ひと葉 ~弐の巻~   作:亜空@UZUHA

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海松色 ―みるいろ―

 

 月に照らされた慰霊碑に、故人たちの名がいくつも浮かび上がっていた。

 いくつも、いくつも……。

 ここに、刻まれたばかりの名があった。

 今日、見送った……、猿飛アスマの名が。

 

 葬儀は厳かだった。

 泣きじゃくるアスマの甥の木ノ葉丸の姿にも、涙を堪え毅然とした態度で墓石に花を手向ける紅の姿にも、胸が痛んだ。

 近しい人を亡くしたことはなかった。

 赤ん坊の頃に、自らの手で親族を殺したことはあっても……。

 だから、彼らの悲しみを推し量ることはできなかった。

 もし、カカシが……、ナルトが……、任務で命を落としたら。目の前で敵に殺されたら……。

 この卑小な心はどうなってしまうのか。

 わかるはずもないのだ。

 いくら想像しても、目の前で家族を殺されたサスケの心はわからなかった。

 ずっと、彼がどんなに苦しんでいるか理解したかったのに。

 結局、わかってあげられなかった。寄り添うことができなかった。

 だから……、葬儀に現れなかった“彼”の想いも、わかるはずがない。

 

 夜風を吸い込み、深くため息をついた。

 と、嗅ぎ慣れないタバコの匂いがかすかに漂ってきた。

 

「シカマル……?」

 

 振り向くと、夜気の中に“彼”が現れた。

 葬儀には出なかったのに、まだ喪服を着ている。

 

「よぉ……」

 

 いつものようにのんびりとした様子で歩み寄る彼の目を見た。

 どこかうつろで、危うかった。

 

「眠れねぇのか?」

 

 彼から漂うタバコの香りを吸い込み、素直に答えた。

 

「うん」

「オレもだ」

 

 彼も素直だった。

 二人、並んで慰霊碑を見つめる。

 

「墓と違って、こっちはひっそりとしてるよな」

「そうだね」

 

 彼の言う通り、墓地と違ってこちらで式事はない。

 葬儀の後、人知れず名が彫られるだけだ。

 だがナナは、こちらのほうが“彼ら”に近いと感じていた。

 理由は無い。ただ“彼ら”を強く感じるのだ。

 だから今も、ここにいる。

 

「静かだな」

「うん」

 

 しばしの沈黙。

 ナナから彼に言えることなどなかった。

 沈黙の中、一瞬だけこう思った。

 

 アスマと話を……。

 

 そういう術も心得てはいるのだ。

 が……、やはり、(コトワリ)に反することはしたくなかった。

 そんな自分がおこがましかった。

 それに、彼らが喜ぶとも思えなかった。

 

「ナナ……」

 

 不意に名を呼ばれ、ドキリとする。

 

「オレは……」

 

 シカマルは気だるそうに、ポケットに入れていた手を出した。

 その手には、小さな銀色の塊が握られていた。

 

「オレはもう逃げねぇ」

 

 それを見つめながら、彼は言った。

 

「前みたいに逃げねぇ」

「シカマル……」

「オレはお前が死にかけた時……、忍を辞めて全部から逃げようとした」

「私……?」

 

 それは初めて聞く想いだった。

 

「だが……、親父にどやされて、大事なもんを見失わずにすんだ。それに……」

 

 うつろな彼の目がこちらを向いた。

 

「それに、お前は逃げなかった。逃げたくても、また……、ちゃんと向き合った」

 

 その視線があまりにまっすぐで、言い訳も反論もできなかった。

 

「アスマからも……生き方を教わっちまったしな」

 

 そう言うと、シカマルはひとつため息をついて、銀の蓋を開けた。

 かすかに響く金属音は、ナナの心を震わせた。

 

「この戦いはまだ終わっちゃいねぇ。アスマの死が“結果”だなんて思っちゃいねぇ」

 

 彼の声も、低く、震えていた。

 

「オレは……、きっちりケジメつけて来る……!」

 

 言うと同時に火がついた。

 炎は力強く燃えていた。

 

「シカマル……」

 

 見上げると、彼はこちらを見ていた。

 その目には、強い炎が灯っていた。

 

「帰って来て……、ぜったい……」

 

 無意味な言葉とわかっている。

 が、言わなければならなかった。

 

「ちゃんと帰って来て……、いのちゃんとチョウジと一緒に、アスマ先生のお墓に報告して……」

「ああ、わかってる」

 

 まだ、墓参りには行けてないであろう彼に。

 

「私も……、ちゃんと帰ってアナタに報告するから」

 

 手向けの言葉ではなく、約束の言葉を。

 

「ナナ、お前……、まさか……」

 

 察しの良い彼に。

 

「明日」

「明日……?」

「明日、私も戦う」

「戦うって……」

 

 決意と約束を。

 

「姉を倒しに行って来る」

 

 キン……という高い音とともに、火が消えた。

 月明かりがかろうじて照らすのは、困惑したような気難しい顔だ。

 

「私たち……、必ず“勝って”、また話そう。この里で……」

 

 が、彼は口を引き結び、うなずいた。

 

「この里で……」

「うん」

 

 決意を確かめるように、互いに笑んだ。

 作り笑いなんかじゃなかった。

 もっと頼りなくて、歪んでいた。

 が、ここに眠る御霊たちが、見守ってくれている気がした……。

 

 

 

 翌朝、不安と諦めの混じった顔の綱手を、執務室の前で迎えた。

 

「ナナ?」

「おはようございます、火影様。シカマルたちは出発しましたか?」

「お前……、知ってたのか?」

 

 綱手は少し驚いた顔をしたが、何かを悟ったように視線を細めた。

 

「ナナ、お前の気持ちはわかっている。が、後援部隊には入れられない……」

「はい、わかってます」

「カカシが隊長として同行している。それに……、ナルトの出来次第で奴らを向かわせるつもりだ。だから……心配するな」

「心配ですけど……、きっと大丈夫です」

 

 きっぱりと『除外』を言いわたしつつも、気遣ってくれていることは承知している。

 だからナナは背筋を伸ばして言った。

 

「私には……、やらなければならないことがありますから」

 

 できるだけ、些末なことのように。

 

「ナナ、それは……」

「これから行ってきます。姉を倒しに」

「これから……?」

 

 すでに許可は得ていた。

 木ノ葉の忍としての任務からは除外されているが、姉との再戦はあくまで“私怨”だ。

 御意見番たちも口を挟む理由はなかった。

 得体の知れないモノが狙うのはナナだけなのだから、木ノ葉は関係ない。

 だからその戦いを止める理由はないのだ。

 それに……、あわよくばナナの敗北をも望んでいるのかもしれない。

 

「ナナ……」

 

 だが、身を案じてくれている人もいる。

 

「大丈夫です!」

 

 その人に、ナナはきっぱりと言う。

 

「私はもう、負けませんから」

「確証があるんだな?」

「はい。必ず勝ちます」

 

 心から言っているのだから、強がりと思われないはずだ。

 

「本当に、増援はいらないのか?」

「これは個人的な戦いなので、増援はいりません。それに、陰陽術での戦いになりますし……」

「そうか……、そうだったな」

 

 それでも、綱手が火影の立場からだけじゃなく、“仲間”として心配してくれていることには心から感謝した。

 

「カカシ先生と、シカマルと、約束しましたから」

 

 だから、“約束”を明かす。

 

「ナルトとサクラちゃんには……、帰ってからちゃんと全部話します。他のみんなにも」

 

 探るような目に見つめられる。

 だが、“約束”の想いをしっかりと胸に抱き、その視線を受け止める。

 

「わかった」

 

 綱手は言った。

 

「私もお前を信じよう」

 

 もう一度、感謝の念を込めて頭を下げた。

 

「行ってきます」

 

 そしてできるだけ軽やかに、火影の前を辞した。

 

 

 

 





※海松色(みるいろ)=茶みを帯びた深い黄緑色
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