女帝が持つ賢者の杖《完結》   作:室賀小史郎

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ウマ娘はみんな女の子

 

 安田記念。

 6月の前半に東京レース場で行われる最強マイラー決定戦。

 

 レースの目玉はなんと言ってもURAファイナルズマイル覇者の女帝エアグルーヴだ。

 先日のヴィクトリアマイルでウオッカを破り、最も勢いのある今回の一番人気。

 一方先の敗戦から並々ならぬ闘志を燃やすウオッカは僅差の二番人気。

 そして三番人気はアグネスデジタル。普段は推しの尻尾を追い掛けるのに全身全霊なウマ娘だが、その実彼女の戦績は素晴らしいの一言。ファンの間では『オールラウンダー』や『万能の名バ』と称される。

 

「大欅を抜けて最後の直線コースへ! ハナに立っているのは変わらずサクラバクシンオー! しかしその差は僅か!」

 

「さあ、残り僅かとなった安田記念! どのウマ娘が来てもおかしくない体勢に入っている! ウオッカ! やはりここで上がってくる! その外からはオールラウンダーアグネスデジタル! 驚異的な追い上げ!」

 

「しかしその内から隙間を縫うようにやってきたエアグルーヴ! 女帝エアグルーヴが来たぞ! アグネスデジタルも粘っている! ウオッカも負けてない!」

 

「三人並んでゴォォォォォルッ! これは分かりません! 体勢的にアグネスデジタルが有利か!?」

 

 ワァァァァァッ!!!!!

 

 掲示板には写真判定の文字。鎬を削った三人のウマ娘たちは息を整えながら、その時を待つ。

 

「はぁはぁ……くぁ〜っ、早く判定終わってくれぇ!」

「ぜぇはぁぜぇはぁ……か、勝ったら、トレーナーさんから新しいペンタブ……それで更なる尊みを……!」

「ふぅ……はぁ……貴様は相変わらずだな、デジタル……ふぅ」

 

 ワァァァァァッ!!!!

 

『っ!?』

 

「エアグルーヴ! 安田記念を制したのはURAファイナルズマイル女王、女帝エアグルーヴです! 2着はアグネスデジタル! 3着はウオッカ! ヴィクトリアマイルに続き、エアグルーヴが連勝を飾りましたっ! この女帝にマイル戦で膝を突かせるウマ娘はいないのかっ!?」

 

 ハナ差の1着。しかし女帝は見事に昨年の雪辱を晴らした。

 

「見たか……これが、女帝の走りだっ!」

 

 感極まり、観客席に向かって手をかざすエアグルーヴ。

 今日一番の歓声が東京レース場を揺らした。

 

「くぁ〜っ! マジかよ〜っ! 連敗じゃね〜かっ! しかもまた3着かよ〜っ! またスカーレットのやつに嫌味言われるぅ〜っ!」

 

 ウオッカは頭を抱えながら、ターフを転げ回る。

 

「……ペンタブ……尊みが遠退く……ガクリッ」

 

 アグネスデジタルに至ってはターフの上で明後日のジョーみたいに真っ白に座り込んだ。

 

「貴様ら、何をしている。ファンにそんな不甲斐ないところを見せるな。胸を張り、己を応援してくれたファンたちに最後まで応えろ」

 

 エアグルーヴが一喝するれば、ウオッカもアグネスデジタルもすぐに姿勢を正し、スタンドに押し寄せたファンに手を振るのだった。

 

 ――――――

 

 安田記念の翌日。

 レースの翌日であろうと、この日は月曜日であり、座学もある。

 そしてエアグルーヴはそれが終われば、今度は生徒会としての役目が待っている。

 

「昨日はおめでとう、エアグルーヴ。友として、心からの賛辞を君に送ろう」

 

「ありがとうございます、会長」

 

「見ていて私も思わず血が騒いだぞ、エアグルーヴ」

 

「ふっ、ブライアンにしては珍しいな。貴様なりの賛辞として受け取っておく」

 

 生徒会室で送られたシンボリルドルフとナリタブライアンの祝いの言葉に、エアグルーヴは柔らかい笑みを浮かべて返した。

 

「それにしても、まだまだトゥインクルシリーズには君を始め、猛者が多いな。そんな猛者がドリームシリーズに入ってくるのかと思うと、うかうかしていられない」

 

「そうですね。皇帝を超える女帝が誕生するのも時間の問題でしょう」

 

「君もなかなかに言うようになったじゃないか」

 

「会長には負けますよ」

 

 ふふふ、あはは、と穏やかに笑う皇帝と女帝。

 そして、

 

「皇帝と女帝を食らう怪物というのも、有りだな」

 

 ふふんとシャドーロールの怪物がほくそ笑む。

 この中でシンボリルドルフ以外はまだトゥインクルシリーズで走っている。次の宝塚記念ではこのシャドーロールの怪物も出走することから、既に各メディアは盛り上がっている。

 

 今シーズン、学園内模擬レースも含め無敗の女帝。大阪杯と春天を制して今年の春三冠を狙うシャドーロールの怪物。更にそこに前年覇者でレースレコード持ちのサイレンススズカが立ちはだかる。

 無敗の女帝か無敵の怪物か。はたまた異次元の逃亡者が逃げ切るか。

 春を締めくくるレースとして、これほどまで盛り上がるのは必然だろう。

 

「まあ先ずは女帝から食ってやることにする。女帝の血肉はさぞ私の渇きを潤してくれるだろうからな」

 

「やれるものならやってみるがいい。今の私に不安要素は一つもないぞ」

 

 睨み合い、不敵な笑みを浮かべる両者。そんな二人をシンボリルドルフは『切磋琢磨、情意投合』と微笑んだ。

 

 そこへノックの音がトントントンと控えめに響く。

 するとシンボリルドルフの耳が僅かにピンと立った。

 

「どうぞ」

 

 努めて平静を装いシンボリルドルフが返事をすれば、開いたドアから男のトレーナーが入ってくる。

 

「失礼する。ルドルフ、ブライアン……今日のトレーニングで学園のプールを使用する予定だったが、残念なことに排水設備の急な点検が入ってしまったそうだ。よって今日のトレーニングは学園外のプールに移動して行うことにした。そちらの仕事が終わり次第用意して正門前に集合してくれ。学園指定の水着も忘れるなよ」

 

 この男はチームリギルのトレーナーである岡部正巳(おかべ まさみ)で、シンボリルドルフを無敗の三冠バ……そして八冠の皇帝にし、ナリタブライアンもまた無敵の三冠バにしたトレセン学園屈指の名トレーナー。歳は40歳。

 体格も良く高身長。短めのスポーツ刈りで強面。いつもディープグリーンのカジュアルスーツを着用しているのもあって、初見では先ずそっち系の人間に見えてしまう。しかし老若男女問わず優しく接することから、そのギャップの虜になって学園内に非公式ファンクラブまであるほどの伊達男だ。

 

「ああ、分かったよトレーナー君。わざわざ伝えに来てくれてありがとう」

「分かった」

 

「何、礼なんていらん。ルドルフの顔を見るのとブライアンがサボってルドルフや副会長を困らせていないか確認するついでだ」

 

「トレーナー君……君って人は本当に……ふふっ♪」

「……チッ」

 

 岡部のストレートな物言いにシンボリルドルフは思わず顔をほころばせ、ナリタブライアンは鬱陶しそうに舌を打つ。

 

「副会長も、いつもうちのブライアンがすまないな。出来るだけサボらせないようにするから、これからも目を光らせてやってくれ」

 

「はい。こちらこそいつもブライアンの確保捕縛をありがとうございます。お陰で助かっています」

 

 それだけ言葉を交わすと、岡部は「では失礼した」と告げて足早に生徒会室をあとにした。

 岡部が去ったドアをシンボリルドルフは彼の足音が小さくなるまで見つめ、その顔は皆の皇帝ではなく、一人の恋する乙女であった。

 

「また皇帝の心がトレーナープリズムパワーによってルナティック可愛子ちゃんにメイクアップしたな」

 

「ブライアン、最早何語なのかも分からん文章を作るな」

 

 ナリタブライアンは『なか〇し』の愛読者である。同志はメジロライアンとミホノブルボン。

 

「会長……会長、戻ってきてください」

 

「ルナ、トレーナー、しゅき……」

 

「知ってます。バレてます。そしてルナってます」

 

 説明しよう。シンボリルドルフはトレーナーを愛するあまりルナってしまうと語彙力が低下するのだ。

 

「はっ……コホン、すまない。私としたことが」

 

「いえ、近頃は駄洒落を言う頻度よりルナる方が多いですからお気になさらず」

 

「そ、そんなにか? というかルナるとは?」

 

「ああ、私らがいようがいまいが、トレーナーの前ではルナーモードに切り替わることが近頃の会長は多いからな。まあ大抵はトレーナーが皇帝にだけ送る愛情深さを受けたらって感じだがな」

 

「マナーモードみたいに言わないでくれないか!?」

 

 ナリタブライアンにハッキリと指摘されると、シンボリルドルフはツッコミを入れながらも耳を垂れさせ、両人差し指を突き合わせながら「だって、好きなんだもん」と頬を膨らませる。

 

「いえ、私もブライアンもそれが悪いとは言ってません。寧ろ会長が心を許せるお相手がいることに安心しています」

 

「私としては会長たちみたいな大人な展開より、ベタな展開が見たいものだな。会長がトースト咥えたまま走って、道端でトレーナーとぶつかるとか……そんなのが見てみたいな」

 

「いや、ウマ娘の速力で人とぶつかったら大惨事になるぞ」

 

「トレーナーとぶつかってルナがトレーナーを押し倒してウマ乗りに……きゃー! ルナ大・胆!」

 

「ですから会長、ルナらないでください。ブライアンも会長の乙女心を刺激するな」

 

 恋する気持ちは十分に理解するエアグルーヴだが、これはこれで生徒会室がカオスになるので困る。シンボリルドルフがルナってても手と目は書類の山を猛スピードで処理しているのが流石だが、エアグルーヴは未だにそのギャップに慣れない。

 これならまだ前のようにシンボリルドルフが冷房いらずの駄洒落をいきなり言い出す方がマシだ。

 前にナリタブライアン本人の前で、

 

『下着を嫌がるブライアン。ブラ、いやん』

 

 なんてドヤ顔で披露した時に、ネタにされた本人が本気で会長の顔へシャドーブレイクを叩き込もうとしていたのを止めたあの時が懐かしく思えるほどに。

 

「じゃあ代わりにエアグルーヴはどうなんだ?」

 

「……は?」

 

 ナリタブライアンから急に話題を向けられ、思わず素っ頓狂な声が出てしまうエアグルーヴ。

 

「だから、エアグルーヴはそっちのトレーナーとどこまでいったんだ? 手は繋いだのか? それとも服の袖裾か後ろの裾を掴むまでか? ま、まさか指と指を絡め合う恋人繋ぎまでしてしまったのか!?」

 

「……お前の基準は少女過ぎる」

 

「なっ!? まさかチュウまでしてしまったのか!? チュウするとコウノトリが赤ちゃんを運んで来るんだぞ!!? いや、トレーナーなら収入もあるから大丈夫だろうが、やはり色々と問題があるはず……」

 

「……お前は今まで保健体育の座学で何を学んできたのだ?」

 

「保健体育なんて寝ていてもいい授業だ」

 

 エアグルーヴのやる気が下がった。

 

 そこへまた生徒会にノックの音が響く。

 今度はエアグルーヴが耳をピンと立たせる番だった。

 即座に皇帝スイッチがオンになったシンボリルドルフが返事をすると、エアグルーヴの想い人こと幸福が中へ入ってくる。

 

「お邪魔しま〜す」

 

「わざわざ生徒会室まで何の用だ?」

 

 素っ気ない態度でも、エアグルーヴの尻尾は幸せそうに揺れていた。

 

「昨日帰ったら、実家から在庫品押し付けられててな。んでジャム作ったからお裾分けだ」

 

「ほう、バラのジャムか。ありがたい。生徒会室にあるのも少なくなってきたところだったのだ」

 

 幸福からバラのジャムが入った瓶をいくつか受け取ると、エアグルーヴはほわわとテイエムオペラオーでもないのに周りに花びらが舞う。

 彼の実家は大型園芸店。時期が終わりかけになって売れなくなった無農薬栽培の花を幸福に良く送りつけてくるため、毎回そうなるとこうしてジャムにしたりお茶にしたり、押し花の栞やドライフラワーにしたりするのだ。量が多いとウマ娘たちの寮へ彼女たちが普段使う浴槽へ浮かべる用として届けたりする。香りもいいので意外と好評。

 

「エアグルーヴのトレーナー君が作る花のジャムは、私を含め生徒会の皆が喜んでいる。今回もありがたく受け取るよ」

 

「私は甘い物はそんなに食べないが、このジャムは甘さ控えめで好きだぞ」

 

「そう言ってもらえると作り甲斐があるよ。それじゃ、邪魔したな。生徒会の仕事頑張ってくれ。あ、俺これから理事長やたづなさんにもジャム渡しに行くんだが、なんか二人のとこに持ってく物あるか?」

 

「ああ、ならばこちらの確認済みの書類を持っていってくれると助かる。今持ちやすいように紙袋へ入れてやる」

 

「いつもありがとな」

 

「それはこっちのセリフだ、たわけ」

 

 このやり取りを見るシンボリルドルフとナリタブライアンはまるで二人が熟年夫婦のように見えた。

 

 エアグルーヴのやる気が上がった。




 おまけ

 その日のトレーニング開始前。
 チームデネボラの部室内にて、

「わぁ、何これ美味しい♪ 香りも最高♪」
「だろ? これはトレ公作バラのジャムさ!」

 今日はモデルの仕事が入っているため、早めにやってきて先に着替えていたゴールドシチー。
 そこにあとからやってきたヒシアマゾンが、幸福から受け取ったお手製ジャム(チームのみんな用)を持ってやってきた。
 幸福お手製と聞いて俄然興味が湧いたゴールドシチー。
 なのでヒシアマゾンが購買で仕入れた人参クラッカー(クラッカーの生地に人参ペーストを混ぜ込んだもの)に塗って食べさせてあげたのだ。

「バラのジャムかぁ。前に事務所で貰って食べたことあるけど、その時はこんなにバラの香りしなかった」
「市販のやつは確かリンゴがどっさり入ってて、バラはちょびっとであとから香り付けするってトレ公が言ってたよ? ほら、元々バラにはペクチンがなくて、ジャムが固まらないからリンゴを多く入れるんだと」
「へぇ……じゃあトレーナーのは?」
「トレ公のはリンゴ一個にあとはレモンジュースと砂糖を加えて、あとはバラたっぷりって言ってたな」
「へぇ……お砂糖は分かるけど、レモンジュースはなんで入れてるの?」
「えぇっと確か……」

 ゴールドシチーの質問にヒシアマゾンはこめかみに指を当てて、前に幸福から聞いたことを思い出す。

「ああ、そうそう。最初にリンゴとバラを水に入れて火にかけるとすぐに色が落ちるらしいんだ。でもそのあとで砂糖とレモンジュースを加えると、化学反応で色が戻ってくるんだとさ」
「はぁ〜、なるほどねぇ」
「合成香料を使わないからアタシらの身体にも問題ない。流石トレ公だな!」
「だね! あぁ、旦那に欲しい……」
「……まあ頑張んな。アタシらはただ見守ってるからさ」
「うん、頑張って早くエアグルーヴと同じくらいにならないとね! じゃあ、アタシ先にメニュー始めてるから!」
「おう、怪我するんじゃないよ!」

 あの鈍感トレーナーがこの先エアグルーヴと結ばれるか、はたまたゴールドシチーがかっさらうか。ある意味で楽しみなヒシアマゾンだった。

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