トレセン学園 学園管理本部 施設統括部 史料課に勤める下っ端研究員の男は、休日の朝を迎えていた。
昨夜から一睡もしていない。
気が付いたら、朝が向こうからやってきたのだ、そんなふうに思っている。
傍らには高額納税者の証である煙草の吸殻が山となっており、資料のコピーが散乱し、かろうじて確保されている作業エリアは断片的なメモと、研究をまとめているノート、そしてPCがバックライトを煌々と輝かせて稼働していた。
就職して初めての給料で買い求めた、中古で旧いが造りの良いワーキングチェアに思い切り寄りかかり、伸びをする。軽い軋みとともに背もたれが後ろに倒れた。
背もたれにべったりともたれ、天井を見上げたまま、新たな煙草に火を点ける。
現在取り組んでいる研究に関して、すでに勤務の概念が消失するほどにのめり込んでいる。
今日が休日であることを良いことに、昨夜夕食と風呂を済ませたのち、この椅子に腰を据えて様々な資料を読み込みつつ、思索に耽ってしまっていた。
エアグルーヴ理事長から直々に研究の進行を指示されているから、業務時間中も空き時間はこの研究にたっぷりと時間を割くことが可能になっている。
以前、理事長が突然史料課を訪れてからというもの、上司である課長も研究に取り組む下っ端の男を咎めることはできなくなっていた。
その状況を都合よく利用させてもらっているのも確かだが、研究員の男にしてみれば、それも表向きの理由だった。
理事長にヒントを与えられて以来、様々に角度を変えて情報収集をするうちに、今まで見えなかった部分が見えてきた。
今の研究員の男の頭の中には、これまで見えなかった部分が形作られつつあり、しかもそれは、捉えようによっては壮大なスケールの、ある種の陰謀めいたものであるように思われ始めていたのである。
率直に言って、この研究が面白くて仕方がない。
すでに歴史の一頁となりつつある事柄に、埋もれていた裏側があるのだ。
この発見にどれほどの価値があるか、なんてことはどうでも良い。
見えてきた関係者があまりにも大物ばかりであるため、公表できないかもしれないが、それでも良い。
下っ端研究員の男は業務ではなく何より純粋に、好奇心の虜となっていた。
エアグルーヴ理事長がヒントとして与えてくれたプレスリリースを時系列にさらっていくと、この時期、URAにおいては新たな取り組みへの試行と細かなレギュレーション変更がたびたび起きていることがわかった。
現在では当たり前のレスキューウマ娘の存在も、このころから試行が始められている。
そして初めてG1でレスキューウマ娘が導入されたのがその年の天皇賞秋。
サイレンススズカが大敗を喫した、ある意味で伝説のレースだ。
この時、どういう経緯かはわからないが現役競走バだったエアグルーヴ理事長がレスキューウマ娘として出走しており、レース後にサイレンススズカに肩を貸して退場していく映像が残っている。
レスキューウマ娘のアイデアも元をたどれば当時の生徒会の発案であったようで、当時の生徒会と言えばシンボリルドルフ会長、エアグルーヴ副会長、ナリタブライアン副会長という布陣で、その名は今の時代から見ても神々しいことこの上ない。
URAのプレスリリースにある断片的な記載から、おそらくエアグルーヴ理事長もかなりの深さで関わっていたのだろうことが窺えた。
そしてこのレースで怪我をしたサイレンススズカは長期休養に入るが、この時に使っていた蹄鉄がメディアの間で問題とされる。
絶対的スターであったサイレンススズカの怪我とあって世間の関心も高く、またその原因が蹄鉄に起因するのではないかというメディア側の論調、そして世論の高まりもあり、対処に困ったURAは内部調査を命じた。
そして2か月後、その調査結果と今後の対策が公表された。
当時発表されたプレスリリースの要旨はこうなっている。
………
【 天皇賞(秋)におけるサイレンススズカの怪我について 】
・サイレンススズカにおいて、当日の体調に一切の問題は見られなかった。
・レース中の驚異的な中間タイムについては彼女の能力、その十全を発揮した結果である。
・一部指摘のあった蹄鉄については、手続き上の問題はなかったが、その製作経緯においては一部、技術的な試み、いわゆる冒険が行われたことは事実である。
しかしそれと怪我の因果関係については確証が得られるものを見つけることはできなかった。
・上記を鑑み、今後もオリジナル蹄鉄を製作、使用することを不可とはしないが、その製作においては着手前に事前審査を行う許可制とし、完成検査を厳格化するルール改正を行う。
・並びに、蹄鉄管理に関しより透明性と公平性を高めるため、中央トレセン学園の蹄鉄工房を発展的に廃止し、新たに蹄鉄に関するサービスを主業とする装蹄所を新設する。
・装蹄所はURAの所管とし、その運営管理はURAと民間の折半出資による新会社に委託し行われるものとする。
・装蹄所にはURA所属装蹄師が配置され、各蹄鉄メーカーの出張所が設けられる。装蹄所において協業を行っていくことでこれまでよりもさらに安全な蹄鉄の研究開発及び修繕等においても高いレベルでサービスが提供されることを企図している。…
………
おそらくエアグルーヴ理事長はこのあたりの事実を自分に認識させたかったのだろう、と思う。
きちんと順序を踏んで公式情報と照らし合わせれば、調べている事柄についてある程度の構造は理解できるものだ、という感想を抱く。
後年から見れば一見、無味乾燥にも思えるこのプレスリリースだが、よくよく考えてみれば当時の関係諸氏にとってはとてつもなく大きな事態であったことは想像できる。
なにせ、この工房の主は、かのスターたちの日記に出現する、彼女たちにとっての重要人物であるのだから。
装蹄師の男がキーになることを改めて認識するまではよかったが、さすがにURA公式のプレスリリースには一介の装蹄師の人事については出てこないし、これ以上調べようもないかと思われた。
しかし下っ端研究員の男は丹念に、さらに前後のURA発信のプレスリリースを調べていった結果、興味深いものをふたつ、見つけることができた。
ひとつは、時系列的にはサイレンススズカの怪我よりも前になるが、脚部不安を持つウマ娘向けに衝撃吸収機能を持ったトレーニング専用シューズが開発された、というリリースだ。URAが配信元ではあるが正確には中央トレセン学園発のニュースである。
リリースにはその開発に携わったのが学園服飾部シューズ課の人間、学園専属の装蹄師、そして外部人材としてウマ娘専門医や理学療法士が関わっている。
さらに、今なお高名を天下に轟かせているアグネスタキオン博士の名前やゴールドシップというG1を気まぐれに6勝している戦績は名バだが珍奇行動のほうが後世に伝わっている伝説のウマ娘の名前まで、開発に貢献した者として名を連ねている。
そしてふたつめは、サイレンススズカの調査報告を発表したのち2年後に出されたプレスリリースだ。
中央トレセン学園が保有していた蹄鉄関係の権利が売りに出されていたことがひっそりと発表されている。
内容に関しては権利関係の面から公表されておらず、ただ、蹄鉄関係に関して保有している各種権利、となっている。売却金額も譲渡先の希望で非公表となっていた。この時売却された事柄に、先のトレーニング専用シューズまで含まれているかはわからない。
そしてそのリリースの中で唯一の具体的な情報としてそこに記載されていた譲渡先は、ネットで調べても出てこないし現代に存続しているかも定かではない、小さな蹄鉄メーカーであるようだった。
下っ端研究員の男はまとめた資料を読み返し、頭の中を整理する。
おそらく渦中にあったのは蹄鉄であり、学園お抱え装蹄師であった男だろう、という確信はある。
ならばそろそろ、その蹄鉄をきちんと体系的に知る必要があるように思われた。
時計は8時過ぎを指している。
下っ端研究員の男は、休日に行こうとアタリをつけていた場所に外出するべく、準備をすることにした。
シャワーを浴びて学園の敷地外に出た後、目的地へ向けて徒歩で向かう。
途中のファーストフードで朝食を摂り、運動不足解消がてらゆっくりと歩いて着いたところは府中にある東京レース場であった。
しかし、下っ端研究員はスタンドへ向かう観客の流れから逸れ、閑散とした敷地を歩いていく。今日の目的はレースではなかった。
目的の場所は東京レース場に併設されているURAレース博物館である。
色々な資料を当たっているうちに、どうやらここにはプレスリリースにあったトレーニング専用シューズが収蔵されているらしいことが分かったのだ。
ほかにも、博物館というからには蹄鉄に関してなにがしかの知見が得られるだろう、そう期待しての訪問だった。
博物館のエントランスには三女神の像のレプリカが中央にあり、その周りにはこれまでの主だった年度代表ウマ娘、その銅像が飾られている。
研究員の男が調べている世代で言えば、ミスターシービー、シンボリルドルフ、オグリキャップ、トウカイテイオー、サイレンススズカ…そして現在、自身の所属組織の長として君臨するエアグルーヴのものもある。
さすがに知っている人物の銅像というのはなかなかお目にかかれないので、研究員の男は失礼かもしれないという認識は持ちながらも、ついついマジマジと眺めてしまう。
当然のことながら全盛期の彼女がモデルであるわけで、勝負服で駆けるエアグルーヴ理事長の姿は鬼気迫るものがありながらも気品に溢れている。
そしておそらく、今も現役当時とほとんど変わることのないスタイルを維持していると思い至り、下っ端研究員の男は不覚にも心拍数が高まり、背徳感を覚えずにはいられなかった。
徹夜明けのテンションで理事長の銅像は妙な気持になってしまうということが分かったところで、改めて下っ端研究員の男は博物館を巡っていく。
これまでのウマ娘レースの歴史や彼女たちの装具の工夫、実寸大のスターティングゲートの模型やレース編成など、さまざまな角度から資料とともに展示がある。
中にはウマ娘視点でのターフを駆ける映像とともにその風圧を体感できるアトラクションや、脚質別のレース戦略をシミュレーションできるゲーム形式の展示、また子供向けには勝負服を自由にデザインし、CG合成であたかも着ているかのように撮影できるコーナーなど、さまざまに趣向の凝らされた展示が随所に見られた。
博物館内の順路の終盤にはウイニングライブの映像を360度スクリーンで体感できるミニシアターまであり、ファンにはたまらない展示ボリュームと言える。
これだけの展示の充実度を誇りながら、その割にはこの施設の知名度はあまり高くないのか、来客は閑散としていたのが印象的だった。
気が付くと、下っ端研究員の男は順路を回り終えて出口に着いてしまった。
今日の目的であるトレーニング専用シューズの展示が見つからぬままである。
思い出してもそれらしい展示を目にした記憶がなかったため、受付に座る見目麗しいウマ娘に聞くことにした。
用件を伝えると、受付ウマ娘はその耳をピンと立て、研究員の男の目的の場所へ案内してくれた。
「…ここは時々、中央トレセン学園のエアグルーヴ理事長も訪れるんですよ。何か、思い入れがあるようで…」
曖昧に相槌を打ちながら、やはりそうなのか、と研究員の男は納得する。
案内されたコーナーはなぜか通常の順路からやや外れた、目につきづらい場所にあった。
「こちらです。ごゆっくり」
美しいウマ娘はにっこりと微笑むと、自らの業務に戻っていった。
あまり広いとは言えない蹄鉄に関する展示コーナーは、他の空間とは少し違い、時の流れからは外れた、良く言えば落ち着いた、悪く言えば打ち棄てられたかのようなトーンの雰囲気を纏っていた。
下っ端研究員の男の時代では、既に蹄鉄がレースで使われなくなって久しく、代わりに高機能樹脂製の蹄鉄(鉄ではないので正確には違うものなのだが)が標準となっており、さらに今はシューズ一体型のものの使用も許可されている時代である。
その観点で言えば、蹄鉄は彼女たちを支えた重要な一要素ではあるものの、国民に広く親しまれるエンターテイメントを主たる訴求要素とする現代のレース界においては、歴史という部分を強く感じさせる展示はいささか馴染まないのかもしれない。
下っ端研究員の男はそんなことを思いながら、展示をひとつずつ、つぶさに見ていく。
三面を囲まれたパネル展示は蹄鉄の歴史から製法、そして材質が樹脂に置き換わるまでの経緯を簡単に解説していた。
そして中央に置かれたガラスケースには過去の名バが実際に使用した様々な種類の蹄鉄が展示されている。
中にはゴールドシップが趣味で使用したとされる妙にゴツい蹄鉄や、シンボリルドルフやエアグルーヴが使用したとされる既製品に改造を加えた蹄鉄、トウカイテイオーの度重なる怪我ごとにコンセプトが見直され、変遷した蹄鉄が順を追って展示されているなど、研究員の男が注目している時代のものもいくつか見つけることが出来た。
そしてガラスケースの片隅に、今日ここに来た目的のものを見つける。
解説パネルには使用したウマ娘の名前も記されており、その名をイクノディクタスと言うらしい。
簡潔な解説によれば、入学前から脚部不安があり、それを憂えた当時の秋川理事長が開発を指示、メイクデビューを飾るまでのトレーニングの間に使用されていたもの、と書かれている。
イクノディクタスはメイクデビュー後、G1での勝利こそ叶わなかったもののトゥインクルシリーズで51戦に出場し、引退まで一度も怪我をせずに9勝を挙げたとされていた。
装着されていた蹄鉄は叩き出しの荒々しさが残る一品で、他の蹄鉄と較べても非常に凝った造りであることが見て取れる。板バネのような形状とそれに絡みつくように編まれた糸が特徴的だ。
手造りの精緻さに食い入るように研究員の男は見つめ、じっくりと観察する。
一体、どれほどの鍛錬を積んで、どれほどの時間をかければこのようなものを創ることができるのだろうか。
先ほど見た製法の展示パネルを思い返してみても、さっぱり見当がつかなかった。
そしてその隣にひっそりとある、足袋型のシューズに装着されていた蹄鉄は、どうやらさらに昔に造られ、トレーニングシューズ開発時の参考になったものらしい。
戦後すぐのダービーにおいてトキノミノルというウマ娘がこれを履き、優勝したと書かれている。
記録からすると、連綿と続いてきた蹄鉄技術はこのトレーニングシューズが開発されたり、サイレンススズカ向けの特注蹄鉄が造られたころがピークであったのではないだろうか。
このあと10年ほどして現在の樹脂蹄鉄につながる流れが生まれ、急速に置き換わっていった先が、下っ端研究員の男が生きる現在である。
今でも鉄製の蹄鉄はトレーニング用や入門用として僅かに残ってはいるが、おそらくこれらがなくなるのも時間の問題であろう。
現在まで続く流れを知る下っ端研究員の男からすれば、それは古代から続いてきた技術が失われ、ロストテクノロジーと化す直前の最後の輝きを今、目の前にしていると感じられた。
「…随分熱心に見ているねぇ…そんなに珍しいかい?」
声をかけられて振り向くと、趣味の良いスーツとハットに身を包んだ、杖をついた老人が立っていた。
「あぁ…えぇ…ちょっと今、このあたりのことを調べてまして…」
老人はほほう、と感心するような表情を浮かべた。
「あんちゃんみたいな若いヤツが珍しいこともあるもんだなぁ。若者、このあと時間はあるか?どうだ、ちょっとこの爺ぃに付き合わんか」
爺ぃと自称した老人は人の好さそうな笑みを浮かべ、下っ端研究員の男を誘った。
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