学園お抱え装蹄師の日常    作:小松市古城

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88:超光速の粒子になるために

 

 

 

 

 

「せぇんぱあい~…こ゛わ゛か゛っ た゛て゛す゛よ゛~…」

 

 夜、後輩は山奥の工房に突如現れ、運転手の若い男を引き連れ、部屋にずかずかと上がり込んで持ってきた缶ビールを一気飲みするとそう言って涙ぐんだ。

 

「…なんだなんだ。一体何があったんだ…きたねぇ泣き顔だなオイ…」

 

 最後の晩餐を囲んだウマ娘たちの蹄鉄についてPCを覗き込みながら考え込んでいた装蹄師の男は面食らう。

 

「うぐっ…呼び出されたんスよ…先輩を拉致った件、あの娘たちにバレて…それで…」

 

 大の男が涙目になるほどか?と装蹄師の男は訝しむ。

 

「…ルドルフさんの目、マジで●されるかと思ったっスよ…」

 

 装蹄師の男は煙草を吹き上げて笑う。

 

「そりゃあまぁ…伊達に皇帝と呼ばれちゃいねぇからな…」

 

 そうは言ったものの、当の装蹄師の男はルドルフからそのような視線を送られたことは幸いにして、ない。

 

「まじでチビるかと思ったっスよ…西アフリカにヤバいブツ買い付け行った時に現地ゲリラに拉致られたヤツより怖かったっス…」

 

 後輩は何かとんでもないことを言ってるような気がしないでもないが、装蹄師の男は聞き流す。

 

「あんな娘たちに懸想されてる先輩って…しかもあの人数…立ち振る舞い間違ったら刺されますよ…」

 

 そういえば前にも似たようなことを言われた記憶がある。沖野だったか、おハナさんだったか…と装蹄師の男は懐かしい気持ちになった。

 

「…これ、あの娘たちに対する俺の立場もあるんスからね…ちゃんとあの娘たちに気持ちが伝わるような蹄鉄打ってくださいよ…じゃないと今度こそ…俺…心臓止まっちまい…ますよ…」

 

 ぐだぐだと述べる後輩はすでに酒がまわりきり、眠り込んでしまいそうな雰囲気になっていた。

 背後には運転手の若い男がもう夜半であるというのに黒ずくめのスーツ姿に微塵の乱れもなく、直立不動で立っている。

 

「…コイツいつもこんななんです?ご迷惑おかけして申し訳ない…」

 

 装蹄師の男は運転手の男に詫びる。

 

「いえ!とんでもありません!先生のお噂はかねがね伺っております!お言葉を掛けていただき光栄であります!」

 

 運転手の男は慌てた様子で、しかししっかりとした明らかに体育会系の仕込みを感じさせる受け答えを寄越した。

 どうやら彼が本気でそう言っているらしいことは理解できる。一体普段、どんなことを吹き込んでいるのやら、と装蹄師の男は不安になる。

  

「もう遅いから泊ってってよ、君も…おっさんに管巻かれて、大変だねぇ…」

 

 装蹄師の男は寝室とリビングに部屋に備えられていた客用布団を手早く用意してしまうと、運転手の男にも酒を勧めた。

 

 

 

 

 翌朝、後輩を送り出すと、装蹄師の男は倉庫からいくつかの鋼材を取り出してきて、炉に火を入れた。

 

 昨日のうちに工房の機材においては確認作業を終えており、工房としての機能に問題がないことは承知していた。

 

 この工房に据えられた炉は学園の工房のものとよく似ていたが、火力や熱の入り方はクセというのか、とにかく工房の炉とは異なっており、まずはその特性の把握もしていく必要がある。

 

 とはいえ蹄鉄を打つことにはそこまで影響しない。たいていはそこまで厳密に炉のクセを知らずとも、装蹄師の男が鉄の熱し具合をきちんと把握すればいいだけのことだからだ。

 

 鋼鉄の棒を炉に差し入れ、しばらくすればそれが赤くなり、さらに熱するとオレンジから黄色く輝き出す。

 

 頃合いをみて炉から鋼棒を取り出し、右手に持った槌で叩き、伸ばし、折り曲げて再び炉で加熱する。

 

 再び黄色く発光するまで熱した鉄を金床に引き出し、先ほどと同じように叩いて伸ばし、折り曲げる。

 

 その作業を幾度か繰り返し、最終的に鍛錬した鋼の棒を作り出す。

 

 一度冷水で冷やした後は、しばらく寝かしておく。

 

 そうして素材からさらに鍛錬を施した鋼棒を10本ほど、午前のうちにつくりだした。

 

 

 

 午後はいよいよ、蹄鉄を打つことにする。

 

 最後の晩餐を囲んだ彼女たちを思い浮かべて、アイデアを練ってはいたが、一番最初にまとまったのはアグネスタキオンの蹄鉄だった。

 

 実のところ、彼女に関して知っていることはそう多くない。

 

 彼女と装蹄師の男はいつも、彼女以外のウマ娘のことを考えて行動していたからだった。

 

 しかしそこから間接的に知ることが出来たのは、彼女の脚はそう頑丈ではないからこその研究である、ということだ。

 

 いわば強烈なエンジンを持ちながらも足回りが耐えられない、アンバランスなところが彼女の個性と言える。

 

 そしてレースを戦っていく上では弱点であった。

 

 そうであるがゆえに彼女は研究によってそれを克服することを願い、怪しげな取り組みに手を染めていったのだ。

 

 そうであるならば、彼女自身に客観的な指標となる蹄鉄を造ろう。

 

 装蹄師の男が考えていたのは、ある一定の力を越えると走行中でも安全に壊れる、練習用の蹄鉄であった。

 

 

 

 

 

    

 アグネスタキオンの手元には日々、様々なものが届く。

 

 海外から取り寄せた研究のための資材や試薬、よくわからない成分を抽出したよくわからない粉末や錠剤、時には何を測定するのか見当もつかない研究機材もある。

 

 それに混じって、見た目よりも重量感のある木箱が届いたことにアグネスタキオンが気づいたのは、到着日の翌々日の夕刻であった。

 

 木箱で送られてくるようなものを注文した覚えはないが、あて先はたしかにトレセン学園の彼女あてとなっており、発送元はタキオンが付き合いのある蹄鉄メーカーだった。

 

 あけてみると、その中はおが屑のような緩衝材がぎっしりと詰められており、それにおそるおそる手を差し入れると、中にひやりとした金属の感触を感じる。

 

 すくいあげてみれば、それは槌痕もなまなましい、一対の蹄鉄であった。

 

 基本に忠実なスタイルの蹄鉄であるが、丁寧にかたちづくられ、表面はナシ地の艶消し仕様に仕上げられている。

 

 気になったのは、蹄鉄を留める釘と釘との間がくりぬかれ、中空構造となっているところだ。

 

 軽量化のためならばほかにいくらでも削るところがあるはずなのに、なぜか最も力のかかる部分の肉厚を薄くしているのだろうか。これでは壊れやすくなるではないか。

 

 アグネスタキオンはその蹄鉄の構造を訝しんだ。

 

 蹄鉄が収められていた箱に目をやると、詰められた緩衝材の中に一枚の紙が顔をのぞかせていることに気づいた。 

 

 彼女はその紙を手に取る。

 

 お世辞にもうまいとは言えない、大層なクセのある文字が書かれている。

 

 

 

 用途:練習で本気で走るとき用

 仕様:一定以上の力をかけると壊れるリミッター付

 特徴:安全に壊れる。君の脚が壊れる前に。

 慣らし必須、調整は装蹄所の装蹄師に依頼すること

 

 

 

 タキオンはそれを見て、この蹄鉄の送り主と意図を理解した。

 

「なるほど…これで客観的に自分の脚の出力を理解しろ、というわけだね…」

 

 これまでも様々な計測機器を使いながら脚のデータを取ってきてはいたが、これほどまでに直接的な脚へかかる力の判断方法はなかった。

 

 そしてなにより、直接的に話したことはほとんどないはずの彼女の脚について気にかけてくれ、それに対する彼なりのひとつの回答を寄越してくれたことが嬉しかった。

 

「でも…これじゃあ壊してしまったら終わりじゃないか…先生も深慮が足らな…」

 

 足らない、と言おうとしたところで、紙の裏側にさらに、走り書きがあるのを見つける。

 

[ この蹄鉄が壊れたら、立ち止まれ。良く脚を点検しろ。そして発送元に連絡を。]

 

 それを読んでタキオンはひとつ、ため息を吐く。

 

 おそらくこれが壊れたことがひとつのステップとなって、次の蹄鉄が送られてくるのだろう。

 

 つまりこの蹄鉄は彼女のリミッターであり、段階的に、慎重に彼女の能力を上げていくための道標なのだ。

 

「…まったく…その技術が憎らしいよ。まるで私の走りが先生の掌の上じゃないか…」

 

 そう言いながら、これまで研究にかまけてロクに走ってもいない自分が、この蹄鉄を壊す日を少し楽しみにし始めていることを自覚し、薄暗い研究室でひとり、微苦笑を抑えきれなかった。  

 

「…いいだろう。私の名に恥じぬ、超光速へたどり着いてみせようじゃないか…」

 

 アグネスタキオンは照りのないその瞳の奥に、微かに青白い炎を灯らせた。

 

 

 

 




今回はちょっと短めでしたね…
相変わらずの一発書きで、今回はかなり短時間だったのでいつもより粗い出来かもしれません…申し訳ございません(言い訳)
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