女帝が持つ賢者の杖《完結》   作:室賀小史郎

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エアグルーヴ視点です。


女帝の決意

 

 私は、今物凄く後悔している。

 自分でも後悔などとらしくないと思う。

 だが今回ばかりはどうか許してほしい。

 

「で、先生。今回はこうして生きるネタ帳をこの場に呼び出した訳だが、どうだ?」

「コードネームシャドー、そう急かしたらダメだよ。あたしも先生の新作は楽しみだけど、変にプレッシャーを与えたら良くないと思うんだ。コードネームサイボーグもそう思うよね?」

「はい、私もコードネームマッスルと同意見です。先生はプレッシャーを苦手としていますし、今はバッドステータス『困惑』を確認していますので」

「えっと、本当にごめんなさい……エアグルーヴ先輩」

 

 今は8月の頭。我がチームの夏合宿も無事に終わり、残りの夏は学園で穏やかに過ごすつもりだ。

 実家には合宿前に数日だけ帰って、お母様に近況をご報告したからな。

 それで今日は日曜日で花の水やりさえ終われば、トレーニングも自主的にやる以外は自由な身だった。

 いつもならこういう日はカールに会いに行くところだが、あいにく今日はあやつが用事とのことでカールに会いに行くことは叶わなかったのだ。

 同室のファインは何やら長野県までラーメンのスープ研究のために出向いているので、自室で静かに読書でもしようかとしていた矢先、ブライアンが『緊急事態なんだ。助けろ』とメッセージを送ってきた。

 人に助けを求める態度にしては不遜というか大変失礼であるが、ブライアンらしくないメッセージに驚きつつ、私は彼女が指定してきた学園の生徒たちが良く利用する駅前にある可愛らしいカフェへ急いで向かった。

 

 カフェの前ではブライアンを始め、私も良く知るメジロライアンとメジロドーベル、そしてミホノブルボンが私の到着を待っていた。因みにブルボンは私が夏合宿中にニシノフラワーと共に私の花壇へ水やりをやってくれていた花好き仲間だ。いつか3000mの花壇を作るという野望もあるらしい。

 

 私たちはテラス席に通してもらい、それぞれ頼んだ飲み物が届いてから、私は取り敢えず深刻そうにしている皆からの言葉を待っていた。

 

 すると――

 

『エアグルーヴ。先生がスランプなんだ。お前は現在進行形で恋する乙女……言うなれば生きるネタ帳だ。だから先生にネタを提供してやってほしい』

 

 ――などとブライアンに言われたのだ。私はどうすればいい? こやつの顔面を思い切り蹴飛ばしてもいいだろうか? 

 

 ブライアンの説明が端的過ぎて、他の皆から説明を受けたが、状況を把握するのに小一時間も掛かってしまった。

 

 なんでも、彼女たちは『少女漫画同盟』というグループらしい。少女漫画ならばもっと可愛らしい名前があったのではないか? せめて愛好会とか。

 ただ彼女たちはその趣味を周りには公言しておらず、隠れた同志の集まりだと言う。故にコードネームで呼び合っているそうだが、顔も隠してなければコードネームも安直過ぎるため、隠す気があるのかと思ってしまった。

 それで先程から皆が先生と呼んでいるのが、私の可愛い後輩ドーベルだ。

 何でも彼女は昔から少女漫画が好きで、ノートにオリジナルの少女漫画を描いていたという。

 それをライアンに見つかってしまい、それを気に入ったライアンがこっそりと同志たちにドーベルの作品を読ませてみたところ大好評で、そこにノートを探しにやってきたドーベルがうっかり『アタシのノート返して!』と叫んでしまって身バレしたらしい。

 

 ここまでが彼女らのグループが出来るまでの大まかな説明だ。

 

 で、本題はここから。

 ブライアンたちが言うには、ドーベルがスランプで新作が描けずにいるらしい。もう4ヶ月近く新作が無いため、ファンとして力になろうとした。

 ただここの三人は色んな少女漫画は読んできたが、恋愛経験がないと言う。

 私からすればブライアンはともかく、ライアンとブルボンは自身の専属トレーナーと仲睦まじく映っているのだがな。

 そんな疑問を抱いていると、ブライアンが私に耳打ちしてきた。

 

『あの二人も恋する乙女だが、やはり自分の恋バナを先生にネタとして提供するのは恥ずかしいだろう。それに私の大切な同志だ。だから私がこうして一肌脱いだんだ』

 

 私の恋バナをネタにするのは恥ずかしくないとでも言いたいのだろうか、このやけにドヤ顔をしている無遠慮の野菜嫌い肉食怪物は? 思わずこやつの顔面に蹄鉄有りの蹴りをねじ込みたくなったが、やったところで時間の無駄だ。それにこやつにはお弁当の件もあるからな。遺憾だが、こやつのお陰で今ではお弁当交換を週一で出来るようになっている。故に私は蹴らなかった。自分を褒めてやりたい。

 

 よって私が呼ばれたのは恋バナを聞かせろというものだ。

 

「あの先輩、本当に無理しなくていいんで……アタシの問題ですから」

「無理というか、何というか……恋バナというのがまず私は良く分からん」

「何を言っている。前に生徒会室で私たちに聞かせていただろう……『時が止まってしまえばいいのに』と」

『おおっ!』

「っ!?」

 

 ブライアンの暴露に三人は揃って目を見開いた。あのブルボンまで目が輝いている。こやつもこんな表情が出来たのか……ではなく!

 

「ブライアン、貴様……」

「? 何をそんなに震えている? 会いたくて震えるというやつか? 何にしても事実だろう。それに私は知っているんだぞ。お前が毎週水曜日にルンルン気分でトレーナー室へ歩いていくことを。手提げ袋から漂う匂いからしてお弁当だろ? と言うことはお前は毎週水曜日にトレーナーとお弁当を食べている!」

『おぉーっ!』

 

 ぐっ……妙にペースを崩される。そして何故こうも変に鋭いんだ!

 

「いや、まあ……確かに貴様の言う通りだ。別にやましいことをしている訳でもないしな」

「で、あーんまでいったのか?」

「ごふっ」

「先輩!?」

「ごほっごほっ……っ、大丈夫だドーベル。少し変なところに紅茶が入っただけだ」

「それは大丈夫とは言えないような……」

 

 ブライアンのせいでむせてしまった。本当にこやつは遠慮がない。

 そもそもあーんだなんて……

 

「ま、前に一度だけ……ゴールドシチーのやつがあやつにせがんでいたのを注意したら『じゃあエアグルーヴもしてもらったら?』と言われて、その流れで……」

 

 ……する方ではなく、される方は経験してしまった。あれは確かに癖になる。同じ物だというのに、まるで味が違って感じられたからな。

 

『おおっーーー!』

「先輩可愛い……!」

 

 くぅっ、何なんだこの空気は!? 見世物になった気分だ!

 

「なるほどな。それにしてもドロドロ展開はないのか。まあゴールドシチーはそういう奴ではないということだろうが、やはり奴の方が上手だな。流石は恋敵だ」

「うんうん! でもあたしがこの前読んでたやつだと、ヒロインが見てないところでライバルキャラがグイグイ迫ってたんだよ。ゴールドシチーもそのキャラに似てるから、ちょっと連想しちゃうな……」

「私もその作品は読みました。ヒロインとは友達というポジションになりつつ、それによって意中の相手にも自然に近付き、狡猾に狙うハンターです」

「な、なるほど……でもアタシ、そういうお話はちょっと描きたくないかも。どのキャラも好きになってほしいから」

『流石先生(だね)(です)!』

 

 な、何なんだ本当にこの空間は。私がいる意味が皆無なのだが。帰ってもいいだろうか。

 

「っ!?」

 

 ふと視線を街中に移すと、トレーナーとカールが歩いていた。それはいい。しかし何故、

 

「何故ゴールドシチーがあやつの隣にいる!?」

 

 用事とはゴールドシチーとのでででで、デートだったということか!?

 当然、私の大声に四人は反応して、すぐに私と同じ方向へ目を向けた。

 

「あ、本当だ。うわぁ……腕も組んでる」

「デートの真っ最中って感じだな。ゴールドシチー……やはり強い」

「これは修羅場が予想されます」

「え、エアグルーヴ先輩……っ」

 

 ドーベルが私に何か言おうとしたが、何故か言葉に詰まった様子だった。

 どうしたのだろう、と思っていると、視界が霞んで来て、頬に何やら温かい感触が伝ってくる。

 そう、涙だ。私は後輩や友の前だというのに、ボロボロと涙を流していた。すぐに止めようとしたが、ハンカチで拭いても拭いても涙が溢れてくる。

 こんなにも苦しいのだな。好きな男が他の女といる瞬間を目の当たりにするということは。

 これ以上見たくない、と私が俯いて涙が止まるのを待っていると、

 

「あれ、エアグルーヴじゃねぇか……って、何泣いてんだ!? 何かあったのか!?」

 

 頭上から聞き慣れた声が降ってくる。

 足元にはカールがやってきて、いつもは行儀が悪いからと注意されて以来やらないのに私の膝に前脚を乗せて、私の頬を舐めてくれている。

 

「何でもない……貴様こそ、どうしてこんなタイミングで来るんだ……」

 

 貴様は隣にいるゴールドシチーとよろしくやっていればいいではないか。今優しくされると、諦めるのが余計に辛くなってしまうではないか。

 

「え、いや……ゴールドシチーの蹄鉄を一緒に選びに行ってて、それも終わったからここで一休みしようとしたんだ。ここペットもOKだから。んでエアグルーヴたちがいて、声かけたらエアグルーヴは泣いてるし、どうしたんだってなるだろ、普通は。俺ら何年の付き合いだと思ってんだ?」

「っ!?」

 

 ああ……そうだった……この男はこういう男だった。

 異性からの好意には鈍感なくせに、接し方や距離感が絶妙で、すぐにこの男の傍が居心地の良い空間になってしまう。

 悔しい。こんなにも翻弄される自分が情けないほどに。

 愛おしい。こんなにも安堵し、二度とあんな思いはしたくないほどに。

 

「…………エアグルーヴ、ちょっとアタシに付き合って」

「? な、お、おい、ゴールドシチー……引っ張るな!」

 

 私はゴールドシチーに強引に手を引かれ、店内のお手洗いへ連れて行かれた。

 

 ◇

 

「……一体何だと言うんだ?」

「エアグルーヴが泣いてた理由、アタシ分かってるよ?」

「っ」

 

 ゴールドシチーの言葉に私の胸はドクンと跳ね上がる。

 またいつぞやの時のように宣戦布告をしてくるのだろうか。と言うよりは勝利宣言でもするのか……

 

「呆れちゃったよ、エアグルーヴには。泣くほど取られたくないんだね?」

「……だったら何だと言うんだ?」

「さっさとあの人と付き合え、この通い妻」

「かよ!?」

 

 い、一体何なんだ? 何が目的でそんなことを言っている? 恋敵ではないのか、貴様は? そもそも蹄鉄選びとは言え、私と違ってあんなに仲睦まじくデートまでしていたではないか。

 どうして――

 

「正直、今日のトレーナーの反応見ていけそうなら告白するつもりだったんだ」

「……そ、そうか」

「でも止めた。だって勝ち目ないんだもん。アタシといて、アタシの蹄鉄選んでるのに、あの人は終始エアグルーヴのことしか考えてなかったんだよ」

「…………は?」

「この蹄鉄はエアグルーヴに良さそう。このデザインならエアグルーヴに似合う。そろそろエアグルーヴの練習用蹄鉄を替える頃。全部全部エアグルーヴ。聞かされてるこっちは堪ったもんじゃなかったよ。お陰でアタシの恋心はフルボッコにされた」

 

 ――そう、だったのか……嬉しい。

 

「トレーナーは多分、自分からはエアグルーヴへの気持ちは言わないよ。年齢的なのとトレーナーとそのウマ娘っていうことを気にしてそうだから。そこら辺は真面目だからね、あの人」

「…………」

「だからね、エアグルーヴから伝えれば落ちるよ」

「おち……!?」

「両思いだもん。あとはあの人をその気にさせればいいだけ。学園でもトレーナーとその担当が付き合うことは良くあることじゃん。だったらエアグルーヴから伝えれば万事解決。どう?」

「どう、と言われてもだな……」

 

 どうすればいいのか分からん。そもそも私は初恋なんだ。初恋は実らないとか、恋に恋しているとか、そういう様々な意見がそこら中にあってだな。

 

「アタシとあの人が腕組んで歩いてただけで泣いてたのに、まだ踏ん切りつかない? 女帝って口だけ?」

「なんだと?」

「ほら、煽られたらすぐ凄む。それが答えだって気付きなよ」

「…………」

「とにかく、アタシは手を引く。悔しいけど、全くアタシを意識してくれないもん。でもチームを離れるとかしないし、あの人に甘えるのも止めない」

「…………は?」

「だってトレーナーが唯一アタシを甘やかしてくれる存在だし。何よりウマが合うし。あの人の傍って居心地いいし。そもそももうちょい失恋の余韻に浸らせてくれても良くない? 恋愛対象じゃなくても、甘えられる相手はアタシだってほしいもん」

「私は何とも言えん」

 

 そもそも恋愛に対しての格が違い過ぎる。

 私が男であれば、きっと私はゴールドシチーを放ってはおかなかったはずだ。

 それくらいに彼女は同性の私から見ても女としての魅力に溢れている。

 

「ま、そういうことだからさ。頑張ってトレーナーの女になってよ。もしアタシがここまでして何の進展もなかったから、マジでトレーナーのこと襲って既成事実作ってアタシのモノにするからね?」

「…………分かった」

「相談には乗るよ。今まで同じ人を巡って争ってきたライバルだし、恋愛面に関してはエアグルーヴ頼りないもん」

「うぐっ」

「ほら、顔洗って。メイク直すならアタシの貸すから。メーカーは違うけど、ちゃんと赤のアイシャドウあるよ♪」

「……すまない」

 

 本当に女として完膚なきまでに叩きのめされた気分だ。

 私が彼女に勝てたのは、あやつが私のことをそれくらい想ってくれているということと共に過ごしてきた年月のみ。

 

「約束するぞ、ゴールドシチー。女帝として、一人のウマ娘として、あやつを必ず手中に収める」

「ん。ちょっとはマシな顔になったね♪ ここにメイク道具置いてくから。んで、アタシはトレーナーに甘えて来るねー♪」

「おい」

「へへ、悔しかったら早く自分の男にしろっての♪ そんじゃお先ー♪」

 

 笑顔で手を振って彼女はこの場を去っていく。

 私よりも彼女の方が悔しくて苦しいはずなのに、あれだけ泣いていた私とは違って、彼女は私に涙すら見せず笑顔を見せた。

 すまない、ゴールドシチー。

 感謝する、ゴールドシチー。

 

「私は必ず、この想いを告げて、結ばれるぞ」

 

 それから私は顔を洗い、メイクを直して皆が待つテーブルへ戻ったが、ゴールドシチーが彼の左手首に己の尻尾を巻きつけていたのを見て、思わず「たわけ!」と叫んでしまったことはどうか許してほしい。




 おまけ

 ナリタブライアンは感動に打ちひしがれる。
 理由はメジロドーベルが描き上げた最新作が非常に感動的だったからだ。
 意中の相手を巡る女と女の戦い。そして負けた女キャラの方が悔しいはずなのに、自分を負かしたヒロインを鼓舞するシーンは何とも言えぬ女の友情である。

「…………素晴らしかった」
「だね……まるでこの前のエアグルーヴとゴールドシチーみたい」
「ステータス『感動』を確認。これは永久保存版でしょう」
「あの話をそのまま描く訳にもいかなかったから、こうしたけど……アタシも自分で描いてて泣いちゃった」

 ナリタブライアンだけでなく、メジロライアンもミホノブルボンも作者であるメジロドーベルも感動していた。
 実はあのあと、ゴールドシチーから四人はお手洗いでの二人のやり取りを教えてもらったのだ。しかもゴールドシチーは、幸福とエアグルーヴを言いくるめて先に二人きりで帰らせるという高度なアシストも演じてだ。

「あとはエアグルーヴがあのトレーナーをどう落とすかだな」
「そうだね……でも本当に漫画みたいな展開で聞いてて胸が熱くなったよ」
「今思い返してもステータス『高揚』を確認出来ます。あのお二人は勿論ですが、ゴールドシチーさんも幸せになってほしいです」
「分かる。同性のあたしから見ても、あんなにいい子いないもん」

 エアグルーヴの恋を応援するが、ゴールドシチーの幸せも願う彼女たち。
 しかし、

「あのさ、だからってアタシをいちいちこの集まりに呼ぶ必要はないと思うんだよね」

 ゴールドシチー本人にとっては何とも言えない空間であった。

「お前はもう私たちのことを知っている。ならば恋愛上級者として、先生にネタを提供する義務がある」
「エアグルーヴから聞いてた通り、変に図々しいよねブライアンって。どんな義務よ、それ……。てかアタシ恋愛上級者って言われるほど恋してないんだけど?」
「フッ、上級者は己の能力をひけらかしたりはせんものだ」
「アタシの話聞いてよ……」

 ナリタブライアンワールドに流石のゴールドシチーもお手上げ。
 しかし、

「あの、えっと……余計なお世話かもしれないけど、ブライアンの言うことは取り敢えず置いておいて、アタシたちと時間が合う時にでも話そうよ。せっかくこうして友達になれたんだから」

 メジロドーベルの優しさにゴールドシチーは正直に頷いた。
 失恋のショックは当然ある。あとはそれをいかにして癒やすかだ。メジロドーベルは自分たちとの語らいがその癒やしになればと言っている。
 だからゴールドシチーはナリタブライアン以外に対して、

「ありがとね」

 と素直にお礼を言い、その後は事務所で聞いた先輩モデルたちの大人の恋愛事情を四人に聞かせてあげるのだった。

――――――――――――

ゴールドシチーの諦めが早くない?って思われるかもしれませんが、それだけ二人の間に入る隙きがないということをご理解ください。
あとはエアグルーヴかトレーナーのどちらかが告白して、イチャイチャタイムが始まります。
でも一応まだ二人はくっつきません^^;
あまりこういう友達以上恋人未満の描写を書くのは苦手なのですが、頑張ります!
そもそもここでのエアグルーヴは無自覚良妻ムーブかましてますしね^^;

今回も読んで頂き本当にありがとうございました!
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