ナナの願いは二人の間に冷たい余韻を残した。
それを鎮めるように、サスケは低く呟いた。
「……何故だ……」
眉間の辺りに鈍い痛みを感じていた。
「何故それほどオレたちに関わる……? そんなにアイツの存在が大事か?」
「
その痛みに抗おうとして出た、止めを刺すような皮肉の言葉。
ナナはしかし、間髪入れずに言った。
「サスケのことも、大事だよ……」
サスケは再び息を整え、閉じていた目を開いた。
「お前はイタチに捨てられ……オレもお前との繋がりを断ち切った。……それでも関わるのか?!」
二人は同時に視線を重ねた。
「イタチは私の前から去ったくせに……何度も私を助けてくれた……」
それはひどく歪み、ぶれ合った。
「サスケも……断ち切ってはいないでしょう……?」
二人の瞳にある闇が、互いを飲み込まんとするように。
が、サスケは先にそれを避けた。
「あの夜……オレは全てを断ち切った」
冷えた声を取り戻し、言い捨てる。
「木ノ葉も……お前も……今のオレにとっては過去の繋がりだ」
だが、ナナはそのまま闇を晒し続けた。
「嘘だよ」
「嘘じゃない。今、お前の存在など邪魔な……」
「だって呼んだじゃない!」
彼の言葉を切り捨てるように、ナナは言った。
「サスケの心が私の名を呼んだから……、だから私はこうしてアナタを見つけたのに……」
今ここに居る理由を、そう説いた。
異空間にも関わらず、こうしてサスケの前に現れたその訳を。
……ナナ……
サスケの耳に、己の声が聞こえた。
デイダラの爆風とマンダの口寄せ……あの刹那の声が。
「私を……呼んでくれたでしょう……?」
……ナナ……
だが、
「ただの思い過ごしだ」
サスケは冷めた口調で、『ナナの問い』と『己の声』に蓋をした。
「お前への想いはあの夜に終わった」
あえてあの夜、月の下で告げた言葉を思い出す。
あの時零れたナナの涙も。
「今となっては過去の話だ」
それを瞼裏に浮かべたまま、目の前のナナに言い捨てた。
奇しくも、ナナの顔はあの夜と同じように青ざめている。
「もともと……、お前はオレから全てを奪った男を“大切な存在”だと思っている」
ナナは唇を噛んだ。白い袴に爪が立った。
それでも容赦なく、サスケは言葉を鞭のようにしならせて打ち付ける。
「オレが殺したい相手を“死なせたくない”と思っている」
「じゃあ……」
ナナはうめくように言った。
「私もサスケにとって“憎しみ”の対象ってこと……?」
サスケは答えなかった。
「だって……」
血が滲み出てそうなほど、袴には強く爪が食い込む。
「だってイタチは優しかったの……私に……」
「…………」
「姉に聞いたんでしょう? あの頃の私にとって、イタチの存在は“私の世界の全て”だった」
そしてナナがイタチへの想いを吐露するにつれ、サスケの拳も震えだす。
「別れを告げられてからも……何度も……何度も私を助けてくれた」
「…………」
「私が木ノ葉の忍になって、イタチは抜け忍で……、敵同士であるはずなのに」
「…………」
「私はイタチに、次に逢う時は“敵”だと告げたはずなのに……」
「…………」
「だから……私は……」
ナナの言葉が詰まった時、サスケは次の言葉を遮るように言い捨てた。
「見解の相違だな」
その渇きに、ナナは鈍い動作で彼を見る。
「確かに、アイツはオレにとっても優しい兄だったさ……。“あの日”までは……」
その視線をサスケは完全に無視した。
「だが……、あの日見せたのがアイツの本性だ」
「サスケは……それを信じるの……?」
おそるおそる尋ねたナナに、サスケは返事をしなかった。
ただ蔑むような視線で彼女を見た。
それが彼の答えだった。
「……私は……」
ナナは震えながらも、それを受け止め言った。
「私は信じない……」
「だから言ったろ。見解の相違だ」
「…………」
「オレとお前は、結局平行線のまま……。
彼の拒絶は少しの沈黙をもたらした。
息苦しい時間はサスケが終わらせた。
「オレを止めたいのなら……今ここでオレを殺せばいいだろう」
二人の距離は、さらに開いていく。
「そんなこと……」
そう答えるのが精一杯のナナに、サスケは容赦なく言う。
「オレはお前の“大切な”イタチを殺しに行く……。止めたいなら、今ここでオレを殺せ」
その声は、怒りすら渇ききり、
「できないのなら……」
まるでため息のようだった。
「もう帰れ……」
空気が疲弊しきっていた。
「じきにオレの小隊のヤツがこの“マンダ”を口寄せする……。外に出れば、またオレはイタチを探し、殺しに行く」
ナナは疲れきったように指先一つ動かさないで、サスケの言葉を聞いている。
サスケはチラリとナナを見た。
心が枯渇したかのように黙って座り込んでいる。
「今、オレを止めないのなら……」
サスケはゆっくりと立ち上がった。
不思議と、全身の傷はひとつも悲鳴をあげなかった。
「二度とオレの前に現れるな」
吐き捨ててナナを見下ろした瞬間、ナナはゆっくりと彼を見上げた。
その顔は脆く危うげに見え、サスケはすぐに背を向けた。
「二度と……?」
後ろでナナが呟いた。
それが不思議と耳元で囁かれたように聞こえ、サスケは振り払うように歩き出す。
「二度……と……」
その背に、惚けたようにナナが繰り返し呟いた時、二人の居る空間が大きく上下に揺さぶられた。
サスケは身体のバランスを崩し、“壁”に手をつく。
「
ようやく、鳴りを潜めていた痛みが全身を駆け巡った。
「……オレの小隊のヤツがここを口寄せしたようだ……」
揺れが収まると、サスケは振り返らずに言った。
「さっさと去れ」
すると……。
彼の身体に再びの衝撃が走る。
それは空間の揺れではなかった。傷の痛みでもなかった。
「…………?!!」
軟く、弱く、温かく……。
大きくふたつ瞬きをして、彼はようやく気付いた。
背に……ナナが居る。しがみ付いて震えている。
「サスケっ……!!」
声にならぬ声で、ナナは言った。
「行かないでっ……!!」
今までのどの想いとも違う類の、奥底から溢れ出る止めどないモノ。
「どうしても行くなら……!!」
最後に残されていたひと欠片を……ナナはサスケに差し出す。
「私を連れていって……!!!」
悲鳴のように絞り出して、ナナは泣く。
サスケの背は、ナナの感情に激しく揺さぶられた。
「……ナナ……?!」
そこに居るのは、意思を掲げ、怖れと戦い、拒絶に打ち勝ち、決意を口にしたナナではなく……。
「“あの時”……、私は嘘をついたけど……」
全てを剥ぎ取られ、たったひとつの感情だけで泣いている少女。
「……私の想いはっ……」
サスケの感情が追いつかないところで、ナナは嗚咽すら交えながら声を絞り出す。
「……“初め”から変わらないっ……!!」
「ナナっ……!?」
危うさすら覚え、サスケはナナに向き合った。
ナナは肩を震わせ、うつむいたまま彼の腕を痛いほど掴む。
「止められなくてもっ……」
乾き始めた“床”に、いくつも雫が落ちた。
「“その時”まで……一緒にいさせてっ……!!!」
これがナナの言葉だと信じられず、これがナナの想いだと信じられず……、サスケは目を見開いて立ち尽くす。
「……サスケと一緒にっ……」
深く激しい感情を閉じ込めた心の最奥……。サスケはそこに引きずり込まれる。
そこを開け放ったナナは、まるで許しを請う子供のように、涙に濡れた顔でサスケを見上げた。
「私っ……!!!」
次の言葉を遮るように、サスケの指先がピクリと動いた。
そして意識など通わないところで、彼の手はナナの腕を掴む。
こわごわと……。触れたら壊れてしまうかのように。
「ナナ……!!」
大粒の雫が、頬を美しく伝った。
サスケは新しい雫にそっと触れる。
その指は明らかに震えていた。
「お前っ……」
その刹那、二人の周囲が音を立てた。
二人が思わず息を止めて見回すと、“壁”に大きな亀裂が入っている。
そして間髪いれず、再び爆音がしてさらに無数の亀裂が走った。
「サスケ……」
かすかに身を縮めたナナのすぐ後ろで、壁が剥がれ落ちた。
上方からも無数のカケラが降って来る。
「“マンダ”が限界か……!」
この空間の主に、死が迫っていた。
「閉じ込められる前に出るぞ……!」
一瞬だけ瞳を合わせ、サスケが先に歩き出す。
彼の傷ついた身体には、すぐにナナの腕が回された。