ひと葉 ~弐の巻~   作:亜空@UZUHA

3 / 69
砂漠の月

 防衛計画の再構築のため、連日、真夜中まで会議があった。

 だがこの日、ようやくそれが完成し、22時頃に仕事を終えることができた。

 テマリに聞いた、最近里で流行っているらしい『チャイ』という飲み物を手に、我愛羅はナナの部屋の戸を叩いた。

 取り寄せた材料とレシピを元に、自らが淹れたものだ。

 ナナの方にはミルクを多めに入れ、うんと甘くしてある。

 そのほうが好みだと思ったのだ。

 

 ナナはまだ起きていて、歓迎してくれた。

 需要な客人が宿泊するこの部屋は、絶壁に面しているため、窓からの見晴らしは良かった。

 といっても、砂漠地帯が広がるばかりで殺風景である。

 それでもナナはこの部屋を気に入ってくれているようだ。

 窓辺に敷かれた絨毯の上に、ソファーにあったクッションを全て並べ、ローテーブルにいくつものキャンドルを灯して、くつろいでいるようだった。

 そこにちょうど、窓の外から月の光が射しこんでいる。

 

「おいしい! 何ていう飲み物?」

「『チャイ』という。最近、里で流行っているようだ」

「牛乳とお砂糖が入った……お茶? なんか不思議な香りもする」

「スパイスが入っている。この辺りで昔から飲まれていたミルクティーらしい」

 

 並んで絨毯に座り、クッションに寄りかかりながらチャイを飲んだ。

 ナナは猫舌なのか、息を吹きかけて冷ましながら飲んでいる。

 それでも、我愛羅の淹れたそれを存分に味わっていた。

 その様子を横目で見ているうち、我愛羅自身の身体も温まった。

 ろうそくの灯火と薄い月の光とが混ぜ合わさり、不思議な空間にいるような気分になった。

 ナナもそうだったのかはわからない。

 が、カップの中身が半分ほどになった頃、唐突に自身のことを語り始めた。

 『三年間、ほとんど誰ともしゃべっていないから、うまく話せるかわからないけど』とことわって。

 再会の時に話したこととは比べ物にならないほど、長い物語を……。

 

 ときおりカップに口をつけながらゆっくりと語るのは、彼女がいる“闇”だった。

 一族のこと。その特異で禁忌とされる力のこと。

 与えられた使命のこと。ナルトとの関係。

 姉との戦いのこと。

 うちはイタチのこと。

 そして……、サスケへの想いも……。

 その全てが、木ノ葉隠れの里では口にすることを許されぬ言の葉。

 少女がたった独りで抱え込むには、大きすぎる“闇”たち。

 想像していたよりもずっと、それは濃く、深く、冷たかった。

 が、慄きはしなかった。

 

「私、逃げるために木ノ葉を出たんだ」

 

 ナナはそう自嘲した。

 

「みんなには『姉を倒すため』なんて言ったけど、本当は逃げるためだった」

 

 強烈に“孤独”が香る。

 

「力や術は身に付いたけど、なんにも解決しなかった」

 

 歪んだ笑みを浮かべるナナに、否定や慰めの言葉を差し出すつもりはなかった。

 ナナ自身が言う通り、ナナは逃げたのだ。

 まとわりつく“闇”を持て余し、仲間たちとわかり合えない現実からも、逃げ去ったのだろう。

 だが、それを愚かだとは思わなかった。

 自らを孤独に追い込んで、なおさら闇を濃くしたとしても、決して愚かだったとは思わない。

 そうせざるを得なかったことを、哀れにも思わない。

 何故なら、それでもナナは強いと知っている。

 あの時、ボロボロになって心を閉ざしたナナは、そのまま全てを投げ出すこともできたはずだ。

 怒り、怨み、全てをぶちまけることもできたはずだ。

 だがナナは、全てを抱え込んだまま、ちゃんと前に進んだのだ。

 選んだ道が“逃げ道”だったとは思わない。

 その道が今、“ここ”に繋がっているのだから。

 

「ナナ、“ここ”ではお前はひとりじゃない」

 

 自説を説いても、感想を述べても、想いを語っても……、ナナの心は少しも軽くなりはしないだろう。

 だからまた、二日前の台詞を繰り返す。

 ナナが“この地”で全てを語ったことの意味を知っていた。

 自分にだけ語った意味を。

 術をかけた者と、かけられた者……、ただそれだけではない、二人の間にだけ存在する“交感”があると信じていたから。

 それはきっと、この世に産み落とされる前から力を背負わされていたという、互いに重なる過去が繋げる絆なのだと……。

 だからナナにとって、今、一番必要なものを与えたかった。

 木ノ葉の地で、無償の愛……慈愛の存在を教えてくれたナナに。

 それが、ナナから与えられたものと()()慈愛か、そうでない()()ものなのか……。

 知らないふりはしていたけれど……。

 全身に“孤独”を纏わりつかせたナナに、今、この瞬間はヒトリじゃないと、そういう時を与えたかった。

 

「ありがとう、我愛羅」

 

 ナナはこの間と同じように笑んだ。

 だが、今夜はほうっと息をついて言葉を続けた。

 

「私、アナタに会えてよかった」

 

 少し肩をすくめて。

 

「“理由”は全然良くないのにね」

 

 その“理由”……『暁』の目的である我愛羅自身、まだあまり自覚が無かったから、何も言わなかった。

 と、ナナはすっかり冷めたカップの中身を一気に飲み干して、言った。

 

「私なんて完全に不審者なのに、みんな私を信じてくれてるし、カンクロウも優しいし……。“ここ”は……なんだか居心地がいい」

 

 まだ、返す言葉はなかった。

 ナナが不意に窓を見上げて、呟いたから。

 

 

「砂漠の月は、綺麗だね……」

 

 

 その明りに照らされるナナの横顔は、何物にも代えがたかった。

 だが、こみ上げた感情と同じ言葉を、ナナが先に口にした。

 

「我愛羅……、私、アナタを護りたい……」

 

 漆黒の瞳に月が映る。

 儚くも、強い光だ。

 それを見つめて、ようやく想いを零す。

 

「オレも護りたいんだ、お前を」

 

 光は揺れた。

 

「アナタは護られる側なのに……!」

「それでも、そう思う」

「私は平気だよ! ちゃんと修業したし」

 

 強がりではなく、本心なのだろう。

 だがナナは気づいていないのだ。

 今まで護られたことがないから。

 無償でそうしてくれるはずの父や母という存在からも、護られたことがないから。

 自分がそうだったからわかる。

 仲間の存在すら否定し続けていた日々に、慈愛をくれる者が現れた。

 友と呼べるものが現れ、やがて姉兄が現れ、支持者が現れ、仲間たちが現れた。

 そうして、彼らを護りたいという気持ちが自然と芽生えるのと同時に、彼らが自分を護ろうとしてくれていることを知った。

 親愛や姉兄愛、師弟愛、信頼、友情……いろいろな情が集まって自分の盾になってくれていることを、あれから学んだのだ。

 

「オレはお前の心も護りたいんだ、ナナ」

 

 だから、そのままの想いを伝えた。

 深く傷ついたままのナナには届かないだろう。

 それでも祈りを込めた。

 この“情”がナナの盾となるように。

 

「だったら……」

 

 ナナは瞬きをして少し考えた後、こう答えた。

 

「今、私はアナタに護られてると思う……」

 

 媚びや気休めや同情じゃない。

 その視線はまっすぐだったから、そう確信できた。

 不思議と胸の奥が熱くなった。

 まるで力がみなぎるようで……。

 

「ナナ、疲れているだろう? そろそろ休め」

 

 今はそれを溢れさせてはいけない気がして、そう言いながらナナの手から空になったカップを取った。

 自分のカップと合わせてテーブルに置いたとき、初めてろうそくの火がいくつか消えていることに気づいた。

 

「うん……」

 

 素直にうなずきながらの、ナナはクッションに身体を沈めた。

 そして、

 

「我愛羅も、もう部屋に戻るでしょう?」

 

 そう尋ねながら、体重をこちらに傾けた。

 

「明日も忙しいもんね」

「お前も、視察があるだろう」

「うん。連れて行ってもらえることになってる」

 

 そうつぶやきながら、身体はどんどん埋まって行く。

 ろうそくの残り火を見つめる目は、まどろみ始めていた。

 

「ナナ、ベッドに……」

 

 そう言いかけて口を閉じた。

 クッションの波が揺れて、わずかに肩が触れたから。

 “それ”を奪ってはいけない気がした。“それ”をナナが求めている気がした。“それ”を与えなければならない気がした。

 そして、きっと自分も求めていることを……。

 だから。

 

「戻って明日の準備をしないとな」

 

 そう言いながら、思い切り体勢を崩した。

 

「そうだね……。戻ったほうが……いいね……」

 

 ナナはゆっくりと同意し、瞼を下ろした。

 

「そうだな……」

 

 我愛羅はナナが見つめていたともし火を眺め、窓の外の月を見上げ、それからナナの顔を見て、目を閉じた。

 温かく、少し悲しい二人だけのこの空間は何故だかとても心地よく……。

 

『“ここ”は……なんだか居心地がいい』

 

 先ほどナナがくれた言葉を思い出しながら、自らもまどろみに身をゆだねた。

 

 

 

 翌朝、鳥の声が聞こえて、二人同時に目を覚ました。

 互いの身体が完全にクッションに埋もれているのを見て、二人で笑った。

 月明かりでなく、朝日に照らされたナナの笑顔は、ここへ来たときよりずっと柔らかかった。

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。