ひと葉 ~弐の巻~   作:亜空@UZUHA

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 砂漠の道、汗ひとつかかず、ナナは笑っていた。
 誰も、ナナが何処にいたのか聞かなかった。
 ただただ、ナナが共に帰る道を選んだことか嬉しくて……。
 ナナが、木ノ葉の忍であることが嬉しくて……。




 

「ナナ、よく帰って来たな」

 

 カカシの治療を終え、そして任務の報告を受け終えると、綱手はナナを執務室に呼んだ。

 綱手はあからさまにホッとしたような笑みを浮かべていた。

 

「連絡も入れず……申し訳ありませんでした」

 

 ナナはペコリと頭を下げた。

 その物腰が三年前よりも大人びていて、いっそう忍と思えぬ儚さをかもし出していた。

 その分、女の綱手から見ても惹かれる独特の美しさが増していた。

 そして、ひと目その瞳を見ただけで、この離れていた間にナナがどれほどの深い傷と向き合って生きてきたのかが悟られた。

 

「修行は……うまくいったのか……?」

 

 和泉の里での修行は、忍の綱手にはおよそ予測もつかぬ内容でありため、遠慮がちに尋ねた。

 

「……はい……」

 

 案の定、ナナは躊躇いながらうなずいた。

 が、

 

「消された刻印は元通りにはなりませんでしたが……、木ノ葉での役目を果たす力は得られたかと……」

 

 かすかに微笑を浮かべて、そう述べた。

 『木ノ葉での役目』。

 それが何を指すか、知っている綱手はため息を吐く。

 

「アレはいわば当主たち一族の者が“私にかけた術”だったので、今度は“私自身”の封印術を使います」

 

 静かに淡々と言葉を発すナナは、割り切っているようでも、諦めているようでもあった。

 

「効力は同じはずなので、きっと大丈夫です」

 

 ナナはその()()を以前と変わらず果たすつもりでいる。

 その意味を、綱手は聞くことを恐れた。

 三年前、あれほど傷つき、全てを失い……、半ば何もかもを捨てたかのように木ノ葉を去ったナナが、変わらずに()()()()で戻って来たのか。

 正直、綱手にもその真意は全く予測不能だった。

 

 当時、真っ青な顔のままここに来たナナは、失った霊力を回復し、消されてしまった刻印に変わる術を身につけるために故郷に戻ると……そう告げた。

 それを全て信じる訳ではなかった。

 ナナはあまりにも多くのものを奪われていたから。

 再び『ナルトを殺す力』を手にするために故郷に戻るなどと……、そんな言葉を吐き出せる状況ではなかった。

 だから、その言葉は全てを手放す意味なのだという気もした。

 引き止める言葉はいくらでもあった。

 ナナが木ノ葉に戻ってくる可能性も、再び忍として仲間と共にすごす可能性も、限りなく薄いと感じてもいた。

 故郷に戻ることを許可しない……それもできた。

 だが、綱手は焦燥の微笑を浮かべたうつろなナナの瞳に、ナナ自身の未来を託した。

 信じることしかできなかった。

 願うことしかできなかった。

 そして、何があったにせよ、また深い傷をつけたにせよ、ナナは戻って来た。

 

「雰囲気はだいぶ成長したようだが……相変わらずチビのままだな」

「そうですか? ナルトの背がかなり伸びててビックリしましたけど」

 

 ナナはまた、ここで笑っている。

 

「報告はもういい。帰って休め」

「三年も何処で何をしていたか曖昧なうえに、砂でのこともちゃんとお話ししていないのに、報告不十分のまま帰しちゃっていいんですか……?」

 

(……ああ、変わらんな。よかった……)

 

 綱手は口の端を上げた。

 からかうように苦笑するその仕草が、以前のままだったから。

 

「いいんだよ。私はお前を信頼してる。この里の誰よりも」

「里の外から帰ったばかりの私を?」

 

 自嘲と皮肉が混じった複雑な笑みも。

 

「お前は部下というより、同志に近い」

 

 ナナの瞳が、少しだけ淡い光を持った。

 

「じゃあ、お言葉に甘えて帰ります」

「ああ、今後のことは追って連絡する」

「はい」

 

 清爽な空気を残し、ナナは去った。

 綱手は再び、ホッとしたように深く息をついた。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「わぁ……久しぶりだ……!」

 

 ナナは嬉しそうに両手を広げ、里の空気を一杯に吸い込んだ。

 道中も、今も、ナナの笑顔に嘘はなかった。

 何かひとつ欠けたようでも……無理矢理の笑みではなかった。

 カカシを入院させ、そのまま帰還報告を済ませると、火影はナナを執務室に呼んだ。

 三年間、彼女がどこにいたのか……、それがわかっていたから、皆は素直にナナを見送った。

 明日もあさっても……これからは毎日会えるのだと、

 そんな別れだった。

 

 だが、火影の執務室から出て来るナナを、ネジは待っていた。

 帰国途中、二人だけで会話することはなく、ナナは少し照れくさそうに笑った。

 つられてネジも、少し笑う。

 

「あのさ、ネジくん……」

 

 おかしな空気の中、それを発したのはナナだった。

 

「なんだ……?」

「ちょっとだけ、つき合ってくれる?」

 

 ネジは小さくため息をつき、

 

「あたりまえだ……」

 

 そう言って、ナナの後に続いた。

 

 

 

「お前は本当にここが似合うな……」

 

 皮肉か、そうでないのか、ナナは受け止めかねたように苦笑した。

 この場所、火影岩のてっぺんには、今日も下から吹き上げる冷たい風が吹いていた。

 

「何から……」

 

 ナナは久しぶりの景色を眺めながら言った。

 

「何から話せばいいのかわかんないや……」

 

 ひどく、幼く見えた。

 

「だから、ネジくんが聞いてくれる?」

 

 言葉を良く知らない子供のように……。

 

「あのあと……どこへ行っていたんだ……?」

 

 だからもっともわかりやすい言葉を、躊躇いを省いて投げかけた。

 ナナは微笑した。

 そして急に……大人びた。

 

「私……暁にやられた後……ある人に救われたの」

 

 急な時間の遡りと“ある人”の登場は予想外だったが、ネジは黙って聞いていた。

 わずかな覚悟を握り締めて。

 

「幼い頃から……私の全てだった人」

 

 風が、彼の拳からそれを奪い取ろうとする。

 ただ、ナナの言葉が自分にだけ向けられていることが救いだった。

 

「我愛羅を守れなくて、和泉で修行したことの無意味さを感じて……、私は全部を捨てて……その人と行くつもりだった」

 

 ネジは、ナナから目を逸らしそうになる己と戦った。

 

「我愛羅を送って、始末をつけたら……朝にはそうするつもりだった」

 

 ナナはフっと笑った。

 

「でも、我愛羅は生き返り……みんなが居た」

 

 その葛藤を、風影が蘇った夜の宴に抱えていた。

改めてそれを知り、ネジの胸は痛む。

 痛む……が、どうしようもなかった。

 

「生き返った我愛羅は……『ちゃんと別れを告げて来い』って……。それができたら、側にいさせてくれるって……」

 

 風影の気持ちを、今更深く知る。

 

「そしてネジ君は、私が決めることだって……。心の『一番奥』を見つめろって言ったよね……」

 

 砂漠の夜の庭……鍵を投げつけてうずくまったナナの姿が蘇り、さらに胸を締め付ける。

 あの時、伸ばそうとした腕を必死で押しとどめた苦しさが、また……。

 

「私は……『サスケに逢いたい』って答えた」

 

 その言葉を聞いたとき、ネジは確かに満足していた。

 二度と、もう二度とナナと逢うことはないと悟りつつ、うずくまった彼女を残して庭を去った。

『これでよかった』と、そう思えたはずだった。

 

「オレは……サスケの元へ去ったのだと……そう思った」

 

 ナナが消えた朝、『これでよかった』と自分に言い聞かせて、騒ぐナルトたちを傍観していた。

 『ナナにとって一番よかった』と、必死で平静を装った。

 ナナが里の城門に戻ったときは、歓喜したナルトたちをよそに、我愛羅と瞳を合わせた。

 互いに少し……絶望していた。

 選べなかった、ナナの強さに。

 

「……自分を……試してたの」

 

 ナナは彼を見た。

 

「“あの人”の元へ行けば……“あの人”は全てを忘れさせてくれる。私は全てを捨てることができる……。それを知っていたから」

 

 “あの人”が誰なのか、彼にはきっと知らされることはないだろう。

 だが、不思議とそんなことはどうでもよかった。

 “あの人”が誰でも、ナナに“あの人”が存在していたことを今更知っても、大して気にはならなかった。

 

()()へ……『行きたいと思う自分』を試していたのか?」

「そう……」

「だが……行かなかった……」

「うん……」

 

 『なぜ』と聞くには勇気が要った。

 が、一瞬の迷いのうちに、ナナが凛として答えを出した。

 

「一番楽に生きられる道を捨てられるなら……一番苦しい道も進める……、そう思ったから」

 

 ネジはとうとう目を伏せた。

 『決めろ』と言ったことを後悔した。

 あの夜に戻って、今すぐ『サスケの元へ行け』と言いたかった。

 今からでも“あの人”のもとへ行って欲しいとも思った。

 が、そう言う勇気すらないうちに……ナナは明るい声で言った。

 

「木ノ葉の忍として生きるのは……私にとって一番苦しくても……、一番私らしくいられると思ったから」

「ナナ……」

 

 顔は上げられなかった。

 ナナがこちらを向いて笑っているから。

 

「それが……、私が最初に自分で選んだ道だったから」

 

 いつの間にか、ナナは彼の目の前に立っていて……。

 うつむいたままの彼の視線の先に、手を出した。

 小さな手に乗っていたのは、銀の鍵。

 

「これ……預かっててくれてありがとう」

 

 ネジはゆっくり顔を上げた。

 ナナは風に乱された前髪をそのままに、微笑んで立っていた。

 

「ナナ……」

「ここには……みんなが居てくれるから……私は大丈夫」

 

 ゆっくりと、まるで彼を説得するようにナナは言う。

 

「ありがとう」

 

 ナナはまたそう言って、鍵をぎゅっと握り締めた。

 ネジは無理矢理笑みをつくり、やっと小さくうなずいた。

 

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