ひと葉 ~弐の巻~   作:亜空@UZUHA

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瓦解

 

 ナナの願いは二人の間に冷たい余韻を残した。

 それを鎮めるように、サスケは低く呟いた。

 

「……何故だ……」

 

 眉間の辺りに鈍い痛みを感じていた。

 

「何故それほどオレたちに関わる……? そんなにアイツの存在が大事か?」

()()()()だよっ……!」

 

 その痛みに抗おうとして出た、止めを刺すような皮肉の言葉。

 ナナはしかし、間髪入れずに言った。

 

「サスケのことも、大事だよ……」

 

 サスケは再び息を整え、閉じていた目を開いた。

 

「お前はイタチに捨てられ……オレもお前との繋がりを断ち切った。……それでも関わるのか?!」

 

 二人は同時に視線を重ねた。

 

「イタチは私の前から去ったくせに……何度も私を助けてくれた……」

 

 それはひどく歪み、ぶれ合った。

 

「サスケも……断ち切ってはいないでしょう……?」

 

 二人の瞳にある闇が、互いを飲み込まんとするように。

 が、サスケは先にそれを避けた。

 

「あの夜……オレは全てを断ち切った」

 

 冷えた声を取り戻し、言い捨てる。

 

「木ノ葉も……お前も……今のオレにとっては過去の繋がりだ」

 

 だが、ナナはそのまま闇を晒し続けた。

 

「嘘だよ」

「嘘じゃない。今、お前の存在など邪魔な……」

「だって呼んだじゃない!」

 

 彼の言葉を切り捨てるように、ナナは言った。

 

 

「サスケの心が私の名を呼んだから……、だから私はこうしてアナタを見つけたのに……」

 

 

 今ここに居る理由を、そう説いた。

 異空間にも関わらず、こうしてサスケの前に現れたその訳を。

 

    ……ナナ……

 

 サスケの耳に、己の声が聞こえた。

 デイダラの爆風とマンダの口寄せ……あの刹那の声が。

 

「私を……呼んでくれたでしょう……?」

 

    ……ナナ……

 

 だが、

 

「ただの思い過ごしだ」

 

 サスケは冷めた口調で、『ナナの問い』と『己の声』に蓋をした。

 

「お前への想いはあの夜に終わった」

 

 あえてあの夜、月の下で告げた言葉を思い出す。

 あの時零れたナナの涙も。

 

「今となっては過去の話だ」

 

 それを瞼裏に浮かべたまま、目の前のナナに言い捨てた。

 奇しくも、ナナの顔はあの夜と同じように青ざめている。

 

「もともと……、お前はオレから全てを奪った男を“大切な存在”だと思っている」

 

 ナナは唇を噛んだ。白い袴に爪が立った。

 それでも容赦なく、サスケは言葉を鞭のようにしならせて打ち付ける。

 

「オレが殺したい相手を“死なせたくない”と思っている」

「じゃあ……」

 

 ナナはうめくように言った。

 

「私もサスケにとって“憎しみ”の対象ってこと……?」

 

 サスケは答えなかった。

 

「だって……」

 

 血が滲み出てそうなほど、袴には強く爪が食い込む。

 

「だってイタチは優しかったの……私に……」

「…………」

「姉に聞いたんでしょう? あの頃の私にとって、イタチの存在は“私の世界の全て”だった」

 

 そしてナナがイタチへの想いを吐露するにつれ、サスケの拳も震えだす。

 

「別れを告げられてからも……何度も……何度も私を助けてくれた」

「…………」

「私が木ノ葉の忍になって、イタチは抜け忍で……、敵同士であるはずなのに」

「…………」

「私はイタチに、次に逢う時は“敵”だと告げたはずなのに……」

「…………」

「だから……私は……」

 

 ナナの言葉が詰まった時、サスケは次の言葉を遮るように言い捨てた。

 

「見解の相違だな」

 

 その渇きに、ナナは鈍い動作で彼を見る。

 

「確かに、アイツはオレにとっても優しい兄だったさ……。“あの日”までは……」

 

 その視線をサスケは完全に無視した。

 

「だが……、あの日見せたのがアイツの本性だ」

「サスケは……それを信じるの……?」

 

 おそるおそる尋ねたナナに、サスケは返事をしなかった。

 ただ蔑むような視線で彼女を見た。

 それが彼の答えだった。

 

「……私は……」

 

 ナナは震えながらも、それを受け止め言った。

 

「私は信じない……」

「だから言ったろ。見解の相違だ」

「…………」

「オレとお前は、結局平行線のまま……。()()()()同じ道は歩めなかった」

 

 彼の拒絶は少しの沈黙をもたらした。

 息苦しい時間はサスケが終わらせた。

 

 

「オレを止めたいのなら……今ここでオレを殺せばいいだろう」

 

 二人の距離は、さらに開いていく。

 

「そんなこと……」

 

 そう答えるのが精一杯のナナに、サスケは容赦なく言う。

 

「オレはお前の“大切な”イタチを殺しに行く……。止めたいなら、今ここでオレを殺せ」

 

 その声は、怒りすら渇ききり、

 

「できないのなら……」

 

 まるでため息のようだった。

 

「もう帰れ……」

 

 空気が疲弊しきっていた。

 

「じきにオレの小隊のヤツがこの“マンダ”を口寄せする……。外に出れば、またオレはイタチを探し、殺しに行く」

 

 ナナは疲れきったように指先一つ動かさないで、サスケの言葉を聞いている。

 サスケはチラリとナナを見た。

 心が枯渇したかのように黙って座り込んでいる。

 

「今、オレを止めないのなら……」

 

 サスケはゆっくりと立ち上がった。

 不思議と、全身の傷はひとつも悲鳴をあげなかった。

 

「二度とオレの前に現れるな」

 

 吐き捨ててナナを見下ろした瞬間、ナナはゆっくりと彼を見上げた。

 その顔は脆く危うげに見え、サスケはすぐに背を向けた。

 

「二度と……?」

 

 後ろでナナが呟いた。

 それが不思議と耳元で囁かれたように聞こえ、サスケは振り払うように歩き出す。

 

「二度……と……」

 

 その背に、惚けたようにナナが繰り返し呟いた時、二人の居る空間が大きく上下に揺さぶられた。

 サスケは身体のバランスを崩し、“壁”に手をつく。

 

()っ……」

 

 ようやく、鳴りを潜めていた痛みが全身を駆け巡った。

 

「……オレの小隊のヤツがここを口寄せしたようだ……」

 

 揺れが収まると、サスケは振り返らずに言った。

 

「さっさと去れ」

 

 すると……。

 彼の身体に再びの衝撃が走る。

 それは空間の揺れではなかった。傷の痛みでもなかった。

 

「…………?!!」

 

 軟く、弱く、温かく……。

 大きくふたつ瞬きをして、彼はようやく気付いた。

 背に……ナナが居る。しがみ付いて震えている。

 

「サスケっ……!!」

 

 声にならぬ声で、ナナは言った。

 

「行かないでっ……!!」

 

 今までのどの想いとも違う類の、奥底から溢れ出る止めどないモノ。

 

「どうしても行くなら……!!」

 

 最後に残されていたひと欠片を……ナナはサスケに差し出す。

 

 

「私を連れていって……!!!」

 

 

 悲鳴のように絞り出して、ナナは泣く。

 サスケの背は、ナナの感情に激しく揺さぶられた。

 

「……ナナ……?!」

 

 そこに居るのは、意思を掲げ、怖れと戦い、拒絶に打ち勝ち、決意を口にしたナナではなく……。

 

「“あの時”……、私は嘘をついたけど……」

 

 全てを剥ぎ取られ、たったひとつの感情だけで泣いている少女。

 

「……私の想いはっ……」

 

 サスケの感情が追いつかないところで、ナナは嗚咽すら交えながら声を絞り出す。

 

「……“初め”から変わらないっ……!!」

「ナナっ……!?」

 

 危うさすら覚え、サスケはナナに向き合った。

 ナナは肩を震わせ、うつむいたまま彼の腕を痛いほど掴む。

 

「止められなくてもっ……」

 

 乾き始めた“床”に、いくつも雫が落ちた。

 

「“その時”まで……一緒にいさせてっ……!!!」

 

 これがナナの言葉だと信じられず、これがナナの想いだと信じられず……、サスケは目を見開いて立ち尽くす。

 

「……サスケと一緒にっ……」

 

 深く激しい感情を閉じ込めた心の最奥……。サスケはそこに引きずり込まれる。

 そこを開け放ったナナは、まるで許しを請う子供のように、涙に濡れた顔でサスケを見上げた。

 

「私っ……!!!」

 

 次の言葉を遮るように、サスケの指先がピクリと動いた。

 そして意識など通わないところで、彼の手はナナの腕を掴む。

 こわごわと……。触れたら壊れてしまうかのように。

 

「ナナ……!!」

 

 大粒の雫が、頬を美しく伝った。

 サスケは新しい雫にそっと触れる。

 その指は明らかに震えていた。

 

「お前っ……」

 

 その刹那、二人の周囲が音を立てた。

 二人が思わず息を止めて見回すと、“壁”に大きな亀裂が入っている。

 そして間髪いれず、再び爆音がしてさらに無数の亀裂が走った。

 

「サスケ……」

 

 かすかに身を縮めたナナのすぐ後ろで、壁が剥がれ落ちた。

 上方からも無数のカケラが降って来る。

 

「“マンダ”が限界か……!」

 

 この空間の主に、死が迫っていた。

 

「閉じ込められる前に出るぞ……!」

 

 一瞬だけ瞳を合わせ、サスケが先に歩き出す。

 彼の傷ついた身体には、すぐにナナの腕が回された。

 

 

 

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