「だぁ……疲れた」
「あれしきのことでこの体たらくか、嘆かわしい」
代表挨拶を終え、幸福は自分が学園から賜ったトレーナー室へと戻ってきた。
そんな彼に苦言を呈するエアグルーヴは、そう言いながらも彼からスーツの上着を預かり、シワが出来ないようにハンガーへ掛けている。
「ああいう堅苦しいのは実家だけで十分なんだ」
「まあ、確かに貴様が常時ああだったら、こちらとしても対応に困るな」
「でしょ? 俺はこんなゆっる〜い感じが丁度いいんだよ」
「私は一切褒めてなどいないからな、このたわけめ」
幸福はネクタイを解いてトレーナー室の彼専用のソファーに腰掛ける。
そんな彼にエアグルーヴは小言を言いながらも甲斐甲斐しく、彼が外したネクタイを手にしてシワを伸ばしながら畳むという風に世話を焼いていた。
在任トレーナー代表の挨拶。
それは昨年最も注目されたトレーナーが任されることが多い。
昨年の幸福とエアグルーヴはURAファイナルズのマイル部門で王者となり、ウマ娘界隈ではかなり注目を浴びている。
加えてエアグルーヴがトリプルティアラを達成したのを期に、幸福は学園からチーム結成の辞令が出された。
チーム名は「デネボラ」。
名前の由来は獅子座の恒星の二等星から。
二等星ながら、その星言葉は『信念を貫き通す精神』というものから幸福が決めた。
チームの旗揚げから幸福は様々なウマ娘をスカウトし、時にはエアグルーヴも周りに声を掛けた。
女帝とその賢者の杖がいるチームというのはとても魅力的で、メンバーは一週間で上限の7名を迎えた。
「でも、アタシはトレ公立派だったと思うよ! あの大勢の前で凛々しかったからね! 声も震えてないし!」
そう言うのはヒシアマゾン。
彼がエアグルーヴの次に契約したウマ娘で、チームの姉御。美浦寮の寮長もしていながら、エリザベス女王杯や有馬記念を制した女傑。エアグルーヴに誘われたのもあってチームに加入。
「あの時のトレーナーはとってもマーベラスだったよ!」
続いて大声とオーバーリアクションを取るのは、ハイテンションウマ娘マーベラスサンデー。
中距離を得意とし、長距離も走れるスタミナを誇る。彼女は幸福に勧誘されてチームにやってきた。
「わたくしはトレーナーさんがいつもより王子様に見えましたわ!」
続いて口を開いたのは同じくメンバーでマーベラスサンデーと一緒にチームへ加入した、カワカミプリンセス。
躓いて転びそうになったところを幸福に助けられて、『運命ですわ!』と逆指名したウマ娘。その名の如くお姫様だが、パワーとど根性でターフを駆ける負けない女。チームでは一番の若手である。
「ん〜、いつものトレーナーさんより二割増し程度にいい男だったんじゃない?」
「あたしはとってもカッコよかったと思うのー!」
長めのソファーにぐでぇっと寝っ転がりながら言うのはセイウンスカイで、多くのスーパーのチラシを見比べつつ言うのはアイネスフウジン。この二人も幸福が勧誘して加入したメンバーだ。
どちらもチームデネボラを代表する逃げウマ娘で、セイウンスカイは基本的に気分屋なところがあるが、幸福とはウマが合い皐月賞と菊花賞を(うち菊花賞はレコードタイムで)制した異端の逃亡者。トリックスターとも呼ばれたりする。
アイネスフウジンは人懐っこくて愛嬌満点の逃げウマ娘。しかしレースになると強気で、朝日杯ステークスではあのマルゼンスキーの「不滅のレコード」1分34秒4と並ぶタイムを叩き出して優勝し、日本ダービーでもダービーレコード2分25秒3で優勝した、まさにその名の通り風神。
「まあ、お疲れってことでいいんじゃない?」
そして最後にスマホを弄りながら話をまとめたのがナリタタイシン。ヒシアマゾンに続いてエアグルーヴの誘いを受けてメンバー入りしたウマ娘。皐月賞ウマ娘であり、メジロマックイーンより先に天皇賞春秋制覇を果たした逆転のウマ娘。
これがチームデネボラ。
チームは他にも数多くあるが、今のところデネボラはかなり注目を集めている。
しかしやはりシンボリルドルフやマルゼンスキーがいるチームリギルやサイレンススズカやスペシャルウィークがいるチームスピカの人気は凄まじい。
「ま、うちは今年度も昨年度と変わらず、狙えるタイトルは全部狙うぞ。リギルやスピカだけじゃなくて、他のチームもまたうちを狙い撃ちしてくるからな」
幸福の言葉にメンバーは揃って力強い頷きを返す。
リギルやスピカとはライバル関係なのもあって当然だが、リギルとスピカの二強と呼ばれていたところに台頭してきたのがデネボラであり、他のチームからすればデネボラの方が狙い目なのだ。
故に毎回レースでは徹底マークされ、最近ではその対策の方が重要性を増している。
「相手が誰であれ負ける気はせん。追う者と追われる者……どちらも経験出来ていいことだ」
エアグルーヴがトレーナーの襟元を正し終えてから、拳を握り絞めて意気込む。
すると、
「だな! おっしゃっ! 早速トレーニングだっ!」
ヒシアマゾンが両手を高々と挙げて叫んだ。
しかし、
「アマゾン、残念だが今日のトレーニングコースは使用不可だ。これからリギルとスピカによるショーレースがある。加えて他のトレーニングコースはメンバー募集中のチーム等が勧誘活動して体験加入や体験指導を行っているからな」
とトレーナーの髪を整えているエアグルーヴに残念なお知らせを告げられ、「忘れてた!」と耳や肩や尾を落とす。
「そもそもアマゾンはまだレース明けの休養期間中だからね。元々今日は君のトレーニングメニューもない」
「んだと!? おいおい、トレ公! そりゃないんじゃないか? アタシのこの滾りを何にぶつけりゃいいってのさ!?」
「まな板にでもぶつければ? みんなヒシアマ姉さんの料理食べたいよな?」
幸福がわざとらしくみんなに問えば、みんなは揃って頷くという連携プレイを見せた。
「んだよ〜、しょうがないねぇ! よっし! ヒシアマ姉さんに晩飯は任しときなよ!」
そしてこのちょろアマゾンである。
「買い出しならあたしもトレーニングお休みだから手伝うのー! 今から行けば夕方前の特別タイムセールに丁度間に合う時間なのー!」
「わたくしはウエイトトレーニングがありますが、トレーニングになりそうなのでお荷物持ちとしてお手伝い致しますわ! プリンセスはパワーとど根性でしてよ!」
「はいはい。じゃあ、アマゾン、アイネス、カワカミは買い出し。支払いはいつも通り俺のカードから。アマゾンにカード預けるから」
エアグルーヴに整えられて見事に小綺麗になったトレーナーがそう言うと、
「ありがとよトレ公♪」
ヒシアマゾンは歯を見せてニカッと笑い、お礼を言った。
「んで、残りのメンバーはジャージに着替えてジムに集合。俺は先に行って準備しとくからな〜」
『ああ(分かった)(了か〜い)』
こうして今日チームデネボラは賑やかに始動するのだった。
いとも容易く発動されるエアグルーヴの正妻力……。
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