ジャパンカップが明後日に迫った今日。
エアグルーヴは相変わらず軽い調整メニューだが、調子はすこぶるいい。
今朝もいきなり押し掛けてきた記者団に対して、女帝らしい余裕の受け答えをしていた。
そんな彼女は今日も座学が終われば生徒会の仕事に精を出す。
来月は早いもので師走に入り、トレセン学園も色々と忙しくなる。
受験を受けにくるウマ娘たちに対する案内図の作成やクラス分けをするための模擬レースの手配等々、生徒会が決めなくてはいけないことは盛り沢山だ。
しかし最近はエアグルーヴのやる気とサボり魔ブライアンが彼女の恋バナ聞きたさにサボり魔の汚名を返上したため、去年より遥かにスムーズに事が進んでいる。
故に、
「この時期にこうしてゆったりとお茶が飲めるとは……去年からは想像も出来ない」
「去年は私も自分のことで会長には多大なる負担を強いてしまいました。しかし今年は違いますから、私のやる気も去年とは比べ物になりませんし」
今は仕事を終えて、生徒会室でティータイムと洒落込んでいた。
何しろここのところ先の先までの仕事まで終わってしまい、差し迫る仕事がないのだ。
いつも忙しくしているシンボリルドルフも、エアグルーヴやナリタブライアンが仕事をいつも以上に肩代わりしてくれるお陰で、とても助かっている。
「ところで、ブライアンは最近、ティータイムになると決まってその雑誌を読んでいるが……そんなに面白いものなのか?」
近頃のナリタブライアンは仕事が終わると毎回同じ出版社の雑誌を開く。相変わらず空いている手には彼女お気に入りのビーフジャーキーがあり、それをもぐむしゃしながら行儀悪く雑誌のページを捲っていた。
少し前ならエアグルーヴの厳しい叱責が飛んでいただろうが、最近の彼女は自他共に余裕を持っているので、ナリタブライアンの行儀の悪さも少しは目を瞑る。
エアグルーヴがそうなったことで、ナリタブライアンも生徒会室で過ごすのに煩わしさがなくなっていた。
「ん、ああ、これか? 別に私としてはこれと言って面白いから読んでるんじゃない。ただ、同志たちが読んでいて、少女漫画でもこの手の雑誌に載っているような性格のキャラがいるから私も目を通しているだけだ」
シンボリルドルフの質問にナリタブライアンがそう返しながら、雑誌を閉じる。
「……男性に嫌われる女性の特徴? 女性誌か」
ふと表紙の文字が目に入り、読み上げたシンボリルドルフ。
「なんだ、会長もこういうことは気になるか?」
「まあ、気にならないと言えば嘘になるな。自分で言うのも悲しいが、私はその……あまり気軽に接してくれる友が少ないからな。そういうところでも何か自分の改善点を得られるかもしれないと思うんだ」
それは時折あなたが反応し難い駄洒落を言うから……とエアグルーヴとナリタブライアンは思ったが言わない。あの遠慮を知らないナリタブライアンでさえ、これを言えばシンボリルドルフがしょげてるルドルフになってしまうと理解しているのだ。
「……なら読むか? 私はもう全て目を通し終えたからな」
ナリタブライアンが勧めると、シンボリルドルフは「ではお言葉に甘えて」と雑誌を手に取った。
「なになに……『男性が嫌いな女性の性格の代表的な3つの性格』……1つ目は『特定の男性にだけ優しいぶりっ子』で、2つ目は『自己中心的な女性』……そして3つ目が『拒否しても引かないしつこい女性』か……うむ、これは同性の私からしても苦手と感じるな」
「同性だからこそ、余計にそう感じるのだと思います。私ならそんな輩を見れば叱りつけていると思いますし」
「いや、エアグルーヴは自他共に厳し過ぎるんだ。今はちょっとマシになったがな」
ナリタブライアンのぼやきにエアグルーヴは鋭い睨みを返すが、そんなのナリタブライアンにとっては慣れたもの。故に余裕綽々で次はチーズかまぼこをモヒる。完全に好みが酒のつまみだが、誰も気にしない。
「ここからが本題だな。どれどれ……『男性に嫌われる女性の特徴13』か。なかなか結構な数があるな」
「あくまでも娯楽の提供ですから。気にしてはいけませんよ」
エアグルーヴがそう言えば、シンボリルドルフも確かにそうだと頷いて特集を読み進める。
「その1、常に何をしているのか尋ねてくる―――」
そのワードにエアグルーヴの耳が僅かに動いた。勿論それをナリタブライアンは見逃さない。
「その2、誰に対しても上から目線で話す―――」
ピクリとまたエアグルーヴの耳が震える。
「その3、損得勘定でしか動こうとしない―――」
今度は安堵したのか耳がやや外側に向いた。
「その4、常に他人の悪口を言う―――」
今度も耳は反応せず、外側を向いたままのエアグルーヴ。
「その5、何をするにも否定する―――」
微妙だが少し上向きになった。ナリタブライアンはその耳の動きに笑いを堪えるのに必死である。
「その6、嫌いな相手に対する態度が見るからに悪い―――」
耳が外側に向いたので、これは安心した様子。
「その7、不機嫌な時に手がつけられなくなる―――」
ピクピクッとこれまでで一番の反応を見せたエアグルーヴ。その表情も真っ青である。
「その8、相手の気持ちを考えずに行動する―――」
ちょっと冷静さを取り戻せた様子。しかしまだ安心出来ないのか、耳はシンボリルドルフの方に向けられている。
「その9、些細な感謝が伝えられない―――」
顔色が少し戻ってきた。もうそれを見ているだけで、ナリタブライアンは笑いが込み上げてくる。
「その10、品がない―――」
これは大丈夫だ、とばかりにエアグルーヴの耳が外側に向いた。
「その11、人の秘密でも構わず他人に話してしまう―――」
これも大丈夫だ、とばかりにエアグルーヴの表情は晴れやかになる。
「その12、金遣いが荒い―――」
余裕の表情でエアグルーヴは紅茶を啜った。
「その13、色んな男と常に遊んでいる……以上の項目の内、1つでも当てはまっていたら、自分を見つめ直してみよう。恋人がいる場合は失恋の原因になるかもしれません……か。ふむふむ、なかなかに勉強になるな。娯楽とはいえ、この手の雑誌も興味深いものだ」
シンボリルドルフは読み終えた満足感に微笑むも、
「あ……あ……あ……」
エアグルーヴはカップをソーサーに置いて、カタカタと小刻みに震え出す。まるで壊れたレディオのように。
「なんだ、エアグルーヴ。何故急にウマとムスメの神隠しに出てくるウマナシのモノマネをし出したんだ?」
ナリタブライアンは珍しくエアグルーヴがモノマネをしていると勘違いしているが、シンボリルドルフが「違うぞ、ブライアン」とツッコミを入れる。
「エアグルーヴは紛れもなく恋人がいる女性だ。だからこそ、失恋する可能性があることに危機感があるのだろう」
私も少し思うところはあるから気持ちは分かる……と付け加えれば、ナリタブライアンも「なるほど」と頷き、再び雑誌の特集に目を通した。
「この1、2、5、7の項目でお前の耳が反応していた。心当たりがあるのだろう?」
何故かドヤ顔で言うナリタブライアンにエアグルーヴは壊れたからくり人形のように、ぎこちなく頷きを返す。
「1つでも当てはまっていたら、と書いてあるのに……わ、私には4つも……4つも当てはまっていた!」
「ブライアン、エアグルーヴに温かい物を! 人参ポタージュを早く!」
両手で震える自身の体を抱きしめるエアグルーヴを見て、シンボリルドルフが即座に彼女を抱きしめてナリタブライアンに指示を飛ばす。
ナリタブライアンは『何これ面白い』と心の中で爆笑しながら、シンボリルドルフのお財布を預かってすぐ近くの自販機へと走った。
◇
「買ってきたぞ」
「ほら、エアグルーヴ……飲むといい。大丈夫だ、私の奢りだ」
「す、すみません……はぁ」
温かい人参ポタージュを飲んで冷静さを取り戻せたエアグルーヴ。
それを見て、ナリタブライアンはくつくつと笑いながら、
「そんなに不安になるほど身に覚えがあるのか?」
と尋ねる。
するとエアグルーヴは「ああ……」と弱々しく返した。
特徴その1は付き合ってから、理由もなく『今何をしているんだ?』とメッセージを飛ばしてしまう。それで暇しているのであれば、電話を掛けて他愛もない話をする。それが幸せなのだ。
昨夜も確認のメッセージを送ると、すぐに資料整理してるとこと返ってきた。そして邪魔しては悪いからと、『そうか。無理しないようにな』というメッセージと共に自撮り写真を控えめにピースサインをして撮って送った。すると幸福からも『ありがとう』のメッセージと共にエアグルーヴのぱかプチを抱っこした彼の写真が送られてきて、埃が立つほどに尻尾を振った。
なのにそれが破局の原因になると知り、エアグルーヴは前が真っ暗になる。
特徴その2に関しては、出会った頃から現在に至るまで続いているため改善不可。仮に直したとしても、幸福に不審がられるからだ。
ただ二人きりの際には素直に甘えているので、ちょっと不安なだけ。
特徴その5は今は大丈夫だが、出会った頃は彼の意見に毎回拒否反応を示していたのもあり、不安なのだとか。
特徴その7に至っては、自分でもどうしようもなく、不機嫌になると当たってしまう。大概は掃除することで何とかなるが、幸福の家に押し掛けてまで掃除をさせてもらったのも一度や二度ではない。そもそも彼は掃除もキチンとしているので、普段は出来ないトイレや寝室といったプライベートなところを掃除させてもらっているのだ。
「…………嫌だ。別れたくない……こんなに幸福さんのことが好きなのに……。こんなに毎日愛が溢れているのに……振られたくない」
顔を真っ青にして震えるエアグルーヴをシンボリルドルフは必死に宥めるが効果は薄い。
それを見てナリタブライアンがいつの間にかエアグルーヴのウマホを彼女の学生鞄から取り出して、幸福へ電話を掛けていた。
「もしもし、お前は伊藤トレーナーだな? 少し時間をくれ。私はコードネームシャドーと言うものだ。お前の大切な恋人が不安に陥っている……何か言葉を掛けてやれ」
一方的な要求を強引に通し、無責任にウマホを持ち主であるエアグルーヴに手渡すナリタブライアン。
「こ、幸福さん……」
『おう、どうした、エアグルーヴ?』
「わ、わた、私は、あなたと別れたくないっ」
『は? 別れる気なんて俺にはないぞ?』
「し、しかし! 私は……!」
『どうしてそんな不安になってるのか知らねぇが……告白の時も言ったが、俺はエアグルーヴに惚れてる。だから心配するな。不安なら俺のところにいつでも来い。それか俺を呼べよ。折角会える距離にいるのに、彼女が不安ならそれを消してやんのが彼氏だろ。大丈夫。愛してるよ、エアグルーヴ』
「ああ……ああっ、私も幸福さんを愛してる!」
電話の向こうで生徒たちの黄色い声が聞こえてくるが、幸福は構わず「んじゃ、あとでトレーナー室に来いよ」と爽やかに誘い、エアグルーヴはそれに何度も頷き、電話の向こうから小さなリップ音がして電話は切れた。
エアグルーヴの不安は見事に解消され、今は幸せいっぱいに、火照った頬を両手で押さえて、いやんいやんと頭を振る。
シンボリルドルフはもう大丈夫だ、と安心して席に戻るが、
「最高かよ……」
ナリタブライアンは目の前で繰り広げられた甘いラブストーリーに、ウイニングチケット宜しく感涙していた。
当然エアグルーヴからは「煩い」と一蹴される。
「しかしいいものをまた見せて……いや、聞かせてもらった。それでトレーナー室でどんなイチャイチャをするんだ?」
「貴様に話す義理はない、たわけ!」
「そうか。ならば私の勝手にする。……そうだな、きっとあのトレーナーのことだ。エアグルーヴの不安が消えるまでキスしてくれるんじゃないか? それも膝上でお姫様抱っこした状態で、愛を囁きながら、な」
「……最高かよ……」
ナリタブライアンの妄想を思い浮かべ、思わずそう零してしまうエアグルーヴ。
これには流石のシンボリルドルフも「落ち着け、エアグルーヴ」とツッコミを入れてしまった。
深刻な問題が解決し、穏やかなティータイムが戻り、その後エアグルーヴはご機嫌に生徒会室をあとにする。
シンボリルドルフとナリタブライアンはそんな彼女の背中を微笑ましく見送るのだった。
おまけ
「……ちょっと流石に気障過ぎたな」
エアグルーヴとの電話を切ったあと、幸福は年甲斐もなくしてしまった自分の行為に恥ずかしさを覚えていた。
彼女を安心させてやろうと心から起こした行動だが、
「トレ公……アンタもやる時はやる男なんだねぇ」
「トレーナーってそういうこと出来るんだぁ? ふーん?」
「いやいやぁ、お熱いですなぁ♪」
「そういうのは他所でやってよね。幸せなのは分かるけどさ」
ヒシアマゾン、ゴールドシチー、セイウンスカイ、ナリタタイシンから生温かい眼差しを寄せられていることで、恥ずかくなったのだ。因みにヒシアマゾンもジャパンカップに出走するので、トレーニングは調整のみで、暇潰しにトレーニングを見に来ている。
しかもカワカミプリンセスもマーベラスサンデーもアイネスフウジンも『うわ、マイク越しにキスした』と幸福の行動に、顔を赤らめている。
加えてこの場には他のウマ娘もいるため、幸福の行動は多くの者たちに目撃されていた。遠くでアグネスデジタルが砂糖を吐いてスヤァしているが、それだけの破壊力があったのだろう。
「…………トレーニング再開すっぞ」
そうだよねー、早く終わらせてトレーナー室に行かなきゃだもんねー。なんてみんなからからかわれつつも、幸福は「ああ、そうだよ」と開き直った。
因みに二人の甘々を見てチームのみんなは妙にやる気が上がって、とてもいいトレーニングになったそう。
その後、幸福はエアグルーヴが望むまま、彼女がしてほしいところにキスをした。
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