月に照らされた慰霊碑に、故人たちの名がいくつも浮かび上がっていた。
いくつも、いくつも……。
ここに、刻まれたばかりの名があった。
今日、見送った……、猿飛アスマの名が。
葬儀は厳かだった。
泣きじゃくるアスマの甥の木ノ葉丸の姿にも、涙を堪え毅然とした態度で墓石に花を手向ける紅の姿にも、胸が痛んだ。
近しい人を亡くしたことはなかった。
赤ん坊の頃に、自らの手で親族を殺したことはあっても……。
だから、彼らの悲しみを推し量ることはできなかった。
もし、カカシが……、ナルトが……、任務で命を落としたら。目の前で敵に殺されたら……。
この卑小な心はどうなってしまうのか。
わかるはずもないのだ。
いくら想像しても、目の前で家族を殺されたサスケの心はわからなかった。
ずっと、彼がどんなに苦しんでいるか理解したかったのに。
結局、わかってあげられなかった。寄り添うことができなかった。
だから……、葬儀に現れなかった“彼”の想いも、わかるはずがない。
夜風を吸い込み、深くため息をついた。
と、嗅ぎ慣れないタバコの匂いがかすかに漂ってきた。
「シカマル……?」
振り向くと、夜気の中に“彼”が現れた。
葬儀には出なかったのに、まだ喪服を着ている。
「よぉ……」
いつものようにのんびりとした様子で歩み寄る彼の目を見た。
どこかうつろで、危うかった。
「眠れねぇのか?」
彼から漂うタバコの香りを吸い込み、素直に答えた。
「うん」
「オレもだ」
彼も素直だった。
二人、並んで慰霊碑を見つめる。
「墓と違って、こっちはひっそりとしてるよな」
「そうだね」
彼の言う通り、墓地と違ってこちらで式事はない。
葬儀の後、人知れず名が彫られるだけだ。
だがナナは、こちらのほうが“彼ら”に近いと感じていた。
理由は無い。ただ“彼ら”を強く感じるのだ。
だから今も、ここにいる。
「静かだな」
「うん」
しばしの沈黙。
ナナから彼に言えることなどなかった。
沈黙の中、一瞬だけこう思った。
アスマと話を……。
そういう術も心得てはいるのだ。
が……、やはり、
そんな自分がおこがましかった。
それに、彼らが喜ぶとも思えなかった。
「ナナ……」
不意に名を呼ばれ、ドキリとする。
「オレは……」
シカマルは気だるそうに、ポケットに入れていた手を出した。
その手には、小さな銀色の塊が握られていた。
「オレはもう逃げねぇ」
それを見つめながら、彼は言った。
「前みたいに逃げねぇ」
「シカマル……」
「オレはお前が死にかけた時……、忍を辞めて全部から逃げようとした」
「私……?」
それは初めて聞く想いだった。
「だが……、親父にどやされて、大事なもんを見失わずにすんだ。それに……」
うつろな彼の目がこちらを向いた。
「それに、お前は逃げなかった。逃げたくても、また……、ちゃんと向き合った」
その視線があまりにまっすぐで、言い訳も反論もできなかった。
「アスマからも……生き方を教わっちまったしな」
そう言うと、シカマルはひとつため息をついて、銀の蓋を開けた。
かすかに響く金属音は、ナナの心を震わせた。
「この戦いはまだ終わっちゃいねぇ。アスマの死が“結果”だなんて思っちゃいねぇ」
彼の声も、低く、震えていた。
「オレは……、きっちりケジメつけて来る……!」
言うと同時に火がついた。
炎は力強く燃えていた。
「シカマル……」
見上げると、彼はこちらを見ていた。
その目には、強い炎が灯っていた。
「帰って来て……、ぜったい……」
無意味な言葉とわかっている。
が、言わなければならなかった。
「ちゃんと帰って来て……、いのちゃんとチョウジと一緒に、アスマ先生のお墓に報告して……」
「ああ、わかってる」
まだ、墓参りには行けてないであろう彼に。
「私も……、ちゃんと帰ってアナタに報告するから」
手向けの言葉ではなく、約束の言葉を。
「ナナ、お前……、まさか……」
察しの良い彼に。
「明日」
「明日……?」
「明日、私も戦う」
「戦うって……」
決意と約束を。
「姉を倒しに行って来る」
キン……という高い音とともに、火が消えた。
月明かりがかろうじて照らすのは、困惑したような気難しい顔だ。
「私たち……、必ず“勝って”、また話そう。この里で……」
が、彼は口を引き結び、うなずいた。
「この里で……」
「うん」
決意を確かめるように、互いに笑んだ。
作り笑いなんかじゃなかった。
もっと頼りなくて、歪んでいた。
が、ここに眠る御霊たちが、見守ってくれている気がした……。
翌朝、不安と諦めの混じった顔の綱手を、執務室の前で迎えた。
「ナナ?」
「おはようございます、火影様。シカマルたちは出発しましたか?」
「お前……、知ってたのか?」
綱手は少し驚いた顔をしたが、何かを悟ったように視線を細めた。
「ナナ、お前の気持ちはわかっている。が、後援部隊には入れられない……」
「はい、わかってます」
「カカシが隊長として同行している。それに……、ナルトの出来次第で奴らを向かわせるつもりだ。だから……心配するな」
「心配ですけど……、きっと大丈夫です」
きっぱりと『除外』を言いわたしつつも、気遣ってくれていることは承知している。
だからナナは背筋を伸ばして言った。
「私には……、やらなければならないことがありますから」
できるだけ、些末なことのように。
「ナナ、それは……」
「これから行ってきます。姉を倒しに」
「これから……?」
すでに許可は得ていた。
木ノ葉の忍としての任務からは除外されているが、姉との再戦はあくまで“私怨”だ。
御意見番たちも口を挟む理由はなかった。
得体の知れないモノが狙うのはナナだけなのだから、木ノ葉は関係ない。
だからその戦いを止める理由はないのだ。
それに……、あわよくばナナの敗北をも望んでいるのかもしれない。
「ナナ……」
だが、身を案じてくれている人もいる。
「大丈夫です!」
その人に、ナナはきっぱりと言う。
「私はもう、負けませんから」
「確証があるんだな?」
「はい。必ず勝ちます」
心から言っているのだから、強がりと思われないはずだ。
「本当に、増援はいらないのか?」
「これは個人的な戦いなので、増援はいりません。それに、陰陽術での戦いになりますし……」
「そうか……、そうだったな」
それでも、綱手が火影の立場からだけじゃなく、“仲間”として心配してくれていることには心から感謝した。
「カカシ先生と、シカマルと、約束しましたから」
だから、“約束”を明かす。
「ナルトとサクラちゃんには……、帰ってからちゃんと全部話します。他のみんなにも」
探るような目に見つめられる。
だが、“約束”の想いをしっかりと胸に抱き、その視線を受け止める。
「わかった」
綱手は言った。
「私もお前を信じよう」
もう一度、感謝の念を込めて頭を下げた。
「行ってきます」
そしてできるだけ軽やかに、火影の前を辞した。
※海松色(みるいろ)=茶みを帯びた深い黄緑色