女帝が持つ賢者の杖《完結》   作:室賀小史郎

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真面目回です。


記者会見

 

 5月に入り、レース開催日が間近に迫ったエアグルーヴ。

 その会場となる東京レース場へ幸福とやってきた。

 本日はヴィクトリアマイルに出走するウマ娘たちの意気込みを各メディアに向けて語る合同記者会見。

 

「こちらがエアグルーヴさんの控室となります。会場の方の準備が少し遅れてまして、予定よりお時間が過ぎるかと思います。会場が整い、会見を始められる10分前には必ずスタッフがお声掛けしますので、それまでお待ちください。伊藤トレーナーさんは事前の打ち合わせがありますので、後ほど会見スペースへお越しください」

 

 案内してくれた女性スタッフに二人して礼の言葉を返し、控室に入る。

 

「緊張してる?」

「たわけが。そんなはずがないだろう。何度目だと思っている」

「でもこのやり取りやっとかないと、落ち着かないだろ?」

「それは貴様だろうが、全く。そんなことより、さっさと自分の仕事に向かえ」

「着いたばっかじゃんかよ。少しは休憩させてくれ。昨日やっと満足に眠れたばっかなんだわ」

 

 そう言って幸福はパイプ椅子に座り、用意されているペットボトルのお茶に手を伸ばした。

 エアグルーヴを初めて担当した時や去年のセイウンスカイやマーベラスサンデーのクラシック期間中を考えたらだいぶ余裕があるが、やはりトレーナーとしてやれることを全部やっていると、1日の24時間なんて時間じゃとても足りない。

 同レースに出走する他のウマ娘たちのコンディションや脚質。同レースと同じ距離のレースや普段の模擬レースから見えてくる癖や仕掛けのタイミング。

 色んなことをデータ化し、分析し、自身の担当するウマ娘を勝たせる。そのためにはこうした地道な情報収集が鍵になってくるのだ。 

 

 しかしどんなに準備をしても、どんなに万全でも、勝負というのは結局のところは時の運。

 勝者は1人しかいないのだ。

 

「……まあ、昨日に比べれば幾分はマシな面構えになったな」

「流石に隈作ったままで記者会見には出れねぇからなぁ」

「ふっ、その時は私が直々にメイクして醜い隈を隠してやる」

「なら昨日も徹夜すれば良かったかな?」

「ふふ、このたわけが」

 

 エアグルーヴは穏やかに笑い、幸福の肩を軽く小突く。

 この男が自分やチームのメンバーのために、どれだけ身を粉にしてやってくれているのかをエアグルーヴはちゃんと分かっている。

 メイクデビューレース前の初の記者会見で、幸福は不安や緊張が強く出ていてエアグルーヴは頭痛がしたほどだ。

 しかし、それなら自分がメイクデビュー戦に勝って、この男がしてきたことが正しかったと教えてやろうと思い、エアグルーヴは2着に8バ身差をつけて圧勝してみせた。

 どうだ、貴様のやってきたこととは正しかっただろうとエアグルーヴが幸福を見ると、男は人目を憚ることなくレース場で、自分を一心に見つめて泣き叫びながら手を振っていた。

 

『ありがとう!』

『流石だったよ!』

『俺もっと頑張るよ!』

 

 会場に訪れた人々から向けられた大きな歓声より、幸福のその言葉がエアグルーヴの耳に一番大きく届く。

 

 そんな頃に比べれば、この男も頼もしくなったものだとエアグルーヴは嬉しくて仕方がない。

 故にエアグルーヴは尻尾がゆらりふわりと左右に揺れている。

 

「さて、それじゃあ行きますかなぁ」

「しっかり打ち合わせしてこい」

「エアグルーヴもしっかりメイクアップされてくれ」

「ああ」

 

 ――――――

 

 幸福がエアグルーヴと別れて会場へやってくると、

 

「よっ、今回もよろしく頼むぜ。賢者の杖さんよぉ♪」

 

 チームスピカのトレーナー、安藤航平(あんどう こうへい)がにこやかに声を掛けてきた。

 歳は34歳で幸福より長い間ウマ娘を育ててきた名トレーナー。ジャパンカップ王者スペシャルウィークと天皇賞秋をレースレコードで制したサイレンススズカ、そして度重なる怪我から奇跡の復活を果たしたトウカイテイオーと多くのスターウマ娘を育て上げている。

 パッと見はチャラい感じだが、面倒見が良くて人懐っこいのでウマ娘や後輩たちに慕われている。そして天性の勝負師であり、その鋭い観察力で相手ウマ娘の本質を見事に見抜き、レース直前に作戦を変更するなんてこともしばしば。

 故に去年は彼が担当するウマ娘ウオッカに破れてしまったわけだ。

 

「こちらこそよろしくお願いします、安藤先輩。出来れば勝たせてくれると助かるんですが」

「おいおい、レースはそんな甘い世界じゃないぞぉ?」

「知ってますよぉ」

 

 ワハハと笑い合う男たち。

 しかし二人は共に名トレーナーとして名を馳せているため、他のトレーナーたちは『うわぁ』といった感じで二人を見ている。

 それでもこの人たちが育てたウマ娘に勝ちたい。勝って自分も名トレーナーの仲間入りしたいし、担当の子をセンターで輝かせたい。そんな強い気持ちが溢れていた。

 

「これでも簡単にいけると思うか?」

「無理でしょうね……」

 

 そんな空気を察して二人は思わず苦笑い。

 するとスタッフがトレーナーたちに声を掛け、打ち合わせが始まるのだった。

 

 ――――――

 

 記者会見が始まる10分前。

 打ち合わせを終えた幸福がエアグルーヴの控室に戻ってきた頃には、既に彼女はいつもの勝負服に着替えさせてもらい、威風堂々とその時を待っていた。

 

「10分前です。会場にお集まりください」

 

 スタッフの声掛けに幸福は返事をすると、椅子に腰掛けるエアグルーヴに向き直る。

 

「んじゃ、行きますか」

「ああ」

 

 エアグルーヴが意気込み十分に頷きを返すと、幸福はコスメポーチから真っ赤なアイシャドウを取り出した。

 これは彼女の母が現役時代も今も愛用するお揃いの気品ある深紅のアイシャドウ。元々彼女が自らしていたのもあり、エアグルーヴの代名詞だ。

 幸福は記者会見やレース前に願掛けや気合入魂といった意味合いとして、エアグルーヴにアイシャドウをするようになった。

 エアグルーヴも最初は自分やメイク師がすればいいと思っていたが、試しに彼にしてもらうと何故か気分が高揚し調子が上がり、気分も軽くなるので、今ではすっかり最後の仕上げとして幸福に任せている。その理由も今ではハッキリしていて、彼を信頼し、愛しているからだとエアグルーヴは思う。

 

「未だに思い出すが、貴様がメイクまで出来ると知った時は驚いた」

「はは、めっちゃ驚いてたもんなぁ。まあ俺もトレーナーになるための養成学校でメイクまで授業にあった時のあの驚きったらなかった……が、こうして役に立ってるから真面目に受けといて良かった」

「授業は全て真面目に受けるものだ、たわけ」

「だな……ほいっ、出来た。今回も我ながらバッチリだ。綺麗だぞ、エアグルーヴ」

 

 今回も会心の出来にニカッと白い歯を見せながら、エアグルーヴに手鏡を渡す幸福。

 

「……あぁ、完璧だ」

 

 それを確認してエアグルーヴも満足そうに頷き、耳はピコピコ、尻尾もゆらゆら。

 こうして二人は幸福を先頭に記者会見の場へと向かった。

 

 ――――――

 

 パシャパシャとたくさんのフラッシュライトが焚かれる。

 会見はどのウマ娘も平等にその意気込みを聞くが、多くのメディアが最も注目するのは前年覇者ウオッカとそのライバルダイワスカーレット。

 更に二人は並ぶと絵になるため、二人並ぶとフラッシュの嵐だ。

 

「ウオッカさん、今回のレースの自信は?」

 

「いつもと変わらず絶好調だぜ! どっからでもかかってこいや!」

 

 自信に満ちたその言葉に記者たちがどよめく。

 

「ダイワスカーレットさんはどうですか?」

 

「前回は目の怪我もあったので出走とコイツとの対決は叶いませんでしたが、今回は万全のコンディションで迎えることが出来ます。一番は譲りません」

 

 またもどよめく記者たち。

 それだけ彼女たちが注目されていることが分かる。

 

「安藤トレーナー、スピカとしては二人出るということになりますが、チームの雰囲気はどうですか?」

 

「チームの雰囲気は悪くないです。寧ろ、うちのチームは全員が仲間でありライバルとして意識し合ってますから、こうしたことが今後もあるのでいい刺激になってますよ」

 

「ということはやはり今年のジャパンカップはスペシャルウィークさんとサイレンススズカさんが出ることもあり得ると?」

 

「あり得ない話ではありませんね。しかし彼女たちのコンディションを見て決めますから、こればかりはお楽しみに、としか言いようありません。今ここにいるウオッカやスカーレットを出走させるかもしれませんしね」

 

 安藤が冗談めかして返すと、記者たちは一番のどよめきを見せ、ペンを走らせ、キーボードを叩く。

 やはりスピカは今年も注目を浴びる。それは安藤の見ている側、聞いてる側をワクワクさせる勝負師ならではのトーク術とも言えるだろう。

 

 そして、

 

「それではそんな二人に対抗する注目バ、エアグルーヴさんに伺います」

 

 エアグルーヴの番になった。

 しかしこの時ばかりはフラッシュの嵐は起こらずにシャッター音のみが響く。

 何故ならエアグルーヴがフラッシュライトを苦手としているため、幸福が事前に記者たちには前々からフラッシュライトを焚かぬようお願いしてきたからだ。

 宣材写真やブロマイドといったことが目的の写真撮影なら、彼女も我慢する。しかし記者会見中ずっととなると、話は変わってくるのだ。

 最初はそんな弱みを見せたくなかったエアグルーヴだが、それで調子を崩しては元も子もないし、レースで圧倒してやればいいだけだと幸福が背中を押したことで、エアグルーヴは記者会見も今では落ち着いて臨むことが出来ている。

 それにエアグルーヴと同じようにフラッシュライトが苦手なウマ娘たちも、彼女のお陰で変に構えることなくフラッシュライトのお断りが出来るようになったので、色んな意味で良い方向に傾いた。

 その代わりにフラッシュライトが駄目なウマ娘たちに向けられる照明は一際明るくなるが、それはそれで注目を浴びている印象を与える。

 

「今回の意気込みはどうでしょう? 前回は惜しくもウオッカさんに差し切られてしまいましたからね」

 

「ええ、そうですね。前回は私の負けです。しかし今回は負ける要素が自分でも見当たりません。よって、勝つのは私だと自信を持って言えます」

 

 女帝からの勝利宣言。

 こうした展開が大好物のメディアにとっては、これだけで今回の記者会見に来た価値が上がる。

 

「彼女はこう言っていますが、いつも側で見ている伊藤トレーナーとしてはどうでしょうか?」

 

「そうですね……負けない準備はしてきました。なので負けることはないでしょうね。彼女はうちのチームのリーダーでもありますし、今シーズンチームで初のG1レースに挑みます。今シーズン初G1勝利をチームに持って帰るのは彼女で間違いないと思います」

 

 おお、と記者たちの声があがる。

 毎回G1レースは盛り上がるが、今回も同様……いやいつも以上に盛り上がるレースになるだろうと。

 

 最後は一番人気のウオッカをセンターにして、その左に二番人気のエアグルーヴ、右に三番人気のダイワスカーレットという配置で写真撮影を行い、最後に出走する全員の写真撮影を終えて、合同記者会見は終了した。

 

 ――――――

 

「到着。お疲れさん」

「送迎、感謝する」

 

 幸福の運転で寮まで戻ってきたエアグルーヴ。

 助手席から降りると、幸福は助手席の窓を開けていつものを彼女へ手渡した。

 それはウマ娘も大好きな黒糖を使用した黒飴で、幸福はお疲れ様という意味合いで良く自分が担当しているウマ娘たちに渡しているのだ。

 

「ふっ、いつもの黒飴か……ありがたく受け取るとしよう」

「おう。それじゃゆっくり休んでくれ。明日からレース当日までエアグルーヴのトレーニングはコンディション調整だけだ。くれぐれも怪我はしないようにな」

「ああ」

 

 エアグルーヴが頷くと、幸福は助手席の窓を閉め、エアグルーヴに軽く手を挙げて自分も自分が学園の近くに借りているマンションへ車を走らせた。

 車の影が小さくなるまでエアグルーヴは彼を見送り、そのあとで貰った黒飴を口に含む。黒糖の優しい甘さがまるで彼みたいで、エアグルーヴは幸せそうに飴を転がしながら、尻尾を上機嫌に揺らして寮へ戻るのだった。




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