「ハナを進むのは得意の逃げを打ったダイワスカーレット! レースも残り200!」
ワァァァッ!
「ウオッカ! ウオッカだ! ウオッカがここで上がってきた! 並んだ! このまま差し切るか!? ダイワスカーレットも譲る気はないぞ!」
ワァァァァァッ!
「凄い勢いで大外から上がってきたのは女帝だ! 女帝エアグルーヴ! これは完全に抜け出した! 差し切ってゴォォォォォルッ! 今ここに最強の淑女が誕生しました! 女帝エアグルーヴ! 驚異の追い上げで見事レコードタイムで女帝の輝きを見せつけました! 2着はダイワスカーレット! 3着はウオッカ!」
淑女たちの熱き闘いが、押し寄せたファンの大声援で終わりを迎える。
「かぁ〜、マジかぁ〜! 完璧に仕上げて来やがったな、クッソ〜〜〜ッ!」
「いやいや、残り200切るまで分からなかったじゃないですか」
「んだとぉ? あんだけ余裕に笑ってレース見てたくせによぅ! このっこのっ!」
「うわっ、やめてくださいよ、安藤さん!」
コースに一番近い関係者が犇めく立ち見席で、安藤と幸福が戯れ合っていた。
安藤としては今回も自信があったし、出走した二人も調子は良かった。
しかしそれ以上に仕上がっていたのが向こうだったということ。故に安藤は幸福に祝福という建前で渾身の熟練脇腹デュクシを見舞う。
「今回は負けたが、次は負けないからな」
「うちだって負けませんよ」
すると周りで見ていた他のトレーナーたちも、自分たちも負けないと言い、皆が皆硬い握手を交わすのだった。
――――――
勝者に与えられる栄誉は何もウイニングライブでのセンターだけではない。ウイニングランや勝利者インタビュー、そして最も喜ばしいことがウィナーズサークルでのトロフィーの授与と優勝レイの授与だろう。また今回のヴィクトリアマイルでは優勝バ服も授与された。優勝バ服は勝負服の上から羽織れるマントである。
ウィナーズサークルとは本来の競馬では優勝馬表彰区画のこと。従来はスタンド内で表彰を行なっていたが、ヨーロッパ流に観客が優勝馬やその関係者と身近に接することが出来るように設置された。
ウマ娘の世界のウィナーズサークルもそれと同じだが、少し違うのは優勝バが優勝レイや優勝バ服を羽織ってサークル内を歩き、ファンたちと交流することが出来るファン待望のひと時。
今回は優勝バ服もあることから、ウイニングライブのあとでも多くのファンがウィナーズサークルにやってきて、エアグルーヴの姿を一目見ようと集まっていた。
「凄くカッコよかったです!」
「私これからも応援してます!」
「ありがとう。その言葉に恥じぬ走りをこれからも約束しよう」
表彰式が終わり、サークル内をゆっくりと歩くエアグルーヴ。
そんな彼女へファンたちの応援や賛辞があちこちから聞こえ、その度に彼女は足を止めてファンたちへにこやかに言葉を返す。
優勝レイを首から掛け、優勝バ服を肩に羽織る女帝エアグルーヴ。そしてそんな彼女の左隣には女帝の杖たる幸福が寄り添っている。
彼女のその姿はまさに女帝であり、記者もファンもその姿が色褪せぬよう、カメラに収めていく。その際にはエアグルーヴもその場に快く立ち止まり、撮影しやすいようにしている。
当然、フラッシュライトはお断りしているため、調子が崩れる心配もない。
しかし、
「写真お願いしましゅっ!」
不意に下から聞こえた可愛らしい声とシャッター音。それと同時にフラッシュライトが焚かれてしまった。
それでもエアグルーヴの悲鳴が聞こえることはない。
何故なら幸福が事故を装って自分を盾にして、彼女にフラッシュライトが当たらないようにしたから。
「あはは、嬢ちゃん。撮影の邪魔をしてすまないなぁ。でもエアグルーヴはフラッシュライトが苦手だから、撮影の時のフラッシュライトは遠慮してもらってるんだ」
フラッシュライトを炊いてしまったのは、まだ小学校低学年ほどであろう鹿毛のウマ娘。
幸福はその子と同じ目線になるよう膝を折り、優しく注意する。すると少女はしょんぼりと耳を垂らしながらも、ちゃんと「ご、ごめんなさい」と謝った。
「うん、ちゃんと謝れて偉いぞ。いい子いい子」
幸福はそう言ってその子の首(頬の下辺り)をトントントンと軽く撫でる。
ウマ娘は首を撫でられるのが好きなので、その子も「えへへ……♪」と喜んだ。
「嬢ちゃん、カメラ貸してみ?」
「? はい」
「じゃあちょっと失礼するぞ」
「ぴっ!?」
幸福は少女からカメラを預かってから、空いている片手を少女の腰に手を回してふわりと少女の体を持ち上げた。
「ほい、エアグルーヴ」
「ああ……私のトレーナーがいきなりすまんな。許してほしい」
「え……え、え……?」
少女は困惑しながらエアグルーヴと幸福の顔をキョロキョロと交互に見る。
何故なら幸福が少女をサークル内に入れて、エアグルーヴに抱えさせたからだ。
「大切な小さなファンだからなぁ。特別だぞ?」
「ほら、笑うといい。私と君だけの記念撮影だ」
「……うんっ!」
少女はエアグルーヴの肩に掴まり、カメラを構える幸福へ満点の笑顔を向けてピースサインを取る。
エアグルーヴも優しい笑顔を浮かべ、幸福は数回シャッターを押した。
その光景は周りで見守っていたファンや記者たちも微笑ましく思い、その時が一番シャッター音が響く時となった。
――――――
全ての行程が無事に終わり、エアグルーヴは学園の制服に着替えて幸福の運転で帰路につく。
車内では先程の少女の話題となった。
「流石の対応と判断だったな。フラッシュの盾になってくれたことも感謝する」
「ん? ああ、あの時のあれね。相手は子どもだし、ああした方があの子にとっていい思い出になると思ってな。せっかく憧れの存在の写真を撮りに来たのに、その思い出の最後が注意されたことになるのは流石に可哀想だからなぁ」
「確かにそうだな。しかし……」
「?」
ふと隣から冷ややかな視線が送られたことで、幸福は内心首を傾げる。
「いくら子どもと言えど、いきなり女性の腰に手を回すのは紳士がすることではないな」
「いやあれは……ちゃんと失礼って断りは入れたんだが……」
「それでもだ。せめてサークルに入れてやることを告げてから抱えるべきだったと思うぞ」
「……もし次にそんな機会があったらそうするよ」
「そうしろ。たわけめ」
一先ずそれで会話は終わり、エアグルーヴは窓の外へ視線をやる。
(また私は余計なことを……)
そして、ついつい口にしてしまった小言に後悔した。
少女に悪気は一切なく、幸福の対応は己のトレーナー……杖として十分な対応だった。
苦手なフラッシュライトから卒なく守り、それでいて少女には紳士的な対応をしたのだから。
しかし、
(あんな大勢の前で、相手は子どもとは言え私以外の女の首を撫でるとは……しかも抱きかかえるなどと……くっ)
今のエアグルーヴは女帝の仮面を外した恋する乙女。
幸福が彼女の見ている前で他のウマ娘の首を撫でるのは前からある。チームのメンバーを褒める際や慰める際には良くしていることだ。首だけでなく、頭を撫でてくれと強請るメンバーもいるので、そうなると幸福はその子の要望にしっかり応える。
そもそもメンバー同士の間でも幸福のナデナデテクは凄過ぎるといい意味で評判がいい。
その子その子の撫でられて嬉しい箇所を把握し、優しいながらしっかりとインパクトを持ったポンポンナデナデは魔性とすら言える。加えて頭の場合はウマ娘によって様々だが、アイネスフウジンやマーベラスサンデーは髪型が崩れ耳も触れるくらいクシャクシャッと雑にされるのを好み、ナリタタイシンやヒシアマゾン、セイウンスカイは耳に触れないよう丁寧にゆっくりと手櫛するように撫でられるのが好みだ。エアグルーヴを含め、カワカミプリンセスとゴールドシチーは後頭部から頭頂部間をワシワシと逆撫でされるのが好き。その際には耳も触れてくれると尚良。
故に先程の少女も撫でられた時は嬉しそうにしていた。耳がピョコンピョコンと跳ね、尻尾もリラックスし下がって左右に揺れていたし、何より表情が蕩けていた。
エアグルーヴは嫉妬してしまったのだ。名も知らぬ幼気な少女に。
何しろ別れ際、少女は乙女の顔をして幸福に手を振っていた。
(このウマ娘誑しめっ)
そもそも貴様が優しくて格好良くて頼り甲斐があるからいけないのだ。
エアグルーヴはこめかみを押さえながら心の中でぼやく。
担当になった当初はこれまでのトレーナーたちより、明らかに新人で不慣れなのもあって頼りないと何度も思った。
しかしそれはレースにおいて新人というだけで、それ以外では養成学校出身というのもあって元々頼り甲斐があったのだ。
トレーニングメニューとその説明や解説は的確。ウマ娘に関する栄養学や心理学、身体学等々の知識も豊富で栄養指導や接し方、心の寄り添い方も申し分ない。
そして何より、ウマ娘は優しい人間を好む。そもそも優しい人間でないと、ウマ娘であれ他の動植物であれ何かの世話する職業には就けないだろう。
故にエアグルーヴ本人も常日頃から口調や態度は厳しいが、その裏にある彼女なりの優しさがあるので多くのウマ娘たちに慕われているのだ。
よって幸福はウマ娘に好まれる人種であることが分かる。
だからこそ今があるのだが、エアグルーヴはこうも嫉妬するとは自分でも思わなかった。なのでこの気持ちとどう向き合えばいいのか分からない。
「あ〜……エアグルーヴ」
「……なんだ?」
「まだ時間あるし、どっか寄り道でもしないか?」
「……何の真似だ?」
「いやぁ、帰ったらチームのみんなで外出届出して部室で祝勝会する予定だろ? その前に俺からお祝いになんか甘い物か小物でもプレゼントしたいと思ってな」
その言葉にエアグルーヴの胸の奥で鼓動がトクントクンと高鳴った。
まるでレース前のファンファーレを聞いた時のように。
「……好きにしろ。しかしそう時間は取れんぞ。みんな私たちの帰りを待っているだろうからな」
「何かリクエストは?」
「そうだな……」
エアグルーヴは火照る頬に手をやりながら考え、すぐに小さく口端を上げる。
「……貴様が考えろ」
「うぇ、マジかよ……そういうの考えるの苦手だからリクエスト訊いたってのに」
「何だ、出来ないのか? 我が杖ながら嘆かわしいな」
「出来ないとは言ってねぇ! でも絶対文句言うなよな!?」
「ふふ、さぁな。それはその時になってみないと分からん」
エアグルーヴの言葉に幸福は悔しそうに唸り声を上げた。
(そうだ。考えろ。そうすれば今だけは、貴様の頭の中は私で一杯なのだから)
我ながら卑しくて狡いことをしていると思うエアグルーヴだったが、それでも好いた男が一生懸命自分だけのことを考えているという甘美な悪戯がとても心地良く胸の奥を満たしてくれる。
嫉妬し、素直になれず、自分でも面倒くさい女だと思うエアグルーヴ。
しかし、
(それでも私の傍に居続ける貴様がいけないんだぞ……たわけ)
この恋心が与える気持ち良さは嫌いではないエアグルーヴだった。
おまけ
「エアグルーヴ、ヴィクトリアマイル勝利おめでとう!」
『おめでとーーーー!』
「ああ、皆の気持ち、ありがたく受け取るぞ」
時刻は夜7時を回っている。
この場にいるみんなには寮の門限が迫っている時間帯だが、みんな寮長へ外出届を提出しているため、門限延長時間までは問題なく過ごせる。
チームの部室には今回エアグルーヴが獲得したトロフィーと優勝レイ、優勝バ服が飾られ、ホワイトボードには『エアグルーヴ勝利おめでとう』の文字がデカデカと色鮮かに書かれていた。
因みにトロフィーと優勝レイは学園内のチーム専用展示ブースに保管され、優勝バ服は本人の持ち物として贈呈される。
テーブルに並ぶ様々な料理は今朝からヒシアマゾンを中心にメンバー総出で準備をし、勝っても負けてもパーティをする気満々だった。
「おめっとさん、エアグルーヴ! やっぱチームの初G1勝利報告はアンタだったね! アタシも負けてられないな!」
「おめでとうございます、エアグルーヴ先輩! ずっと部室で皆さんとレース中継を見守っていましたわ!」
「最後の200切ったところからが圧巻でしたねぇ、センパーイ」
「そうそう。流石女帝って感じ?」
「まぁ、アタシは信じてたけどね。脚溜めてるの分かってたし」
「まさにマァァァベラァァァス!」
「観てて熱くなったのー!」
「皆、ありがとう」
チームの面々から温かい言葉を受け、エアグルーヴは自然と笑みが浮かぶ。
しかしその笑みの理由はそれだけではない。
「にしてもさぁ」
「? なんだゴールドシチー?」
「抜け駆けされるとは思わなかったなぁ」
「なっ!?」
ゴールドシチーに肩を組まれ、部室の隅に連れてかれ、鋭い視線と言葉にエアグルーヴは思わずたじろぐ。
「気付かないワケないっしょ? そんだけニヤけてるくせに」
「わ、私は別に……」
「分かってる分かってる。勝利のお祝いってことっしょ?」
「あ、ああ……」
エアグルーヴが頷くと、彼女の尻尾がヒラヒラと揺れた。
今、エアグルーヴは尻尾の付け根に彼女のアイシャドウとお揃いの深紅のリボンが結ばれている。リボンといってもフリルもなければ凝った刺繍もないシンプルなシルクのリボンだ。
そしてそのリボンからは幸福の匂いが漂ってくる。プラスしてエアグルーヴのニヤケ付きとくれば、彼からのプレゼントだと誰もが理解した。
他のみんなはスルーしているが、恋敵のゴールドシチーにとっては見過ごせなかったのだ。
「ま、今回は勝者特権でことでいいけど。それに、アタシもレースに勝ったらそういうご褒美があるってことだしね♪」
「抜け目がないな……」
「当然でしょ」
クスリと微笑むゴールドシチーを見て、エアグルーヴは素直に同性ながら綺麗だと思った。これが恋する乙女なのかと。
しかしエアグルーヴは気付かない。自分もその恋する乙女であり、綺麗になったとメンバーのみんなが思っていることを。
「ま、食べ過ぎて太り気味にならないようにね」
「それは貴様にも言えることだろう?」
「アタシは仕事柄そういうの徹底してるから。ごめんあそばせ?」
「ふっ、たわけめ」
「エアグルーヴ、シチー。そろそろ人参ケーキ切り分けるぞー」
そこで幸福が二人を呼ぶと、二人は返事をして満面の笑みで彼の元へ向かう。
その後もみんなで料理を堪能し、時間ギリギリまで祝勝会を楽しむのだった。
――――――――――
実際の馬は首を軽く叩かれると人間に褒められていると感じるとネットの記事で読んだので、本編に取り入れてみました。
ただ普通に頭を撫でられるのが好きな馬もいるので、ウマ娘もそうなのかなとそれぞれの好みな頭の撫でられ方も考えて入れました。
ってことで、読んで頂き本当にありがとうございました!