ひと葉 ~弐の巻~   作:亜空@UZUHA

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明け方の夢

 

 一行はやがて木ノ葉隠れの里の門に到着した。

 この訪問を人目から隠すかのような新月の夜だった。

 門番のチェックを通過すると、ナナは輿の小窓を開き、よく見知った光景を眺める。

 闇夜も見通すその忍目に映るのは、知っているよりも新しい建物だった。

 

 一行は木ノ葉中心部への道を逸れて林道に入る。

 『和泉神社』への道だった。

 ナナは小窓を閉め、再び実葉の膝におとなしく収まった。

 実葉はそこに用があるという。

 翌朝、四代目火影との会合があるのだと……。

 

(四代目火影様……)

 

 火影邸で写真とやらを見たことがある。

 己の命と引き換えに、九尾から里を救った英雄。

 和泉の秘術で九尾をナルトの腹に封印した男。

 彼のチカラが及ばなくなったときのために……という目的で産み出されたナナにとって、その感慨は人一倍強かった。

 

(会いたい……)

 

 和泉の里を出て、初めて木ノ葉へ来た時のような興奮。

 今夜は眠れそうにもなかった。

 

 

 

 やがて、輿は静かに降ろされた。

 式神が扉を開けたと同時に、ナナは飛び出る。

 早く木ノ葉の空気を吸いたかった。

 そこが木ノ葉の中で、最も木ノ葉らしからぬ場所だったとしても。

 

 だが……。

 

「あら、かわいいコ」

 

 境内を見回す間もなく、掛けられたのは若い女の声。

 

「おじいさま、このコをどうされたんですか?」

 

 振り返ると、拝殿の前に美しい巫女が立っていた。

 

「なに、途中で拾った“子鬼”だよ……」

 

 供の男に手を借りて籠を出た実葉は、意味ありげに笑いながら答えた。

 そして、

 

「かわいいだろう? 成葉(なるは)

 

 成葉……。

 実葉は確かにそう言った。

 ナナは目の前にかがんだその女を凝視した。

 

「いらっしゃい、はるばるようこそ“子鬼”ちゃん」

 

 彼女がやわらかく笑んだことなどどうでも良かった。

 彼女が、自分が鬼などではないとひと目でわかっていることも関係なかった。

 ただ彼女の名が“成葉”と……そういう名であることがナナの気を振るわせた。

 

「珍しい拾い物ですね、おじい様」

 

 成葉は実葉に言いながらナナの頭を撫ぜた。

 不思議な感じがした。

 当然初めて出逢ったのに、ずいぶんとよく知っているような感覚。

 まるで母の手に撫ぜられているような感触。

 

「お疲れ様でございました、実葉様」

 

 ナナは銅像のように直立不動で固まっていたため、供の者たちと話していたもう一人の女の存在にすら気づかなかった。

 が、成葉の少し後ろに立った姿が視界に入り、ようやく我に返る。

 彼女はナナの知っている人間だった。

 とっさに実葉の袴の陰に隠れた。

 

「途中で珍しい子鬼を拾われたとか……それがそうですか?」

 

 冷たい口調は変わらない……。

 ナナはこっそりとその女を見上げた。

 知っているより少し若い、和泉静葉だった。

 

「式にするおつもりと伺いましたが……御本家の装束を着た鬼など、不吉ではございませんか?」

「そう言うな静葉よ、邪気は持ってはおらぬだろう?」

 

 温和に笑う実葉とは対照的に、静葉の声にはトゲがあった。

 『相変わらず』……いや、『この頃から』といったほうが正しいか……。

 ナナは皮肉の笑みをこっそり浮かべた。

 その時、

 

「大丈夫よ」

 

 実葉の袴の陰に、成葉が突然割り込んで来た。

 

「…………?!」

 

 ナナは声をあげそうなのをこらえる。

 

「あのお婆さんを知ってるんでしょ?」

 

 ゴクリとつばを飲み込んで、ぎこちなく頷いた。

 

()()()()()()で、あなたと関わる人?」

 

 成葉の瞳は、全て見通すように透き通っていた。

 それを前にして、自分の躊躇いやちっぽけな推測は無駄だった。

 ナナは素直に頷き、成葉の言葉を待つことにした。

 

「大丈夫。ここで今、知っている人に出会っても歴史が変わることはないわ」

「やはりそうか、成葉」

 

 静葉が供の者たちを案内するために立ち去った後、実葉が話しに加わった。

 彼も成葉の言葉を待っていたようだった。

 

「ええ。今はこのコの時空に歪みが生じ、“ありえない事”が起こっているってだけですから」

 

 成葉はそう大それたことでもないように言ってのける。

 

「このコの時空が秩序を取り戻し、元の時代に返れば、このコがここに居たという事実は全て“無かった事”になります」

「すべてが元通りになるというわけか」

「そう。今は特別な冒険をしてるところって感じね」

 

 成葉は片目を瞑って笑った。

 

 

 成葉が実葉とナナを通したのは、ナナの知らない8畳ほどの和室だった。

 ナナはずっと成葉を見つめていた。

 意識して……というより、目が離せなかった。

 その顔立ち、肌の色、声、仕草。

 全てが知らないはずなのに知っているようで……不思議な感覚から抜け出せずにいる。

 改めて、自分がこの女の“生まれ変わり”なのだと思い知らされる。

 が、思い知ったところで、それが不快なのかどうかわからない。

 それにその……美しい成葉の姿を一部歪める部分。

 わずかに膨らんだ腹が気になった。

 

「よいしょっと……」

 

 少し窮屈そうに座り、成葉はそこをさすった。

 

「腹が出てきたか……予定日はいつだったかの?」

 

 実葉がにこやかに成葉に言った。

 ナナは思わず瞬きを大きくする。

 

「11月の初めよ。あと三月もすれば産まれます」

 

 成葉は急に“母”の顔になって答えた。

 ナナの背に、嫌なものが伝った。

 幸福そうな孫と祖父を前にして、態度に出すのは押しとどめた。

 が、頭の奥で記憶が嫌な音を立てて押し寄せる。

 たしか、和泉成葉は()()()()()死んだはず……。

 

「父親のことは、和泉には知られておらぬ。安心してよい」

「良かった。それだけが心配でした……」

 

 成葉と実葉は初めて影を漂わせた。

 ナナも、その腹の子の父親については知らなかった。

 生きているのか死んだのかさえ、知らなかった。

 和泉一族はこの事実を完全に“無かった事”として無視してきたから、ナナなどに教える者は無かった。

 

「それより、身体を労われよ……」

「わかってます。ちゃんと産んでみせますから」

 

 ナナの耳元で、空気がザワワと嫌な音をたてた。

 この目の前で笑う二人は、ナナが産まれた時代にはもういない。

 会うはずのない者たちに、時を越えて出会っている……。

 急にこの場が、夢の中のような感覚に襲われた。

 が、

 

「大丈夫よ」

 

 成葉が先ほどと同じ言葉をナナにかけた。

 

「私たちは、残念ながら()()()()()()が見えているから」

 

 彼女の細い手が、ナナの頭に乗った。

 

「あなたが気を使うことはないわ。時の流れには誰も逆らえないのだから」

 

 すべてを悟った瞳が四つ、ナナを向いていた。

 優れた陰陽師であるがゆえ……未来を見通す眼を持ってしまった。

 それでも、それを受け入れ気高く生きている。

 二人は、ナナの知る和泉の人間とは違っていた。

 

「やがて木ノ葉は大変な事態に陥る……。避けられない未来だが、その未来からお前が来たというだけで、少しは希望が持てたよ」

「でもこのコは和泉本家の子孫でしょう? 木ノ葉とは関係がないんじゃ……」

「いやいや……木ノ葉を知っておるようだ」

 

 ナナは実葉に促されて頷いた。

 二人は未来について聞かなかった。

 聞いてどうなることでもないし、聞くのは自然の(ことわり)に背くことだった。

 だからナナも、聞かれたこと以外は答えなかった。

 その“答え”が、二人が喜ぶ内容ではなかったというのもあった。

 

「それにしても……」

 

 成葉はまた腹をさすりながらナナに笑いかけた。

 

「あなたは本家のコにしてはずいぶんと雰囲気が違うのね」

「わしもそう思ったよ。このコはどちらかというとお前に似ておる」

 

 曖昧な笑いを漏らしそうになったが、成葉に悟られそうですぐに引っ込めた。

 が、それを見た成葉はナナの腕をつかんで引き寄せた。

 反射的に身を強張らせると、成葉はクスリと笑って言った。

 

「そうね……。とってもかわいいし、かしこそうなところが私にそっくり……!」

 

 意味ありげな笑みは、ナナを逆に安心させた。

 

「あなたは何も聞かないし、何も語らないんだもの。ちゃんと自分のチカラを使う術を知っているコだわ」

 

 ナナは小さく頷いた。

 ここに来て、してはいけないことは知っている。

 そして言っても無駄なことも知っている。

 ただ今はこの“ありえない”状況を、良くも悪くも、見て聞いて受け止めなければならない。

 それが、こんなチカラまで手にした者の道理だと思った。

 自然の理に背くチカラは大嫌いだった。

 例えば“姉”の蘇生ように……そして大蛇丸の転生術のように……。

 

「初めから……己の身に起こった事柄を受け止めておったしの……」

 

 ナナは成葉を見上げた。

 それから、かすかに膨らんだ腹を見た。

 急に心が落ち着いた。

 受け入れられた気がした。

 遥か遠い時代に来てこんな気持ちを味わうのは皮肉だったが、まるで心の隅っこの欠けていた部分が埋まったような気分だった。

 ……家族……たとえばこんな感じなのかと思う。

 成葉はナナの手をとった。

 

「……私は命と引き換えにこのコを産むけど……後悔なんかしてないの」

 

 ナナの手は、成葉に導かれるがままにその温かい腹に宛がわれた。

 

「このコが……あなたみたいに和泉の血を正しく使うように祈るわ」

 

 切ない風が、温かさに包まれた。

 ナナは成葉を見上げて、ほほ笑んだ。

 

 

 

 実葉を休ませてから、成葉はナナを自室に連れた。

 まるで本当の親子のようにひとつの布団に入ったが、ナナが寝付けるはずもなかった。

 成葉もそれをわかってか、あるいは彼女もそうだったのか、自分のことを語った。

 和泉当主の許婚の立場を蹴ったため、一族から破門されたこと。そして親戚の静葉がいる木ノ葉の和泉神社へ来たこと。

 ずっと和泉の里から出たいと思っていたこと。

 今はとても幸せに暮らせていること。

 そして、腹の子をどうしても産みたいことも。

 

 誰だろう……。

 そう思うのは当然だった。

 ナナは成葉の腹にある命の行く末を知らない。

 “今”どこにいるんだろう……。

 単純に、知らなかったことを悔いた。

 だが、考えても仕方ないことだった。

 静葉がナナに教えるわけもないし、和泉一族の誰かが引き取っていたとしてもナナが知るわけがない。

 木ノ葉に居場所があるはずも無い。

 おそらく、そのどれからも身を隠す術を実葉が与えたのだろう。

 ナナは黙って成葉の話を聞いていた。

 何を思って成葉が自分に全てを話すのか、深く考えもしないで聞いていた。

 ナナからは何も聞くことはなかった。

 聞いて答えてくれたとして、その内容を自分の世界に持ち帰ったとき、平気でいられる自信はなかった。

 

 空が白み始めたころ、ようやく二人は同時に寝入った。

 時空を超えて、小さくなって、会えるはずもない人に会えたというのに……、ナナは心から安心してぐっずりと眠った。

 

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