女帝が持つ賢者の杖《完結》   作:室賀小史郎

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 おまけ1

 エアグルーヴは今までにないくらいの緊張感の中で、トレーナー室へ向かって廊下を歩く。
 彼女の手には自分の分と幸福の分のお弁当箱が入った花柄の手提げ袋。
 そう今からエアグルーヴは宣言通り、幸福へお弁当を届けに行くのだ。

 すれ違う生徒たちはエアグルーヴに挨拶しながらも、彼女が珍しい時間帯にトレーナー室がある棟を歩いていることに小首を傾げる。
 いつもなら、エアグルーヴは生徒たちの反応を見ながら友達や後輩たちと共にカフェテリアでランチを過ごすからだ。
 しかし今のエアグルーヴに周りの生徒たちの視線を気にする余裕はない。

 大好きな相手と二人きりで過ごせる時間が目の前まで迫っているのだから。

 ◇

「おー、美味いなぁ。わざわざありがとうな、エアグルーヴ」
「これくらい私なら当たり前だ、たわけ」

 トレーナー室でテーブルを囲み、自分の真向かいで美味しそうに食べてくれる幸福。
 エアグルーヴの言葉は相変わらずだが、耳も尻尾も上機嫌に揺れている。表情も何処となく幸せそうで、頬も若干赤く、語気も穏やか。

 しかし彼女にとってはここからが問題だ。流石にあーんは無理。何度も妄想し、昨晩夢にまで見たが、とてもそんなことは出来そうにない。
 よってエアグルーヴは次へ繋がるチャンスを掴むために、タイミングを見計らっていた。

「どうした、そわそわして? 何か相談事か?」
「い、いや……貴様は良く食べる方だから多めに作っては来たが、足りたかと心配で……」
「十分さ。このおにぎりも大きいしな。これ握るの苦労しただろ?」
「貴様のことを思えばどうということはない、たわけ」

 ふっと鼻で笑って見せたが、エアグルーヴは失言してしまったと顔を真っ赤に染める。対して幸福は相変わらず「そっか。ありがとうな」といつもの爽やかスマイルだ。

(くっ……何を言っているのだ私は!? そして何故貴様は私の失言をスルーする!? 貴様にとって私は娘か妹的なのか!!?)

 幸福の反応に若干の憤りを感じながらいると、

「じゃあこのお礼に、今度は俺が弁当作って来ようか?」

 まさか向こうから嬉しい提案が舞い込んで来る。
 予定とは違うが、これはこれでエアグルーヴにとっては願ってもない提案だった。

「お礼のお礼とは……全く貴様というやつは……」
「別にいいだろ。で、返事は?」
「……厚意は素直に受け取ろう」
「ん、なら持ってく時は前日に連絡する」
「ああ……」

 エアグルーヴは何とか返事を返してすぐに俯いた。ダメだったのだ。嬉し過ぎて顔がにやけて、そんな顔を見せたくなかったのである。
 しかし、

「丁度シチーにもお弁当強請られててな。そん時一緒に作るよ」
「…………はぁ」

 嬉しさもにやけもスンッと消え失せた。
 しかしエアグルーヴは『そうだった。こやつはそういう男だった』と逆に冷静さを取り戻せた。

「ん、どした?」
「何でもない。たわけ」
「ありゃ、何か拗ねちった?」
「知るか」
「おい〜、何で拗ねたんだよぉ」
「貴様に教える義理はない。そもそも拗ねてない」
「ん〜……エアグルーヴの好きなジャムサンドとタマゴサンドにするから、機嫌直してくれよ」
「…………フルーツサンドも要求する」
「おお、お安い御用だ。リンゴのやつな」
「イチゴのもだ」
「はいよ♪」
「ふんっ、たわけが」

 鼻を鳴らすエアグルーヴであるが、彼がちゃんと自分の好みを覚えていてくれたことが嬉しくて、機嫌はすっかり良くなった。その証拠に尻尾は珍しくクルンクルンと嬉しみの舞を踊っている。
 予定とは違ったが、またお弁当の約束が出来て幸せな気持ちに包まれるエアグルーヴであった。

―――――――――――――――

てことでね、お弁当を食べるシーンを簡単ですがおまけとして書きました♪
本編もどうぞ!


夢のグランプリとその後

 

 票に託されたファンの思いを胸にターフを駆けるウマ娘たち。春を締めくくるグランプリレース宝塚記念。阪神レース場、芝2200。バ場は稍重。天気は曇り時々小雨。

 

 このグランプリを彩るのに相応しい、選ばれし優駿たち。

 前年覇者でレースレコードを持つサイレンススズカ。同じチームスピカのゴールドシップとメジロマックイーンも出走。

 対して絶対的王者チームリギルからはグラスワンダーにテイエムオペラオーとナリタブライアンが出走。

 そして今年も注目を集めるチームデネボラでは、エアグルーヴとゴールドシチー、マーベラスサンデーが出走する。

 

 中でも一番人気はサイレンススズカ。続く二番人気はナリタブライアンで三番人気はエアグルーヴと続く。

 スピカ、リギル、デネボラの三チームがそれぞれ出走上限一杯の三名を出走させることで、各メディアでは『中央最強チーム決定戦』などと注目が集まり、阪神レース場には蒸し暑さを吹き飛ばすほどの10万人を超える大観衆が押し寄せた。

 

 ◇

 

 ワァァァァァッ!!!!

 

 大観衆の声が阪神レース場に響き渡る。

 当然だ。今まさに歴史的なことが起こっているのだから。

 

「サイレンススズカ逃げ切れない! 捕まった! 捕まえたのは同チームゴールドシップ! やはり強い! 捲くって上がってきた!」

 

「ラストの直線ですよ!」

 

「エアグルーヴも上がってくる! ナリタブライアンも続いたぞ! しかしゴールドシップハナを譲らない!」

 

 ワァァァァァッ!!!!!

 

 誰が勝つか分からない。それがレースだ。

 

「間からすぅっと上がってきたのは赤いリボンマーベラスサンデー! ホープフルステークス以来のG1制覇なるか!? 伸びるか! 伸びるか! マーベラスサンデー抜け出せるか! 真ん中を割った赤いリボン! マーベラス! マーベラス! ゴールドシップ! エアグルーヴ! ナリタブライアン! 出た! ついに二度目のG1制覇だ! マーベラスサンデー! やったーやったーマーベラス! 春を締めくくるグランプリを制しました!」

 

 宝塚記念を制したのは今レースの大穴マーベラスサンデー。序盤は後方で足をため、最後の直線から一気にその足を解放。

 これには観客たちも大きな拍手と声援を送る。

 

「やったー! マァァァベラァァァスッ!!!!!」

 

 マーベラスサンデー本人も全力を出し切ってフラフラになりながらも、輝く笑顔でスタンド前へ両手を挙げて走っていく。

 ジュニア期に出走したホープフルステークス以降、G1勝利に手が届かなかったマーベラスサンデー。

 辛かった。でも持ち前の明るさで弛まぬ努力を重ねてきた。マーベラスサンデーに限らず、どのウマ娘もこの瞬間のために日々努力を重ねるのだ。

 

「応援ありがとーーー! みんなの声援もちゃんと聞こえてたよーーー! とってもとってもマーベラスだったよーーー! マーベラァァァスッ!!!!」

 

 ワァァァァァッ!!!!!!

 

 ぴょいんぴょいんと跳ね回るマーベラスサンデー。その度に揺れる彼女のトレードマークの赤いリボンは、この日レースを観ていた誰の記憶にも残るだろう。

 

「アタシやったよ、トレーナー! やったー! やったー!」

 

 はしゃぐマーベラスサンデーだったが、体は正直。その証拠にマーベラスサンデーはバランスを崩した。

 

「おわわわっ!?」

「全く……嬉しいのは分かるが、それで怪我をしては意味がないだろうが、たわけ」

 

 しかしすぐにエアグルーヴが支えてくれたことで、転倒することはなかった。

 

「えへへ、ありがとエアグルーヴ先輩!」

「ああ……おめでとう、マーベラスサンデー。負けはしたが、心からの祝福を送ろう」

「うん、ありがと! マーベラス!」

「お前と言う奴は……ふふふ」

 

 あの女帝にもマーベラスサンデーの笑みは伝染る。

 エアグルーヴも負けて悔しい気持ちはあるが、こんなにも嬉しそうにしているマーベラスサンデーの気持ちが分かり、ついついその頭を撫でてしまうのだった。

 

「………………」

 

 ――――――

 

 宝塚記念が幕を下ろし、結果はチームデネボラのマーベラスサンデーが九番人気から1着という劇的勝利に終わった。

 因みに2着はゴールドシップで、ハナ差3着のエアグルーヴ。続いてナリタブライアン、サイレンススズカという着順だ。

 エアグルーヴは今年も宝塚記念を逃してしまったが、彼女の表情は晴れやかである。何しろサイレンススズカとナリタブライアンには女帝の背中を見せることが出来たのだから。

 それに何より、チームメイトで可愛い後輩が自分を抜き去ってグランプリウマ娘に輝いたのだから、エアグルーヴにとっては悔しさよりも嬉しさの方が圧倒的に大きいのである。

 

「マーベラスサンデー、宝塚記念勝利! そしてエアグルーヴ3着入賞! おめでとう! 乾杯!」

 

『カンパーイ♪』

 

 宝塚記念の翌日。チームデネボラはトレーニングを早めに切り上げて、部室で祝勝会を開く。

 何故今日なのかというと、昨日は日曜日でレースが終わればすぐに中央へ帰らないと明日の座学に支障が出るからだ。

 それでも昨日はレース場の責任者のご厚意で人気の特別お重弁当を貰い、みんなして帰りの新幹線の中でその味に舌鼓を打った。

 今回もいつも通りヒシアマゾンを中心に料理を作り、テーブルに所狭しと並んでいる。

 マーベラスサンデーは優勝レイを改めて首から下げて、くるくるとその場で回っていた。

 

「おいおい、嬉しいのは分かるけどなぁ……汚しちまったら嫌だろ? 大人しくしてろよ」

「はーい! でももうちょっとだけー!」

「なら、もう少しテーブルから離れろ」

「はーいっ!」

 

 幸福に注意されてもマーベラスサンデーは有頂天。こんな彼女を見るのは久々なので、幸福も口では注意しているが、その表情はとても優しい。

 

「はぁ……」

「どうした、ゴールドシチー?」

「あ、エアグルーヴ……見れば分かるでしょ? アタシはしょげてるの」

 

 マーベラスサンデーとは正反対に部室の隅で肩を落として人参ジュースをちびちび飲むゴールドシチー。

 彼女は昨日のグランプリで六番人気であったが、結果は9着に沈んだ。

 リギル、スピカ、デネボラの三強が共に三名ずつを出走させた大一番。後輩が1着で恋敵が3着。なのに自分は三強の中でも最下位となったことが何よりも悔しかった。

 

「大阪杯も今回も、自信はあった。なのに勝てなかった。まあレースに出てれば当たり前なんだけどさ、でもキツいよ、ホント。勝てないって」

「…………」

 

 エアグルーヴは黙って彼女の言葉を聞く。何かしら言葉をかけることは容易いが、順風満帆の戦績を持つ自分がそれを言うのは嫌味になってしまうからだ。

 例えゴールドシチーがそう受け取らなくても、エアグルーヴ本人がそう考えてしまうので、ただ聞き役になって鬱憤を吐露させてやる方がいいと判断したのである。

 

「でもアタシさ、これがアタシの実力なんだって思わない。負け癖なんて絶対つけない。だってトレーナーはそんなアタシを信じてくれてるんだもん。今のアタシの実力はこんなもんだけど、絶対にこんなもんで終わらせないし、終わりたくないんだ」

「……そうか」

 

 エアグルーヴはそれを聞いて思わず微笑んだ。

 負けが続くと辛い。それに耐え切れずトレセン学園を去って行ったウマ娘も多い。

 マーベラスサンデーだって普段は明るく過ごしていたが、負けが続いて自慢の明るさに時折無理が見えていた。

 それでも努力を重ねて勝ったのだ。女帝や怪物、逃亡者という並み居る強敵を打ち負かして。

 だから負けても次を見据えるゴールドシチーをエアグルーヴは頼もしく、それでいて良きライバルだと嬉しく思った。

 

「次は天皇賞秋……その前に京都大賞典で勝って弾みを付けるんだ」

「ゴールドシチーなら出来るさ。私の恋敵(ライバル)なのだからな」

「うん。楽しみに待ってなよ」

「楽しみにしているぞ」

 

 笑い合い、互いの決意に人参ジュースで改めて乾杯した二人。

 しかし、

 

「トレーナー……シチーちゃんのやる気を上げるためにあーんってしてぇ。フォークとお皿持つ気力ないからさ〜」

 

 直後に幸福の背中に抱きついて卑しくも素直に甘えるゴールドシチーを見て、エアグルーヴは持っていた紙コップをペショッと握り潰し、手から床に人参ジュースが滴り落ちた。

 当然、

 

「ん……ああ仕方ねぇな。ほれ、あーん」

「あ〜……ん〜♪」

 

 幸福は何も考えずそれに応えてしまう。

 ヒシアマゾン特製の鶏の竜田揚げを食べさせてもらい、ゴールドシチーは耳もピコピコ、尻尾もふわりふわりと上機嫌。

 

「……ぐぬぬぬぬっ」

 

 エアグルーヴの手にする紙コップが小さな小さな紙の塊に変わる。尻尾は高く上がり、その怒りの度数が高いことを物語っていた。

 

「トレーナー、次頂戴……あ〜♪」

「ちょっと甘え過ぎじゃねぇか? ほれ」

「あむ……ん〜♪ 次頑張るために甘えてるの。いっぱい甘えて、次のレース頑張るからさ。それに甘えるのはトレーナーにだけだから」

「そうか……でも無理だけはしないでくれよ。無理して怪我でもしたら元も子もないからなぁ」

「うん。そこはちゃんと注意するよ」

「ん、約束な」

 

 幸福はそう言うと、ゴールドシチーの首をトントントンと軽く叩く。するとゴールドシチーは嬉しそうに微笑み、彼の胸に頭を擦り付けるのだった。

 

「……おい、スキンシップは結構だが、少々目に余るぞ」

 

 当然、これにはエアグルーヴも黙ってはいない。鋭い眼光でゴールドシチーを睨み、幸福との間に割って入る。

 しかしゴールドシチーは片側の口端を上げて『きたきた♪』としたり顔。

 

「えー、これくらいいいじゃん。アタシは落ち込んでて、それをトレーナーに慰めてもらってるんだからさ」

 

 エアグルーヴを押し退け、再び幸福の胸に頭を寄せるゴールドシチー。

 それを見てエアグルーヴのこめかみにハッキリと血管が浮かび上がった。

 これにはヒシアマゾンやナリタタイシンは『あ、キレグルーヴが来る』と思って耳を塞いだが、

 

「エアグルーヴも甘えたいならこっち来れば? 左胸空いてるっしょ?」

「な……ななななっ!?」

 

 ゴールドシチーの先制ジャブのせいで、エアグルーヴは壊れかけたレディオのように声が震え出す。

 

「エアグルーヴも今回は3着だったしなぁ。俺の胸でいいなら貸すぞ」

 

 幸福がそう言って左腕を広げると、エアグルーヴは一瞬躊躇いながらも、すぐに磁石のように吸い寄せられていった。

 

「……今回は特別だ」

「あはは、素直じゃないんだ♪ そんなんじゃ、損するよ?」

「私の勝手だろう。たわけ」

「はいはい」

 

 今の表情が蕩けているエアグルーヴに何を言われても怖くない。寧ろゴールドシチーは『ホント可愛いなこの女帝』と思っている。

 

「これからも頑張ろうな、二人共」

「勿論!」

「ああ」

 

 ただ幸福だけは二人の空気とは全く別の次元にいるので、二人から暫く離してもらえなかったそうな。




 おまけ2

「あー、二人してズルーい! マーベラス、1着だったのにー!」

 エアグルーヴとゴールドシチーが幸福を二人占めしていると、そこに今日の主役マーベラスサンデーが突撃してきた。
 二人と違ってマーベラスサンデーは幸福に対して恋心は抱いてないが、父や兄のような情が湧いている。彼女はまだ中等部で、まだまだ身近な大人に甘えたい盛りなのだ。
 故に彼女からズルいと言われれば、エアグルーヴもゴールドシチーも譲るしかない。彼女たちは弁えられないほど幼くないからだ。

「ごめんごめん。はい、マベにトレーナー貸してあげる」
「好きに使うといい」

「わぁーい! トレーナー、抱っこー!」
「いでででで、 マーベラス、力! 力抜け! 死ぬ死ぬっ!」
「えー、もう仕方ないなぁ」
「ふぅ〜、ヤバかった……」

 幸福が安堵するのをよそに、マーベラスサンデーはグリングリンとトレーナーの胸板に頭を擦り付けている。とにかく明るい彼女だが、甘えられる存在にはとことん甘える。

「1着おめでとうな、マーベラス。次も頑張ろうな」
「うん! また1着取ったら、スイーツパラダイス連れてってね!」
「おう♪」

 二人のやり取りにはエアグルーヴやゴールドシチーは勿論、他のメンバーもほっこりして、修羅場空気は完全に消え去るのだった。因みにご褒美のスイーツパラダイスはまたの後日、チームのみんなで行き、帰りは幸福も含めた大人数でのプリクラ撮影をするのだった。

――――――――――――

ヒロインのレース全勝もいいと思うんですが、個人的には負ける場面があってもいいと思うのでこんな展開で書きました。
マーベラスサンデーの実装はよ。

読んで頂き本当にありがとうございました!
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