ひと葉 ~弐の巻~   作:亜空@UZUHA

17 / 69
 紅の瞳に、かつての自分たちは映っていなかった。
 それでもあると信じた。
 やっとできた『つながり』が……。
 まだ、存在していると。
 目に見えなくても、
 ここにまだ、在るのだと……。



退紅 ―あらぞめ―

 

「サスケ!!!」

 

 三年ぶりに会った彼に、ナルトは叫んだ。

 全身から千鳥を発する、サスケの強さ……、本気で切りかかってきたサスケの()()()()……。

 ヤマトですら、彼の刀に血を流した。

 大蛇丸が止めなければ、もっと恐ろしい力を放っていただろう……。

 

「行くわよ……」

「……フン……」

 

 大蛇丸とカブトに促され、サスケは再びナルトの前から去ろうとしていた。

 その時に、焼け焦げそうな喉の奥から、ナルトは彼の名を呼び叫んだ。

 

「サスケ!!」

 

《気まぐれ》》に、サスケは視線をよこす。

 その眼に……ナルトは言った。

 

「ナナは……待ってるっ!!」

 

 里で待つナナの姿が、彼の絶望に侵食される心を支えていた。

 

「ナナはっ……何も言わないけど……!」

 

 大蛇丸がサスケの隣でニヤリと笑ったが、ナルトの目には入らなかった。

 ただ、サスケだけを見上げた。

 サスケの心の、奥底だけに叫んだ。

 

「本当はっ……お前を待ってんだってばよっ!!」

 

 サクラが少し後ろで涙を浮かべた。

 同じ切なさが、ナルトとサクラの胸を去来した。

 

 もしナナが……ここに居たら……?

 

「サスケ君っ……ナナはっ……!!」

 

 サクラも訴えた。痛みを振り払うように。

 だが……。

 

 

「知らねぇな……そんなヤツ」

 

 

 サスケはそう言い捨てて……、大蛇丸たちとともに姿を消した。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 ……気が重かった。ナナに会うのは……。

 サスケと会った。だが連れ帰ることはできなかった。

 そう告げることも。

 サスケは躊躇うことなく、自分たちを排除しようとした……。

 それを話すことも。

 ナナがどれだけ傷つくのか……、考えただけでもゾッとした。

 それほどの恐怖。

 ナルトもサクラも、まだナナの“決心”を信用していなかった。

 そして、ナナの想いを本人より深く知っていた。

 だから、躊躇った。

 サスケの吐き棄てた、最後の言葉も……。

 

「おかえり」

 

 中忍試験準備委員会のある建物を、ナルト、サクラ、そしてサイは訪れた。

 ナナは笑顔で迎え、彼らの無事を喜んだ。

 そのキレイな笑顔を向けられるのが、後ろめたかった……。

 

「ナルト……平気……?」

 

 ナナはそんな彼らとの距離を壊すように、ナルトの肩に手を置いて、顔を覗き込んだ。

 

「…………」

 

 ナルトは見上げるナナの瞳を探った。

 

     あぁ……知ってる……

 

 そして、そう感じた。

 隠しきれない、不安の色。

 ナナは、『九尾』の力が暴走したことを“知っている”。

 それは単なる直感だった。

 でもそう感じた自分に、ナルトは驚かなかった。

 何故だか当たり前のように思えた。

 

「だ、大丈夫だってばよ!」

 

 ナナは笑った。

 その笑顔を、傷つける……。

 その言葉を、告げなければならない……。

 

「あのさ……ナナ」

「なに?」

 

 ナナからは聞いてこなかった。

 だから、ナルトは大きく息を吸って言う。

 

「オレたち……サ、サスケに会ったんだってばよ……」

 

 ナナの両目が見開いた。

 案外、素直な反応だった。

 素直すぎて、ナルトもサクラも戸惑った。

 

「ご、ごめん……会えたのに……、連れて帰れなかった……」

 

 ナナは、うなだれたナルトとサクラと、サイを順に見回した。

 そして、小さく呟いた。

 

「……ちゃんと……生きてたんだ……」

 

 たったそれだけ……。

 だがナルトとサクラは、ハッとして顔を上げた。

 ナナが、どれだけサスケを案じていたのか……思い知らされた気がした。

 

「ご、ごめんね、ナナ」

 

 サクラも言った。

 だが、言ってから……三年前にナナが彼女に言った言葉と、同じであることを知った。

 同じ思いであることに気づいた。

 あの時彼女は、ナナに何と言ったか。

 

『ナナのせいじゃない。謝らないで』

 

 そう言ったはず……。

 が、ナナは何も答えなかった。

 そして、重苦しい雰囲気を振り払うような明るい声で言った。

 

「戦ったの……? 強くなってた……?」

 

 ナルトはナナの瞳をもう一度探った。

 そこに、絶望とか、悲壮とか……そんなものはなかった。

 ただ……。

 

「今度はナナも一緒に……今度こそ、あいつを連れ戻そうぜ!」

 

 気を取り直したように言ったナルトに対し、

 

「うん、そうだね」

 

 そう笑顔で答えたナナの……、その他人事みたいな空気が、ナルトとサクラの心に暗い影を落とした。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 数時間後。

 

「ちょっと、いいですか?」

 

 委員会の作業を終えて帰宅する途中のナナを、サイは呼び止めた。

 

「……サイ……?」

 

 サイはにこやかにナナに近づく。

 

「こんばんは、ナナ」

「こんばんは」

 

 互いにつくり笑いを交わし、同時にそれを引っ込めた。

 

「君に話があるんだけど」

「そう……、じゃあ、もう遅いからうちで話す?」

「君がいいなら」

「私お腹すいてるんだけど、サイは?」

「……そういえば……昼から何も食べてないな」

「じゃあ一緒に食べよう」

 

 サイは黙って、ナナの後に続いた。

 

 

 

 ナナは、数日前にサイの家を訪れて見せた“警戒”を……いや、“威嚇”を完全に解いていた。

 ナルトとサクラと()()()、木の葉へ帰った。

 それだけで、彼女にとって十分な“答え”だったのかもしれない。

 

 だからサイは、あえて二人と『ちゃんと仲間になりました』などとは言わなかった。

 が、数年来の友のように二人で台所に立ちながら、彼は真実を告げた。

 

「本当は僕……サスケ君の暗殺を命じられていたんですよ」

 

 ナナは包丁を持つ手を止めて、サイを見た。

 

「そうなんだ。『暗殺』か……。そこまで予測できなかったな」

 

 そして、笑った。

 

「怒らないの?」

「やめたんでしょう?」

 

 ナナは再び手を動かした。

 器用な手元で、キュウリが綺麗に輪切りにされていく。

 

「そんな目的を持ってた僕を、『仲間』として認めるの?」

「……サイ……」

 

 また、ナナの手が止まった。

 

「ご飯炊けたよ。混ぜて」

「ナナ……!」

 

 やりすごす……。その点について、ナナはサイよりも数段上手のようだった。

 が、はぐらかされてばかりもいられない。

 

「ナナ、君はなんとも思わないの?」

 

 ナナは困ったように笑った。

 そしてようやく答えた。

 

「『ナルト』と一緒にいたんだもの。アナタが変わらないわけないよ」

「……ナルトくん……?」

 

 ともに戦ったナルトの姿が、ナナとダブって見えた。

 

「ナルトといたら、『仲間』ってなんて大事なんだろうって、思えるでしょう?」

 

 ナナは嬉しそうに言った。

 

「彼は『つながり』を……信じてるって、言ってたよ。サスケ君との……」

 

 サスケの名を口にして、案外声が小さくなる。

 が、サイは続けた。

 

「そんな彼を見て……、僕も死んだ兄とのつながりを……知った気がするんだ」

 

 ナナは一瞬彼の目をのぞきこみ、フッと笑った。

 

「ナルトの想いは……人を変えるの」

 

 まるで自分の家族を自慢するかのように言うナナに、サイはまたナルトの『つながり』の強さを感じる。

 

「サイ、ほら、ご飯混ぜてよ!」

 

 ナナは思い出したかのように、彼にしゃもじを押し付けた。

 

 

 

 サイとナナ、二度目の出会いで二人は食卓を囲んでいた。

 もともと友と呼べるものもなかったサイは、そのことに違和感を覚えはしなかった。

 ナナはどう思っているのか知らないが……。どんなつもりかもわからないが……。

 

「それで……話って何?」

 

 そう深刻でもない声で、ナナは箸を運びながら切り出した。

 自然な口調に、サイは“ちゃんと告げよう”と決心して来たにもかかわらず、一瞬だけ躊躇った。

 

「さっきの……サイのことじゃなくて、他に話したいことがあるんでしょう?」

 

 気づいていた……。さすが……というべきか……。

 サイは苦笑して箸を置く。

 そしてナナの瞳を見つめた。

 『九尾』が暴走したとき、それを封印するために、和泉の里から少女が使わされた……。その歴史を『根』で知らされた。

 物心ついた頃、読んだ絵本の中に出ていた陰陽の術を使う『和泉一族』。

 その“実在”とともに、そこから同じ年頃の少女が“九尾封印”のために送り込まれたのだと彼は知った。

 ただ、『九尾』を封じるため……。

 だがその『九尾』は、ナルトという少年の中に在る。

 そのナルトの存在自体をも封じるために、少女は木ノ葉へ来た。

 それが、目の前の少女……。

 感情は沸かないはずだった。

 それを持たない術は、叩き込まれてきたはずだった。

 だが、言葉が詰まるのは……紛れも無く感情が動いているからか……。

 サイは喉の奥に引っかかる言葉を、今さら吐き出すことに躊躇いを覚えていた。

 が、ナナは何も言わずに彼のそれを待っている。

 まるで……もうこれ以上、傷が増えても痛みは感じないとでもいうように。

 

「サスケ君の言葉を……君に伝えようと思って……」

 

 ナナは微笑した。

 

「わざわざ?」

 

 からかうように。

 

「ナルトとサクラちゃんは、何も言わなかった。だから、私が聞くことは何も無いんだと思ってたのに」

 

 見透かすような瞳で、サイを見つめ返す。

 サイは目を逸らした。

 改めて、感情が存在している己の中身を実感する。

 確かに、ナナの言うとおり……。

 昼間、任務の報告をしに三人でナナのところへ行ったとき、ナルトもサクラも“サスケの言葉”を明かさなかった。

 そればかりか、サスケの様子には触れなかった。いや、触れられなかったのか……。

 ナナも詳しくは聞こうとしなかった。

 それが、三人の今の“ライン”なのだとサイは思った。

 

 だが……。

 まだ親しくもない彼だったが、どうしてもナナに()()()()という意思が働いた。

 

「ナルト君とサクラさん……サスケ君に言ったんだ」

 

 ナナは茶化すような視線を止め、静かに聞き入った。

 

「……『ナナもサスケ君を待ってる』って……」

 

 ナナの瞳に、揺れ動くものは無かった。

 それが我慢なのか、本当に何も感じていないのか……。

 サイは自分より感情を気取らせないことに長けたナナの心中を、図ることはできなかった。

 だから、ただ言葉を続けることしか許されなかった。

 

「二人とも……必死だったよ。僕にでも、二人がどれほど君を……そしてサスケ君を想っているかわかったんだ」

「……そう……」

 

 素直な彼の言葉に、ナナも素直に頷いた。

 躊躇いは棄てた。

 

「でも……」

 

 罪の意識……初めて感じるそれが、サイの中に芽生えた。

 その存在に、言いかけてから改めて気づいた。

 だが、ここで終わらすわけにはいかなかった。

 どんなに、ナナを傷つける言葉を吐くことになっても……。

 その罪に苛まれることになっても……。

 

「でも、サスケ君はこう答えた」

 

 サイはナナの瞳を見て言った。

 

「……『知らねぇな、そんなヤツ』……って……」

 

 ナナは、とっさにうつむいたりはしなかった。

 表情はまだ、変わらない。

 サイは黙って、ナナの言葉を待った。

 

「……そっか……」

 

 少しして、ナナは小さく息を吐くように言った。

 

「ずいぶん嫌われちゃったな、私」

 

 困ったような微笑。

 サイは息を呑んだ。

 ナルトやサクラが、ナナに対して持つ感情が、わかった気がした。

 

「でも……」

 

 だから、自分を落ち着かせながら言う。

 

「そうじゃない……」

「なに……?」

「そうじゃないと思うから……僕はここへ来たんだ」

 

 ナナは首を傾けた。

 不思議そうな顔で、サイの言葉を待っている。

 

「最初に彼に会ったのは、僕だった」

 

 サイはできるだけ客観的に話した。

 

「サスケ君は、僕を殺すような眼をしていた」

 

 ナナは黙って聞いている。

 

「僕はそこで、ナルトくんの名前を出したんだ……けど」

 

 あの禍々しいサスケのチャクラを思い出し、一瞬間をおいてから、サスケの言葉を告げる。

 

「『いたな、そんなヤツも』って、言ったんだ」

 

 ナナはさらに首をかしげた。それと、今の話の流れと、何が関わるのかわからないといった様子で。

 サイはそんなナナの仕草で、ようやく小さく笑えた。

 

「サスケ君は……ナルト君のことは『いたなそんなヤツも』って言ったのに、ナナのことは『知らねぇな、そんなヤツ』って言ったんだよ」

「それが……何……?」

 

 ますます自分が嫌われたということ……。ナナがそう思っているのは手に取るようにわかった。

 だからサイは、一息に語る。

 

「ナルト君の存在は否定しなかったのに、ナナの存在は否定した。だから……、きっとナナのことは断ち切れてないんだと、僕は思ったんだ」

「……意味がわかんないよ、サイ」

 

 ナナは少し眉をひそめ、真剣に彼の説明を待つ。

 

「存在自体を否定しなきゃ『断ち切ったつもりになれない』ってコトでしょ?」

「…………」

 

 ナナはまだ、困ったような顔で彼を見る。

 それは彼の憶測に過ぎない。

 あくまで彼らのことをよく知らない、客観的な考えでしかない。

 だが、自信はあった。

 

「君の存在は、あえて『否定』を口にしなきゃならないくらい、彼の中で消しきれてない……って思ったんだ」

 

 サイの見つめる目の前で、ナナの瞳がゆっくりと見開かれた。

 

「『否定』……しないと……?」

 

 呟く声は、掠れていた。

 

「君の存在は……サスケ君の中で、彼自身が思うよりも断ち切れてない……。そんな気がするよ……」

 

 その意味をゆっくりと理解して……ナナは唇をかんだ。

 

「……なんで……サイはそんなふうに思うの……?」

 

 今夜のナナに、偽りの色は無かった。

 

「なんで……そんなこと言いに来たの……?」

 

 目を伏せ、影を隠しもせず、ナナは呟く。

 

「サスケ君の帰る場所は……君なんだなって、感じただけだよ」

「……サイには関係ないじゃない……」

「だから、僕は僕が感じたままを、ただ伝えに来ただけ」

 

 ナナは両手を膝の上で握った。

 

「意外と……おせっかいだったんだね……」

「ごめんね」

 

 サイは余裕を持てていた。

 ナナが小さな女の子のように見えた。

 が、次の言葉を言ったとき、ナナは逆に大人びた。

 

 

「……私はもう……いいや……」

 

 

 すぐに『何が』と聞き返せなかった。

 ナナの深みに引き込まれ、溺れそうな錯覚を受ける。

 

「私はもう……“それ”から逃げ出したから……」

 

 申し訳なさそうにサイを見たナナは、彼の言葉を待たず、

 

「デザートに桃食べよう。昨日、八百屋のおじさんに貰ったの」

 

 台所に去った。

 

 

 




退紅(あらぞめ)= 洗い落としたような色

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。