ひと葉 ~弐の巻~   作:亜空@UZUHA

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褐返し ―かちがえし―

 

 火影の前に、無事2小隊8名が帰還した。

 シカマルとカカシはチャクラを使い切って疲弊し、ナルトは新技によって右腕を激しく傷めていたものの、暁の二人『角都』『飛段』を倒すという成果をあげていた。

 

「ご苦労だったな」

 

 火影は彼らにそう言った。

 しかし残念ながら、それで安堵できる状況にはなかった。

 

「動けるものは……サクラにヤマト、それにサイか……」

 

 なぜなら、すぐにでも彼らに次の任務を言い渡さねばならぬ事態だったからである。

 

「お前たちで手分けして、ナナの援護、及び救助に向かえ」

 

 

 

 『援護』と、とりあえず火影は言ったものの、それが自分たちに可能でないことくらい皆わかっていた。

 サイも、それが自分などには成し得ないことと割り切っている。

 彼はサクラ、ヤマトと別れ、川沿いの森を走っていた。

 ナナが今、何を相手に戦っているのかは聞いている。

 いや、すでにその戦いには決着がついているのかもしれない。

 三年前、ナナがどんな状態で発見されたかサイは知らない。

 が、例の刻印が失われたこと、それが死んだはずの彼女の姉によって奪われたということは、ダンゾウを通じて知っていた。

 想像もつかないような内容……。

 感情を知らぬあの頃は、なんとも思わなかった。

 だが、今はわかる。

 その“おぞましさ”と“絶望”が……。

 

『意外と……おせっかいだったんだね……』

 

 ついこの間、そうやって儚く笑ったナナの顔がちらついて、サイは思わず足を止めた。

 アレを抱えて、再びソレとたった独りで戦っているというのか……。

 考えようとしただけで、何かに呑まれそうだった。

 それを頭の隅に追いやるように首を振り、サイはわざと歩みを緩めて進んだ。

 サクラは三年前にナナが発見されたという場所へ向かった。

 ヤマトはその下流域へ……。

 サイは心を落ち着けて、藪を分け出る。

 水の流れる音が激しい、大滝の淵へと出た。

 『終末の谷』そういう名のついた場所だった。

 ここで、同じく三年前に発見されたのは、ナルトだったという。

 サイは再びその時に思いを馳せた。

 サスケを連れ戻せなかったナルトと、ナルトを殺さなかったサスケ。

 どんな思いで、二人はここにいたのか……。

 そしてやはり、同じ刻に戦っていたというナナに思いは行き着く。

 

『意外と……おせっかいだったんだね……』

 

 再びあの青白い顔がサイの脳裏によぎったとき、彼は視界の端に白い影を捉えた。

 それは醜く崩れた崖の際で白いしぶきを当てられ、今にも消えてしまいそうにフラリ……揺らめいた。

 

「ナナ……!!」

 

 かつて出したことのない大きな声で、人の名を呼んだ。

 そして、あと少しの所で濡れて黒ずんだ岩に倒れかけた細い身体を抱き留める。

 

「ナナ!!」

 

 人間の体温ではなかった。

 それは決して、冷たい飛沫に濡れそぼったせいなどではなく、説明のつかないコトの顛末であると嫌がおうにも悟ってしまう。

 思わずゾッとし、蒼白の頬に手を置く。

 

「ナナっ!!」

 

 だがナナは、ゆっくりと凍った睫毛を揺らした。

 その目を見て、秘かに息を呑んだ。

 かつて見た漆黒ではなく、瑠璃色だったからだ。

 しかも曇りかけている。

 が、サイはナナの名を呼び続けた。

 

「ナナ! わかる?」

 

 ありえない冷たさでも、ナナはちゃんと彼を見た。

 そして、彼の不安をなだめるように微笑した。

 

「……サイ……」

 

 紫色の唇から洩れた掠れた声に、サイはようやく息をつく。

 

「大丈夫?」

 

 動揺を押し殺し、ナナの頬の水滴をぬぐう。

 

「大丈夫……だよ……」

 

 と、ナナは弱く笑んだ。

 

「少し……遠くへ……行ってた……」

 

 その意味がわかるはずもなく、ただ彼は、死人のような身体を抱えなおした。

 

「急いで火影様に診てもらおう」

 

 が、ナナは視線を宙に彷徨わせ、穏やかに呟いた。

 

「私……姉を……殺した……」

 

 サイの瞳に映るナナは、悔恨も懺悔もなく、かといって歓喜や安堵があるはずもなく、ただ、それが必然であったかのように淡い表情を浮かべていた。

 

「姉を……殺したの……」

 

 ナナはもう一度呟き、サイに視線を合わせた。

 その瞬間、サイは身体の中心に冷たい柱を感じた。

 まるでナナの体温が彼を凍えさせたように。

 

「ナナ……僕も……」

 

 そして彼自身も“過去”に呑まれそうになった時、白い飛沫がナナの頬に飛んで伝った。

 それがまるで、ナナの零した涙のように見え、彼は再び言葉を失くす。

 ナナは彼の言葉を探らず、ゆっくりと瞼を閉じた。

 

「ごめん……サイ……」

 

 徐々に力が抜けていく。

 

「疲れ……ちゃった……」

 

 サイは腕に重みを感じたことで、ようやく我に返る。

 そして飛沫がまたナナの頬に飛んだとき、彼はナナを抱えてその場を去った。

 

 

 





※かちがえし(褐返し)=全体を深い藍で染めたごく暗い青。

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