最期の光……。
白くて温かい。決して不快なものではなかった。
姉はそこに消える間際、確かに笑った。
それが、二度目の現世に満足したのか、この結果に満足したのか、ナナにはわからなかった。
が、姉の笑みはかつて見たこともないほど美しかったので、ナナは眩んだように目を閉じた。
緑の匂いと緩い風。木々のざわめきと下草のそよぎ。
ナナは懐かしい感覚の中、ゆっくりと目を開いた。
静かな森の中だった。
植生には見覚えがある。其処は確かに、火の国の森だった。
だが、見慣れた種の木にしてはやけに丈が長い気がして、幹に手を添える。
と、自分の手に驚いた。
それは見慣れたサイズではなく、ひとまわり……いや、ふた回りも小さかった。
ナナは首をかしげながら己の姿を見下ろす。
白い袴、藁の草鞋、そして長い髪は後頭部で束ねられ、腰まで垂れていた。
幼き姿……。
(どうして……)
懐かしさと嫌な記憶が胸を過ぎってから、初めて疑問が湧いた。
夢か現うつつか……どちらともわからないまま、幼い頃の姿をしたナナは、太陽の位置から木ノ葉隠れの里へ向かって歩き出した。
しかしいくらもしないうちに、人の気配を感じて木陰に身を隠す。
足音は少なくなかった。
下の山道を通ってゆっくりと近づいて来る。
忍ではないようだが、普通の人間とも違うようだ。
その自身の感覚には、やけに現実味があった。
やがてそれらはナナが身を隠す場所に差し掛かった。
(……この人たちは……!)
伏せて笹の葉の隙間から山道を見下ろしていたナナは、思わず息を呑む。
一行は皆、淡色の袴を身につけ、似たような顔立ちをした男たち。
そして行列の中央には8体の式神が輿を担いでいた。
(……和泉の……!)
彼らが
が、姿を目にしただけで穏やかな気分を失わせるのが
(……木ノ葉へ向かっている……?!)
行列が向かう方角を悟って、さらに胸に湧いたのは嫌悪だった。
その時、
(……止まった……?!)
行列は静かに止まった。
十人あまりの人数にしては、不気味な静けさだった。
気配に気づかれたはずはなかった。
もともと気配を殺すことには長けていたし、姿は幼き頃に戻っても、忍として過ごした記憶はあった。気配を完全に経つ技術は発揮しているはずだった。
が、行列は確かにナナの近くで止まり、輿からは一人の人間が現れた。
「また鬼ですか?
「里から木ノ葉まで、一体何匹の鬼を相手すればよいのやら……」
男たちが呆れたように話し始めた。
が、ナナの耳は『実葉』の名だけをはっきりと捉えていた。
(『実葉』……様……?!)
知っている名だった。
もっとも、会ったことはない。
なぜなら、ナナが産まれる前に死んだ人物だったから。
「すまぬお前たち……だが、ほうってはおけぬだろう」
輿から降りたのは、千草色の袴を穿いた老人だった。
老人……和泉実葉は穏やかな声で、周囲の者たちに笑った。
「邪の鬼などではない……かわいい小鬼だよ」
実葉は杖をつきながら、ゆっくりとした足取りで、しかし迷わずナナの隠れる木の方へと歩いて来る。
彼には自分が見えている。
ナナはゴクリと唾を飲んだ。彼の眼からは逃れられないと悟った。
「案ずるな、わしはお前の敵ではないよ」
好々爺……。
一瞬三代目火影のことを思い出し、ナナは素直に木の陰から出た。
「ほう……これはこれは……鬼の“姫”か」
ナナを見て、実葉は目を細めた。
驚きも疑問も無く、一瞬にしてナナのことを見透かしたようだった。
「あの……」
ナナは口を開こうとした。
が、実葉のシワだらけの手がそれを止める。
「声を出さぬほうが良い……また“時空”を彷徨うはめになるぞ?」
にやりと片目をつぶってみせる様に、ナナはぽかんと口を開けた。
「“声”をあげて己の存在を主張すれば、またお前の周囲に歪みができ、他の時空へと飛ばされることになろう」
難しい内容を、なだめすかすように言う。
実葉はナナの頭に手を置いた。
「元の時代に帰れるとも限らぬからのぅ……」
一呼吸おき、温かい手のひらの下で、ナナはゆっくりと頷いた。
実葉の言った言葉の意味はわかった。そして、この状況をいっぺんに理解した。
ナナは時空を超えて“過去”に来たのだ。
時空をも超える存在となった琴葉の魂に触れたことで、それが叶ったのだろう。
つまり、これはまぎれもなく“あるはずのない現実”であった。
そう悟っても焦りはなかった。
今は不安定な存在ではあるが、実葉の言うように、時空の歪みに呑み込まれさえしなければよい。
琴葉に施した術によって乱れたナナの周囲の時空が、再び秩序を取り戻せれば、いずれは元の時空に戻ることができるはずだ。
それまで大人しく、まさに言葉を発して己の存在を主張しなければいいだけのこと。
実葉はナナが理解した様子であることに、満足げに微笑んだ。
「そのお姿……、本家の姫様であらせられますな?」
実葉の嫌味のない声音に、ナナは素直に頷いた。
幼い姿になっている理由はナナにもまだわからなかった。
「“未来”から飛ばされてこられたのか……?」
ナナは再び頷いた。
淡々と問う実葉の眼尻には、和泉の人間が持ち得ない温かみがあった。
「時空を超すほどの事態ともなれば……相当の大術を扱っておられたのであろう」
今度は首を縦に振らなかった。
今となってみれば、それほど大術とも思えなかった。
「わしは用があって木ノ葉に向かっておりまするが……姫様も来られますかな?」
しかしこの問いかけには、ナナはゴクリと唾を飲んで大きく頷いた。
「実葉様、その子鬼は祓われないのですか?」
「御本家の方のお姿に化けるとは、いたずらが過ぎる子鬼ですな」
実葉に手をひかれて一族の行列に加わると、次々と男たちが群がって来た。
「しかしこの顔立ち……子鬼というよりは御本家の姫君のような……」
「そういえば、琴葉様にようく似ておる……」
「馬鹿を言うな! 琴葉様は御本家の御堂で修行中であらせられるぞ!」
「だいたい本家の姫君の名を軽々しく口にするな!!」
ナナは彼らの言葉に、一瞬顔をしかめた。
が、実葉は彼らを蹴散らすように威勢よく笑う。
「この子鬼は悪さはせぬよ。わしの“式”にして供に連れて行く」
老人から出た思わぬ強い笑い声に、一族の男たちは言葉を治めた。
ナナはそのまま実葉の輿に乗せられる。
「ちと狭いが、我慢してくだされ」
そして彼の膝に乗せられた。
初めての扱いに、ナナは少々戸惑った。
「一族の者たちも、姫様を“鬼”と思って疑わぬ……姫様が時空を超えた存在であられることに気づくことができる者は、今の和泉にはおらなくなってしまった……」
輿は戸が閉められ、外からはこちらが見えなかった。
ナナは首を回して実葉を見上げる。
「そのおかげで、騒ぎにならずに済みますがのぅ」
“今”の和泉の無能さを嘆いたかに見えた実葉は、朗らかに笑った。
「姫様は木ノ葉隠れの里なる地をご存じですかな?」
かすかに頬を高潮させ、ナナは頷いた。
おかれた状況を差し置いて、胸が高鳴った。
そんなナナに、実葉は言った。
「そうでしたか……今あの里は若い四代目火影が治めておりまする」