そしてその後も、今まで通りわくわくが尽きない波乱万丈な日々を過ごしていたが、ある日を境にトレーナーの体調は急激に悪化し、医師には余命が残り少ない事を告げられる。
アグネスタキオンもトレーナーの為に全力を尽くすが、それに見かねたトレーナーにSTOPを掛けられる。
トレーナーの命も残りわずかで枯れ果てることを理解していた二人は最後の時を共に過ごすのだった。
「やぁ。"元"モルモット君。」
病室のドアが開かれると共に、彼女の冷たくも甘いその声が聞こえてきた。
言う事を聞かない体にムチを打ち、ゆっくりと声のする方へと顔を向けるとそこには、かつて共にURAファイナルズ決勝を勝ち取ったアグネスタキオンの姿があった。
ーーー『さぁ!レースは終盤に差し掛かり、今数々のウマ娘が最終コーナーへと入りました!先頭からミホノブルボン、少し後ろにマヤノトップガン!そして3馬身後ろには本レースの1番人気アグネスタキオン!!』
昨日の様に思い出す。…なんて事この世にあるはずなんて無いと思っていた。もしそうだとすればそいつは相当つまらない人生を送ってきていたんだと。
毎日が楽しければその分たくさんの思い出が出来て、毎日に最高の思い出が出来ると思っていたからだ。
…しかし彼女と出会った事でその考えが間違いだった事に気付かされた。
最高の思い出がそれしか無いから記憶に残っているのではない。毎日が最高の思い出の中でも、得に最高だった物……言葉に表す事が出来ないほど胸が昂ったその瞬間は、いつになっても昨日の様に思い出す事が出来る。……と。
といっても、タキオンと過ごす毎日は大変な事ばかりで、変な薬を飲まされて体が発光したり、一時的に幼児化したり、データが必要やらなんやらでめちゃめちゃ走らせれたり…カオスな日々だった。
でも、やっぱり1番の思い出は…
ーーー『ここでアグネスタキオンが仕掛ける!!!恐ろしい末脚だ!!速い!速すぎる!!あっという間にマヤノトップガンを追い越し、先頭のミホノブルボンと並んだ!!!……いや!!並ばない!並ばない!!アグネスタキオン!衰えません!!流石アグネスタキオン!!!これが音速の貴公子!!!どんどん後ろに差をつけ!!今!!2着と4馬身の差をつけゴーールイン!!!!』
「はぁ…はぁ………やったぞ…やったぞ!モルモット君!!」
1着でゴールゲートを走り抜けたタキオンは、一目散に俺の元に来て、今までに見た事もないような顔で、声で、瞳でURAファイナルズ決勝を優勝した事を喜んでいた。
今から5年ほど前の出来事だ。
…しかし、今では彼女の走りを直接見る事さえ出来なくなってしまった。
「どうしたんだい?そんな顔をして。実験が恋しくなったのかい?流石私のモルモットだ。」
「…あぁ。そうだな…それもある。でも、もう一度でいいからタキオンの走りを見たかったって…思ってな。」
「…ほぅ。君がそんな事を言うだなんてね…初めてじゃないか?君が私を求めたのは。」
「……そうだな。言葉にしたのは初めてかもしれない…でも、今までは君の走りを見るのが当たり前になっていたんだ。これかもずっと、タキオンのモルモット兼トレーナーとして傍にいれるんだと……。いや…、本当の事を言うと、タキオンにとってのかけがえのない存在になりたかったんだ……。」
「…恥ずかしい事を言うな。モルモット君。………しかし、君の存在は紛れもなく、私にとってかけがいの無いものだったよ。トレーナーとして、モルモットとして。もちろん君という人間としてもね。」
「あはは…そっか…。そりゃあ、良かったよ。」
気付けば俺の頬にはつーっと涙が零れていた。
「…おいおい。モルモット君。何泣いているんだい?」
「…いや、タキオンにそう思って貰えてることが嬉しくってな…。」
「ーーーそうか。………モルモット君…。わ…私は、私は…!君をかけがえのない存在だと思っているよ!私にとって1番大切なものは君さ!君なのさ!!だから…だからさ…私の前からいなくならないでおくれよ……そんなの私は耐えられない…。誰が私のお世話をするんだい!?誰が私の、私なんかの実験に喜んで付き合ってくれるんだい!?私は…君を……愛しているよ…。トレーナー君…。だから…。だから……!!!」
この期に及んで今まで知らなかった彼女の思いを。一面を知る事が出来て、俺は嬉しくも悲しくもあった。
タキオンの為ならなんだってする。タキオンの望む事ならいくらでも努力する。
…でも、今回ばかりは、タキオンの願いを叶える事は出来そうになかった。
だから俺はその言葉を、願いを遮ってまで最後の力で声を大にして彼女に思いを伝えた。
「俺だって君が好きだ!!今までも!これからも!!そりゃあこのまま終わりたくない!!!この先もずっと君といたい!!君の傍でずっとあの美しい走りを見ていたいんだ!!!」
「…!!トレーナー…君……!!」
「愛してるよ。……………アグネスタキオン。」
『ピーーーーーーーー』
病室には無機質な機械音だけが響いている。
ベットの上で彼は泣いたまま眠っていた。
彼の大きな手を握り、半ば彼に抱きつきたような状態で私は惨めったらしく泣いた。ひたすら泣いた。彼には見せた事もない程、自分でも見たこともない程。
彼の胸に耳を当てても、何も感じられなかった。今までも当たり前の様に感じた彼を、感じる事が出来なかった。
今まで彼と過ごしてきた日々。行った実験の数々…。いや、正直実験なんて二の次だった。彼に出会って全てが変わった。
彼に出会って色んなことを知れた。実験では分からない、データーなんて取れない。そんなものを。
合理的なんかじゃない。こんな事に意味なんてない。そう頭では分かってはいても、体は勝手に動いていた。
彼を抱きしめ、唇と唇を重ね合う…。
なんとも不合理的な事を私は自分の意思で、行動に移した。