女帝が持つ賢者の杖《完結》   作:室賀小史郎

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友からの鼓舞?

 

 お盆も終わり、故郷に帰省していたウマ娘たちも続々とトレセン学園へ戻ってくる。

 一部はこのお盆を過ぎた時期から夏合宿に入るウマ娘たちもいるので、毎年この時期の寮はウマ娘の出入りが賑やかだ。

 

「グルーヴ、久しぶりー! 帰ったよー!」

 

 ここ栗東寮の一室、エアグルーヴとファインモーションが過ごす部屋にはファインモーションが元気に戻ってきたところ。

 

「…………ああ、久しいなファイン。此度は九州地方だったか?」

 

 ところがエアグルーヴは心ここに有らずといった状態でファインモーションの方ではなく、窓の外を眺めながら言葉を返している。

 

「違うよー! アイルランド!」

「アル〇ンド……ああ、鹿島ということは茨城ということか。茨城は確かご当地ラーメンのスタミナラーメンがあったな」

「誰!? そして茨城にそんなラーメンあるの!? 明日行くしかないね! それは置いといて、ア・イ・ル・ラ・ン・ドッ! 私の母国! 実家に帰ってたの!」

「ん……ああ、そうだったな。すまない」

 

 女帝らしからぬ間違いに覇気のなさ。これには箱入りお嬢様でマイペースで有名なファインモーションも小首を傾げた。

 いつもならば、

 

『ああ、帰ったのか。そしてまた手ぶらで帰ってきたのか。自分の荷物くらい自分で運ばんか』

 

 とお決まりの小言を言われる。

 

 ファインモーションは正真正銘のお嬢様。故に実家に連絡をすれば翌日には最寄りの空港に自家用ジェットを寄越してもらい、寮までリムジンが手配される。加えて着の身着のままで帰っても実家に何もかも揃っている。故に旅支度なんてしたこともなければ、帰り支度もしたことがない。

 そして毎回日本へ戻った際に学園の友達らに配るお土産を買い込み、国際便で送る。エアグルーヴはファインモーションのそういうところをいつも『少しは自分のことも出来るようになれ』と注意するのだ。

 

 なのに今回はそれがない。ファインモーションはそういう思考はないが、エアグルーヴの小言は彼女の優しさ故の言葉だとちゃんと理解しているので、言われないことを寂しく感じた。

 

「グルーヴ、何かあったの?」

 

 ファインモーションはベッドに座るエアグルーヴのすぐ隣に寄り添い、その手を取って、優しく訊ねる。

 いつも優しくしてくれる彼女に何かが起こっているのであれば、今度は自分が彼女に優しくする番であるとファインモーションは考えたのだ。それが友達だと、エアグルーヴから教わったから。

 

「ファイン……」

「私で良ければ話してみて? 一緒に解決策を考えよう?」

「……無理だ」

「どうして? 私じゃ力不足なの? 私がお金持ちで容姿も超絶美少女で能力も超ハイスペックだから?」

「そういうことではない……というか、ナチュラルに自分を上げ過ぎだ、たわけ」

 

 こんな〜(投げやりな)たわけは〜、は〜じめて〜。

 

 どうして……友達がこんなに辛そうなのに、どうして私は何も出来ないの……と悲痛な表情を浮かべるファインモーション。

 それを見て、エアグルーヴは静かに話し始めた。

 

「実はあやつともう三日間も顔を合わせていないのだ」

「…………ん?」

「ああ、あやつとは私の愛して止まないトレーナーのことだ」

「うん、それは言われなくても知ってる」

「そうか。とにかく、三日間も顔を合わせていないのだ」

「ケンカでもしたの?」

「そんな訳あるか、たわけ。ケンカなんかしたらその日の内に何とかして和解し、今頃私はあやつの家に罪滅ぼしに向かっている」

 

 あ、ここはいつものグルーヴだ。とファインモーションは少し安心する。

 いつもの通い妻グルーヴの思考がだだ漏れだから。

 

 しかしそれでは何故三日間も顔を合わせていないのだろうか。

 疑問に思ったことをファインモーションがそのまま訊ねてみると、

 

「あやつは今、茨城にある学園へ特別トレーナーとして出張しているのだ」

 

 幸福はその腕を見込まれて地方のトレセンへ出張していると言う。

 地方のレース競技ウマ娘を専門に受け入れている学園で、その地方で名家のご令嬢たちが通っているところだ。

 トレセン学園では主だったレースがない夏の時期になると地方のトレセンから要望があれば、こちらのトレーナーを派遣する。中央はレベルが高いが、地方だからこそ学べることも多くあるので、トレーナーたちも勉強するつもりで出張するのだ。

 そして今回は幸福にその話が回ってきた。チームのメンバーもその殆どが帰省し、トレーニングも暫くは自主トレなので二つ返事でその話を受けた。出張は一週間で、主にあちらのトレーナーたちと意見交換したり、地方でのトレーニングの見学や、中央のトレーナーとして地方のトレーナーたちにアドバイスをする。

 因みに出張にはカールも一緒で、キャンピングカーをレンタルして寝食を共にするそうだ。レンタル料金は理事長の計らいで半分は学園側で負担。

 

 エアグルーヴから理由を聞くと、ファインモーションは『私の心配した時間を返して』と言いたくなった。

 

「まあ、好きな人に会えないのは辛いよね。でも毎日連絡はしてるんでしょ? だったら一週間なんてすぐだよ!」

 

 しかしファインモーションは心優しきお嬢様。なのでどんなにエアグルーヴがくっだらない理由でダメグルーヴになっていても、いつもの笑みで彼女を励ます。

 

「ああ、毎日朝と夜寝る前にメッセージで連絡をくれる。電話もしたいが、声を聞くと私の心がどうにかなりそうだから我慢しているのだ。あやつも忙しいだろうしな」

「へ、へぇ……」

 

 もう末期症状なのでは?とファインモーションは思ったが、言わない。ツッコミを入れたら負けだから。

 

「ならそんなに落ち込むことないんじゃない?」

「それもそうなんだが……」

「何か不安なことでもあるの?」

「実はあやつが出張に行く前に、私のぱかプチを持っていけと、トレーナー室に飾っておいたものを持たせたんだ。そうすればあやつもぬいぐるみとはいえ、私の前なのだからだらしない生活はしないだろう?」

「え、あ、うん」

 

 そもそも幸福はそれなりに厳しい母親に育てられたので、エアグルーヴがいようがいまいが生活習慣は徹底されている。故に掃除好きのエアグルーヴでさえ、幸福の掃除スキルや整理整頓スキルには一切口出ししたことはない。

 

「しかし持たせたのは私なのに、こう思ってしまうんだ。あのぬいぐるみの私は今もあやつと共にいる。私が共にいれないのに……不公平だ、と」

「そ、そう……」

「だってそうだろう? もしかしたらあやつと同じベッドで寝ているかもしれないのだ。本物の私を差し置いてだぞ? 腹立たしく思わないか? 愛バたる私でさえまだしたことがないのに」

「そうかな……」

 

 物凄い気迫で熱弁するエアグルーヴに、ファインモーションは思わず手を離して体を逃げるように反らして「落ち着いて」とジェスチャーを入れる。

 エアグルーヴはそれでまた元の位置に座り直したが、

 

「はぁ……もうぱかプチになりたい」

「え?」

 

 とんでもないことを言い出した。

 これは完全に掛かってしまっている。ファインモーションは何とかして彼女の冷静さを取り戻せるように、落ち着いた声色で「どうしてそう思うの?」と優しく訊ねる。

 

「どうして、か……今こうしている間も、私のぱかプチはあやつの側にいるんだ。あやつのために何も出来ないただの綿の詰め物の分際で!」

 

 拳を握り、何とも言えぬ悔しさを滾らせるエアグルーヴ。冷静さを取り戻すどころか余計に掛かってしまった。

 ファインモーションは言葉の選択ミスを痛感しつつ、「まあまあ」とエアグルーヴを宥める。

 

「でもさ、ぬいぐるみでもトレーナーさんが自分と一緒に眠ってくれてると思うと嬉しくない? あと男の人なのにぬいぐるみ抱っこして寝てて可愛い、とか」

「…………あやつはいつも格好良くて可愛い」

「はぇ?」

「あやつはいつも凛々しくて、スマートで、ふとした時に見せる悪ガキ感が可愛いのだ!」

「ふ、ふーん……」

 

 ああもうダメだ……おしまいだ。

 ファインモーションはどこかの王子みたいに嘆き、エアグルーヴから夕方まで惚気話を聞かされる羽目になった。

 

 ◇

 

「失礼するよ、ファイン、グルーヴ」

 

 夕方になってエアグルーヴたちの部屋に寮長のフジキセキがやってくる。

 ファインモーションがもう惚気話を聞かされたくないあまり、彼女へ『たふせて』とメッセージを送ったのだ。たすけてと送ったつもりが、視線を下げているとエアグルーヴから「聞いているのか?」と言われるので見ずに打った模様。それで察するフジキセキも凄いが、実はもう慣れっこだったりする。

 

「フジか、何か用か?」

 

 フジキセキにエアグルーヴはそう訊ねるが、ファインモーションは眼だけで『ありがとう!』と伝えた。

 

「いや何、寮長の仕事も取り敢えず一段落したからね。良ければ一緒にディナーでも作らないか、というお誘いさ」

 

 ファインモーションに『どういたしまして』とウィンクして見せつつ、エアグルーヴにそれとなく友達らしい訪問の理由を告げるフジキセキ。

 

「もうそんな時間か……そうしよう」

 

 エアグルーヴはフジキセキの誘いに乗り、寮の簡易キッチンへ向かった。

 

 ―――

 

 夏季休業中もカフェテリアは開いているが、朝6時から昼の14時まで。

 なので寮にいるウマ娘たちは外食するなり、簡易キッチンで自炊するなり様々。大抵は遊びの帰りやトレーニング帰りのついでに外で済ませて来てしまう。中にはカップラーメンみたいな物で済ます者もいるが、それはごく一部だ。

 

「…………」

 

 手際良く料理をするエアグルーヴとフジキセキ。ファインモーションはラーメン以外の料理は壊滅的なので、テーブルクロスを敷いたりしたあとは優雅にお茶を飲んで料理を待っている。

 

「なぁ、グルーヴ?」

「なんだ?」

「さっきから料理を見つめて深刻そうな顔してるよ。どうしたんだい?」

「いや、あやつはちゃんと食事をしているのかと、不安になってな」

「それは問題ないと思うよ。向こうにだって食事する場所はあるはずだし、キャンピングカーならキッチンもあるだろうから。君のトレーナーさんは料理上手だと聞くし」

 

 だから大丈夫だろう?とフジキセキが言うと、エアグルーヴはゆっくりと首を横に振った。

 

「違うのだ、フジ……」

「……あまり聞きたくないけど、何が?」

「あやつはモテる。私自慢のトレーナーであるから当然だ。格好良くて可愛し優しいからな」

「う、うん」

 

 ファインモーションはまた始まったと思い、耳を垂らして出来るだけ話が聞こえないように遮断する。

 

「しかもあやつがいるところはご令嬢たちが通う地方のお嬢様校だ。中央のトレーナーでしかも女帝たる私の杖。絶対にチヤホヤされて、手料理なんかも食わされているに違いない」

「そ、そうかな?」

 

 お嬢様なら手料理なんかしないと思うよ、とフジキセキは言いたいが、エアグルーヴが口を挟ませない。

 

「どこのウマの骨とも知らぬメスが作った物を私のトレーナーが食すと思うと、ドス黒い感情が湧き上がってくるんだ」

「…………」

 

 末期じゃないか、とフジキセキもファインモーションも思ったが、何も言わない。病みグルーヴは今に始まったことでもないからだ。毎回幸福が出張したり、帰省したりすると三日目あたりから病みグルーヴと化すから。

 

「……で、さっきから気になってたんだけどね?」

「なんだ?」

「それ料理だけど、お弁当だよね?」

「あ……」

 

 エアグルーヴは幸福に会いた過ぎて知らず知らずの内に彼のキャラ弁を作っていた。

 そのクオリティはかなり高く、フジキセキもファインモーションも『才能の無駄遣いだ』と心の中でつぶやく。

 

「会いた過ぎて作ってしまった……」

「事態を甘く見ていた私が悪かった。それで、それは食べるのかい?」

「食べたいほど愛おしいが、食べるのがかわいそうというジレンマ。納得がいく仕上がりなのに、一周回って虚しくなってきた。何をしているんだろうな、私は。女帝が聞いて呆れる」

 

 女帝の独白にフジキセキもファインモーションも『全くだ』と内心呆れた。

 こんなにも恋い焦がれているのに、未だにその想いを告げていないのだから。

 

「もう夏休みが終わる前に襲っちゃえば?」

 

 ファインモーションがお嬢様らしからぬことを口走るが、

 

「確かに。もう末期だからね……どうにかして彼の女になることを私からも提案するよ」

 

 フジキセキもエアグルーヴの背中を押す。

 ぶっちゃけてしまえば、二人はもう恋煩いしているエアグルーヴが面倒臭くて堪らないのだ。

 

「し、しかし……」

「あのね、グルーヴ。余計なお世話かもしれないけど言わせてね?」

「な、何だファイン?」

「いつもガツガツ行くくせに変なところでいつも二の足踏んで何がしたいの? 今世で結ばれる気あるの? 来世で結ばれる気? そう都合良くいくはずないと思うんだ。そもそも来世に賭ける方がリスキーだと思うんだよね」

「わ、私はちゃんと今生きている内に――」

「ならしのごの言ってないで告白しなよ! 私、グルーヴの結婚祝いにアイルランド旅行プレゼントして、私のお屋敷に呼んで、そこでハネムーンベイビー授かってもらって、適当に妨害して出産するまでは家にいてもらう計画があるのに!」

「おい、何だその無駄に手の込んだ訳の分からん計画は!?」

 

 とうとうファインモーションまでも暴走してとんでもないことを口走る。

 故にフジキセキは、

 

「まあとにかくグルーヴ。ファインモーションも私も、君たちにはさっさと結ばれてほしいということだよ」

 

 追い打ちすることにした。

 今ここで彼女に逃げ道を与えると、また自分たちがこのくっだらない惚気マシマシ話の餌食になるから。

 

「…………分かった」

 

 エアグルーヴは二人からの後押しに頷く。

 ゴールドシチーやナリタタイシンからも常々言われてきた。

 いつもみんな背中を押してくれている。ならば女帝らしく、決めてやる……とやっと決意したのだ。

 

 それを見た二人はやっとこの意味不明な惚気から解放されると、心の中で勝利のファンファーレを響かせたが、

 

「で、では早速、告白の予行練習に付き合ってもらいたいのだが……いいだろうか?」

 

 地獄はまだまだこれからが本番だったことに恐怖する。

 

 故に二人は付き合ってられるかと、幸福のキャラ弁を食べ尽くし、エアグルーヴに夜遅くまでお説教したそうな。




 おまけ

 幸福が出張から帰ってきて数日後のこと。

「貴様、少し時間をもらえないか?」
「ああ、いいぞ。出張後の書類も丁度終わったし、暫くはゆっくりしていいってさ。まあエアグルーヴたちのトレーニングとかはあるから、普段と対して変わりないが」
「……ならば、少し失礼するぞ」
「ん……あ、お、おい」
「うるさい。失礼すると断りは入れただろう」

 夕陽が差し込むトレーナー室で、エアグルーヴはちょこんと幸福の膝上に腰を下ろし、横抱きの形になった。

「……随分と甘えるんだな?」
「たわけ。貴様にだからこうしているんだ」
「杖なのに一週間も女帝様のお側を離れて申し訳なかったな」
「私の杖たる者が認められた証拠だ。そこは素直に嬉しく思う」
「でも寂しかったんだろ?」
「みなまで言うな、たわけ」

 ぽつりとつぶやくように言うと、エアグルーヴは目を細めて幸福の首筋に頭を擦り寄せる。これはウマ娘特有の信頼している者にだけ見せる甘える仕草だ。

「副会長が門限やぶりは良くないと思うぞ?」
「たわけが。既にフジには連絡を入れてある」
「あ、そう? なら女帝様は何をお望みで?」
「……離れていた分、私を構え」
「はいよ」

 幸福はふわりと微笑み、彼女のお望み通りにする。
 首筋をトントントンと叩けば、エアグルーヴの尻尾はグングングンと叩くリズムに合わせて上下に上機嫌に揺れ、耳も嬉しそうにクルンクルンと回った。

「エアグルーヴ、耳……顎に当たって擽ってぇ」
「すまない。しかし、許してほしい。今回ばかりは抑えられん」
「耳に息吹き掛けっぞ?」
「…………むぅ」

 そこまで幸福に言われると、エアグルーヴは少し拗ねたように耳を後ろに倒す。

「そそ、それでいい。顎だけは弱いんよ、俺」
「……むぅ」
「いつまでむくれてんだよ」
「たわけ」

 別にエアグルーヴは幸福になら息を吹き掛けられても良かった。なのに強引にしてくれなかったことに不満の色を見せていることを彼は知る由もない。

「尻尾のお手入れはどうしますか、女帝様?」
「……聞かなくても分かりそうなものだ」
「ご要望は素直に申してもらいませんと」
「たわけ……頼むに決まっている」
「よく言えました。素直な女帝様には特別にゼラニウムのテールオイルでお手入れしましょうかねぇ」
「ほう、あれを使ってくれるのか。あれは私も気に入っている」

 ゼラニウムのテールオイルは鼻が敏感なウマ娘にも好評な幸福特製のブレンドオイル。
 幸福は実家から送られてきた売れ残りからテールオイルを作ることもあり、エアグルーヴやチームのみんなはそのテールオイルがお気に入り。香りも強過ぎず、且つ持続性が高いので暫くはほんのりとオイルの香りが残り、他の生徒たちや友達らから『素敵』と評されて更に嬉しくなるのだ。

「エアグルーヴたちがこれを使うと喜んでくれるからなぁ」
「当たり前だ、たわけ……♪」

 その後、エアグルーヴは幸福から丁寧に尻尾のお手入れをされ、寮まで送ってもらい、その日はファインモーションが寝落ちするまで惚気話を聞かせたそうな。

―――――――――――――――

ファインモーションとフジキセキはエアグルーヴのいいお友達!←

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