チームデネボラは秋のレース戦線に乗り出し、絶好調。
「秋華賞を見事に制したのはカワカミプリンセス! 負けない乙女が無敗でダブルティアラの称号を獲得しました!」
カワカミプリンセスが秋華賞を制し―――
「ゴールドシチー! まさに圧巻の走り! 京都大賞典を制した勢いのまま、天皇賞秋を制しました!」
ゴールドシチーが不調から脱し―――
「逃げた逃げた! 逃げ切った! アイネスフウジン! 富士ステークスを風神の如く走り抜きました! マイルチャンピオンシップにも期待がかかります!」
アイネスフウジンが余裕の逃げを見せ―――
「驚異の追い込み! 驚異の末脚! 女傑の二つ名は伊達じゃない! ヒシアマゾンが二度目のエリザベス女王杯を手にしました!」
ヒシアマゾンが余裕の貫禄で差し切り―――
「鬼脚炸裂! やはりこのウマ娘には目が離せない! アルゼンチン共和国杯を圧巻のごぼう抜きで制して見せました!」
ナリタタイシンが驚異の鬼脚を見せつけ―――
「赤いリボンが中山レース場に跳ねています! 中距離URAファイナルズ準決勝を制したのはマーベラスサンデー!」
マーベラスサンデーは競り勝って決勝戦へ駒を進め―――
「余裕の大差でトリックスターがまたも逃げました! 異端の逃亡者を捕えるウマ娘はいないのか!?」
セイウンスカイも他を圧倒して決勝戦への切符を手にした。
―――――――――
各メディアはチームデネボラを連日大きく取り扱う。
もうその人気はリギルやスピカと同等だと言われ、本格的に三強の一角としてメディアからもファンたちからも認められた。
好調の理由はチームリーダーであるエアグルーヴがチームトレーナー幸福と恋人になれたということから、メンバーのこれまでのやきもきが晴れてチームの雰囲気がこれまで以上に盛り上がったからだ。
二人の交際は公にはしていないが、ちゃんと理事長と生徒会には報告済で、どちらからも祝福され、交際を認められている。
加えて周りの生徒たちも、幸福から漂うエアグルーヴの匂いが強くなったことで勘のいい子ほど察してしまい、二人の仲がこれまで以上に進んだとバレバレだった。
一方でエアグルーヴはこれまでの憂いが晴れたことで、絶好調をキープし、トレーニングにも模擬レースにもその調子の良さが表れており、ジャパンカップの出走表明記者会見の時点で一番人気に推された。
まさに最高の雰囲気なのだが―――
「…………そんな」
―――エアグルーヴはまるで絶望の底へ蹴落されたようなショックを受け、顔が青冷め、信じられない物を目の当たりにし、思わず口を両手で覆い、カタカタと小刻みに肩を震わせる。
「……シラオキ様の言うことは絶対です。残念ですが……」
神妙な面持ちでエアグルーヴにそう告げるのは、机を挟んで向かい合って座るマチカネフクキタルだ。
今は座学も終わって放課後。いつもならばトレーニングや生徒会の仕事が待っているが、エアグルーヴはジャパンカップが近いのもあってそれらはお休み。
幸福は当然ながら他のメンバーのトレーニングを見ている。
故にエアグルーヴは今日は気ままな放課後を過ごす予定だった。
そこに友達であり、ライバルのサイレンススズカが声をかけてきた。聞けば彼女もオフで、暇を持て余していたという。
なので二人で少しカフェテリアでお茶でもしようとしたら、マチカネフクキタルに呼び止められて今に至る。
「エアグルーヴ、そんなに気にしない方がいいわ。フクキタルの占いってほぼ信用ならないから」
「酷いですよ、スズカさん!」
「だって本当のことだし……」
マチカネフクキタルの占い被害者であるサイレンススズカ。
前にトレーナーとデートする時に占ってもらい、ラッキーアイテムである銀色の大きな鯛のお守りを押し付けてきたのだ。
それを持って行かないと成功しないと言われ、その時のサイレンススズカも気持ちが掛かり気味だったのもあって、デートにそのお守りを背負って行った。
そうしたら当然、安藤トレーナーに「すっげぇね、これ」と笑われた。引かれなかっただけ良かったが、あんな恥ずかしい思いをしたので、サイレンススズカは未だにそれを根に持っている。
そもそも前に金色の鯛のお守りも押し付けられ、その時も安藤トレーナーに笑われたのだから。
ただ、サイレンススズカは知らない。安藤トレーナーが彼女のことを『面白い子』として自身の一番のお気に入りウマ娘だということを。
「それで、今回もまた何かの鯛のお守りを押し付けるの? 私の時みたいに?」
あのお守りの鯛の如く、ハイライトが消えたサイレンススズカがマチカネフクキタルに詰める。
「い、いえ! そんなことはしません! というか、私は善意で渡したんですよ! 実際にお守りの効果はあったはずです! 証拠にスズカさんのトレーナーさんは鯛のお守りのことでスズカさんを弄っているではありませんか! それが嬉しいって尻尾と耳に出てますからね!?」
鋭いツッコミに流石のサイレンススズカもたじろいだ。
しかし今はそんなことよりエアグルーヴのことだと彼女は誤魔化し、マチカネフクキタルに本題に入らせる。
「ええとですね……恋愛面で不穏な兆しが出ているのです」
「具体的には?」
「えっと……エアグルーヴさんのトレーナーさんにストレスが溜まっているとありますね。何か心当たりありませんか?」
マチカネフクキタルがそうエアグルーヴに尋ね、サイレンススズカも「何かある?」と尋ねた。
するとエアグルーヴは、
「これと言って思い浮かぶ事柄がない……」
更に肩を落とす。
当然だ。エアグルーヴは無自覚無意識なのだから。
それを知らない二人はうーんと悩み、一先ずエアグルーヴから最近の幸福とのやり取りを聞くことにした。
「最近、エアグルーヴはトレーナーさんとどんな風に過ごしているの? その、お付き合いしてるのは知ってるから、話せる範囲でいいわ」
「いや何をそんなに躊躇っているのか分からんが、何も隠すことはないぞ。そうだな……幸福さ……こほんっ、あやつと付き合って一ヶ月は経ったが、私たちは至って健全な付き合いをしている。どこぞの逃亡者のようにトレーナーと二人きりでトレーナーを逃げられない状況に追いやってホテルに泊まって朝帰りするなんて暴挙は起こしてないしな」
「あ、あれは違うの! トレーナーさんが私の野外トレーニングに付き合ってくれて、それが嬉しくていつもより遠くまで走っちゃって、そうしたらが夕立に降られて、急いで近くの建物に雨宿りしに避難したの! そしたらそこがその……ら、ラブのホテルで、仕方なく適当なお部屋に入って、トレーナーさんが風邪引くといけないからシャワー浴びてこいって言うから浴びて、出てきたらトレーナーさんが気持ち良さそうに眠ってて、その寝顔が素敵だったから、近くで見てたらいつの間にか私も寝ちゃってただけで、トレーナーさんとは本当に何もなかったの! フロントからの電話もトレーナーさんが眠ってて気が付かなったし、疲れてるなら起こすのが可哀想で、一泊しちゃっただけだったの!」
首まで真っ赤になり早口で当時の朝帰り騒動の弁解をするサイレンススズカに、エアグルーヴもマチカネフクキタルも思わず『おお』と謎の感動を覚える。
エアグルーヴもまさかサイレンススズカがここまで掛かるとは思わず、何だか申し訳ないことをした気持ちになり、一方でマチカネフクキタルは彼女と安藤トレーナーの進展具合が実に気になった。
「こほん……そんなことよりエアグルーヴの話よ! 一ヶ月の間にエアグルーヴのトレーナーさんがストレスを溜め込んでるんだから、それが何なのかハッキリさせないと!」
「む……それは確かにそうだな」
「私が言うのも何ですが、トレーナーをしている時点でストレスは多々あるでしょうからね。チームデネボラの皆さんはここのとこ絶好調ですし」
マチカネフクキタルが言うように、チームデネボラは絶好調。しかしそのお陰で取材も増え、マスコミ対応も出来るだけウマ娘たちに負担が掛からないように、ほぼほぼ幸福が行っている。加えていつものトレーニングメニュー考案や模索、対戦相手のデータ収集等々の仕事があるのだから、仕事に忙殺させる日々だ。
「最近は私のトレーニングに付きっきりになってくれていたしな。水泳でスタミナと根性を強化し、実にいいトレーニングが出来た」
「なるほど……でも水泳のトレーニングを見ててどうしてストレスが?」
「トレーナーさんも一緒に泳いでたり?」
「そんなことあるかたわけ。私はオグリキャップではない。水泳は普通に泳げる」
では何故なのか。エアグルーヴを始め、三人はうーんと悩む。
するとマチカネフクキタルが閃いた。
「エアグルーヴさん、トレーニング終わりにストレッチしてます?」
「当然だ。あやつが直々に親切丁寧に施してくれる。それがまた心地良くてな……トレーニング後の疲労感もあって何度か眠ってしまったこともある」
エアグルーヴの答えに、マチカネフクキタルはピンと来る。つまりはそういうことだ。
「分かりました」
「何がだ?」
「エアグルーヴさんのトレーナーさんのストレスの原因です」
「聞かせてくれ」
「ズバリ! エアグルーヴさんが原因です!」
「な、何だってー!?」
「スズカ、それは私のセリフではないか? というか、スズカ……貴様は普段そういう乗りはしないだろう」
「あ、ごめんね。つい……」
変に乗りのいいサイレンススズカにエアグルーヴは苦笑いするが、マチカネフクキタルの言葉が引っ掛かる。何せどこをどうしたら自分が原因なのか分からないからだ。
「ストレッチされている時の状況を教えてください」
「分かった。いつもは―――」
◆
「それじゃあ、今日のトレーニングメニューも終わったし、そこのマットの上にうつ伏せになってくれ」
「ああ。今日もよろしく頼む」
「おう。痛かったら言ってくれ」
すると幸福はエアグルーヴの体が冷え過ぎないよう背中にバスタオルを掛けて、首・肩・両脚と入念にストレッチしていく。
「痛くないか?」
「ん……ああ、心地良いくらいだ……あっ」
「相変わらず首が弱いなぁ」
「う、煩い……気持ちいいんだ……んひっ」
「ほら、こうやって首筋コリコリされるの好きだろ?」
「んにゃあ……調子に、あぁっ、乗る、にゃあ……んぅっ」
「気持ち良くて唇震えてるじゃん」
「む、無意識に、あんっ、こうなる、んんっ、だっ!」
幸福の男らしい太い指で首筋を隅々までストレッチされると、エアグルーヴは自然と熱い吐息が漏れてしまう。
ウマ娘は基本的に首を触られるのが好きなので、当然恋人である男性にされるとその感度は増すのだ。
故にエアグルーヴはウマ娘特有の気持ちいい時に出る、お口モゴモゴが止まらない。
「そうしてっと女帝らしさがなくなって、ただの可愛い女の子だな」
「た、たわけ……はぁはぁ、ふぅ」
散々ストレッチされ、エアグルーヴの息は絶え絶え。なのに体は軽いという不思議。エアグルーヴにとってはストレッチとはいえ、好いた相手に触れてもらえていることの方が何よりも嬉しいのだ。
◇
「こんな感じだな。全く、あやつにも困ったものだ。二人もそうは思わんか?」
話し終えたエアグルーヴが二人に同意を求めるが、二人は信じられないものを見るように唖然としている。
何しろ二人からすれば、あのエアグルーヴが普段からそんなに自分のトレーナーに甘えているなんて思ってもいなかったらだ。
しかも最初はうつ伏せだったが、仰向けでもしてもらっている。うつ伏せだけでも男性のトレーナーにとって色々と来るものがあるだろうに、仰向けなら尚更だ。エアグルーヴのエアグルーヴボールはたわわ過ぎるし、ストレッチ中は色っぽい声をあげているのだから。
寧ろ、こういうことを平然と話せてしまうエアグルーヴも凄いが、彼女はこの一連の話に疚しさを感じていないので話せている。
「……エアグルーヴのトレーナーさんって大変ね」
「ですね。しかしそれはトレーナーさんが選んだ道ですから、私たちでは救えません」
「? どういう意味だ?」
「エアグルーヴ、きっとあなたのトレーナーさんは疲れてるってことだから」
真実を告げるのは簡単だが、それではこの二人の甘いひと時に水を差すことになる。なのでサイレンススズカは誤魔化すことにした。
「そ、そうか。確かにあやつは私に劣らぬ忙しさだな」
「だから恋人として、何かしてあげたらいいと思うの。お料理とかお洗濯とか……ほら、エアグルーヴはそういうこと好きだし」
「ほう……その手があったな」
サイレンススズカの提案にエアグルーヴは目がギラリと光る。
前々から何かもっと一緒に過ごせないか探していたエアグルーヴは、まさに天啓を得た気持ちになった。
そうと決まればやることは一つ。まずは幸福に連絡して、一緒に帰ることを告げる。そしてフジキセキに外出届を提出しに寮へ走った。
「……私、エアグルーヴのトレーナーさんにとって余計なことしたかも」
「気にしてはいけません。我々は何も見なかったし、何もしなかった。そうしましょう。シラオキ様もそう仰ってます」
「シラオキ様どれだけ万能なの……」
こうして残された二人は『もう知ーらね』と開き直り、寄り道してたい焼きを食べながら寮へ帰った。
トレーナーのコンデションが下がった。
エアグルーヴは絶好調をキープしている。
読んで頂き本当にありがとうございました!