女帝が持つ賢者の杖《完結》   作:室賀小史郎

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ポンコツ要素多め。みんな乙女ってことで←


女帝を惑わす恋の魔法

 

 6月も半ば。湿度も高くなり、何もしていなくても汗ばむ時期だ。

 それでもエアグルーヴは早朝トレーニングのあとに、自分が校舎裏で世話をしている花壇の水やりが日課で、今朝も花たちに水をやっている。

 

「うむ、今日も綺麗に咲いているな。これからも精一杯咲けよ」

 

 今水をやっているのはキキョウとユリ、そしてツユクサ。

 どれも夏頃まで花を咲かせ、キキョウに至っては長いもので10月まで咲いている。

 

「こちらはもう少しで花開く頃か? いや、そう焦ることもないな。ゆっくりと力を蓄え、7月にはその美しい姿を見せてくれ」

 

 その隣ではヒマワリとアサガオが順調に育って、背を高くしていた。

 こうした花々の生き様と健気なところがエアグルーヴは好き。

 物言わず、ただその時その時を懸命に生きるその姿に、世話をしているのにまるでこちらが励まされているように感じられる。ただそこに居るだけで、見た相手にそう思わせることが出来る花々にエアグルーヴはいつも感銘を受けているのだ。

 しかし――

 

「む……」

 

 ――花を育てていると、必ず向き合わねばならないことがある。

 

「ハチか……?」

 

 それは花に寄ってくる虫たちだ。

 エアグルーヴは虫が大の苦手。アブラムシを食べてくれるテントウムシなどの見た目が比較的可愛らしい部類に入る虫ならばまだなんとかなるが、ハチやバッタと言ったザ虫は見るだけで思わず鳥肌が立つ。

 

(大きさ的にあれはミツバチ。ミツバチはこちらが何もしなければあちらも何もしてこない。寧ろハチだって生きるため、そして子育てのために花の蜜や花粉を集め、その過程で花たちの受粉を促す、花にとっては大変有り難い存在だ)

 

 冷静さを取り戻すために頭の中で早口で解説し、そっと距離を取るエアグルーヴ。

 どんなにその知識があったにしても、苦手な物は苦手なのだ。

 

 ブォーンッ

 

「っ!!?」

 

 突然の大きな羽音に、エアグルーヴは身を硬直させた。

 その正体はクマバチ。

 クマバチの餌はミツバチと同じく花粉や花の蜜。なのでこうしてエアグルーヴの花壇にも餌を集めにやってくる。

 大きな羽音と大きくて黒い胴体。スズメバチやアシナガバチのような危険性が高いハチではないと分かっていても、エアグルーヴはその迫力に思わず尻尾も縮む。

 

「ひっ……あ、あっちへ行ってくれ……」

 

 エアグルーヴの懇願も虚しく、この個体は彼女が持つじょうろのハス口(じょうろの先端)に止まってしまった。ハス口についた水滴に口をつけていることから、きっと水を求めていたのだろう。

 しかしこれによってエアグルーヴは余計に身動きが取れない状況に陥った。

 

「うぅっ」

 

 ギュッとまぶたを閉じて飛び去ってくれるのを待つエアグルーヴ。

 すると、

 

「なぁにしてんだよ、エアグルーヴ」

 

 ふと聞き慣れた声と安心感のある温かさが肩に伝わってきた。

 

「き、貴様か……」

「よう。大丈夫か?」

「大丈夫な訳ないだろう、このたわけ」

 

 すぐ隣にやってきたのは幸福。彼もここで自身の菜園の世話しているのでやってきたのだが、エアグルーヴがずっと固まっていたので状況を察して落ち着かせるように肩を抱いたのだ。

 

「クマバチか。見た感じオスだな」

「ま、待て貴様、何をす――」

「よっと」

 

 ブブブブブッ!

 

「――ぴゃぁっ!?」

 

 幸福が躊躇なくクマバチを摘み上げ、そのせいでクマバチの羽音が激しくなりエアグルーヴは悲鳴をあげる。

 

「大丈夫大丈夫。クマバチのオスは針がないから刺さない。でも噛まれるけどな」

「こちらに見せつけるなっ! 早く向こうにやってくれっ!」

「はいよ」

 

 クマバチを持ったまま、幸福は自分の菜園に連れていき、咲いている花の上に乗せてやる。

 するとクマバチは今度は一心不乱に花粉を集める作業に入った。

 

「もう大丈夫だぞ」

「そ、それは見たら分かる。しかし本当に貴様大丈夫なのか? か、噛まれて血が出たりとか……」

「ないない。てか噛まれないように摘んだし」

「ならいいんだが……ふぅ」

 

 今度こそ安心して緊張の糸を解くエアグルーヴ。その証拠に尻尾がいつものように垂れ下がっている。

 

「まあ花を育てているとどうしても虫は集まってくるもんだ。それだけ綺麗に咲かせることが出来てる証拠だと思えばいい」

「頭ではそう理解している。しかし苦手なものは苦手なんだ」

「だよな。俺は小さい頃から慣れてるからいいが、苦手な人にとっては無理だよな」

「ああ……」

 

 エアグルーヴが虫を苦手とすることは学園でも割と有名。何しろ寮で夏になると現れる名前を言ってはいけない黒い奴に出くわすと彼女の悲鳴がこだまするのだから。そうでなくてもカが止まって血を吸われているのに、半泣きで助けを求めてくる姿が多々目撃されている。

 当然、それだけでなくクモやゲジゲジも、害虫を食べてくれる益虫だと知っていても悲鳴をあげてしまう。

 

「ほら、元気出せ」

 

 幸福がしょんぼりと耳が垂れている彼女の頭を優しく撫でると、

 

「……もう少し強めにしろ」

 

 彼女には珍しく外だというのに素直に甘えるのだった。

 

「よしよし……」

 

 耳を後ろに倒して、幸福が撫でやすいようにするエアグルーヴ。自然とその距離も詰めており、彼女は自らの頭を幸福の胸板に押し付けていた。

 

「よっぽど怖かったんだな。もう大丈夫だぞ」

「……たわけ」

「素直に甘えられて偉いぞ」

「たわけ」

「よしっ、そろそろ教室に向かう時間だぞ。あとの水やりは俺がやっとくよ」

「ああ、感謝する。頼んだぞ」

「はいよ」

 

 その別れ際、エアグルーヴは自身の尾の先を掠めるように幸福の指先に当てる。尾にも大好きな彼の匂いが付いてこのあとも安心出来るように。

 

 ――――――

 

 それから時間は何事もなく過ぎて座学も終わり、エアグルーヴは生徒会の仕事をこなす。

 宝塚記念も近くなってきたので、今日はエアグルーヴのトレーニングは軽めのメニューのため、生徒会の仕事を優先する。

 ただ、

 

「はぁ……」

 

 エアグルーヴは生徒会室の自身の机で、珍しく頬杖をついて、散漫な様子。

 

「……エアグルーヴ」

 

「はぁ……」

 

「エアグルーヴ?」

 

「はぁ……」

 

「……やあ、エアグルーヴのトレーナー君じゃないか」

 

「ど、どうした貴様!? 何の用だ!?」

 

「あはは、冗談だよ」

 

「会長……からかわないでください」

 

 シンボリルドルフに一杯食わされ、エアグルーヴは恥ずかしそうに席に戻った。

 

「何やら心ここに有らずといった感じだね。君にしては珍しい。私の声も届いていなかったくらいだ」

 

「す、すみません。それで、私に何か?」

 

「いや、生徒会の今日の仕事も取り敢えず一段落した。君もこれからトレーニングがあるだろう。でもその前にお茶でもどうかなと、ね」

 

「分かりました。では私が淹れて――」

 

「それならブライアンが率先してやってくれている。ブライアンが言うには、何やらラブストーリーの波動を感じる……と言っていたな」

 

「何なんですか、それは……」

 

 何のことやらさっぱりなエアグルーヴだが、

 

「その名の通り、エアグルーヴにラブストーリーの波動を感じたんだ。生徒会の仕事をサボらずに来て良かった」

 

 ナリタブライアンがコーヒーと紅茶を購買から買って戻ってきた。その表情はいつも通りに見えるが、どこか期待に満ちた目をしている。

 

「わざわざ買ってきたのか?」

 

「私の奢りだ気にするな。実体験のラブストーリーを聞かせてもらうお代だと思え。つまみも買ってきたしな」

 

「映画鑑賞ではない。全く……何がしたいんだ、貴様は……」

 

 エアグルーヴのやる気が下がった。

 

「まあまあエアグルーヴ。取り敢えずはお茶でも飲もうじゃないか」

 

「……ええ」

 

 ――――

 

「で、エアグルーヴ。お前のトレーナーと何があった? 隠さず全て吐け。いつもは買わないが、今回は特別に購買で一番高い黒毛和牛のジャーキーを買ってきたんだ」

 

「何で私が貴様に尋問紛いなことを受けねばならんのだ? しかもそれはお前用で私は何も受け取ってないんだが?」

 

 ナリタブライアンは黒毛和牛ジャーキーをエアグルーヴに見せつけるだけで、自分だけでモヒッている。加えてエアグルーヴはジャーキーを好んで食さない。

 

「しかし私もエアグルーヴの様子が気になっていた。何かあったのなら話してほしい。友として力になりたいんだ」

 

 シンボリルドルフが柔らかい表情でそう言えば、エアグルーヴは「えっと……」と控えめに今朝の花壇でのことをポツポツと語り聞かせた。

 

 ◇

 

「なるほど、素直に好きな相手に甘えることが出来たのは良かったじゃないか」

 

「うむ、実にいい話だ。これは塩辛いジャーキーが進む」

 

 二人の反応にエアグルーヴはどんな反応を返せばいいのか分からず、誤魔化すようにペットボトルの紅茶を口に含んだ。

 

「苦手な虫に出くわしてしまったのは気の毒だったが、そんなことがどうでも良くなるくらい良いことがあって何よりだ。一陽来復とでも言おうか」

 

「……はぁ。ただ、柄にもなく『このまま時が止まってしまえばいいのに』などと思ってしまいました」

 

「ブフォッ」

 

『ブライアン!?』

「一体どうした!?」

 

 突然、飲んでいたお茶を盛大に吹き出したナリタブライアン。

 しかし彼女は至って冷静に、タオルで口や濡らしてしまったテーブルを拭く。

 

「いや、すまん……まさか少女漫画のセリフがエアグルーヴの口から生で聞けるとは思わなかったんだ。生で聞くとまたいいな」

 

「貴様のツボが私には分からん」

 

「しかし『時が止まってしまえばいいのに』か……いいな。私もトレーナー君と二人で過ごしていると、エアグルーヴと同じことを思ったことは多々ある」

 

「からかわないでください」

 

 シンボリルドルフの同意に流石のエアグルーヴも赤面して、こめかみを押さえた。

 

「なぁ、今度はそのセリフをお前のトレーナー本人に言ってみてくれないか? きっと面白い展開になると思うんだ」

 

「お前を楽しませるためにこちらは恋をしているのではない、たわけ」

 

 ナリタブライアンの少女漫画脳についついツッコミを返すエアグルーヴ。

 すると、

 

「それは無理だとしても、助けてくれたことへ何かお返しをするのはどうかな? これなら君のトレーナー君も変に思わず受け取ってくれるはずだ」

 

 シンボリルドルフが名案を思いついた。これにはエアグルーヴも思わず尻尾が揺れる。

 

「いいな。私の好きな少女漫画の展開なら、ヒロインがお礼としてお弁当を気になる男に作って渡すのがあったな」

 

「いいじゃないか。トレーナー室で二人きりで食べるという手もあるし、その場で感想や反応も確認出来る」

 

「お決まりのあーんイベントも二人きりなら、お堅いエアグルーヴでも出来るだろう」

 

「ま、待て! 何故そこまでする必要がある!?」

 

 自分を抜きに話が進んでいく中、やっとナリタブライアンが言ったことに対して言葉を発したエアグルーヴ。

 

「あるに決まってるだろう。いいか、エアグルーヴ。お前のチームには既に恋敵が居るんだったよな? だったらこういうところで差をつけないと、恋敵に差し切られるぞ。お前はそれでいいのか?」

 

 ナリタブライアンの的確な指摘にエアグルーヴは「ぐっ」とたじろぐ。

 確かにゴールドシチーは着実に幸福との距離を縮めてきているし、普段から距離感が近い。対してエアグルーヴは今までと変わりなく、ちょっとだけ嫉妬深くなってしまったくらいだ。

 

「何も私は二人きりなのをいいことに押し倒せと言っているんじゃない。そんなのは少女漫画ではなく、卑猥漫画だ。恋と言うのはだな、誰にでも平等にあることで、自由でなんというか、救われてなきゃあダメなんだ……エアグルーヴだってトレーナーに恋をして救われたことはあるだろ?」

 

「ま、まあ、確かにそうだが……」

 

「ならば一歩でも多く、一秒でも長く、恋敵より好きな奴の近くに行け。あーんが無理なら次は何が食べたいとか自然な流れで次回に繋げる手もある。私が言いたいのはチャンスをみすみす逃すなということだ。さっき購買に行った時にお前のトレーナーに会ったんでな。エアグルーヴから目を離すなと釘も刺してきてやった」

 

 ナリタブライアンの的確なアドバイスにエアグルーヴは今まで初めて彼女のことを頼もしいと思った。それと同時に余計な真似をするなと思う。

 

「ブライアン……私は貴様を蹴飛ばせばいいのか、お礼を言えばいいのか分からない」

 

「崇めればいいんじゃないか?」

 

 エアグルーヴが素晴らしい笑顔のまま無言でナリタブライアンの胸ぐらを掴むが、シンボリルドルフが「まあまあ」と止めに入った。

 

「ブライアンの言うことは後半はともかく、前半は私も同意見だ。あーんまでいかなくとも、自分が作ったお弁当を相手が美味しいと食べてくれる。それだけでも幸せにならないかい? それに少しの勇気でまた彼に手料理をご馳走するチャンスを得られるかもしれないのだから」

 

「あやつが、私の料理を美味しいと……また作ってほしいなどと……あわわわわっ!!!?」

 

 シンボリルドルフの提案に思わずそうなった時のことを想像して、顔を真っ赤にして頭から湯気が出るエアグルーヴ。これはもうどこからどう見ても恋する乙女。

 そんなエアグルーヴを見る二人は『恋とは凄い魔法だ』とつくづく思うのだった。




 おまけ

 その日の夜、栗東寮の簡易キッチンにて。

「…………」

 エアグルーヴは生徒会室で言われた通り、幸福にトレーニング終わりに『明日の昼に今朝のお礼としてお弁当を届ける』と宣言し、明日渡すお弁当の下ごしらえ……ではなく、一度それを試しに作っているところ。
 女帝の辞書に妥協という文字はないのだ。

「はぁぁぁ〜」

 思わず深いため息が溢れる。

「どうしたんだい、グルーヴ?」

 そこへ寮長であり、エアグルーヴの事情を把握しているフジキセキが様子を見にやってきた。

「フジか……もう消灯時間か?」
「それはここ以外消灯したから気にしなくていい。ただ、私の部屋のすぐ近くから美味しそうな匂いが漂ってくるからね。気になって来てみたんだ。友人である君のことも気になるしね」
「そうか……感謝する」

 フジキセキはエアグルーヴが彼女のトレーナーにほの字なのを彼女が自覚する前から分かっていたウマ娘。故に彼女が己の恋心を自覚し、その相手にお弁当を作りたいからキッチンを使わせてほしいなどと頼まれたのが自分のことのように嬉しくて、消灯時間が過ぎてもキッチンの使用を許しているのだ。

「それで、どうしてため息なんか吐いてるんだい?」
「明日に間に合うか不安でな……」
「? 上手に出来ていると思うけど? 君のことだから、これは練習で、明日の朝にこれと同じように……いやこれ以上のものを作るんだろう?」
「いや、料理はこれでいいんだ。ただ……」
「ただ?」
「明日取り乱さないようにあやつとのシチュエーションを何パターンも連想しているんだが、心の準備が間に合いそうにないんだ」
「至急間に合わせるべきだね、それは……」

 それが出来ないからこうして困っているのだ!とエアグルーヴは叫び、その行き場のない気持ちをぶつけるように料理を口にかき込んだ。
 そんな友の様子を見たフジキセキは『彼女のこんな姿を見たら、あのトレーナーもイチコロだろうに』と思いつつ、濃いめのコーヒーを淹れるのだった。

――――――――――――

おまけも楽しんで頂けたら幸いです♪

ウマ娘の寮にキッチンがあるのか分からないんですけど、お弁当作ってるウマ娘もいるのでいいかなって思って書きました。

それでは今回も読んで頂き本当にありがとうございました!
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