夜の庭……。
砂の地で、大切に、大切に育てられている草花が、何の苦しみも知らず、静かに眠っていた。
名も知らぬ乾いた葉に手を伸ばす。
指先が震えていた。
それを眺めて、目を逸らす。
そこに残る温もりから、目を逸らす。
我愛羅は言った。
『オレは、ナナとここで過ごせて、ナナを愛すことができてよかったと思っている』
それは、答えじゃなかった。
『これからもお前が望むなら、ここで共に生きよう』
そう言ってくれたのに。
『だが……、ちゃんと別れを告げて来い。“木ノ葉の忍”に』
彼のヒカリは少しもくもらないのに、ナナの視界は曇った。
『
それは決して拒絶ではないはずなのに、失望した。
願っているのは我愛羅の方だ。
それがわかっているのに、失望していた。
『それができたら、ここに来てくれ、ナナ』
その失望を知っている。
これで二度目……。
だから何も言えなかった。
こんな目をして、こんなことを言う人の想いは、良くわかっているから。
『ナナ。お前が何を選んでも、オレはずっとお前を“護る”』
そう言って、我愛羅は頬の涙を吹き、手をとった。
そして、指先にそっと口づけた。
黙ったままそれを見ていた。
彼は優しい笑みをたたえたまま、部屋を出て行った。
離れていく指先は、とても名残惜しそうだったのに。
彼は行ってしまった。
ナナは引き留めることもなく、そこに立ち尽くしていた。
(我愛羅……)
温もりを握りしめた。痛いくらいに。
わかっている。痛みを感じなければならないほど、酷い拒絶ではない。
きっと、明日の朝、目の前に立ったとしても、我愛羅はもういちど抱きしめてくれるんだろう……。
たとえ、『別れは言えなかった』と告げても、きっと優しく抱きしめてくれる。
たとえばもし、ナルトたちと木ノ葉へ向かっても、穏やかに笑って見送ってくれるんだろう。
だからこんなに、必死で涙を堪える必要なんてないはずなのに……。
「……ナナ……?」
不意に声がかけられた。
庭に先客が居たなんて気づかないくらい、どうかしていた。
「なんで……ここにいる……?」
大きなヤシの向こうから現れたのはネジだった。
「風影は……いや、なんでもない……」
ネジは何か言いかけて、顔を逸らした。
笑おうとした。
きっと、涙はもう乾いた風が消してくれているはずだ。
だが、声がうまく出なかった。
今ここで交わす言葉が、明日にはどうなるのか……、頭をよぎった。
まだ、我愛羅の言葉に満たされてもいた。
「久しぶり……だな……」
先に口を開いたのは、ネジだった。
「……うん……」
まだうまくしゃべれない。
「修行は……うまくいったのか……?」
気のせいだろうか。彼も少しぎこちない。
「……うん……」
が、白い瞳はまっすぐにこちらを見ていた。
逃れられない、見透かされる……
「明日は……」
ほら、もう“核心”をついて来る。
「明日は、木ノ葉に帰るのか……?」
言いよどむのは、全てを見透かしているから。
「砂に……残るのか……?」
この人はとっくに知っている。
今、答えられないことも、きっとわかっている。
「ナナ……」
わかってるくせに……。
「これは、お前のだ……」
ネジはそっと近づいて、銀色に光る小さな塊を差し出した。
「もう一度使うにしろ、捨てるにしろ、お前が決めればいい」
木ノ葉を出る時、彼に押し付けた家の鍵。
受け取ったそれは、彼の熱で温かかった。
「この三年で、何かが変わったのか、変わらなかったのか、オレにはわからない。が……」
(お願い、やめて……)
頭の中に警報が鳴る。
「オレは……お前に『戻って来い』とは、もう言えない……」
(やめてよ。アナタまで……)
「お前が、決めることだ……」
(ネジくん……アナタも……)
歯を食いしばった。
そうでなければ、こんな夜更けに叫び出してしまいそうだった。
「私っ……」
思い切り、食いしばったはずなのに。
「みんな、私に選べって……、決めろって……!」
熱くて冷たいものが、喉を一気に駆け抜けた。
「私はどうしたらいいかわかんないよっ……!!」
もう限界だった。
『ちゃんと別れを告げて来い。“木ノ葉の忍”に。
『お前が何を選んでも、オレはずっとお前を“護る”』
『もう一度ちゃんと全てを見て決めるんだ……』
『お前が例えどの道を選んでも……オレの心は変わらない……』
「ちゃんとって、なに?!」
我愛羅がずっと抱きしめてくれなかったことに苛立っていた。
イタチが今すぐここに来てくれないことを呪っていた。
ネジまで『自分で決めろ』と言う。
「わかんないよ!」
手にあった鍵を投げ捨てた。
「ナナ……」
それは乾いた土に、音もなく転がった。
「無理だよ……もう……」
「……ナナ……」
「もう……ココから一歩も進めない……」
同じように、そこにしゃがみこんだ。
立って歩く力なんて、もう残っていない。
イタチと逢った時、すでにそうだった。
もう限界だ。
考えることも、もう限界。
アタマが痛い。
「ナナ……」
うずくまり、情けなく頭を抱えた。
その傍らに、ネジは膝をついた。
こんな姿を見られても、見られなくても、どっちでもよかった。
彼が今すぐ“ここ”から引き剥がして、何処へでも連れて行ってくれたら……なんて性懲りもなく願ったり。
もう放っておいてと突き飛ばしたかったり……。
あの時のように、『戻って来い』と言われたら……、きっと素直にうなずけるのに。
我愛羅の側に居ればいいと言ってくれたら、今すぐ我愛羅のところへ走って行けるのに。
だがネジは、どちらも指し示すこともなく。
触れることもなく……。
その二つ以外の道を、捨てることすらできず。
だからといって、今すぐあの河原へ行って、独りで朝を待つ気力も残ってはいなくて……。
いっそ和泉に逃げ帰る決心もつかなくて……。
(……たすけて……)
無責任、情けない、弱い、嫌な自分に、
「ナナ、迷う必要はない……」
ネジは静かに言った。
「お前の心の『一番奥』を、見つめればいいだけだ……」
前よりずっと、ずっと大人びた声でそう言った。
「……いちばん……おく……?」
奥に何があるのか。
痛みが邪魔して、そこを見つめることができない。
「今、一番想うことを……力に変えればいいだけだ……」
やけに寂しげな彼の声が、痛みを少し和らげた。
独りになって、強くなろうとして、そのために鎮めてきた心なのに、
なんて渾然としてるんだろう……。
「ゆっくりでいい……ナナ……」
ネジにも見えているのだろうか。
この手がつけられないくらい、始末の悪い心……。
その白い瞳には、見えているのだろうか。
奥に何があるのか。
それが見えたら、道は選べるのだろうか。
『一番想うこと』が、その道に繋がっているのだろうか。
「ナナ……」
『コワイ』と思ったときに、彼の手が髪に触れた。
その手は導くわけじゃなく、後押しするようで……。
(私は……)
「ネジくん……」
彼の目には隠せないことを、もう一度思い知った。
「私は……」
奥にあるモノを、ずっと……奥にあったモノを……。
「……逢いたい……」
知っていた。
知らないフリをした。
忘れたフリをしてた。
忘れたつもりでいた。
「……ナナ……見つけたか……?」
ちがう。
見つけたんじゃない……。
「……それとも、思い出したのか……?」
やはり……ネジの白い瞳には、この心も映っている。
「うん……『忘れたつもり』でいただけだった……」
(ごめん。逢いたいんだ……)
「私……」
心の奥に陣取って、剥がれない想い……。
「……サスケに逢いたい……」