ひと葉 ~弐の巻~   作:亜空@UZUHA

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悲哀

 何もかもが消し飛び、たった今地形が変わったような場所だった。

 水月はそこで、大蛇丸の“マンダ”を呼び寄せる。

 驚くことに、山のような大蛇の全身は焼け焦げ、すでに虫の息だった。

 彼はその瞳を見るなり、大蛇丸すら扱いきれなかったというその大蛇に幻術がかけられていたことを知る。

 

「サスケも無茶するよなぁ……まったく」

 

 呆れたように呟く。

 しばらくして、マンダの口元から人影が現れた。

 サスケだけではない。もうひとりいる……。

 

「うわぁ……、サスケのくせにボロボロじゃないか。時空間忍術で異空間に飛ばなきゃならないほどだったの?」

 

 水月は事切れたマンダにもたれかかって座るサスケに言った。

 そして、その傷だらけのサスケに寄り添う見慣れぬ少女を見た。

 

「ていうか、このコ誰だよ」

 

 サスケは一瞬答えを躊躇った。

 そして不安げな視線を隠しもしないで自分を見つめる少女を向き、答えた。

 

「いずみ……ナナだ……」

 

 水月は側にしゃがみ、ナナをまじまじと見つめる。

 

「へぇ……君があの“いずみナナ”」

 

 ナナは白い袂を握った。

 

「大蛇丸の“妻”となり“母”となる人間……って聞いてたけど」

「水月……!!」

 

 水月の言葉に、ナナは身を強張らせ、サスケは鋭く睨んだ。

 

「ごめんごめん……でも大蛇丸はサスケが殺したんだし、今となっては関係ないだろ?」

 

 向けられた殺気を、水月は笑ってかわす。

 

「それで、このコをどうするの? まさか連れて行くつもり?」

 

 そしてそう尋ねた。

 

「木ノ葉の忍なんだろ? なんか、そうは見えないけど……」

 

 ナナは再び不安げにサスケを伺った。

 サスケはしばしうつむき、ナナに視線を合わせて口を開きかけた。

 その時、

 

「サスケェ!!」

 

 また二人……この場に現れた。

 大柄な男と、眼鏡をかけた女。

 

「遅かったね、重吾、香燐」

 

 水月が振り返ると同時に、二人は立ち止まった。

 

「誰だ、その女は」

 

 香燐が低い声で言った。

 

()()“いずみナナ”だってさ」

 

 水月が答えると、

 

「君があの……」

 

 重吾が感慨深げに呟き、香燐は口を引き結んで黙った。

 空気がいっぺんに張り詰めた。

 

「連れて行くつもりか?」

「どうなの? サスケ」

 

 重吾と水月がサスケを向く。

 その隣で、ナナは香燐の鋭い視線を受けていた。

 

「こいつは……」

 

 サスケは先ほど言いかけた言葉を出しかける。

 ナナの視線が、サスケに戻った。

 その時、

 

「お前、今さらサスケに何の用だ?」

 

 黙っていた香燐が、ずいっとナナの前に出た。

 

「香燐……!」

 

 遮ろうとしたサスケにも構わず、香燐はナナを見下ろして言う。

 

「お前、『うちはイタチ』の許婚だったんだろ?」

 

 ナナは目を見開いた。

 水月と重吾は顔を見合わせ、サスケは奥歯をかみ締めた。

 

「今さらサスケの味方についたのか?」

 

 香燐は容赦なく、ナナに蔑むような視線を落とす。

 

「お前、『うちはイタチ』に何度も救われているんだってな。そんなお前が、そいつを殺そうとするサスケの味方になれるのか?」

 

 彼女の眼鏡が光った。

 

「わ、私は……」

「いい加減にしろ、香燐……!」

 

 初めて声を絞り出そうとしたナナに代わり、サスケが言った。

 が、香燐は引かなかった。

 

「お前こそいい加減にしろ、サスケ!」

 

 怒りを……いや、憎悪を露にする。

 

「“目的”を忘れたのか? うちはイタチを殺すというお前の目的のために、ウチらはお前について来たんだぞ?!」

 

 香燐の後ろで、重吾も水月も黙っていた。

 

「わかっている……!!」

 

 サスケは苛立ちを込めて言った。

 そして、ゆっくりと立ち上がりながら、

 

「行くぞ」

 

 そう言った。

 

「サスケ……!」

 

 離れ行こうとするサスケを、ナナは追おうとして立ち上がる。

 が、伸ばそうとした手は、サスケの冷たい声に止められる。

 

「去れ……」

 

 ナナが息をのんだのが、水月たちにもわかった。

 

「行くぞ」

 

 サスケは再びナナ以外の者たちにそう言った。

 

「待って……! サスケ……」

 

 擦り切れそうなナナの声に、サスケはゆっくりと振り返る。

 そして、二人の視線が再び重なり合った。

 迷いを含む、サスケの瞳。

 ナナの頬には、まだ乾ききらない涙の跡……。

 互いがそれを確認した時。

 

「こいつはお前の“敵”だぞ、サスケ」

 

 香燐が立ちふさがった。

 

「こいつはお前の隣で仲間のフリして笑いながら、お前からうちはイタチを護ろうとしてたんだぞ?」

 

 嫌悪を込めた目をナナに向ける。

 

「サスケ、一度でもこいつからお前の願いを叶えるのを『手伝う』と言われたことだあるのか?」

 

 ナナの顔がひきつった。

 サスケの身も強張った。

 

「いずみナナ……」

 

 誰にも止められることなく、香燐はナナに向かって薄く笑いながら言った。

 

 

「お前、サスケについて来たとして、最後の最後でうちはイタチのほうにつく気じゃないのか?」

 

 

 ナナの背が、ビクンと震えたのが目に見えた。

 

「ち、ちが……」

 

 ナナはそうつぶやいたきり、自分を睨む香燐から視線を外せずに突っ立った。

 二人とも、顔に色を失っていた。

 息の詰まるような沈黙……。その後で。

 

「もう……いい……」

 

 サスケはナナに背を向け、言った。

 地を這うような重い声音で。

 

「……行くぞ……」

 

 そして一歩、ナナから遠ざかる。

 

「……サスケ……!!」

 

 反射的に、ナナはサスケに手を伸ばす。

 が、

 

「もうオレに関わるな……!!」

 

 全身に苛立ちを纏ったサスケが、振り向きざまにその手を払いのけた。

 

「……私はっ……!」

「もういい……!!」

 

 ナナの叫びは完全なる拒否でもって弾かれる。

 告げたい言葉は、もう一言も発することを許されない。

 サスケの瞳は、悲しみと怒り……そして蔑みを交えてナナを見据えていた。

 

「お前もイタチを探していると言っていたな……」

 

 必死に、己の荒ぶるものを抑えようとしながら、彼は言葉を吐き捨てる。

 

「オレたちより先にアイツを見つけたら、アイツの元に居ればいい……」

「……サ……スケ……?」

 

 怯えたように袂を震わすナナに、容赦なく、

 

「オレがアイツを殺すのを止めるなら……」

 

 憎悪の念と、

 

「オレの“前”に立ちはだかるなら……」

 

 そして悲哀を隠しもせず……。

 

 

「……お前も一緒に殺してやる……!」

 

 

 そう、告げた。

 彼の眼はもう二度と、ナナを映そうとしなかった。

 

「行くぞ……」

 

 そう言って、総身を小刻みに震わすナナから遠ざかる。

 

「……サスケ……」

 

 ナナの声は、千切れて荒れ地に落ちた。

 

「……待っ……!!」

 

 かろうじて進みかけた足は、目の前に立ちはだかった香燐に遮られる。

 

「いい加減わかれよ」

 

 眼鏡の奥に鋭い光を浮かべ、香燐は言った。

 

「今のサスケにとって必要なのは、お前じゃない」

「香燐……行くぞ!」

「サスケに必要なのは、サスケを止めるお前じゃない」

「香燐!!」

「うちはイタチを守ろうとするお前なんかじゃない」

 

 サスケの苛立ちは次の言葉を遮ったが、香燐は続けた。

 

 

「うちはイタチを殺すサスケの『手助け』となるウチだ」

 

 

 ナナはぶちまけられた怒気に、思わずよろめいた。

 

「お前は初めからサスケにとって必要ないんだよ、いずみナナ」

「香燐! 行くぞ……!」

 

 とどめを放った香燐に、サスケはついに怒りを露に振り返る。

 その瞬間、彼の傷だらけの身体はバランスを崩した。

 

「サスケ!」

 

 今度それを支えたのは香燐だった。

 

「……行くぞ……」

 

 サスケは香燐に身体を預けたまま、呻くように言った。

 二つの影は、あっけなくナナとの距離を開いていく。

 水月と重吾もチラリとナナを見てから、二人を追った。

 

「……サスケ……」

 

 ナナはひとり呟いた。

 水月が振り返った瞬間、傍のマンダもとうとう消え失せた。

 なにもかもが消し飛んだその荒れ地には、ナナ独りが残された。

 

「……サスケ……」

 

 ナナは声にならぬ声で呟き、力尽きたように膝をついた。

 涙の跡に、また新しい滴が流れた。

 

 そしてもう一度彼の名を呟いたとき、その震える身体は儚く風に溶けた。

 

 

 

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