日付が変わって…暫し経過した夜半遅く。
便箋を読み終えた使い魔が静かに口を開いた。
「優しく、強い子ですね。」
「嗚呼、だから少し哀れに思うよ。我々の計画に巻き込んでしまってね。」
夜更けの中…というのもあるが、彼らの声量は小さい。
これから話す内容は、凡そヒト様に話せない物であり、何より今は寝静まっている筈の少女には決して聞かせられない話だからだ。
『闇の書の封印』
管理局すら掴めていないその所在を彼らは把握していた。
その場所は第97管理外世界、地球。その惑星の小さな島国に住む、ある少女を今代の持ち主として闇の書は選んだ。
彼らは使えるコネと金を惜しみなく投入してその少女との繋がりを確保。亡き父親の友人を騙り、少女に近づいた。
少女の名前は八神はやて。
それは彼らにとって大変好都合な事実であった。
彼女がこの世から消えたとしても、悲しむものが少ないからである。
彼らの計画は、こうだ。
八神はやてを援助する体で彼女を常に監視。
来るべきタイミングで闇の書を覚醒させ、その瞬間に闇の書を主人ごと永久凍結させる、という物だ。
覚醒した瞬間の闇の書はまだ力が弱い、その瞬間に全てを終わらせる。
八神はやてには、後の世の平和の為の礎となってもらう。
「こんな優しい子を犠牲にするのは心苦しいが」
自嘲気味に男は呟いた。元来彼は穏やかな気性であり可能であるなら荒事は避ける、そんな人間だ。
時と場所が違えば「そんな未来に何の価値があるのか。」
そんな軽々しい言葉を口にするかもしれない。
「クライドとアダムの死を繰り返してはなりません、お父様。」
「そうですお父様、私達はもう後戻りできないんですから。」
しかし彼らは既に喪っているのだ。
掛け替えの無い部下二人の命を。
これ以上の犠牲を出してはならない。
大を取って、小を切り捨てる。
彼らにはその覚悟、いや意地とでもいうべきか。
「カータには、辛い思いをさせてしまうな。」
だが、問題が一つ。
カタリーナ・ウィリアムスの存在だ。
計画が成功し、闇の書の完全封印に成功したとしても、これは許されざる行為、間違いなく今の地位を失うだろう。
その時、守ると決めた少女の命運はどうなる?
事実、計画に加担をしていなくとも…風評は確実に少女の未来を蝕むだろう。
ならば、彼女も被害者にしてしまおう。
幸い、彼女は見目麗しい才能人、世間が悲劇のヒロインとして持ち上げるに十分な要素を備えている。
ならばそれを最大限に利用する。
八神はやてをコントロールする為に間者として送り込み、
その末で最終的に切り捨てられる哀れなトカゲの尻尾にしてやれば、彼女の未来に傷は付かない。
心の数は残るだろうが…それは時間が解決する問題だ。
間者として送り込むメリットは非常に大きい。
不用意にミッドチルダを離れることができない彼らは、結局文通の上でしか八神はやてを見ることができない。
かと言って、信用の置けない第三者にそれを一任するなど以ての外……ここでカタリーナの出番である。
『歳の近い子をホームステイさせたい』という名目で送り出すのだ。常に彼女の傍らに置くことができれば、不足の事態にも動きやすくなるし、何より彼女は頭が良いし、信用に足る人物である。
間者としてこれほどまでに適切な人材がいるであろうか?
「あの子なら、お父様のお役に立てることをきっと喜びます。」
アリアの言い分はある一面においては正しい、カタリーナは家族の献身に対して少々盲目的な節がある。こんな大一番の舞台に巻き込んでもらえるのなら、彼女は大いに喜ぶだろう。
彼らの見落としは…カタリーナが強く強靭な心の持ち主であると勘違いをしている事だ。確かに彼女の心は確かに硬い、どこまでも硬い。しかしガラスの様に脆くあっさりと砕け散る儚い精神力の持ち主である。
残されたカタリーナは、間違いなく絶望する。
家族を二度喪う事で、彼女は今度こそ孤独になるのだ。その未来を彼らは想定することができない。きっとそんな挫折も健気に乗り越える筈と、彼らは信じて止まない。
「アリアの言う通りだな…あの子には、我々の役に立ってもらう。」
「ええ、私たちにとってカータは赤の他人。…誰も疑うことなんてないでしょう。」
勿論、彼ら自身はそんなことを思っていない。重要なのは
この会話が露呈すれば…カタリーナは彼らの目論見通り、倫理観の壊れた老人に利用された、哀れな少女となる。
その時、ギルの眉根が微かに動く。加えてロッテも息を呑んだ。
魔法特化とも言えるアリアには事の重大さに辿り着けない。しかし、主人の次の一言にその血相を青く染めることとなる。
「扉の向こうに、
弾ける様に使い魔が扉を開く、廊下を見渡しても綺麗な銀の髪を揺らす後ろ姿は確認できない。
「外に…誰も、居ないようですが…」
「…ごめんアリア、私も気づかなかった。カータめ、こんなところで免許皆伝しやがって。」
教え子が師匠を出し抜く、こんな状況下でなければ腹を抱えてロッテは笑ったのかもしれない。「してやられた」と。
「去っていくまで私も気づかなかったよ。すまない、私のミスだ。防音対策をしておくべきだった。」
数秒の沈黙、言い訳など利かないだろう。コソコソと密談し…その内容が自分を切り捨てる方法を組み立てていた。
去って行った少女が扉を開き彼らを糾弾しなかったのは…決別の表れなのかもしれない。
「あの子の様子を見てきます。」
居ても立っても居られず、アリアは部屋を飛び出した。薄暗い廊下、物音ひとつないグレアムの邸宅。それはまるでこれから起こる嵐の前の静けさのようだと、アリアは感じる。
漸くたどり着いた妹の部屋、静かに扉を開く。…カタリーナは安らかな寝息を立てていた。
『……どうなされました?』
宝石が微かに点滅する。
「ゲイト…カータはずっと寝ていた?」
『いえ、水分補給に凡そ10分程台所に行っておりました。』
使い魔の息を呑む声が確かに響く。先ほどの主人と妹の発言は真であった。
「……そう。ありがとう。起こしたら可哀想ね、もう寝るわ。」
ゲイトはカタリーナに忠誠を誓ってはいるが、カタリーナを害する者に容赦はしない。主人を貶める作戦を聞かれたかもしれないなどと、彼女が聞いたら、どんな敵対行動を起こすか分からない。
青の宝石は使い魔の絶望を理解しない。理解させてはいけない。
『……?おやすみなさいませ。』
デバイスの返事を背中に部屋を後にする。重い足取りで戻ったアリアの様子にギルは全てを察した
「やはり、カータには聞かれていたか。」
「申し訳ありませんお父様。次からは防音の結界を張っておきます。」
「それは私も同じだ、深夜だからと気を緩めていた。…今日はここまでとしよう。彼女の処遇はまた考えておく。」
その日の会議はそこでお開きとなった。ギルの故郷の惑星の極東では…草木も眠ると比喩される時間帯。一人となったギルは眠ることができず思考に耽った。
あの話を聞かれたのは確かに損失であった。だが逆にこれは利用できる。彼女の心根にはこれで疑惑を植え付けられた。自分たちが裏切りカタリーナがそれを憎悪で返すのに、十分なお膳立てと言えよう。
一番の懸念点は…あの時扉を叩いて自分たちを糾弾しなかったことだ。この時点で見限っているのなら、土壇場で裏切るという可能性も十分にあり得る。…あり得るのだが。
(あの子に限って、それはない。)
カタリーナという娘は家族を疑わない。あの時も…自分達を信じ、そしてその邪魔をしないように静かに去ったのだ。
確信は持てない、これから大事を成すというのに…私情を持って推し量ろうとしている。
「カタリーナは優しいから大丈夫」と。
ならば、愚かな娘を使い捨てる愚かな父親を演じて見せよう。
最後の最後で保身の為に娘を切り捨てる人でなしで居て見せよう。
それまでは…大事な部下から預かった娘を慮るとしよう。
とある真夏の夜、ひとりの男が固めた、とある決意のお話。
カータが曇った!ヨシ!
まさかのグレアムさんノーケア、ここでちゃんと抱き締めてあげれば、カータが拗れる事は無かったかもしれない。
でもお姉様がギュッてしても目の色戻らなかったから多分無理です。