9月の半ば。少しずつだが、残暑も穏やかになってくる。
今日も今日とてトレーニングに打ち込んだデネボラメンバー。今日はゴールドシチーがモデルの仕事で欠席、
また先日、セイウンスカイとマーベラスサンデーがURAファイナルズ予選に出走したので欠席している。
今日はトレーニングの最後に学園の外をみんなでランニングしたので、その帰りにスーパーの特売があるとかでアイネスフウジンに付き合ってみんなで夕飯のお買い物中。
セイウンスカイとマーベラスサンデーが見事予選突破したのもあるので、今日はその祝勝会をすると幸福が言い出したからだ。用意が終わる頃にはゴールドシチーも仕事から戻ってくるだろう。
「豚バラブロック100グラム、8円! タイムセール! 売り切れ御免!」
「まっかせるのー!」
「おっしゃー! 掛かってきな!」
豚バラブロックを巡り、猛者(主婦)たちと死闘を繰り広げるアイネスフウジンとヒシアマゾン。
二人は慣れたもので難なく豚バラブロックを1キロずつ獲得してきた。
「……すげえな」
「ああ、レースの時のような気の入りようだったな」
カートのところで待機していた幸福とエアグルーヴは、二人の脱げ出し術と垂れ馬回避に思わず拍手。そもそもウマ娘とタイマン出来る普通の人間の主婦が強過ぎる。
一方でカワカミプリンセスとナリタタイシンは、
「キャベツとお好み焼き粉手に入れてきたよ」
「タイムセールでどれも500円以下でしたわ!」
キャベツとお好み焼き粉をそれぞれダンボール1箱分確保してきた。
ナリタタイシンもこれで実はスーパー戦線を潜り抜けてきた猛者の一人。故に難なくお好み焼き粉をゲットすることが出来た。カワカミプリンセスに至っては持ち前のパワーで難なくキャベツをもぎ取って来たという訳。
「あとは海鮮系だな。鮮魚コーナーに行こう」
「トレ公! お菓子はいくらまでだ!?」
「あ〜……太り気味にならないくらいまでならいいぞ」
「おっしゃー! みんなアタシに付いてきな!」
ヒシアマゾンが威勢良く言えば、ナリタタイシン以外は意気揚々とそのあとに続く。
「いいのか、あの様子だとまたカートが必要になると思うが?」
「お祝い事の時くらいいいだろ。みんな普段から自制したりしてるんだしさ」
「貴様らしいな……全く」
小言をこぼすエアグルーヴだが、その声色と表情は柔らかい。何だかんだ自分たちをよく分かってくれている幸福の気持ちが嬉しいのだ。
そんな話をしながら、エビやホタテ、イカやタコをカートに入れていると、戻ってきたヒシアマゾンたちがカゴいっぱいにお菓子を持ってきたことに、流石のエアグルーヴも声を出して笑った。
◇
幸福の車に食材を乗せて、部室まで運び込み、エアグルーヴたちは外出届を提出しにそれぞれの寮へ一旦戻る。
残った幸福は黙々と下準備を進め、今はキャベツの千切りをひたすら行っていた。
幸い叔父の手伝いで培った千切りスキルが今回のように役立ったことは何度もある。その度に幸福はあの日々を思い出し、こうして自らの手で担当するウマ娘たちに振る舞えることを嬉しく思っていた。
「戻ったよトレ公! それと寮にある大判のホットプレートも持って来たからな!」
そこへ戻ってきたヒシアマゾン。美浦寮の寮長は彼女なので、貸し出しも問題なし。ただ、タマモクロスがたまに借りていたりするので、その時は普通のホットプレートを使う予定だった。
「おう、サンキュ。ならホワイトボードにいつもの頼むわ」
「はいよ!」
ヒシアマゾンは頼もしく返事をすると、ホワイトボード用のペンを何色も取り出し、そこへ「祝勝会」と大きく書いていく。勿論セイウンスカイとマーベラスサンデーの名前も。
デネボラは部室で祝勝会をすることが多い。ヒシアマゾンが器用なのもあって飾り書きにも磨きが掛かる。
「すまない。ゴールドシチーの分の外出届も書いていて遅れた」
そこへエアグルーヴが戻ってきた。
「おう、気にすんな。エアグルーヴもキャベツの千切り地獄に参加してくれ」
「ふっ、この程度地獄とは言えん」
幸福にエアグルーヴはそう返すと、エプロンを着用し、手洗いをしてから見事な包丁さばきでみるみるうちにキャベツの千切りの山を築く。
そんな二人を見ながら、ヒシアマゾンは『やっぱりこの二人はウマが合うんだねぇ』と微笑ましい気持ちになった。
◇
主役の二人とゴールドシチーが部室に来たことで、祝勝会が幕を開ける。
最初はシンプルに大きな豚玉を幸福が焼き、みんなしてその味に舌鼓を打った。
因みに皆は制服ではなくジャージ。制服にお好み焼きの匂いがついてしまうといけないからだ。それに美味しい匂いを漂わせてしまっては、芦毛の怪物や日本総大将がその匂いで腹減りになって色々とまずい。前にイナリワンがいなり寿司の匂いがついてしまった制服を着ていたら、芦毛の怪物に制服の襟を咥えられたという逸話がある。
「私がリクエストしたことだけど、まさかこんなにたくさん作ってくれるなんてねぇ♪」
「マーベラス、トレーナーのお好み焼き大好きー! 次は海鮮お好み焼きがいいー! チーズもマシマシでー!」
お好み焼きの味に主役の二人は大満足。それだけで幸福は嬉しくなって更に手際よくお好み焼きをひっくり返す。
「頑張って仕事して、帰ってきたらトレーナーの手料理が待ってるとか最高過ぎるんだけど♪」
「あたしたち恵まれてるよねー♪」
「祝勝会やり過ぎな気もするけど、身内だけならこういうのも案外悪くはないかな。アタシはそんな食べないけど」
ゴールドシチー、アイネスフウジン、ナリタタイシンも幸せそうにお好み焼きを頬張ってにっこり笑顔。
「貴様、先程から焼いてばかりいるが、ちゃんと食べているのか? 貴様のことだ。どうせ私たちが美味しそうに食べているのを見ただけで腹が膨れたとか言って食べていないのだろう?」
そんな中、エアグルーヴだけはしっかりと幸福の隣に陣取る。ただ彼女の背中を押したのはヒシアマゾンとカワカミプリンセスだ。
先程から焼くばかりで幸福が食べていないことを確認し、二人でエアグルーヴに『食べさせてやれ(あげてください)』と囁いたのである。
いつもあーんはしてもらっているが、今回は自分からあーんをする絶好期。故にエアグルーヴはこのチャンスを逃しはしない。
「あ〜、まあ、焼きながらでも食えるし……」
「口を開けろ」
「は?」
「口を、開けろ、と言ったのだ。貴様は焼きたいのだろう? ならば私が食べさせてやる」
「おう、サンキュ……あーん」
「っ」
素直に口を開ける幸福を見て、エアグルーヴは思わずキュンとする。普段は流れるように自然に食べさせることが可能だが、意識した状態ではやはり乙女グルーヴになってしまうのだ。
「ふー、ふー……ほら」
「んっ、ふまいふまい」
「口に物を入れたまま喋るな。子どもか」
「ごくん……忍びねぇな」
「反省すれば構わんさ……ほら、あーん」
「あむっ」
ここまでの流れを見守っていたメンバーは『おやおや?』、『あらあら?』と二人の様子をにんまりと眺める。
いつもよりいい雰囲気だからだ。エアグルーヴも嬉しそうに、満面の笑みで幸福の口へお好み焼きを運んでいるし、この分なら二人が結ばれるのも近そう、と期待してしまうほど。
しかし、
「貴様、ほら」
「あむっ……海鮮チーズマシマシ焼き上がったぞ」
「貴様、ほら」
「あむっ……肉爆弾も食べ頃――」
「貴様、ほら」
「あむっ」
エアグルーヴがずっと食べさせていて、みんなは寧ろエアグルーヴの方が食べていないのではと思いつつ、幸福も幸福で素直に口開け過ぎだろと心の中でツッコミを入れていた。
◇
祝勝会も幕を下ろし、後片付け。
幸福は結局最後まで焼き役に徹していたので、みんなから休むように言われて部室の外へ追いやられた。
9月で日の入りも早くなり、外はすっかり暗くなって星が綺麗に夜空に浮かぶ。
近くのベンチに腰掛ければ、今日は月も見えていて、府中の空で美しく輝いていた。
その一方部室内では、
『エアグルーヴ』
部室の床掃除をしているエアグルーヴにゴールドシチーたちが詰め寄る。
「どうした?」
「どうした、じゃない! なんでアンタも当然のように後片付けしてんだよ!」
「ヒシアマの言う通りだよ! トレーナーのとこ行きなよ! 何のために外に追いやったと思ってんの!?」
「そ、そう言われても……」
ヒシアマゾンとゴールドシチーに攻められ、思わずたじろぐエアグルーヴ。
「先輩、アタシ恋ってよく分かんないけど、今はトレーナーの傍にいた方がマーベラスだと思うな!」
「わたくしもそう思いますわ! 女は度胸でしてよ!」
「ここは逃しちゃいけないでしょー? 大物を狙うなら今だと思うなー♪」
「てことで、エアグルーヴも外に行きなよ」
「後片付けはあたしたちに任せるのー♪」
しかも他のメンバーたちからも言われ、背中を押されて否応なしに外へ放り出された。
呆然と立ち尽くすエアグルーヴだったが、
「おう、後片付け終わったのか?」
幸福の方から声をかけられ、退路が断たれる。
「い、いや……その……」
歯切れの悪いエアグルーヴの様子に幸福は小首を傾げながらも、「座ったらどうだ?」と手招きして、ベンチに誘った。
そんなエアグルーヴに業を煮やし、ヒシアマゾンが「焦れったいねぇ! ちょっとアタシがいやらしい雰囲気にしてくるよ!」と追い込もうとしたので、流石にゴールドシチーが止めた。
好きな相手から手招きされれば、エアグルーヴに断れるはずもなく、するすると彼の隣に腰を下ろす。
ちらりと視線を横にやれば、好きな相手は真っ直ぐに星を眺めており、エアグルーヴはその横顔に釘付けになった。
「ソースでも顔に付いてるか?」
「いや」
「なら何をそんなに見てるんだ?」
「…………」
「……ああもう、いいや」
「ど、どうした、貴さ―――」
「エアグルーヴ、好きだ。俺と付き合ってくれ」
「―――ふぇ?」
己と向き合い、真剣な眼差しで、両肩を優しく掴まれて言われた彼からの愛の言葉。
エアグルーヴは一瞬何を言われたのか理解出来なかったが、
「年齢とか、担当とか、学生と社会人とか、んなの関係ない。惚れてんだ、俺は。初めて出会ったあの日から。だから付き合ってください。俺の最愛の愛バになってください」
片膝を地面に突き、エアグルーヴの左手を取って、見上げながら再び愛の言葉を口にする幸福。
それでやっとエアグルーヴは告白されたのだと気付き、目からは大粒の涙が溢れてくる。
当然、部室の窓から二人の様子を見ていたデネボラメンバーからは『おー!』と歓喜の声が上がっていた。
「……たわけ……グスッ」
「好きだ」
「……たわけぇ……えぐっ、ううっ」
「返事は聞くまでもないな? 自惚れていいよな?」
「ひっぐ……えぅっ……ふぇぇんっ」
嗚咽しながらも、必死に何度も何度も頷き返すエアグルーヴ。
それを見て幸福はゆっくりと立ち上がり、今度は正面から彼女の背中に手を回し、落ち着かせるようにトントントンと背中を叩いてやった。
「……これでも結構我慢してたんだ。エアグルーヴが卒業してからとか、エアグルーヴが大人になったらとか、色々と……。なのに会う度に可愛くなるし、甘え上手になるし、辛抱出来なかった」
独白するように静かに語る幸福の声に、エアグルーヴは耳をピコピコさせながら傾ける。
「鈍感なフリするのは辛かった。でもエアグルーヴが恋に恋してるなら、いつかそれに気が付く日が来て、虚しくなると思った。だから自己保身のために予防線張ってた」
「でもダメだった。だってエアグルーヴが俺にしか見せない顔をたくさん見せてくるんだからなぁ。んなの期待するなってのが無理な話だ」
「一生、エアグルーヴの杖になることを誓う。それだけ俺はエアグルーヴと一緒にいたい。一緒に人生を走りたい」
幸福がそこまで言うと、エアグルーヴはやっと顔を上げる。
「……私も貴様のことが……幸福さんのことが大好きだ。これからもよろしくお願いします……んっ!」
先に想いを告げられた。ならば、とエアグルーヴはその唇を先に奪って見せた。
後ろからの視線や声なんてどうでもいい。今は私と彼だけの世界なのだから、と。
「はぁ……なんだよ、自分からしておいて、そんな蕩けた顔をして」
「う、うりゅしゃい、ちゃわけぇ……」
若干呂律が回っていないが、幸せなのは伝わってくる。何せエアグルーヴの瞳の奥にはハートマークがしっかりと浮かんでいるのだから。
おまけ
エアグルーヴ視点
ついになってしまった……あやつ……いや幸福さんの恋人に。
まさか向こうから告白をしてくれるとは思わなかった。チームのみんなも祝ってくれた。しかしそのせいで外出届を出したのに、延長時間すらも過ぎてしまった。
幸いフジに訳を話したら泣いて喜んで、罰も免除された。私は本当に恵まれている。
しかし本当に、いや本当に、幸福さんに私の気持ちが伝わっているだなんて思ってもいなかった。幸せ過ぎる。こんなに幸せでいいのだろうか。
「で、珍しくグルーヴがこんなに遅くなったのね! でもおめでとう!」
同室のファインもやはり祝福してくれる。嬉しい。
「それじゃあ、明日は腕によりをかけてラーメンご馳走するね!」
「いや気持ちだけでいい。ファインが用意するとその……量がな」
「そっか……残念だなぁ」
ファインはそう言ってしょんぼりと耳が垂れるが、許してほしい。前に誕生日だからと用意されたラーメンが昼にダンプカーの荷台いっぱいに運ばれてきた時は目眩がしたからな。
そんなことより、
「あやつからの告白が、あやつらしくてとても素敵だったんだ。良かったから聞いてくれないか?」
今の私はこの幸せを友と共有したい。
自分でもこんなに惚気けたくなるだなんて思いもしなかったが、恋バナというのは当事者になってみると楽しくて仕方のないものなのだな。
「え……あ〜、明日じゃないとダメ?」
「聞いて、くれないのか……?」
「そ、そういうことじゃなくて……」
(フジからグルーヴからの惚気話に気を付けてって言われてたのに、こんなにストレートに話題を逸してくるなんて思わなかったよ! しかも耳も尻尾もしょんぼりして心苦しい!)
何やらファインは表情がコロコロ変わっているが、大丈夫だろうか。やはり共有するのは明日に回した方が良さそうだな。それにもう遅い。寝なくては幸福さんに早く会えない……ああ、なんて幸せなのだろうか、私は。
「分かった。ではそろそろ寝るとしよう」
「う、うん、そうだね!」
「あぁ、きっと今夜はあやつが夢に会いに来てくれるはずだ。楽しみだ」
「そ、そうだね……あはは」
(明日はどうやって話題を逸らすか考えておかないと……フジとシャカールに相談しようかな)
ああ、待っていてくれ、幸福さん。今あなたの愛バが夢で待つあなたのところへ行きます。
しかし、夢で会った幸福が素敵過ぎて鼻出血を起こし、先に目覚めたファインモーションの悲鳴が栗東寮にこだますることを、まだ誰も知らない。
―――――――――――――――
ってことで、無事にお付き合いを開始しました!
まだお話は続きますのでお楽しみに♪
読んで頂き本当にありがとうございました!