学園お抱え装蹄師の日常    作:小松市古城

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83:計画的失踪

 

 

 

 後輩の計画は、皆が口々に賞賛した。

 

 それぞれと等距離で、これまで通りとはいかないが自分たちと縁をもってもらえるという形が、彼女たちに安心感を与えた。

 

 特にアグネスタキオンなどは、装蹄師の男が外部人材になることによって得られるメリットなどを計算しだしたりするなど、それぞれに思い描くことがあるようだった。

 

 装蹄師の男の行く末に一定の方向性が見えたことで、その日は和やかな空気のまま、寮の門限もあり、散会となった。

 

 

 

 部屋には装蹄師の男と後輩、東条ハナと沖野という大人4人が残された。

 

「…あんたがこんな壮大な構想を持っていたとはね…この間聞いた時は、いったい何を考えているのかと思ったけれど」

 

 東条ハナはそこそこにアルコールが入った赤い瞳で、後輩を見やる。

 

「まぁあのときはまだおぼろげだったんスけどね…思いのほか事態の進みが早い気がして、大急ぎで仕上げたんス」

 

 後輩は眉を人差し指で搔きながら答える。

 装蹄師の男は後輩の顔色の悪さを気にしつつ、眺めていた。

 

「理事会とか抑えて、すべてを決裁させて正式決定化するまでは、まだどうなるかわからないんじゃないか?」

 

 沖野は酔っている風の表情をしているが、その口調は冷静そのものだ。

 

「そこらへんは…沖野サンの言う通りっス。ですが、まぁこういうことの根回しにはいろいろ方法があるんスよ」

 

 後輩は苦笑いとそれ以上は聞かないほうがいい、という表情を浮かべた。

 

 東条ハナはこの、後輩の持って回った言い回しと表情に、この間のバーでの彼の言葉を思い出した。

 

 後ろ暗いことを、せめて足裏をひたすくらいまでには…。

 

 おそらく、ウマ娘たちには聞かせられないような手練手管を駆使して、彼の計画の確実性を高めている、そんなところだろうと東条ハナはアタリを付けた。

 

「…お前、まだ隠してること、あるだろ」

 

 装蹄師の男がおもむろに口を開く。

 

「お前が助け舟を出してくれるのはありがたいが…そう簡単な話には、俺は思えないな。何か、まだ俺に言ってないこと、あるだろ」

 

 後輩はまた、眉を搔きながら苦笑いする。

 

「…それだよそれ。お前、なんか隠しているときはいっつも眉、痒くなんだろ。その癖、昔っから変わってないな」

 

 そう言われて後輩は指をとめた。

 

「…付き合いが長いと、やっぱり隠し事はできないっスね」

 

 後輩はゆっくりとした動作で懐から煙草を取り出し、一本取りだして火を点け、そのままソフトパッケージとライターを懐に仕舞わずに装蹄師の男の前に置く。

 

 一口目をしっかりと吸い込んで、深呼吸するように吐きだした。

 

「…今、外にクルマを待たせてあります。行先も、既に決めてあるっス」

 

 東条ハナと沖野は、怪訝な顔をして後輩を見つめる。

 

 後輩は懐から、一枚の封筒を取り出し、テーブルに置いた。

 

 装蹄師の男はその封筒の中身にさっと目を通すと、元に戻してテーブルの上に置きなおした。

 

「…もう、ここには居られない。そういうことか?」

 

 装蹄師の男からの問いかけに、後輩はこくりと頷いた。

 

「…あの娘たちへの説明は、どうしたらいい?」

 

 装蹄師の男の脳裏には、彼女たちの安心して帰っていく表情が浮かんでいた。

 

 後輩は首を振り、ゆっくりと、真剣な表情で話す。

 

「…できないっス。さっき説明したことに嘘はありません。でも、口止めはさせてもらうっス。先輩の行先や次の所属先も含めて明かすことはできませんし、接触することも容認できないっス。そこが、どうしても彼女たちの前では話せなかった…あとでどんな責めを負うことも、覚悟してるっス」

 

 装蹄師の男は後輩との視線を外さず、頷く。

 

「お前のメリットはなんだ?とんでもないカネが動いてることは、世間知らずの俺でもわかる。なぜそこまでしてくれる?」

 

 後輩はやや傷ついた表情を浮かべる。 

 

「先輩への敬意の現れ、だけでは正直じゃないっスね…内幕を話せば、URAに関わることは、親父の悲願でもあったようなんス。なんでも…トキノミノル? を子供の頃に見てからの。だから、俺はこの絵図を描いて、先輩からもらった蹄鉄を見せて、親父に話しました。この計画には親父の力も借りたっス」

 

 装蹄師の男はその言葉にため息を吐く。 

 

「…理事会の要求は、なんなんだ?」

 

 後輩の男は、初めて緊張した面持ちを見せる。

 

 東条ハナと沖野も、固唾を呑んで後輩の言葉を待った。 

 

「……先輩が、消えること。これが、URA理事会から出された要求であり、この絵図の最後のピース、って言ったら、怒りますか?」

 

 東条ハナと沖野は、後輩のその言葉を聞いてぞくり、と背筋を震わせた。

 

 装蹄師の男はしばし沈黙した後、後輩が男の前に置いたソフトパッケージから一本を取り出し、この部屋での最後の一本に火を点けた。

 

 

 

 

 

 

 装蹄師の男の部屋で書置きが見つけられたのは、翌日の夕刻だった。

 

 施設管理部署に装蹄師の男の部屋の鍵が返却されたという報告を受け、不審に思った駿川たづなは部屋を訪ねたのだった。

 

 

[ 一連の騒動の一切の責任を取り、トレーニングセンター学園専属の装蹄師の職を辞することといたします。これまでお世話になり、ありがとうございました。 ]

 

 

 書置きを装蹄師の部屋で発見し、中身を見た駿川たづなは、顔色を失った。

 

 その足で駆け込んだ理事長室では、報告する駿川たづなを秋川理事長は平然と、しかし無言で受け止めた。

 

 駿川たづなよりも早く、URAより退職手続きについての確認が来ていたことで、彼女よりも早く事態を知ることとなったからだった。

 

 また、別ルートでは秋川本家がこの件に関与していることも伝えられていた。

 

「理事長…本当に…これでいいんですか?」

 

 苦虫を嚙み潰すような表情を浮かべる秋川やよい理事長は、椅子をくるりと回して駿川たづなに背を向ける。

 

 頭上の猫が寂しそうにひと鳴きした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜、いつものバーで東条ハナと沖野はカウンターに並んでいた。

 

 並んでいても、二人の間に会話はない。

 

 それでも二人が考えていたことは、同じだった。

 

 

 

 

 

 昨夜、大人だけで話した一連の話のあと、ゆっくりと、静かに最後の煙草を吸い切った装蹄師の男は、煙草を確実にもみ消すと、東条ハナと沖野に向けて話した。

 

「迷惑をかけてしまうことになるが、それでも俺は、彼女たちに求められるならば、蹄鉄を造り続けたいと思っている。突然失踪したようになるが、彼女たちのフォローとこの部屋の後始末、引き受けてもらえないだろうか」

 

 これまで、普段は昼行燈といわれるほどうすらぼんやりとしていた装蹄師の男の瞳が、真剣に二人を見つめていた。

 

 どれだけの時間、沈黙していただろうか。

 

 最初に口を開いたのは、沖野であった。

 

「…スズカの蹄鉄は、供給してもらえるんだな?」

 

 後輩は頷く。

 

「先輩を表舞台に出すことはできませんが…それは必ず。俺がお約束するっス」

 

 東条ハナは迷っていた。

 

 今ここで承諾してしまえば、目の前にいるこの装蹄師の男が、永遠に手の届かないところに行ってしまう、そう感じていた。

 

「…どのくらい、身を隠さなければならないの」

 

 東条ハナはぎりぎりのところで理性を保った質問を絞り出した。

 

「そうですねぇ…すべてが歴史になるまで、といったところっスかね…」

 

 歴史になるまで。

 

 東条ハナには、それは永遠にも等しく感じられる時間表現だった。

 

「すくなくとも、今のURA理事長や副理事長が居るうちは、ちょっと。ただ、連中も火消ししたあとは思い出したくもないでしょうから…まぁ、理事会が代替わりすることも考えて、最短で数年ってトコかと。それだけあれば、新しい仕組みも馴染んできていると思いますしね。すんません…すべてが丸く収められれば、よかったんですが…」

 

 心底申し訳なさそうに項垂れる後輩を、東条ハナは無感動に眺めながら、その言葉を受け取るしかなかった。

 

 

 

 

 装蹄師の男の身支度は、恐ろしいほどにあっけなく終わった。

 

 まとめてみればスーツケース2つ。

 衣料品はほぼ作業着であるし、本当に必要なものはノートパソコンとスマホがあれば事足りる。

 

 男の一人暮らしなんてそんなもんだよ、と装蹄師の男は言う。

 確かに生活感の薄い男ではあったが、そんなものだろうか、と東条ハナは訝った。

 

「先輩、コレは…?」

 

 後輩がリビングに残された写真立てを持ってきた。

 エアグルーヴの頭を撫でている男の写真だ。

 

「今となっては、これも懐かしい思い出だけどなぁ…」

 

 苦笑いというにも複雑な表情を浮かべる。

 

「…これは、エアグルーヴに進呈したら、怒られるかな?」

 

 装蹄師の男は東条ハナに笑いながら問いかけた。

 

「…預かるわ。こうなってしまっては、彼女にとっても貴方の居た証になるかも、ね…」

 

 思い返せば、ウマ娘たちには蹄鉄があり、装蹄師の男とのつながりはそこに求められる。

 

 しかし自分には何も、なかった。 

 

「まぁ、もし忘れ物とか、あとであれが欲しいとかあれば回収の使いを寄越しますから。先輩はとりあえず生きていくために必要なモンだけで」

 

「そんなこといったら、俺は煙草代だけあれば大丈夫だよ。仕事道具は行った先で用意してくれるんだろう?」

 

 装蹄師の男と後輩のやりとりは進んでいく。

 東条ハナはそこに割り込むべきかどうか、判断がつかなかった。割り込むにしても、なにを、どのようにしてよいものかもわからない。

 

「あぁ、そこはご心配なく。手に馴染むには時間がかかるかもしれませんが、学園の工房よりかは設備は整ってると思うっスよ」

 

「そんなら、まぁ」

 

 装蹄師の男はちょっとそこまで、といった出で立ちで部屋を出ていく。

 

 裏手の駐車場に出ると、そこには黒塗りにスリー・ポインテッド・スターをあしらった、今時珍しい正統派の大型セダンが待っていた。

 

 運転席からスーツ姿で短髪の、ガタイの良い若い男が降りてきて、後輩の指示を仰いで手早くスーツケースを積み込む。

 

「まるでヤのつく職業の方に拉致られるみたいだな」

 

「今時のヤッチャンはベンツなんか乗りませんよ。国産の最高級ミニバンってトコっスね」

 

「あれは、持っていけないのか?」

 

 装蹄師の男は自分のクルマに視線を向ける。

 

「申し訳ないっスけど…あいつはちょっと目立つんで、諦めてください」

 

「住民票とかはどうすんだ?」

 

「あぁ…念のため、とりあえずは北海道の原野にでも飛ばすつもりっス。もちろん、そこに住んでもらう訳ではないっスけど。あとで、スマホも処分してもらうっス」

 

「そんなら、今やるよ。解約手続きは任せるぜ」

 

 男はほんのすこし躊躇った後、スマホを工場出荷状態に戻すコマンドを実行した。きちんと機能したことを見届けてからSIMカードを抜き、それをぱっきりと割る。

 

 東条ハナはいともあっさりと装蹄師の男とのつながりが断たれていく様を見守っていた。

 

 夜風が妙に冷たく感じたが、寒さを感じる余裕はない。

 

 男がこの車に乗り込んでしまえば、そのまま暫しの、しかしどのくらいか想像がつかない別れが訪れる。

 それだけは脳の冷静な部分が認識していた。

 

「面倒をかけて申し訳ないな。後のことは頼むよ」

 

 装蹄師の男は感情が伺えない表情で、東条ハナと沖野に告げる。

 男にしても言いたいことがないわけではなかったが、それを口にしてしまえば、ここを離れるにはつらくなりすぎる。

 その思いが、男にあえて乾いた態度を取らせていた。

 

「まぁ、落ち着いたら連絡してくれよ。スズカにも、手紙くらい書いてやってくれ。ゴルシは…まぁほっといてもお前の場所を嗅ぎ付けそうだな」

 

「手紙なぁ…俺、字めっちゃ汚ねぇから書きたくねぇなぁ…ゴールドシップに見つかったら、まぁその時は観念するよ」

 

 装蹄師の男は沖野が差し出した手を取り、がっちりと握手を交わした。           

 

「おハナさん…」

 

 装蹄師の男が何事かを口にしようとする。

 

 眼鏡の奥でぎゅっと目を瞑っていた東条ハナは、カッと目を見開くと装蹄師の男の胸倉を掴み、ひきずっていく。

 

「…ちょ…ちょっとどうした…!?」

 

 東条ハナは沖野と後輩から見えない木陰まで装蹄師の男を引きずっていくと、振り向いて胸倉をつかんだまま、ぐっと顔を引き寄せた。

 

「私以外のオンナにあのセクハラギリギリアウトの視線を送ったら…承知しないわよ」

 

 装蹄師の男の視野いっぱいに、おハナさんの潤んだ瞳が睨みつける。

 

 装蹄師の男が二の句を継げずにいると、おハナさんの手は男の両頬をほっそりとした指で動けぬように挟み込み、そして瞳を閉じてゆっくりと近づいた。

 

 

 

 

 

 

「…もう、いいのか?」

 

 沖野はニヤつきながら、戻ってきた装蹄師の男に問うた。男の唇には、紅いものが僅かに残っていた。

 

「まぁ…。おハナさんのことも、頼むわ」

 

 男は紅いものが残っていることも気づかず、沖野に苦笑いとともに告げる。

 

「お前なぁ……まぁ、元はと言えばスズカのことで、こんなことになっちまったんだ。引き受けてやるよ」

 

 貧乏クジだ、と言わんばかりの表情で、沖野は頷いた。

 

「じゃ、行きますか」

 

 後輩のその言葉を合図に、短髪スーツの若人がドアを開けた後席に、男は乗り込んだ。

 

 男を乗せた車は、絹のように滑らかな排気音を僅かに高めると、静かに駐車場を出ていった。

 

 

 

 

 

 バーでいつものようにカクテルグラスを傾けながら、東条ハナは昨夜のことを反芻していた。

 

 あまりにも劇的で、幻想的で、夢であったらよかったのに、と思うような別れ。

 

 しかしそれが夢ではないことは、隣で酔いつぶれかけている沖野が証明していた。

 

 おそらく明日になれば、娘たちも異変に気付くだろう。

 現に、たづなさんからは先ほどから何度も、着信が来ていた。

 

 しかしそれに出る気にはなれずに、先ほどからただ、無言でカクテルグラスを干し続けている。

 

「…おハナさ~ん…元気出してよ~…」

 

 隣で沖野は壊れたように顔を赤くしながら、それでも自分を慰めることを忘れずにいる。

 

「…仕方ないわね…今日は、奢ってあげるわよ」

 

 明日になれば、可愛い愛バたちも異変に気付くことだろう。

 

 その時、私は彼女たちにどう答えるべきなのだろうか。

 

 どれほどグラスを干しても、その答えは出そうになかった。

 

 

 

 

 

   

 




例によって一発書きであがったやつを容赦なく投稿するスタイルです。

以前、曇らせタグをつけるべき、とコメントで指摘をいただき、すぐにタグを追加しておりました。
ご指摘通りつけといてよかった!と心底思いました。  
   
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