄く、なにかしなければいけないがそれが何かはわからない、といった状況が浮かび上がっていた。

 

「まぁ、そんなわけで、ならばこっちが絵図を描いても意外とハマるんじゃないか、とか思う訳っスよ」

 

 詳細は伏せつつも全体像のイメージはできるように、巧みに言葉を選びつつ説明した後輩は、そう言葉を結んだ。

 

「…あんた、何者なの?」

 

 東条ハナは繰り出される後輩の話を驚きとともに受け止めつつ、根本的な部分を問う。

 

「…祖父の代までは後ろ暗い商いも色々あったみたいっス。今でもちょっと調べれば、祖父の名前がいろんな歴史の本に顔を出す程度にはあちこちに顔を利かせてたみたいっスね。それを親父の代でだいぶ…そうっスね、膝が浸かる程度にまでは持ち直して。俺の代では、せめて足裏をひたすくらいまでにはしていきたいと思ってるんスよ」

 

 抽象が過ぎて理解されるか不安に思いながら説明をしてみたが、どうやら東条ハナには伝わったようだ。

 そういえば先輩は昔から、頭の良い女性が好みだったな、と思い出す。

 

「つまり、陰謀を巡らせるのはお家芸、というわけ?」

 

 東条ハナは呆れたように口にする。

 

 後輩は東条ハナとの諧謔に富んだ会話に、とニヤリとしてしまう。

 

 こりゃあ先輩が妙に粘ついた視線を走らせるのも理解できる。

 

「状況ってのは作り出すもんだ、ってのが代々の信条ってヤツみたいでして」

 

 これだけ頭の切れる美人と酒を飲みながら理知的な会話、というのはどうにも難しい。

 俺はもう少しぼんやりした子のほうが好みだな、と思いながら、自分が喋り過ぎていることを自覚する。

 

「率直に言えば、当たりたくないんスよ、東条さんと。そんなわけで、一枚噛ましてもらうというよりは、こっちの話に乗ってくんないかな、と。そんなご相談をしたかった訳っス」

 

 後輩は煙草に火を点けながら、降参だ、と言わんばかりに今日の本当の目的を明かす。

 

 普段、そこそこ大きな商談でもこうはならないな、と思いながら男は背中が汗で冷たくなるのを感じていた。

 

「…そうね…そこまでモノが見えているなら、考えないではないけれど」

 

 カクテルグラスにつける唇が、妙に色っぽい。

 目が離せなくなりそうになるのを、後輩は煙草でごまかしながらその先を待った。

 

「…最後はアイツに決めさせること。貴方の陰謀に、アイツが巻き込まれて使い捨てにされるような絵なら、私は別の手を打つわ」

 

 おやおや、これは…。

 

 後輩は想定していたよりウェットな東条ハナの回答に、どんだけモテるんスか先輩、と心の中で呟いた。

 

「そりゃあ、もちろん。そこは俺の先輩への敬意と恩を信じていただいて。ビジネスの側面があることは否定しませんがね。昔から言うでしょ、商売ってのは三方良しが大原則だ、って」

 

 後輩はふぅっと高く、煙草の煙を吹き上げた。      

 

 

 

 




なんかなかなかウマ娘が出てこない展開が続いておりますが、今しばらくご辛抱のほどを…。。

引き続きよろしくお願いします。
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