侵入者
「風影様……そろそろ会議のお時間です」
風影……。
砂隠れの里の長を示すその名で呼ばれたのは、尾獣『守鶏』をその身に住まわす者……。
大蛇丸による木ノ葉崩しから三年。
大蛇丸に加担していたこの里は木ノ葉と和解し、新たなる同盟を結ぶことを許された。
新しい時代。
自ら望んでその頂に上ったのは、この里を良い里にしたい……そういう思いに違いなかった。
かつて、いや、今現在も周囲が“危険人物”という認識を拭い切れぬ現状は知っている。
だが、彼は変わったのだ。
あの木ノ葉という里で出会った、二人の忍によって。
悪くない……
そう思う。
こんなふうにこの里を、誰かを守りたいと、そう思う自分が何故だか誇らしかった。
周囲もそれを信じつつあるのだろう。
でなければ、いくら強大な力を持つものとて、里の長になることを許すはずが無い。
彼は里に認められ、それに応える機会を得た。
だが、そんな彼を再び混沌が襲う。
「風影様!!」
先ほど会議を終えたばかりというのに、彼の部屋に飛び込む部下の声。
それは先ほどとは違う種類の声音だった。
「どうした」
落ち着き払い、ゆっくりと立ち上がった彼の前に現れた部下は、
「里の北東より、不信な輩が侵入したとの報告が……」
「数は?」
「“白袴”に“キツネの面”を被った怪しげな者がただ一人……」
風影は腕を組んだまま一瞬黙った。
部下は『忍』という表現を使わない。
「状況は?」
「風影様との面会を希望しているようですが、素顔も見せず、名乗りもせず、不信人物として防衛隊が侵入を阻んでいます」
忍でもない、白袴姿の者……。
もちろん心当たりなどあるはずも無く、
「様子を見つつ、周囲に援軍の気配がないか調べろ」
そう命ずる……が、どこか引っかかるものを感じていた彼は。
「オレも行く」
そう言って、窓から飛び出した。
一方、北東部の防衛線は、奇妙な侵入者の出現に、にわかに動揺していた。
純白の袴という異様で古風な成りをし、狐の面をはがそうともしない目の前の“敵”は、ただ風影との面会を要求するのみで、それ以上踏み込もうとも、立ち去ろうともしなかった。
その身の丈は……まだ若い彼らの長よりも、さらに華奢だった。
仮面からはみ出す髪は黒く、無造作に後ろで束ねられている。
少年……いや少女か……。
面でくぐもった声では、そのどちらとも判断がつかなかった。
が、その者は腰に刀、背に弓矢を携えているにもかかわらず、彼らに対して殺気を放つこともなく立っている。
「風影様にお取次ぎを……」
三度目の言葉だった。
前の二回と同様、その目的は添えられない。
無論、聞いたところでムダだった。
だから侵入者は『不信人物』として取り囲まれている。
防衛隊を率いる忍は、この侵入者の語られぬ真意を推し量る。
いつまでこの押し問答が続くのか……。
砂の舞う中で、忍とそうでない者との間合いは少しも変わらない。
と、彼の肩に一羽の鳥が止まった。
砂隠れの本部から放たれた連絡用のその鳥は、隊長である彼に風影の言葉を伝える。
彼は直ちに、与えられた指示を部下たちに伝えた。
が、その声の届くはずもない侵入者が、部下よりも先に行動を起こした。
進むか引くか、推測はより悪いほうへ転がった。
「攻撃許可!! そいつを捕らえろ!!」
白袴に狐面の侵入者は、風のごとく防衛線への真ん中へ飛び込んだ。
無謀だ。
そう思っていたからこその油断はあった。
が、十数名の忍を相手に、侵入者は砂塵を舞い上げ突き進んでいく。
「これ以上里へ踏みこませるな!!」
放つ忍の道具など、無意味なものかのように反れ、侵入者の身体に当たらない。
何の術だ?!
考える間は無かった。
里からは、風影が自ら向かっていると聞いたばかりだ。
これ以上踏み込まれれば、正面からぶつかり合い、スキを突かれた風影の身に危険が生じることになる。
防衛隊の名に懸けて、侵入者を風影と接触させてはならなかった。
だが。
「くそっ!! 速い!!」
侵入者は身体の原型を留めぬほどの速さで駆け抜ける。
先読みしてクナイを放とうとも、その身体がまるで何かに覆われているかのように、金属音と共に弾かれた。
無効化された武器。
原因を分析する前に彼らがやるべきことは、忍術をもって侵入者を排除すること。
相手はたった一人。
突破を許して言い訳のたつ数ではない。
「岩を利用して取り囲め!!」
部下らも印を結んだ。
砂に立つ岩は大きく硬い。
追い詰めるには十分な壁となる。
だが、発動した砂隠れ由来の忍術は、進入者が抜いた刀の一振りで、文字通りなぎ払われた。
なんの術式も持たないはずの、ただの剣で……。
その現実に目を奪われたスキに、白い風は彼の傍らを駆け抜けた。
「くっ……!!」
やっとの思いで放ったクナイは、斜め後ろから侵入者の右足を掠めた。
が、そのスピードは一瞬さえも衰えることなく、彼らを尻目に遠ざかる。
「追うぞ!!」
白い背から離される前に、彼は部下に命じた。
誰一人、侵入者からの攻撃を受けたものはいなかった。
風影は、理由も無い気がかりを抱えながら走っていた。
自ら現地へ出向こうとしている彼の身を案じ、後には一個小隊が続いている。
彼らが引き離さんばかりの速さでそこへと向かわねばならぬほど、風影は胸騒ぎを感じていた。
「風影様っ!!」
後ろで小隊長が叫んだ。
前方に激しい砂煙が舞い上がっている。
「防衛線を突破されたんだ……!!」
「我愛羅様、お下がりください!!」
彼の前に、小隊が壁を作る。
疑惑を抱えたまま、我愛羅はその後方に陣取った。
そしてそう待つことも無く、彼の前に侵入者が姿を現した。
聞いていたとおり、全身白づくめで妖しい面を被った、忍の姿をしない者。
それは風のごとき速さで防衛隊を置き去りにし、彼の壁の前へ舞い降りた。
「取り囲め!!」
小隊長の合図で、侵入者は着地と共に取り押さえられる。
が、
「いないっ?!!」
もう一度、そこに白い風が吹いた。
「風影様にお取次ぎを」
声のした方は、防衛隊と援護の小隊の中間点。
「い、いつの間に……!!」
その場にいた砂の忍は、総出で“風”を取り囲む。
だが、それを制するものがあった。
それは、侵入者の攻撃ではなく……。
「待て、攻撃をやめろ」
狙われているはずの風影の一声だった。
「そいつは敵じゃない」
彼はもう一度言った。
その場から殺気が薄れ、忍たちは侵入者と風影を怪訝な顔で見比べる。
キツネの面は風影を向いて、少し笑った気がした。
「どういうつもりだ」
本部に戻り、不信を打ち消さぬ部下たちを下がらせ、彼は言った。
相変わらず黙ってついて来る『侵入者』は、そこで初めてクスリと笑った。
「久しぶりだね、我愛羅」
彼の部屋で、キツネの面は初めてとり外された。
「どういうつもりだ、ナナ」
三年ぶりに見るナナは、少しも変わっていなかった。
ただ、黒い髪が伸びたくらい。
「我愛羅に会いたくて」
笑った顔も、そのままで……。
彼は小さくため息をつき、ナナを椅子に座らせた。
「何故こんな格好であんな無茶な進入をした」
白い袴の裾を赤く染める傷に、彼はきつく包帯を巻いていく。
「私は今、木ノ葉の忍じゃないから……」
ナナは半分だけ答えた。
「あのあと、木ノ葉を出て……修行してたの」
上から降る声は、徐々に深い吐息を混ぜる。
「……故郷で修行でもしていたのか?」
彼はあっさりとそう口に出した。
「……やっぱり、我愛羅は知ってたんだ。私の一族のこと」
ナナは小さく笑った。
悟らぬはずは無い。
彼女の一族にしか持ちえぬ術を、この身で感じたのだから。
あの術がどういうもので、それを扱った彼女がどんな人間か、わからぬはずは無かった。
だから、彼は答えずに、ナナの次の言葉を待つ。
もうひとつの問いに答える言葉を。
「我愛羅……アナタはある組織から狙われてる」
ナナの答えは唐突だった。
彼は立ち上がり、ナナより目線を高くして問う。
「なんの組織だ?」
「『暁』っていう、各里の抜け忍が集まった小規模組織」
「何故オレを狙っている?」
ナナは一瞬うつむいた。
そして、彼の腹を指差し、呟いた。
「コレ……」
言わずともわかる、そこに住まうモノの存在。
ナナの目は切なげに伏せられた。
「修業と並行して、『暁』に関する情報を集めてたの。そうしたら一週間前に、近いうちにアナタを狙うという情報をつかんだ……」
彼は何も言わず、ナナの隣に腰掛けた。
「この里の警備能力を確かめたくて、あんな無茶をしちゃったけど……実際、ここはもっと警備体制を強化しないと『暁』に対抗できない……」
砂で汚れた白い袴が、少し震えた。
「何故、ひとりで『暁』を調べていた?」
そう問うと、ナナは一度目を閉じ、決心したように息をついた。
良い予感はしなかった。
だが、彼は見上げてくるナナの瞳をまっすぐに受け止めた。
次の言葉も、ちゃんと受け止めるべく。
「『暁』は……」
ナナはゆっくりと口を開いた。
「ナルトも狙ってる……」
その理由を、彼は尋ねなかった。
ナナは言葉を繋げた。
「そこに……サスケの兄もいる……」
その目に、見たこともない影が浮かぶ。
「サスケの兄、うちはイタチを……私はよく知っている……」
思わず、組んでいた腕を解いた。
背筋が震えた。
ナナの瞳の影が、取り返しもつかないほど濃いことを悟ったから……。
そしてその影の本質を、今やっと、垣間見た気がしたから……。
「木ノ葉にいたら……、姉を倒す力も得られないし、『暁』を調べることもできないから……」
ナナの心を打ち砕いた『姉』という者の影が目の前にちらつく。
そして、見たことも無い『サスケの兄』の影も。
「だから私、木ノ葉の忍としてじゃなく、“和泉菜々葉”としてココへ来たの」
初めて聞かされた彼女の本当の名……。
その名も、そんな言葉も、木ノ葉の人間には到底明かせはしないだろう。
一族のことも、『サスケの兄』のことも、恐らく伏せているはずだから。
ナナには背負うものが多すぎる。
そして、重すぎる。
我愛羅はナナの肩に触れた。
「ナナ……」
三年前、木ノ葉を発つ時に、ナナに言うべき言葉を見つけられなかった。
姉や兄のように、『早く怪我を治せ』とか『お大事に』とか『また会おう』とか、ありきたりな別れをすれば良かったのだ。
が、言葉はひとつも出てこなかった。
あの時何を言うべきだったのか、正解はずっとわからないままだった。
が、そうやって三年も悩まされていたわりに、案外簡単な答えが見つかった。
「“ここ”ではお前をひとりにはしない」
ナナを侵す孤独を薙ぎ払いたかったのだ。
孤独だった自分に慈愛をくれたから。孤独ではないと教えてくれたから。
あの時、たったひとりで死んだはずの実の姉と戦ったナナ。
誰にも明かさない力を使っただろう。
きっと、戦いの中で他者には言えないこともあっただろう。
そしてもっと暗い深淵には、ナルトたちにも言えない秘密が巣食っていた……。
「我愛羅……」
ナナはちゃんとこちらを見た。
そして、
「アナタは私を
ホッとしたように息をついた。
知っている……。それは確かに武器となった。
ナナが何者か知っていて、おそらく何のために木ノ葉隠れの里で忍になったのかに気づいていて、ナルトへの想いもわかっている。
そして今、最も深く重い秘密を知らされた。
そんな自分だけが持てる武器。
「オレはお前を知っている」
それを“言葉”にすると、ナナは少し笑った。
秘密の共有は、絆となるはずだった。
「だから“ここ”では、お前はひとりじゃない」
もう一度そう言うと。
「ありがとう、我愛羅」
ナナの顔にようやく安堵の笑みが咲いた。