「ほぉう……こうしてみると、お前たちが親子のようだな」
やがて、縁側に実葉が現れた。
「やめてよおじいさま。ミナトなんかと……!」
「ちょっとナルちゃん、それはないじゃない……」
ミナトに肩車をされていたナナは、声を出さずに笑った。
ナナの瞳に映る二人は、夫婦というより兄妹に近かった。
想像していた雰囲気とは少し違ったが、そこにはナナが信じていた絆が確かにあった。
「わざわざ木ノ葉へ来ていただき、ありがとうございます」
四代目は火影としての言葉を実葉に言った。
「いや……わしの最後の務めだ……」
実葉は少し、目を伏せた。
目じりの皺が苦しげに濃くなったのを、ナナが見逃すはずはなかった。
「あとのことは全ておじい様にお任せしてるから……」
「木ノ葉のことも、三代目にお願いしとくよ」
二人も儚げに笑った。
ナナは四代目の肩の上で、膝に添えられた彼の手を握りしめた。
実葉が和泉を出て、わざわざ木ノ葉へ来た用事がはっきりとわかった。
この時期、この場所で、この面々……。
これから三人が何を話すのか、何を始めるのか……。
わかりすぎて苦しかった。
その“結果”すら知っているのが皮肉だった。
「ところで、“お使い”はまだなの? ミナト」
「そろそろだと思うよ……。あ、来た来た……!」
縁に上がりかけたミナトと成葉は、拝殿の方を振り返る。
するとそこからタイミングよく一人の少年が現れた。
「相変わらず気配を殺すのがうまいのね、あのコ」
成葉がクスリと笑って言った『あのコ』もまた、ナナが知っている人物だった。
「ご苦労さん、持って来てくれた? カカシ」
ナナはミナトの肩の上から下ろされて、少しよろけた。
ここに現れた少年は、まぎれもなく若き日のはたけカカシだった。
「先生、オレ今日は一カ月ぶりの非番なんですけど……」
少年のカカシは不機嫌そうに言いながら、手にした風呂敷包みをミナトに突き出した。
そしてチラリと、ミナトの足もとにまとわりつく小さなナナを見やった。
(……カカシ先生だ……)
ミナトの影に隠れるようにしながらも、師の若い姿に息をのむ。
「ごめんねカカシ君。私はミナト先生に頼んだんだけど……。でもカカシ君の方がセンスよさそうだから良かったわ」
ミナトが受け取った包みを、成葉は横から取り上げた。
「それを何に使うんですか? 成葉さん……。まさかこのコの……?」
知っているより高い声……。
それに聞き入っていると、カカシはナナをはっきりと見下ろした。
「そうなの。着替えを持ってなくって」
「誰なんです?」
「成葉の親戚のコだよ……ほら、あそこにいらっしゃるのがナルのおじいさん」
カカシの視線は、ミナトが指した縁に逸れた。
が、実葉にぺこりと頭を下げると再びナナに向いた。
すでにその左目は額当てで隠されていた。よく知るはずの右目は、興味なさそうにナナを向いている。
「ホクト、カカシ君の持って来てくれた服に着替えましょ?」
師の、どことなくのんびりして、かすかに慈しみを感じる瞳とはかけ離れていて、ナナが小さく笑ったところを、成葉が手を引いた。
「そうそう、それを着て里を見てまわりなよ。カカシに案内してもらってさ」
「なっ……なんでオレが?!」
「いいわね、それ。 カカシ君、ちゃんと面倒みてあげてね」
マスクの下で口をとがらすカカシを尻目に、成葉はナナを引っ張って部屋に戻った。
「さすがカカシ君。いいセンスしてるじゃない」
成葉は畳の上に包みを広げ、満足げに言った。
風呂敷の中には、白地に水色の蝶をあしらった浴衣と、濃紫の帯が包まれていた。
成葉はナナの白い袴を脱がせ、それを着せた。
彼女の式神はよほど詳しくナナの特徴をミナトに伝えたのか、丈も色合いもナナにぴったりだった。
後ろで成葉が帯をしめると、ナナには自然と笑みがこぼれた。
再び、夢心地な感覚に襲われる。
もしこのまま、元の世界に戻れず、ここで過ごすことになったとしたら……。
それでもいいのかもしれない……と、ふと思った。
実は、今までいたところが夢の世界で、ここが本来居るべき処なのだとしたら……。
だが、すぐに頭にちらつく“矛盾”は、ナナを現実に引き戻した。
この時間がなければ、ナナは産まれることはなかった。
ミナトと成葉が死ななければ、ナナは産まれることはなかった。
残酷な運命を思い出し、ナナはうつむいた。
「ねぇ、ホクト」
それを察したかのように、成葉は静かに呟き、ナナを正面に立たせた。
「いつ……あなたが元の世界に帰るかわからないから、今のうちに言っておくわ」
強い光が、その双眸に浮かんでいた。
聞きたくない気持ちと、受け止めたい気持ちに揺さぶられながら、ナナはそれを見つめた。
「私たちは、これから起こることの結果がどうであれ、決して後悔はしないわ」
いつのまにか、両手は成葉の冷たい手に握られていた。
「“あの人”の子を産めて、幸せだと思ってる」
強くて、清くて、美しい。
「あなたの世界で私たちは“過去の人間”でしかないかもしれないけど……それだけは知っておいてね」
成葉は……おそらく産まれて来る子供に伝えたいことを、ナナに言っていた。
「私たちが、あなたたちの世界を護るわ」
ミナトと同じ言葉を……。
「だから、強く生きて」
成葉は初めて、瞳に光るものを浮かべながらナナを抱きしめた。
一度も抱けない我が子の代わりに……想いを込めて、強く。
だからナナも、“母”を感じて精一杯しがみついた。
聞こえないくらい小さい声で、成葉が『ごめんね』とささやいたとき、ナナの瞳からも滴が伝った。