学園お抱え装蹄師の日常    作:小松市古城

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81:事態の進行

 

 

 

「…工房の…閉鎖、ですか…」

 

 駿川たづなはURAから伝えられた通達を理事長から告げられ、絶句した。

 

 URAからの通達を見せてよこした秋川やよい理事長は、席に身を埋めたまま背を向け、窓の外を眺めて振り向く様子はない。

 

「…あくまで一時的に、という話だが…おそらく恒久的な措置になる。そのようにURA理事会は動いている」

 

 秋川理事長は背中越しに告げた。声はわずかに震えている。

 

「いつからなのですか。装蹄師の先生の処遇は…」

 

 たづなさんは絞り出すように理事長に問う。

 

「通達は…即時発効だ。既に工房の封印措置はURA職員の手によって行われた。彼については、処遇が決まるまでは自宅待機、とのことだ…」

 

 駿川たづなは学園の中のことでは知らぬことはないと自負していた。しかしそれでも、ここはURAの傘下組織であるトレセン学園であり、URAの指揮権が優越することをこの時改めて認識させられた。

 

「それは…どのように捉えればよいのでしょうか」

 

 駿川たづなは、ある程度答えの予測がついていたが、訊かずにはいられなかった。

 

「詳細は…まだこれからだとは言われている。だが、この学園の蹄鉄工房は事実上、なくなる。それだけは動かないだろう」

 

 たづなさんは沈痛な面持ちでそれを聞いた。

 秋川やよいもおそらく、それ以上に痛々しい表情をしているだろうことは、想像することができた。

 

 

 

 

 工房の閉鎖は、前夜遅くに装蹄師の男に伝えられていた。 

 

「URAは現在、ウマ娘たちにこれまで以上に公平な形で蹄鉄に関するサービスを提供する新たな枠組みをつくろうとしている。今は一時的にこういう形になるが、了承してほしい」

 

 それが技術委員長から伝えられた言葉だった。

 

 装蹄師の男は、ウマ娘たちのよりよい未来を願った。

 そのためであれば、自分の処遇は二の次だ、とも。

 

 疑問はありながらも、今は技術委員長の言葉を信じるしかない、というのが装蹄師の男の立場だった。

 

 それでも長年勤めた工房を片付けることもできず、一時的な措置だとはいえ締め出されることになったのは不本意ではあった。

 

 早朝に様子を見に行った時にはすでに工房は閉鎖、封印されてしまっており、忍び込むこともできなかった。

 

 装蹄師の男はその様子を見て何もできず、部屋に戻った。

 

 しばらく途方に暮れたのち、仕方なく自前のPCを立ち上げ、ここのところ纏めを進めていた、学園に残すべきノウハウの文書化を進めることにした。

 

 

 

 

 夕刻までたっぷりと時間をかけて残すべき事柄に関して書き物に取り組んだが、進捗ははかばかしくなかった。

 

 もとよりデスクワークはあまり得意ではないので致し方ない部分はあるのだが、どうにも気分は晴れない。

 

 仕方なく、気分転換に部屋を出る。

 トレセン学園敷地外に出ることは未だに止められているが、校内を歩くことまでは禁じられてはいなかった。

 

 

 すでに陽も落ち始め、トレーニング終わりのウマ娘たちとすれ違う。

 

 きらきらと輝く彼女たちを見ていると、なんとも不思議な気分になった。

 

 これまでは何気ない日常のひとコマであったこの景色も、次元を区切られれば違って見えてくる。

 

 敢えてその不思議な気分を掘り下げぬようにしながら、装蹄師の男はあてどもなく歩き、気が付けば練習用のトラックを眺めるスタンドに上っていた。

 

 居残り練習と思しきウマ娘たちがコースを走ったりストレッチをしたりしている。

 

 遠くからぼんやり眺める彼女たちの姿は、夕暮れに映える。

 

 装蹄師の男は素直に、その彼女たちを綺麗だと思った。

 

「…あの娘たち、みんな選抜レースでもいいとこ見せられなくて、所属チームがまだ決まらないコたちなんです」

 

 音もなく、男の隣に立っていたのは動きやすそうなパンツスーツ姿の女性であった。

 

「あぁ…突然すいません。私、こういうもので」

 

 差し出された名刺を受け取る。

 

[ 月刊トゥインクル 記者 乙名史悦子 ]

 

 と書かれていた。蹄鉄型のペンダントがきらりと光る。

 

 

「サイレンススズカさんの蹄鉄のレクチャー、拝聴いたしておりました。大変、感銘を受けました!天皇賞秋は、残念でしたが…」

 

 そこまで言って声を沈める。

 

「…その後のことは、メディアの人間として、どう申し上げてよいか…」

 

 装蹄師の男は表情を動かさない。 

 

「…大変申し訳ありませんでした!」

 

 乙名史と名乗った女性は腰を折り、頭を下げた。

 

「私は…我々、月刊トゥインクルこそは、あなたの蹄鉄こそがサイレンススズカさんの脚を護ったのだと声高に訴えるべきでした!しかし今はもう、それも叶わぬまま…で…」

 

 乙名史悦子の声は消え入るようにトーンダウンしていった。

 装蹄師の男はどうしてよいやらわからず、ため息をついた。

 

「とりあえず頭をあげてください…もうこうなってしまってはどうにもならないことくらいは、承知しているつもりです」

 

 男はそう声をかけることが精いっぱいであった。

 

 肩を落としている乙名史悦子は、小さな声で続けた。

 

「…URAの動向は別の者が取材しているのですが…どんどん悪い方向にいっている気がしていて。それに今日、学園の蹄鉄工房が一時的に閉鎖されたと聞きまして…」

 

 さすがに記者だ。耳が早い。

 

「…どこまで、取材でわかってるんです?」

 

 男はそれとなく、乙名史記者に逆取材を試みる。

 

「いえ…まだそれ以上のことは…URA理事会は少しずつ方向性を定めつつあるそうですが…」

 

 乙名史記者は少し俯きながら、話し出す。

 

「どうも…技術委員会はあなたを擁護しているようですが…理事会は譲らないようで…新しい仕組みに置き換えることで世論をかわそうというような方向性、とは聞いています」

 

 乙名史は取材状況を明かすことに罪悪感を感じつつも、目の前の男への贖罪意識から、言葉を選びながらぽつりぽつりと話してくれた。

 

 男は彼女の言葉に曖昧に首肯した。

 

 内心では、昨夜伝えられた技術委員長の言葉に嘘がなかったことに安堵しているし、政治的に難しい立ち位置であるのに擁護してくれているというのは感謝するべきなのだろう、と思う。

 

 同時に、自分の身がどうなるかわからないということにも確信を抱く。おそらく、自分個人にとってあまり良いことにならないであろうことも。

 

 装蹄師の男が委員長に申し述べた通り、委員長はコトを運んでいく材料に自分の身柄を使うだろうことは想像に難くない。

 

 それでも、と男は思った。

 

「…これを奇貨に、彼女たちがより良い環境を得られるのなら、それはそれでいいことじゃないですか」

 

 男はトラックを眺めながら、なにかを噛みしめるように、ゆっくりとそう言った。

 

「…す…す………」

 

 乙名史記者が声を詰まらせるように何かを言いかける。

 

「…素晴らしいですっ!」

 

 瞳に涙を溜めて、彼女はそう叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 乙名史記者と別れて部屋に戻る道を辿る。

 

 今の身の上でメディアと接触することはあまり好ましくはなかったが、得るものはあったことが装蹄師の男の気分を軽くしていた。

 

 乙名史記者は少なくとも、不用意なことは書かないであろうことが感じ取れた。メディアの人間と縁のなかった男が、あの世界にもそのような人物が居ることを知ることができたのは収穫だった。

 何より、このような状況下であっても約束を守ろうとする人間が居ることを知るのは悪い気分ではない。

 

 男は久しぶりに幾分か晴れがましい気持ちで施錠せずに出た部屋のドアを開けた。

 

 同時に、いかにも食欲をそそる香りが漂ってくる。

 

 足元を見れば、ウマ娘のローファーが4足ほどあった。

 

 部屋を間違えたかと思い、慌てて外の表札を見るが、間違いなく自分の部屋番号である。

 

「…自分の部屋でなにをキョロキョロしているんだ。邪魔しているぞ」

 

 リビングの方からエアグルーヴが顔を覗かせていた。

 

 

「兄さんがロクなものを食べていないんじゃないかとエアグルーヴが心配するのでな。来る前に連絡はしたんだが…」

 

 リビングに入ると、シンボリルドルフとエアグルーヴが揃ってキッチンに立ってなにやら料理をしている。

 

 装蹄師の男は気分転換に外に出る際、スマートフォンは自宅に置きっぱなしにしていた。

  

「あー…悪い。スマホ持たずに散歩出ちゃってた」

 

 皇帝と女帝がが自室のキッチンにエプロン姿で並んで立っている姿は改めて見るまでもなくなかなかのインパクトである。

 

 これまでどちらかがキッチンに居る、という姿はこれまでにも例があったが、二人揃ってというのは、彼女たちの公の立場も相俟ってさらにギャップが凄い。

 

 

「おっちゃーん!どこいってたんだよー退屈したじゃねーか」

 

 そしてリビングのソファでだらけているのはゴールドシップとアグネスタキオンだ。

 

「やぁ…相変わらず不精と言うのか不用心というのか…部屋の鍵が開いていたので勝手に上がらせてもらったよ」

 

 いつからここは女子学生の溜まり場になったのだ、と言いたくなるような雰囲気である。

 しかも皆、いつもの制服姿だ。

 

 男は曖昧に頷きながらそのままベランダに出て、煙草に火を点ける。

 

 室内の雰囲気はここのところ人との接触が減っていた男には少々刺激が多く感じられた。冷静になる必要を本能的に感じていたのだ。

 

 心配してきてくれたであろう彼女たちの心根に感謝はもちろんしている。

 しかしその優しさによって現出した制服姿かつタイプの違う美ウマ娘たちが醸す妖しげな雰囲気が充満した自室の雰囲気は異様だ。

 

 また、彼女たちが自室に居るのを妖しげな雰囲気と捉えてしまう自身の状態について、やはりそれなりに精神的に参っているのだと自覚もする。

 

 もちろんこの面子と間違いを起こす気など、ない。

 

 ないのだが…この光景をもし知られでもしたら。

 

 先ほど会った乙名史記者を思い出す。

 彼女は涙ながらに装蹄師の男のウマ娘への姿勢を絶賛してくれていたが、この光景を見たらどんな感想を漏らすのであろうか。

 おそらくは氷点下まで冷えた視線を私に寄越すのではあるまいか。

 その視線の温度こそが一般的な世間の評価なのは間違いがないように思われた。

 

 煙草の力を借りながら冷静にそこまで思考を運んだとき、ベランダにシンボリルドルフがひょっこりと顔を出した。

 

「…無断で立ち入ってしまって済まなかった…その…怒らせてしまっただろうか…?」

 

 ルドルフは耳をしょんぼりとさせながら聞いてくる。

 

 室内からは三人の不安そうな表情が見えた。

 

「いや…それはかまわない、いやかまったほうがいい気もするがそれはともかく…沖野を呼んでも、いいかな?」

 

 男は少し困ったような笑顔を浮かべ、煙を吐きだしながらルドルフに訊ねた。

 

 

 

 

 持つべきものは理解のある同僚、ということだろうか。

 

 沖野は残務を切り上げて駆けつけてくれたようで、連絡からものの15分ほどで部屋にやってきた。

 

 …やってきたのだが、東条ハナまで来てしまった。沖野曰く、トレーナー室を出るところで呼び止められたらしい。

 

 差し入れがてら酒だのなんだのまで持ってきてくれたのはありがたい反面、おハナさんの加入でより妖しい雰囲気が上がってしまう気がした。

 

「…まぁ、保護者役が二人もいれば大丈夫…だろ?」

 

 沖野はバツが悪そうに笑いながら言う。

 

「…いや、君たち飲むでしょ。俺飲まないでしょ。最終的に正常なオトナって俺一人なのでは」

 

 沖野にそう返すも、キッチン方面に気を取られているフリをされて無視された。

 

「…今日はルドルフたちの手前もあるし、呑み潰れたりしないわよ」

 

 おハナさんはそういうが、彼女もリギルメンバーの加減を知らぬお酌攻勢により飲み潰れ、この部屋に運ばれた前科があるため男的にはイマイチ信用ならない。

 

 それに色気の濃度が上がってしまうという装蹄師の男個人に帰属する問題も解決から遠ざかってしまっている。

 

 とはいえ、眉目秀麗かつ制服姿という誰しもが視線を向けてしまう存在4人に自分の目が引きずられそうになった時、おハナさんに視線を向けて逃がすことができる。

 

 それは程度問題であるにせよ犯罪性をやや下げることができ、さらに自らの目には美味しい状況には違いない、と装蹄師の男は無理やり自分を納得させた。

 

「もうすぐ料理ができるぞ。テーブルの上を片付けてくれ」

 

 エアグルーヴがキッチンから呼びかける。

 

 装蹄師の男はそれ以上考えることを止め、そういえば朝からロクなものを食べていないな、と空腹に意識を切り替えた。 

 

 

 

 

「いただきまーす」

 

 シンボリルドルフとエアグルーヴが作ってくれたのはハンバーグを中心とした洋食セットだ。

 

「うひょぉ~旨そうだな!」

 

 沖野が開幕でがっついていく。

 

 装蹄師の男もメインであるハンバーグを器用に箸で切り、口に運ぶ。

 

「…うっま」

 

 肉汁が見事に閉じ込められたハンバーグはしばらく忘れていた装蹄師の男の食欲をかきたてる素晴らしい味であった。

 

「若干だがおかわりもある。しっかり食べてくれ」

 

 エアグルーヴは無表情ながらも優しい瞳で装蹄師の男を見つめながら言った。

 

「副会長おかわグフっ!」

 

 間髪入れずにおかわりを申請したゴールドシップは隣に座るエアグルーヴに肘でド突かれていた。

 

 

 

 

 食事の片付けも終わり、沖野と東条ハナはアルコール、アグネスタキオンは紅茶、シンボリルドルフ、エアグルーヴと装蹄師の男はコーヒーとそれぞれの好みの飲み物を口にしながらまったりとしていた時だ。

    

「…それで、これからどうするんだい?」

 

 アグネスタキオンはねっとりとした視線を装蹄師の男に向けながら言った。

 

 マグカップ片手に窓際で煙草を吸っていた男は苦笑いしつつ、唸った。

 

「まぁおおよそは、この間理事長に話した通りで…工房が急に閉鎖されるのは想定外だったけど、俺がどうなるかはまだわかんないな…」

 

 ふぅん、とタキオンはにやりと笑みを浮かべる。

 

「…なら、私の紹介で蹄鉄を扱っているスポーツ用品メーカーにでも転職しないかい?なに、待遇は今よりいいことは保証するさ。そのくらいの恩は売ってある会社はいくらでもあるんだ」

 

 へぇ、と横で聞いていた沖野は声を上げる。

 

「あら…それなら、もっと貴方を高く買ってくれるところがあるわ。私のアメリカ時代の友人が腕のいい装蹄師を探してて…」

 

 東条ハナが何事かを言い出したが、それに被せるようにゴールドシップが進出する。

 

「おいぃ!おっちゃんが英語しゃべれるわけねーだろ。おっちゃんはゴルシちゃん専属の装蹄師になって毎日漁に出るに決まってんだろ!」

 

 最早装蹄師を専属にする意味がわからない。

 

 専属、という言葉にピン!と耳を伸ばしたのはシンボリルドルフだ。

 

「なに!専属契約ができるのであれば是非シンボリ家に…もちろん他所からの仕事を受けてくれてもかまわない。工房も本家の敷地に構えるくらいの余裕はある」

 

 話の流れに焦ったエアグルーヴも口を開く。

 

「な、ならば私は父の会社で、先生を…」

 

 当の本人を他所に突如火が付いた装蹄師の男オークションは次第に熱を帯びていく。

 

 それを窓際で煙草を吸いながら、装蹄師の男はひとり冷静に眺めていた。

 

 内心、彼女たちからの誘いはとても嬉しい。

 

 居場所を喪いそうな自分を必死にどうにかしようと知恵を絞ってくれているのだ。

 

 ここまで流されて装蹄師になり、師匠格の老公のツテで学園に抱えられた経緯からして、この先も道がつながった先に歩むのも悪くはない、とは思う。

 

 しかしこの学園で、彼女たちや他のウマ娘、またトレーナーたちとの交流を通して、気づいてしまっていた。

 

 自分は、このレースの世界を愛している、と。

 

 だからこそ、分かれ道に立っている現在、望めるのであればより制約がなく、彼女たちにとってより良い世界になるための一助となりうる道を選びたい。

 

 そう考えていた。

 

 

 

「おいおっちゃん!おっちゃん自身はどーしたいんだよぅ!」

 

「スズカはあいつの蹄鉄じゃなきゃ走らねぇって言ってんだぞ!あのスズカが、走らねぇって言ってんだぞ!」

 

「そうだ!兄さんの意志はどこにあるんだ?」

 

「貴方が英語が話せないなら、私が一緒に行って…!」

 

「あの装蹄技術が広く活かされてこそ、ウマ娘界の幸福の総和をより大きくできるとは思わないのかい!」

 

 突然皆の注目が装蹄師の男に注がれた。

 

 部屋が、彼女たちの息遣いと男が指に挟む煙草が小さく爆ぜる音だけに支配される。

 

 その刹那、インターホンが来客を告げた。

 

   

 

 

     




いつもお読みいただきありがとうございます。
例によって書いて出しなわけですが、これちゃんと話繋がってるのか…?
見直ししろって話なんですが読んでるうちにわけわかんなくなるんですよね(低知能)
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