私はサスケに逢いたい……。
言葉にして、急に視界がはっきりした気がした。
『負け』を見とめてすがすがしくなったような……。
一番愚かな自分をさらけ出して、どうでもよくなったような……。
必死で否定してきたものが、変えようとしたものが、何ひとつ変わらなかった。
今までの足掻きがバカバカしくなった。
「……ハハ……」
つい先ほどまでネジが居た地面を見つめて笑った。
気がおかしくなったみたいに、泣きながら笑った。
進まなくちゃ。
決めなくちゃ。選ばなくちゃ…。
この庭に朝が来る前に。
もう、答えは簡単だった。
この、心の奥底を思い知った今、想うのは、願うのは……。
ナナは立ち上がり、うっすらと明るくなった東の空をチラリと眺めて、砂の里の門へと向かった。
そして、ここに侵入したときよりもっと速く、烈風のごとく“ここ”を出た。
風を追い越し、夜を追いかけ、朝が来る前に。
走って、走って……。
やがて、あの川へとたどり着いた。
そして、冷たいせせらぎに両足で立った。
流れが、足を押した。
押し流されないように、力をこめて、白み始めた下流の空を見上げた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
出発の朝、食堂に現れた我愛羅の隣に、ナナはいなかった。
ナナを探すのだと言いはるナルトたちを、我愛羅は止めた。
「ナナはもう……砂には居ない……」
それだけ言って。
彼のそんな言葉に、黙っているナルトやサクラではなかった。
が、ネジは止めもせず、静かに目を伏せた。
我愛羅はそれ以上何も言わず、彼らを見まわしたカカシも、ただ黙っていた。
出立の時間になった。
里へ帰る木ノ葉の忍たちと、彼らを見送る砂の忍が里の門に集まっていた。
ナルトらはやはり出発時間ギリギリまでナナを探したが、どこにもその姿はなかった。
我愛羅の言ったとおり、ナナはもう砂には居なかった。
うなだれるサクラと、懸命に気を取り直そうとするナルト。
戸惑うリーとテンテン。それに、テマリとカンクロウ。
彼らを黙って見守るカカシとガイ。
そして、どこかさっぱりしたような表情の我愛羅とネジ。
互いに何も語らなかったが、二人には共通の覚悟と、共通の想いがあった。
二度とナナに逢うことはなくとも、ナナは歩き出せたのだと。
それが正しいかどうかなんて関係なく、ナナがナナの進むべき道に、初めて自ら歩き出せたのだと……。
そんな安堵が、二人をこんなにも落ち着かせていた。
寂しさは、きっと後から来る。
いまはただ、ナナの幸福を願う。
「じゃーなっ……!」
少しの未練を振り払い、ナルトは我愛羅に手を振った。
サクラも、無理矢理に笑顔を取り戻した。
我愛羅は、そんな彼らを穏やかに見送った。
そこに、緩やかな風が吹いた。
緩やかな……、砂漠には吹くはずのない、春風のような……。
「はぁ……、間に合った……!」
風は、間の抜けたため息を連れてきた。
「ゴメン、少し遅くなっちゃった」
そして、懐かしい笑顔を運んできた。
「ナナっ?!」
真っ赤に充血し、腫れた瞼で、それでも笑っているナナが居た。
「ナナ……お前……」
ナナは言いたいことがまとまらずにいるナルトの肩にポンと手を置き、彼の横をすり抜けた。
そして、
「我愛羅……」
ナナは我愛羅の正面に立ち、言った。
「私、木ノ葉に帰る」
今の今まで泣いていたのだろう。
ナナの頬には、まだ涙の跡があった。
「また、木ノ葉の忍になるよ」
ナナはそれでも笑った。
「我愛羅、ありがとう……」
その言葉だけは、少し無理矢理に笑んで。
「ナナ……」
彼にはわかっていた。
ナナにとって、何が一番苦しい道なのか。
傷を負ったナナが生きるのに、最も辛い道がどれなのか。
何が一番楽で、何が一番ナナの望む道で……。
ナナの言葉を全て聞いた彼は知っていた。
だから、少しの痛みと、さっきまでとは違う安堵を抱え、
「……ナナ……」
我愛羅はナナを抱きしめた。
ナナの指先が、彼の背をキュウとつかんだ。
そして二人が離れたとき、互いの瞳は想いを交わした。
(オレはいつでも“ここ”に居る……)
その想いを。
(ありがとう……)
その想いを……。
やがてナナは、木ノ葉の輪に戻って行った。
元気に手を振り、木ノ葉への道へと戻って行った。
その数時間前。
明けの頃。
約束の場所。
そこに黒い影がひとつ、あった。
水の香は、『和泉』の滝の上を思い出させた。
あの香りに包まれて、待っていたのは幼いナナ。
逢いに行ったのはイタチ。
この朝は、逆だった。
やがて、その水面は白く輝き始め……。
光はやがて、彼を包み込んだ。
闇にしか生きることのない彼は、チラリと上流を見やり、そして穏やかに笑んで、 その場を去った。
あんなにもすがりつき、泣いていたのに、ここに来ることはなかったナナを、いっそう愛しく想いながら……。