女帝が持つ賢者の杖《完結》   作:室賀小史郎

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夏合宿は重要イベント

 

 夏合宿。それは多くのウマ娘たちが、この期間中に集中的にトレーニングを行う。

 真夏の日差しが苦手な一部のウマ娘たちは時期をずらして合宿を行ったりするが、やはり座学等のスケジュールを考えると夏季休業のこの時期が一番タイミング的に取りやすいのだ。

 

「よし、一旦休憩!」

 

 チームデネボラも先週から夏合宿期間に突入し、力を付けてきている。

 中でもエアグルーヴとゴールドシチーはやる気に溢れ、他のメンバーたちにもいい刺激を与えていた。因みに合宿中、カールはペットホテルで預かってもらっている。

 皆がパラソルの下で休憩していると、

 

「こんにちは〜」

「失礼しま〜す」

 

 二人組の女子高生がやって来た。

 

「あ、アンタたち、本当に来たんだ?」

 

 そんな二人組にいち早く反応したのはナリタタイシン。

 実はこの二人組はナリタタイシンが小学生の時に同じ小学校に通っていた同級生。

 ただ二人はその時からつい数年前まではナリタタイシンを『ちび』と嘲笑っていた。ナリタタイシンは周りから身体の小ささをからかわれてきたため、そのことが強いコンプレックスだった。しかしトゥインクルシリーズで皐月賞ウマ娘に輝き、天皇賞春秋制覇したことで今ではコンプレックスだった身体の小ささを武器に出来ている。

 この二人組はそんなナリタタイシンに自分たちが発してきた心無い言葉を謝罪。それもわざわざトレセン学園まで正式に面会の手続きもして謝りに来たことで、ナリタタイシンももうその頃はそんなこと忘れてたが二人からの謝罪を受け入れ、その頃から二人とは交流するようになったのだ。

 

 そんな二人が何故夏合宿中なのにその現場までやって来たのかと言うと、友達のナリタタイシンや彼女のチームメイトたちに差し入れを持って来たのもあるが、実は二人して将来はトレーナー業に就きたいという夢が出来、見学にやって来たのである。そう思えたのも、ナリタタイシンが夢を実現させて見せてくれたから。

 

「おお、君らが見学の子らか。俺は――」

 

「タイシンの今のトレーナーの伊藤幸福さんですね!」

「私たちタイシンのレースを見てから、タイシンのファンになっちゃって、前のトレーナーさんの頃から今の伊藤トレーナーさんのインタビュー記事まで全部読んでます!」

 

 二人は既にタイシンのファンで、幸福のことも知っていた。

 食い気味に言葉を遮られ、幸福は唖然としたが、二人の意欲的な姿勢に小さく頷いた。

 

「そうか……なら自己紹介はいらねぇな。見学の件は学園とタイシンから聞いてる。何か気になることがあれば気軽に訊いてくれ」

『よろしくお願いします!』

 

 背筋を伸ばし、しっかりと頭を下げる二人。

 それから二人はここへ来る途中にあるコンビニで買ってきたアイスをエアグルーヴたちに配り、皆もそれを笑顔で受け取った。

 

 トレーナー業の見学は基本的に15歳以上(中学生は不可)であれば性別関係なく誰でも出来る。

 ただ見学するには学園に見学したいチーム名またはトレーナー名と見学したい理由と見学希望の日付と時間帯を添えた申請書の提出が必要。申請書はトレセン学園に問い合わせれば無料で郵送してくれる。

 届いた申請書に事務員が目を通し、そのトレーナーに見学をさせても良いかどうかを告げ、トレーナー側から良いと返事があれば晴れて見学することが出来る。

 しかし大切なレース前や担当バが不安定な時期によってはトレーナー側から断られるので、大抵はこういう合宿時期に見学の許可をするトレーナーが多い。

 

 幸福は基本的に見学を断っている。何故なら見学希望者が多いからだ。

 それだけチームデネボラと幸福が注目されているのもあるが、見学者たちの相手をして担当の子たちの指導が出来ないといった事態を回避するためというのが本音のとこ。

 ウマ娘の指導があるのに、見学者たちからの質問にまで親切丁寧に答えてはいられないのだ。

 

 スピカのトレーナーに至っては器用なこともあって見学者は基本的にいつでも大歓迎しているが、幸福は別ということ。因みにリギルのトレーナーも断っている。彼の場合は見学云々より彼のファンが会いたくて来る場合が多いからだ。

 ただ今回はナリタタイシンから「出来れば見学させてあげたいんだよね」と言われたので、そのことも踏まえて見学を許可したという経緯がある。

 

「よし、それじゃあ次のメニューに行くぞ! エアグルーヴはタイヤ引き! アイネスとウンスは砂浜ダッシュ! 残りのメンバーは砂浜斜面でうさぎ飛び!」

『はい!』

 

 皆はそれぞれ幸福に言われたメニューを開始。

 

「あの、どうしてエアグルーヴさんだけ別メニューっぽいんですか?」

 

 そこで髪の長い方の子が質問してきた。

 

「エアグルーヴはこの合宿での課題が精神面の強化だ。君らが見てたかどうかは知らないが、前回の宝塚記念で最後のスパートでエアグルーヴは競り負けたからな。スパートはスピード、スタミナ、パワーも重要だが、ああいった場面では精神面が物を言う。負けたくない……勝つのは自分だっていう精神力が。こればっかは時代遅れだと言われても精神論になっちまう。よって熱い砂浜で重たいタイヤを引くことで、挫けない根性を身につける。加えてパワーとスピードの強化にも繋がるんだ」

 

「なるほど……」

「すごい……」

 

 女子高生らは持ってきたメモ帳に幸福の説明を書いていく。それだけ彼女たちも真剣なのが伝わり、幸福は『こういう子らが次のスターを生み出すんだろうな』と内心嬉しくなった。

 

 ――――――

 

「それじゃあ、気をつけて帰って」

 

「ありがと。でも帰りは最寄り駅に親が迎えに来てくれるから」

「そっちも残りの合宿頑張ってね。見学させてくれてありがと。みんなによろしく伝えて」

 

「ん」

 

 本日のトレーニングメニューが終わり、海も夕焼け色に染まった。

 ナリタタイシンは二人と別れの挨拶をしたあとで、ふわりとした笑顔を浮かべながらチームの宿泊部屋へと戻る。

 

「ただいまー」

 

「ああ、戻ったか、タイシン」

 

 部屋にナリタタイシンが戻ると、そこにはエアグルーヴだけがいた。

 

「あれ、他のみんなは?」

「皆は今施設の購買に向かったところだ。入れ違いだな」

「ああね。アタシ階段使ったし」

「私は見ての通り留守番だ。誰かが我々の部屋に訪ねて来る場合もあるからな」

「相変わらず真面目だね。トレーナーと離れ離れで寂しいんじゃないの?」

「私は子どもか、たわけ」

「あはは、ごめん」

 

 二人はあまり接点がないように思われるが、実は結構接点がある。

 それはナリタタイシンが皐月賞を獲る前、居残りトレーニングをトレーニングコースの使用時間外でも走っていて、エアグルーヴがその頃は良く注意していたのだ。

 彼女のストイックさはエアグルーヴも見倣っていたが、いつも余裕がなくて見ていて辛かった。

 何か言葉をかけてやりたくても、身体的に恵まれている自分が言うことで返って言葉の本質が届かないと思い、エアグルーヴはずっと歯痒い思いをしていたのだ。

 

 だから彼女がトレーナーを得て、大成した時は嬉しかった。それでいて向こうからも『今まで世話掛けてごめん』なんて言って来たのだから、これには思わずエアグルーヴも笑ってしまった。

 二人はその時から良き友になった。

 故に、

 

「どう、トレーナーとの進展は?」

「……正直、良く分からん」

 

 ナリタタイシンがエアグルーヴにこうしたプライベートな話題を振っても、彼女は素直に受け答えしてくれる。

 ナリタタイシンも恋をしたことがないし、あまり他人のプライベートに首を突っ込むタイプでもない。しかし恋愛に関しては良く分からないが、友達の恋は応援したいと思っている。何よりナリタタイシンから見て、エアグルーヴと幸福はゴールドシチーには悪いがお似合いなのだ。

 

「そっか。でも焦ることないんじゃない? ゴールドシチーは強敵だろうけど、何だかんだエアグルーヴの方がトレーナーから色々してもらってると思うし」

「それはまあ……あやつとは長い付き合いだからな」

「アタシから見ても、トレーナーっていい人だと思うからね。エアグルーヴとトレーナーの結婚式に参列するの楽しみだし」

「お、おい、何を口走っているんだ」

「だってそうなるでしょ? 恋人になったらそれで満足なの、エアグルーヴって?」

 

 彼女の得意技である鬼脚の如き追撃に、エアグルーヴはぐうの音も出なくなる。

 恋人になりたいと願っているが……まだそうなってもいない内から将来のことまで思い描くことが出来ないのだ。

 

「ま、トレーナーのことだから誰が恋人になったとしても浮気はしないでしょ」

「ああ、それは当然だ」

「なら最後は結婚って話になるじゃん?」

「それはそうだが……」

「エアグルーヴってさ、ホント変なところで狼狽えるよね。カールに会うためとかそれらしい理由付けてトレーナーのマンションに上がり込んでるくせに」

「あ、あれは……」

 

 容赦ない鬼脚にエアグルーヴはほのかに頬を赤くして俯いてしまう。

 ナリタタイシンだけでなく、チームの耳年増組のヒシアマゾンやアイネスフウジン、セイウンスカイも彼女が幸福のマンションに行く本当の理由に気がついている。

 最初はみんなでカールに会いに行き、そこから徐々に一人でも行くようになったのだから。

 近頃は恋心を自覚したのもあって毎週のように通っているのだから、ナリタタイシンたちは『通い妻(仮)』なんて思っている。

 

「まあトレーナーもそっち方面は鈍感だからね。苦労するだろうけど、頑張ってよ。あれだけ前から好き好きオーラ出しまくってたんだからさ」

「……そんなにか?」

「あ、そうだった。あの時の好き好きオーラは今と違って無自覚だったもんね、ごめん忘れてたよ」

「おい」

「あはは、ごめんて」

 

 エアグルーヴに凄まれ、今度はちゃんと謝るナリタタイシン。

 

「ほら、前にエアグルーヴの後ろをちょこちょこ追い掛けてた子いるでしょ。鹿毛でメジロ家の子」

「ああ、ドーベルのことか」

「そそ。その子がいつだったか、うちのトレーナーにトレーニングの相談しに来たことがあったじゃん」

「ああ……ドーベルも男性が苦手でな。しかし私のトレーナーであやつのウマ娘との距離の取り方が良いこともあって、あやつには普通に接することが出来るんだ。その甲斐あって今は他の男性トレーナーとも挨拶は出来るようになった。彼女の担当は女性だがな」

「そう。でさ、その時のエアグルーヴはアタシらから見たら嫉妬心丸出しでさ。普通の距離なのに近いってトレーナーとその子の間に割って入っててさ。んでトレーナーに『そう怒るなよ』って首筋撫でられてニッコニコになってて、マジで芝生えたんだよね♪」

 

 クスクスとナリタタイシンに思い出し笑いをされ、エアグルーヴは頬を赤らめて不満そうにそっぽを向く。

 

「……ドーベルにもあのあとで『先輩の大切な人を取ったりしませんから安心してください』と言われた」

「ほらね。やっぱバレバレじゃん。良かったね、自覚出来てさ」

「現在進行形でからかわれているのにか?」

「それは仕方ないよ。普段から熟年夫婦感出まくってるのに、変なとこで乙女になるんだもん。見てるこっちは面白いからいいけど♪」

「貴様……」

 

 エアグルーヴが凄んでも、ナリタタイシンは何のその。クスクスと可笑しそうに笑うのみ。

 なのでエアグルーヴはこめかみを軽く押さえながら、自分を落ち着かせるように冷めた紅茶を口に含んだ。

 

「たっだいまー!」

「そしていいニュースですわー!」

「近くで縁日やってるからこれからみんなで行くよ!」

 

 部屋に戻って来るなり、マーベラスサンデーとカワカミプリンセス、ヒシアマゾンがそう叫んだ。

 

「え……アタシはパス。人混み苦手」

 

 ナリタタイシンは即座にお断りしたが、

 

「タイシンが好きそうな古着屋も特別セールで店出してるよ。福袋も売ってるって」

 

 ゴールドシチーが付け加えると、彼女はすかさず「行く」と立ち上がり、いそいそと財布を取り出した。

 

「待て。行くのはいいが、皆持参する金額は使い過ぎないようにいくらまでと決めてからにしろ」

 

 ここでエアグルーヴがしっかりと釘を刺す。

 去年は近所で花火大会があってみんなで屋台巡りをしたが、主にヒシアマゾンとマーベラスサンデーとセイウンスカイが散財した。

 なのでそうなることを見越してのエアグルーヴの発言だった。

 

 その後、みんなで縁日に向かい、夏の楽しい思い出を作った。

 因みに幸福の両サイドには常にエアグルーヴとゴールドシチーが陣取っていたという。

 

 




 おまけ

 夏合宿の最終日前夜。
 夕焼け色に染まる海を背景に繰り広げられる特別オープンレース『そのパイナップルは私のだ』レース。
 チームデネボラの合宿最終日を迎える前の日の夕飯は浜辺でのバーベキュー。
 今回は幸福が用意したお手製の野菜や、今日の休憩時間にセイウンスカイが釣り上げたスズキやカレイ、キス、アイナメがみんなに提供された。
 勿論肉もブロックで用意され、とうもろこしも去年の反省から人数分(ゴールドシチーが加わったので本数は調整して)ある。

 しかし今年も起こってしまったのだ。
 パイナップル争奪戦が。

 幸福が手塩にかけて育てたパイナップル。
 それは甘さもしっかりとしていて、パイナップルらしい酸味もあり、店で売られているものと遜色ない素晴らしい物だった。
 流石に小振りであったものの、メンバーはそれはもう我先にと手を伸ばした。
 そして残りひと切れ……輪切りの最後の一個を巡る争いが勃発。

 故に特別オープンレースの砂浜1000の短くも熾烈な戦いが幕を開ける。
 スターティングラインには暑さを物ともしない優駿たちが勢揃い。
 これには砂浜に残っていた者たちも興味を引かれて集まり、本当のレースさながらの雰囲気に包まれる。

 ゴール役の幸福が、

「位置について……よ〜い、ドンッ!」

 とメガホンで合図を送ると、各ウマ娘が綺麗にスタートした。
 距離が短い直線コースなのもあり、純粋なスピード力が物を言う。
 やはり先頭に立ったのは逃げウマ娘のアイネスフウジンとセイウンスカイ。
 しかしその差は僅かである。

 おぉー!

 見物していたウマ娘たちからどよめきが起こる。
 何故ならゴールドシチーが驚異の末脚で一気に先頭に立ったからだ。
 パイナップルが欲しい! 皆の目はパイナップルを求め、懸命にゴールラインを走り抜けた。
 勝ったのはゴールドシチー。
 しかし、

「ぅわぁっ!?」

 エアグルーヴが砂に足を取られて転んでしまった。
 皆は急いでエアグルーヴの元へ駆け寄ったが、

「いた……くない……っ!?」
「痛いのは俺なんだよなぁ……ててて……」

 エアグルーヴは幸福にウマ乗りして上半身も幸福とかなり密着していた。
 幸福は痛そうにしているが、エアグルーヴは尻尾がピーンと上がり、声にならない叫び声を上げながら即座に上半身を起こす。
 当然だ。事故とは言え、大好きな相手を押し倒し、胸を相手に押し付けてしまい、ウマ乗りになっているのだから。(現在進行形)

 ウマ娘との衝突事故は人間側の命に関わるが、エアグルーヴもしっかり減速したのが幸いだった。

「……なんか勝ったのに負けた気がする」

 ゴールドシチーが不満気につぶやくと、我に返ったエアグルーヴは物凄い早さで幸福から飛び退く。

「す、すまない、大丈夫か?」
「背中は痛えけど、砂が柔らかかったからなんとか……エアグルーヴは怪我してないだろうな? ちょっとその場で軽くジャンプしてみろ」
「あ、ああ」

 ピョンピョンピョンとその場で跳んでみせるエアグルーヴ。
 幸い違和感はない。あるのは胸の高鳴りのみ。
 何しろその顔は乙女というよりは、メスの顔だった。

「よし、何ともないな。足跡も均等だ」
「あ、ああ……」

 鼓動が煩くて幸福の声がまともに聞けないエアグルーヴ。

「トレーナー、アタシ勝ったからパイナップルもらうね〜♪」

 そこへゴールドシチーがトレーナーの腕に抱きつきながら身を寄せる。
 いつもならエアグルーヴが止めに入るものの、

(トレーナーが私のことを抱き止めてくれた……ああ、ダメだ。好き……好き好き……好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き)

 当の本人が幸福への愛を爆発させていたので、流石のゴールドシチーもお手上げだった。
 そんなエアグルーヴをみんなは暫くその場に放置し、彼女が再起動するまでゴールドシチーは幸福にうんと甘えるのだった。
 しかし再起動したエアグルーヴがしっかりと幸福に付いたゴールドシチーの匂いを、自分の匂いに上書きしたのは言うまでもない。

―――――――――――――――

読んで頂き本当にありがとうございました!

タイシンの普通のお友達は本編のような流れで繋がるのもありかなって思って書きました。
アプリでタイシンに対してのあのシーンを初めて見た時は許せない気持ちがありましたが、ざまあしなくてもこういう形で繋がる方がウマ娘らしくて素敵だなと思えたので。
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