12月も中旬ともなれば夜になると、この時期の街は色とりどりのイルミネーションやクリスマスの装いが増えて、道行く人々を楽しませてくれる。
世の中はすっかりクリスマスムード一色であり、ウマ娘たちもそのためか何処か浮足立っていた。
しかし―――
「……回答欄が一個ズレてて赤点。小学生でもこんなミスしないだろう」
「にゃは〜、眠くってつい〜……ね♪ そう怒らないでくださいよ〜、エアグルーヴ先ぱ〜い♪」
「たわけ」
―――昨日まる一日を使い学内で一斉に行われた学力テスト。そのテストでセイウンスカイは社会科のテストで凡ミスをしてめでたく追試となった。
レース競技ウマ娘とはいえ、彼女たちは学生。
学生である以上、勉学にも励まないといけないのだ。
デネボラメンバーは幸い、エアグルーヴやヒシアマゾン、ナリタタイシンといった頭のいい子がいる。
なので今日は幸福がトレーニングを休みにし、みんなをトレーナー室に集めて勉強会をすることにしたのだ。
因みにゴールドシチーとマーベラスサンデーも追試組である。ゴールドシチーは数学でマーベラスサンデーは理科を落とした。
「追試じゃないやつは適当に課題やるなり、もう配られてる冬季休業中の課題をやるように。俺は仕事してるから何かあったら言ってくれ」
幸福が声をかけると、みんなはそれに返事をしてそれぞれテーブルに課題を広げる。
「数学ってマジでワカンナイ。泣ける……」
「アタシも理科はキラ〜い」
「数学はパズルみたいなものなの。基本を理解すれば応用も簡単なの」
「アンタは名前にマーベラスってあるんだから、勉強もマーベラスになるように頑張んな。ヒシアマ姐さんがしっかり教えてやるから」
追試の生徒にのみ配られた復習プリントを前に項垂れるゴールドシチーとマーベラスサンデー。そんな彼女たちに優しく声をかけるアイネスフウジンとヒシアマゾン。
二人に言われ、ゴールドシチーたちは渋々シャーペンを手にした。
「セイウンスカイ。貴様はそこに正座だ」
「はいは〜い」
「はいは一回」
「は〜い」
「伸ばすな」
「はい」
一方、セイウンスカイはエアグルーヴからのお説教を受ける。
しかしながら床に直接正座すると足を痛めるので、ふわもこクッションを用意した上でお説教するのがエアグルーヴの優しいところ。
なのでセイウンスカイも逃げず素直にエアグルーヴのお説教を受けている。
「貴様は頭がいいし、要領もいい。しかし詰めが甘過ぎる。もう少し緊張感を持ってだな……」
「はい」
そこでセイウンスカイが挙手したので、エアグルーヴは言葉を止めて「なんだ?」と発言を許した。
「社会科のテストはお昼を食べたあとにやりました。お腹が膨れています。お腹が膨れれば眠くなるは当然。よって私が眠くなったのも致し方ないので、そんなにイジメないでください」
真剣な表情で弁明するセイウンスカイ。しかしエアグルーヴからすれば、『貴様は一体何を言っているんだ?』と思わずこめかみを押さえる。
前のエアグルーヴならばここでいつもの『たわけ!』というたわけ砲が炸裂するが、
「イジメてなどいない。貴様の成績に響くから口煩く言っているんだ」
今のエアグルーヴはちょっぴり甘さを見せれるようになった。
そうなったのも、
「まあまあ、エアグルーヴ。ウンスがそうなのは前からだし、本人はちゃんと学力があるからそう目くじら立ててやるな。ウンスもちゃんと分かってるから」
幸福という甘さが加わったからだろう。
その証拠に、
「幸福さんがそう言うなら……。そういうことだ。追試で同じ過ちをするなよ、セイウンスカイ?」
「はい、しっかりやります♪」
長時間のお説教はしなくなった。
このエアグルーヴの変化にはセイウンスカイを含め、ナリタブライアンやダイタクヘリオス、トウカイテイオーといった彼女から常々お説教を受けてきたウマ娘たちにとって、それはもうかなりの変化でありがたい事この上ない。更には幸福のお陰か彼女の言い方も柔らかい物となり、彼女が持つ本来の優しさが強く表に出るようになって前よりも多くの生徒たちに慕われている。
「本当に熟年夫婦って感じだねぇ」
「変なとこで二の足を踏むけどね」
ヒシアマゾンとゴールドシチーがコソコソとそんな話をすれば、他の面々もうんうんと頷いて、みんなの声が聞こえているエアグルーヴだけ咳払いして課題に視線を落とした。
◇
なんだかんだ集中して課題をこなすエアグルーヴたち。
トレーニングにしろ、ダンスレッスンにしろ、一度集中すると途切れないのがウマ娘。
しかし、
「お腹減ったぁ〜」
空腹に耐えきれなくなったマーベラスサンデーが一番に音を上げた。
それでもいつもはおやつを食べたりするのに、今日は勉強のためにおやつも食べず集中していたので、それも仕方のないことかもしれない。
どこの誰とは言わないが、ウマ娘たちの中には空腹が極限に達すると枕に入っている綿や蕎麦殻を食べてしまう子だっているのだ。
「もういい時間だしな……よし、全員切りのいいところまでやったら今日は終わりにするか」
幸福がそう言えば、終えた者から背伸びをしたり腕を伸ばしたりとリラックスする。
「ふぃ〜、疲れたぁ」
「知恵熱出そう……でもこれなら多分追試イケるわ」
セイウンスカイとゴールドシチーがそう零すと、他の面々は苦笑いを浮かべながらも二人に労いの言葉をかけた。
一方で、
「マベさんではありませんが、わたくしもお腹が空きましたわ……」
「アタシも腹減ったなぁ」
「あたしもなのー」
カワカミプリンセス、ヒシアマゾン、アイネスフウジンは腹減り娘になっている。
「んじゃ、せっかくみんな揃ってるし、みんなでカフェテリア行くか。俺もなんか腹減ったわ」
こうしてみんなでカフェテリアへと対うことにした。
◇
トレセン学園のカフェテリアは昼間と比べると、訪れているウマ娘の数は多くない。
みんな大抵夕飯は外へ食べに行ったり、寮で自炊したりするからだ。
ヒシアマゾンたちがメニューを即決する中、幸福だけは「どうすっかなぁ」と悩んでいる。
「幸福さんにしては珍しいな。何でそんなに迷っているんだ?」
幸福にエスコートされているエアグルーヴがそう訊ねると、
「普通の日替わり定食にするか、人参ハンバーグにするかで悩んでる」
素直に考えていることを口にした。
「好きな物を頼んだらいいだろう?」
「ああ、そうなんだが……人参ハンバーグって俺食ったことないんだよ。叔父さんのとこにもあったけど、手伝いをしてて結局一度も味見たことなくてな。どんな感じ?」
「どんなと言われても……人参ハンバーグは人参ハンバーグとしか」
「だよな」
エアグルーヴの困り顔を見て、幸福は苦笑い。
人参ハンバーグは提供する店によって様々なバリエーションがあるが、幸福の叔父の店もこのカフェテリアでも人参ハンバーグはシンプルである。
デミグラスソースがかかったハンバーグステーキの中央に人参を一本丸ごとぶっ刺してあるというインパクト大の料理。因みに普通の人用だと人参は茹でてある物か蒸した物が刺さっている。
「ならば私が人参ハンバーグを頼む。それなら味見が出来るだろう。私も今日は勉強会で頭を使ったから、夕飯はガッツリ取りたい気分だからな」
「ならそうするわ。あんがと、エアグルーヴ。好きだよ」
「…………私もだ」
ただ夕飯のメニューを決めていただけなのに、二人の周りに花びらやらハートマークがこれでもかと舞い散っている。
「アタシ麻婆豆腐にしようかな。辛いの」
「ならアタシもそうするかねぇ。口ん中が甘くてやってられないよ」
そんな二人を見て、ナリタタイシンとヒシアマゾンは口の甘さをかき消すためにあとから辛い物をチョイスするのだった。
◇
「いただきます!」
『いただきます!』
全員揃って幸福の言葉に声を合わせ、明るい食卓が幕を開ける。
「タイシンちゃん、それすっごく辛そうだけど大丈夫なの?」
「いや、見た目より辛くないよ。まあいつものよりは辛いけど、口の中くっそ甘いから丁度いい感じかな」
真っ赤な麻婆豆腐を見てアイネスフウジンは心配しているが、当のナリタタイシンは至ってクールだ。
何故なら、
「幸福さん、あーん」
「あ〜……うんっ、美味い! こりゃみんな頼むはずだ」
「口に合ったのであれば良かった。ほら、もう一口……あーん」
「あ〜ん」
ナリタタイシンの斜め前で激甘シュガーダービーが繰り広げられているのだから、それはどんな辛い物でも緩和されてしまうだろう。
これでエアグルーヴは無自覚惚気なのだから余計に甘い。
「アタシ、あれに張り合ってたんだなぁ。負けて当然って感じするわ……」
「ゴルシチ、それは考えちゃあいけないよ。まあアンタはしっかりタイマン張ったんだ、胸を張りなよ♪」
「アリガト」
これには流石のゴールドシチーも苦笑い。かつての恋敵エアグルーヴがそのお相手と仲睦まじいのは見ていて気持ちがいい分、傍から見る立場になると何とも言えないのだ。
しかし恋がどういうものかもゴールドシチーは理解しているので、二人のラブラブも仕方ないと思っている。
「マーベラスもあーんってする! カワプー、はいあーん♪」
「あらまあ……では失礼して、はむっ。んーっ、たまごグラタン美味しいですわ〜♪ それではお返しに、わたくしのカツ丼も一口召し上がってくださいまし♪ あーん、ですわ♪」
「ありがとー! あむっ……ん〜っ、マーベラス!」
こちらはこちらでデネボラの天使たちが戯れ、セイウンスカイは『この二人眩しいなぁ』と目を細めていた。
因みにカフェテリアの出入り口でアグネスデジタルが安らかに倒れているが、誰もがスルーしている。唯一の優しさはみんな踏まないように跨いで行ってくれているところだろう。
「たわけ。ご飯粒が付いているぞ、全く……ぱくん」
「いや、これはお恥ずかしい。すまんね、ありがと」
「可愛いから許してやる……ふふっ」
こういう具合にメンバーは二人のラブラブを目の当たりにしつつ、お腹を満たした。
後日、追試は全員合格点を取り、集中してトレーニングに励めたそう。
おまけ
その日、メジロライアンは同室のアイネスフウジンに最近気になっていたことを訊ねる。
「ええ、エアグルーヴさんとトレーナーの普段の様子?」
「う、うん。ほらあの二人って学園でも有名な相思相愛カップルだから、普段みんなの前ではどうしてるのかなって」
「……あのままなの」
「え」
「あたしたちの前でも、あの二人はラブラブのまんま変わりないの」
「うわ……凄い」
「もう付き合う前からだから見慣れちゃったの!」
「いいなぁ……まるで少女漫画をずっと目の前で見てる感じだね!」
「甘過ぎて胸焼けしてくるよ?」
「へぇ……エアグルーヴってそうなんだ……流石女帝ってところなのかな?」
「甘いけど、二人が仲良くて見てて安心するの♪」
その後もメジロライアンはアイネスフウジンにエアグルーヴと幸福の甘いエピソードを聞かせてもらい、やる気が上がった。
◇
ある日、ナイスネイチャは同室のマーベラスサンデーに近頃気になっていたことを訊ねる。
「え、トレーナーとエアグルーヴ先輩のラブラブ度?」
「う、うん。ほら、アタシもその……自分のトレーナーさんと、付き合ってるし……他のカップルってどんな感じなのかなーと」
「うーん……」
「あ、いやいや、話難いなら全然いい―――」
「この前、ほっぺにチュウし合ってたから、とってもラブラブマーベラスって感じかな!」
「―――はぇ?」
「ネイチャよりエアグルーヴ先輩の方がトレーナーの匂いいっぱいついてるもん!」
「へぇ……って、ちょっと待って、アタシそんなにトレーナーさんの匂いしてる?」
「うん! でも匂いの強さを食べ物で例えると、ネイチャはカマンベールチーズで先輩は納豆って感じ!」
「ヒトを臭い子みたいに言わないでくれませんかね!?」
その後もマーベラスサンデーに翻弄されるナイスネイチャであった。
◇
とある日、ニシノフラワーは仲良しのセイウンスカイにある質問をする。
「え、トレーナーさんとエアグルーヴ先輩の大人な恋の話?」
「はい! お二人は私にとってとても憧れる大人なので、一体どんな風に過ごしているのかと気になったんです!」
「あ〜……フラワーにはちょっと早いかなぁ」
「そこをなんとかお願いします! スカイさんだからお聞きしているんです!」
「うーん……」
「(ワクワクドキドキ)」
「人参飴(みたいにくっそ甘い)かな〜」
「うわぁ! 大人ですねぇ! 人参飴のようにキラキラしているってことですよね! 憧れちゃいます〜!」
「フラワーはずっとそのままでいてね」
「?」
セイウンスカイはニシノフラワーの純真さに心が浄化されたような気分になったそう。
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