それでもあると信じた。
やっとできた『つながり』が……。
まだ、存在していると。
目に見えなくても、
ここにまだ、在るのだと……。
「サスケ!!!」
三年ぶりに会った彼に、ナルトは叫んだ。
全身から千鳥を発する、サスケの強さ……、本気で切りかかってきたサスケの
ヤマトですら、彼の刀に血を流した。
大蛇丸が止めなければ、もっと恐ろしい力を放っていただろう……。
「行くわよ……」
「……フン……」
大蛇丸とカブトに促され、サスケは再びナルトの前から去ろうとしていた。
その時に、焼け焦げそうな喉の奥から、ナルトは彼の名を呼び叫んだ。
「サスケ!!」
《気まぐれ》》に、サスケは視線をよこす。
その眼に……ナルトは言った。
「ナナは……待ってるっ!!」
里で待つナナの姿が、彼の絶望に侵食される心を支えていた。
「ナナはっ……何も言わないけど……!」
大蛇丸がサスケの隣でニヤリと笑ったが、ナルトの目には入らなかった。
ただ、サスケだけを見上げた。
サスケの心の、奥底だけに叫んだ。
「本当はっ……お前を待ってんだってばよっ!!」
サクラが少し後ろで涙を浮かべた。
同じ切なさが、ナルトとサクラの胸を去来した。
もしナナが……ここに居たら……?
「サスケ君っ……ナナはっ……!!」
サクラも訴えた。痛みを振り払うように。
だが……。
「知らねぇな……そんなヤツ」
サスケはそう言い捨てて……、大蛇丸たちとともに姿を消した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
……気が重かった。ナナに会うのは……。
サスケと会った。だが連れ帰ることはできなかった。
そう告げることも。
サスケは躊躇うことなく、自分たちを排除しようとした……。
それを話すことも。
ナナがどれだけ傷つくのか……、考えただけでもゾッとした。
それほどの恐怖。
ナルトもサクラも、まだナナの“決心”を信用していなかった。
そして、ナナの想いを本人より深く知っていた。
だから、躊躇った。
サスケの吐き棄てた、最後の言葉も……。
「おかえり」
中忍試験準備委員会のある建物を、ナルト、サクラ、そしてサイは訪れた。
ナナは笑顔で迎え、彼らの無事を喜んだ。
そのキレイな笑顔を向けられるのが、後ろめたかった……。
「ナルト……平気……?」
ナナはそんな彼らとの距離を壊すように、ナルトの肩に手を置いて、顔を覗き込んだ。
「…………」
ナルトは見上げるナナの瞳を探った。
あぁ……知ってる……
そして、そう感じた。
隠しきれない、不安の色。
ナナは、『九尾』の力が暴走したことを“知っている”。
それは単なる直感だった。
でもそう感じた自分に、ナルトは驚かなかった。
何故だか当たり前のように思えた。
「だ、大丈夫だってばよ!」
ナナは笑った。
その笑顔を、傷つける……。
その言葉を、告げなければならない……。
「あのさ……ナナ」
「なに?」
ナナからは聞いてこなかった。
だから、ナルトは大きく息を吸って言う。
「オレたち……サ、サスケに会ったんだってばよ……」
ナナの両目が見開いた。
案外、素直な反応だった。
素直すぎて、ナルトもサクラも戸惑った。
「ご、ごめん……会えたのに……、連れて帰れなかった……」
ナナは、うなだれたナルトとサクラと、サイを順に見回した。
そして、小さく呟いた。
「……ちゃんと……生きてたんだ……」
たったそれだけ……。
だがナルトとサクラは、ハッとして顔を上げた。
ナナが、どれだけサスケを案じていたのか……思い知らされた気がした。
「ご、ごめんね、ナナ」
サクラも言った。
だが、言ってから……三年前にナナが彼女に言った言葉と、同じであることを知った。
同じ思いであることに気づいた。
あの時彼女は、ナナに何と言ったか。
『ナナのせいじゃない。謝らないで』
そう言ったはず……。
が、ナナは何も答えなかった。
そして、重苦しい雰囲気を振り払うような明るい声で言った。
「戦ったの……? 強くなってた……?」
ナルトはナナの瞳をもう一度探った。
そこに、絶望とか、悲壮とか……そんなものはなかった。
ただ……。
「今度はナナも一緒に……今度こそ、あいつを連れ戻そうぜ!」
気を取り直したように言ったナルトに対し、
「うん、そうだね」
そう笑顔で答えたナナの……、その他人事みたいな空気が、ナルトとサクラの心に暗い影を落とした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
数時間後。
「ちょっと、いいですか?」
委員会の作業を終えて帰宅する途中のナナを、サイは呼び止めた。
「……サイ……?」
サイはにこやかにナナに近づく。
「こんばんは、ナナ」
「こんばんは」
互いにつくり笑いを交わし、同時にそれを引っ込めた。
「君に話があるんだけど」
「そう……、じゃあ、もう遅いからうちで話す?」
「君がいいなら」
「私お腹すいてるんだけど、サイは?」
「……そういえば……昼から何も食べてないな」
「じゃあ一緒に食べよう」
サイは黙って、ナナの後に続いた。
ナナは、数日前にサイの家を訪れて見せた“警戒”を……いや、“威嚇”を完全に解いていた。
ナルトとサクラと
それだけで、彼女にとって十分な“答え”だったのかもしれない。
だからサイは、あえて二人と『ちゃんと仲間になりました』などとは言わなかった。
が、数年来の友のように二人で台所に立ちながら、彼は真実を告げた。
「本当は僕……サスケ君の暗殺を命じられていたんですよ」
ナナは包丁を持つ手を止めて、サイを見た。
「そうなんだ。『暗殺』か……。そこまで予測できなかったな」
そして、笑った。
「怒らないの?」
「やめたんでしょう?」
ナナは再び手を動かした。
器用な手元で、キュウリが綺麗に輪切りにされていく。
「そんな目的を持ってた僕を、『仲間』として認めるの?」
「……サイ……」
また、ナナの手が止まった。
「ご飯炊けたよ。混ぜて」
「ナナ……!」
やりすごす……。その点について、ナナはサイよりも数段上手のようだった。
が、はぐらかされてばかりもいられない。
「ナナ、君はなんとも思わないの?」
ナナは困ったように笑った。
そしてようやく答えた。
「『ナルト』と一緒にいたんだもの。アナタが変わらないわけないよ」
「……ナルトくん……?」
ともに戦ったナルトの姿が、ナナとダブって見えた。
「ナルトといたら、『仲間』ってなんて大事なんだろうって、思えるでしょう?」
ナナは嬉しそうに言った。
「彼は『つながり』を……信じてるって、言ってたよ。サスケ君との……」
サスケの名を口にして、案外声が小さくなる。
が、サイは続けた。
「そんな彼を見て……、僕も死んだ兄とのつながりを……知った気がするんだ」
ナナは一瞬彼の目をのぞきこみ、フッと笑った。
「ナルトの想いは……人を変えるの」
まるで自分の家族を自慢するかのように言うナナに、サイはまたナルトの『つながり』の強さを感じる。
「サイ、ほら、ご飯混ぜてよ!」
ナナは思い出したかのように、彼にしゃもじを押し付けた。
サイとナナ、二度目の出会いで二人は食卓を囲んでいた。
もともと友と呼べるものもなかったサイは、そのことに違和感を覚えはしなかった。
ナナはどう思っているのか知らないが……。どんなつもりかもわからないが……。
「それで……話って何?」
そう深刻でもない声で、ナナは箸を運びながら切り出した。
自然な口調に、サイは“ちゃんと告げよう”と決心して来たにもかかわらず、一瞬だけ躊躇った。
「さっきの……サイのことじゃなくて、他に話したいことがあるんでしょう?」
気づいていた……。さすが……というべきか……。
サイは苦笑して箸を置く。
そしてナナの瞳を見つめた。
『九尾』が暴走したとき、それを封印するために、和泉の里から少女が使わされた……。その歴史を『根』で知らされた。
物心ついた頃、読んだ絵本の中に出ていた陰陽の術を使う『和泉一族』。
その“実在”とともに、そこから同じ年頃の少女が“九尾封印”のために送り込まれたのだと彼は知った。
ただ、『九尾』を封じるため……。
だがその『九尾』は、ナルトという少年の中に在る。
そのナルトの存在自体をも封じるために、少女は木ノ葉へ来た。
それが、目の前の少女……。
感情は沸かないはずだった。
それを持たない術は、叩き込まれてきたはずだった。
だが、言葉が詰まるのは……紛れも無く感情が動いているからか……。
サイは喉の奥に引っかかる言葉を、今さら吐き出すことに躊躇いを覚えていた。
が、ナナは何も言わずに彼のそれを待っている。
まるで……もうこれ以上、傷が増えても痛みは感じないとでもいうように。
「サスケ君の言葉を……君に伝えようと思って……」
ナナは微笑した。
「わざわざ?」
からかうように。
「ナルトとサクラちゃんは、何も言わなかった。だから、私が聞くことは何も無いんだと思ってたのに」
見透かすような瞳で、サイを見つめ返す。
サイは目を逸らした。
改めて、感情が存在している己の中身を実感する。
確かに、ナナの言うとおり……。
昼間、任務の報告をしに三人でナナのところへ行ったとき、ナルトもサクラも“サスケの言葉”を明かさなかった。
そればかりか、サスケの様子には触れなかった。いや、触れられなかったのか……。
ナナも詳しくは聞こうとしなかった。
それが、三人の今の“ライン”なのだとサイは思った。
だが……。
まだ親しくもない彼だったが、どうしてもナナに
「ナルト君とサクラさん……サスケ君に言ったんだ」
ナナは茶化すような視線を止め、静かに聞き入った。
「……『ナナもサスケ君を待ってる』って……」
ナナの瞳に、揺れ動くものは無かった。
それが我慢なのか、本当に何も感じていないのか……。
サイは自分より感情を気取らせないことに長けたナナの心中を、図ることはできなかった。
だから、ただ言葉を続けることしか許されなかった。
「二人とも……必死だったよ。僕にでも、二人がどれほど君を……そしてサスケ君を想っているかわかったんだ」
「……そう……」
素直な彼の言葉に、ナナも素直に頷いた。
躊躇いは棄てた。
「でも……」
罪の意識……初めて感じるそれが、サイの中に芽生えた。
その存在に、言いかけてから改めて気づいた。
だが、ここで終わらすわけにはいかなかった。
どんなに、ナナを傷つける言葉を吐くことになっても……。
その罪に苛まれることになっても……。
「でも、サスケ君はこう答えた」
サイはナナの瞳を見て言った。
「……『知らねぇな、そんなヤツ』……って……」
ナナは、とっさにうつむいたりはしなかった。
表情はまだ、変わらない。
サイは黙って、ナナの言葉を待った。
「……そっか……」
少しして、ナナは小さく息を吐くように言った。
「ずいぶん嫌われちゃったな、私」
困ったような微笑。
サイは息を呑んだ。
ナルトやサクラが、ナナに対して持つ感情が、わかった気がした。
「でも……」
だから、自分を落ち着かせながら言う。
「そうじゃない……」
「なに……?」
「そうじゃないと思うから……僕はここへ来たんだ」
ナナは首を傾けた。
不思議そうな顔で、サイの言葉を待っている。
「最初に彼に会ったのは、僕だった」
サイはできるだけ客観的に話した。
「サスケ君は、僕を殺すような眼をしていた」
ナナは黙って聞いている。
「僕はそこで、ナルトくんの名前を出したんだ……けど」
あの禍々しいサスケのチャクラを思い出し、一瞬間をおいてから、サスケの言葉を告げる。
「『いたな、そんなヤツも』って、言ったんだ」
ナナはさらに首をかしげた。それと、今の話の流れと、何が関わるのかわからないといった様子で。
サイはそんなナナの仕草で、ようやく小さく笑えた。
「サスケ君は……ナルト君のことは『いたなそんなヤツも』って言ったのに、ナナのことは『知らねぇな、そんなヤツ』って言ったんだよ」
「それが……何……?」
ますます自分が嫌われたということ……。ナナがそう思っているのは手に取るようにわかった。
だからサイは、一息に語る。
「ナルト君の存在は否定しなかったのに、ナナの存在は否定した。だから……、きっとナナのことは断ち切れてないんだと、僕は思ったんだ」
「……意味がわかんないよ、サイ」
ナナは少し眉をひそめ、真剣に彼の説明を待つ。
「存在自体を否定しなきゃ『断ち切ったつもりになれない』ってコトでしょ?」
「…………」
ナナはまだ、困ったような顔で彼を見る。
それは彼の憶測に過ぎない。
あくまで彼らのことをよく知らない、客観的な考えでしかない。
だが、自信はあった。
「君の存在は、あえて『否定』を口にしなきゃならないくらい、彼の中で消しきれてない……って思ったんだ」
サイの見つめる目の前で、ナナの瞳がゆっくりと見開かれた。
「『否定』……しないと……?」
呟く声は、掠れていた。
「君の存在は……サスケ君の中で、彼自身が思うよりも断ち切れてない……。そんな気がするよ……」
その意味をゆっくりと理解して……ナナは唇をかんだ。
「……なんで……サイはそんなふうに思うの……?」
今夜のナナに、偽りの色は無かった。
「なんで……そんなこと言いに来たの……?」
目を伏せ、影を隠しもせず、ナナは呟く。
「サスケ君の帰る場所は……君なんだなって、感じただけだよ」
「……サイには関係ないじゃない……」
「だから、僕は僕が感じたままを、ただ伝えに来ただけ」
ナナは両手を膝の上で握った。
「意外と……おせっかいだったんだね……」
「ごめんね」
サイは余裕を持てていた。
ナナが小さな女の子のように見えた。
が、次の言葉を言ったとき、ナナは逆に大人びた。
「……私はもう……いいや……」
すぐに『何が』と聞き返せなかった。
ナナの深みに引き込まれ、溺れそうな錯覚を受ける。
「私はもう……“それ”から逃げ出したから……」
申し訳なさそうにサイを見たナナは、彼の言葉を待たず、
「デザートに桃食べよう。昨日、八百屋のおじさんに貰ったの」
台所に去った。
退紅(あらぞめ)= 洗い落としたような色