ノックがする前から、そこに誰がっているのかわかった。
カカシはゆっくりと身を起こし、入るようにと答える。
遠慮がちに開いた扉の向こうには、緩く笑う、ナナが居た。
「はい、先生」
ナナは器用な手つきでリンゴをむき、彼に渡した。
ぎこちない空気は無かった。
砂から木ノ葉へと還る道中、気がかりだったナナの心中も……。
どうせ推し量ることはできないのだと思い知り、彼はあくまで何も聞かないことに決めた。
「サイって人が、カカシ班に入ったよ。嘘くさい人だけど……」
ナナはあからさまに、『サイ』なる人物についての疑惑を口にする。
「ダンゾウ様の部下なんだって。綱手様も疑ってたけど、絶対に何か企んでると思う……。何も無ければいいけどね」
少し、他人事のよう……。
が、カカシはリンゴをほおばりながら、それすら気づかぬフリをする。
主導権はナナに譲ろうと決めていた。
「先生……今回はだいぶ写輪眼を使ったんだね……大丈夫?」
ナナは里に戻った後、髪を切った。
出会った頃と、同じ長さに。
あの頃よりほんの少しだけ大人びた顔で、ナナは彼を見ていた。
「……ナナ……」
少し迷った。
が、迷うことさえ、主導権を握らぬ彼には許されない気がした。
全てはナナに……ナナに委ねる。
そのために、彼は重い口を開いた。
「砂に向かう途中でさ、また『うちはイタチ』と戦ったんだよね」
「…………」
案の定……ナナは黙った。
驚いた顔もせず。
長い忍生活で、カンは冴えるほうだった。
だから……主導権を手放しつつも、試すようにそう告げた。
「うん……」
ナナの瞳に、陰が篭もった。
そんな彼女の瞳は、初めてじゃない気がした。
が……かすかに手に汗が滲む。
「ナルトも戦ったんでしょう……?」
どこか諦めたような声色。
諦めがついたのは彼のほうだった。
ナナは……、うちはイタチを知っている……。
いや、そればかりか……。
「ナルトに聞いた?」
ナナは首を振った。
「イタチに聞いた」
驚くことは止めにしよう……そう思っても、声がかすれる。
うつむくナナはそれでも、言葉を隠そうとはしなかった。
「あの時、私は……イタチのところにいた……」
「…………?!!」
驚愕は久しかった。
「一緒……に……?」
ナナの世界が……わからなかった。
わかって良いものでないと知っていても、ここまでそれが歪み、霞んだことは無かった。
「デイダラにやられてフラフラ彷徨ってた私を助けてくれたの……」
「うちは……イタチが……?!」
ナナは……どこで生きているのだろう……。
すぐ側にいるくせに……果てしなく遠く感じる。
ナナの過去も現在も……全てが陽炎のように思えた。
「うん。イタチが」
イタチ……と、そう呼び慣れたように言うナナは……。
「私……イタチを知ってるの。……ずいぶん小さい頃から……」
ついにそう告げた。
「先生に……いつも言おうとして言えなかった……ごめんなさい」
そして困ったように笑う。
泣きそう……だった。
彼の脳裏にふと……何か言いかけて止めたナナの姿が蘇る。
ずっと気になっていた。
それこそイタチにやられて……ツナデのお陰で目覚めたとき、側には蒼白な顔で、泣くこともできずに立ち尽くすナナがいた。
同じ頃に目覚めたはずのサスケじゃなく、自分のところに駆けつけたナナ。
真新しい中忍ジャケットに身を包み、かすかに震えていたナナ。
『先生に……まだ、言ってないことが……』
揺れる瞳で、ナナはそう言った。
あのナナと……今のナナが繋がった。
「サスケには……結局怖くて言えなかった……」
ナナは穏やかに呟いた。
そんな彼女を、誰が責められよう。
「でも……私……」
それを抱えて、ここに立つナナを。
「木ノ葉の忍として……ココに戻ったから……」
そうやって、笑うナナを。
「……ナナ……」
手を、伸ばしたかった。
その手にナナが、すがらないことは知っていても。
それを必要としないと、知っていても。
ただ、どうすることもできなくて……。
「だから、信じて。先生……」
笑顔を残して去るナナを、見送ることしかできなくて……。
「ナナ……!」
一片の勇気で彼はナナを呼び止めた。
そして、
「オレは、いつでもお前の味方だよ」
そんなありきたりな言葉を辛うじて贈った。
ナナは笑って手を振り、静かに扉を閉めた。
それはまるで、彼を慰めるような笑みだった。