哀願
『サスケくんって、イタチに似てる?』
死に物狂いで森を駆けているというのに
『私もサスケくんと一緒に、イタチに手裏剣のお稽古つけてもらいたいな』
他の事を考える余裕なんて無いはずなのに
『サスケくんと私、どっちが強い?』
こんな時に限って
『ねぇイタチ……』
幼い言葉が蘇る。
『いつか木ノ葉のお里で、三人で遊べたらいいね』
いつか、三人で……。
幼い自分が語ったささやかな夢は、切なる願いへと変わった。
こんなにも、心の奥底で悲鳴のように響く願いに……。
それがもう叶わぬと思い知らされても、願うしかないのなら、
「お願いっ……!!」
今更なんの力がなくとも、ナナはその場でそれを叫ぶしかなく
「お願いだからっ……!!」
願いを込めて、“うちは”の家紋の彫られた扉を勢いよく開いた。
扉は思いのほか簡単に開かれた。
その向こうは、血を分けた兄と弟が殺し合う、惨殺の場所だった。
「そ……んな……」
勢いよく扉を押しのけた手が、そのまま硬直した。
あれほど絶え間なく動かしていた足は、嘘のように竦んだ。
ナナの目が映すのは、椅子に座ったまま後ろから刀で貫かれたイタチと、背もたれのうしろから刀でイタチを貫くサスケだった。
サスケはその手を引かぬまま、ナナを見た。
滾る怒りが露わな紅い眼。
イタチは血を零しながら、ゆっくりとナナを見た。
何も映さぬ紅い眼。
二人が一つの光景としてナナの脳に届いたとき、驚倒は嚇怒へと変わった。
「こんなっ……」
ナナは乱暴に面を剥ぎ捨てた。
「こんなところが見たかったんじゃない……!!」
思い描いた小さな夢が、サスケの刃に貫かれた気がした。
「こんなところを見るために……」
怒りが……過去も、想いも、宿命も、なにもかもを焼き尽し、ナナは千切れるように叫ぶ。
「こんなところを見るために、私は二人に出会ったんじゃないっ!!」
己の感情で、頭が割れてしまうようだった。
胸などとっくに張り裂けている。
「もうやめてっ……!!」
終わりにしてほしかった。
こんな想いに、もうこれ以上浸されていたくない。
「もうやめてよっ……!!」
だが、二人の|朱
己の存在の無意味さを改めて思い知らされ、ナナは歯を食いしばる。
無意味なことは知っている。
こんな光景に行きついてしまったなら、いっそ二人に出会わなければよかったとさえ感じている。
だったら……どちらでもいいから、今すぐ殺してほしいとさえ思う。
ナナはサスケの刃を見た。
切っ先はイタチの血を滴らせた。
「イタチ……」
ナナはそれを受け止めるかのように、イタチの傍らに膝をついた。
サスケの刀は確かに、イタチの身体を貫いていた。
「ぐっ……」
イタチが苦しげに血を吐いた。
ナナは膝から床へと力が抜けていくのを実感しながら、その刃を両手で握った。
これ以上、イタチの血が流れるのを見ていられなかった。
「お願い……」
そして、かすれた声で乞う。
「もう……終わりにして……」
最後の最期、願ったことはひどく弱々しい声だった。
「ナナ……」
初めてイタチがナナを呼んだ。
そして、刃を握りしめるナナの手に己の震える手を重ねる。
「お願い……」
ナナは怯えた子供のように言った。
「終わりにしてやるさ……」
それを、容赦ない言葉が切り捨てた。
「この復讐を遂げれば全てが終わる……!」
「サスケ……」
イタチの向こうで零れる憎しみの声。
「そんなっ……」
ナナはそれに染められぬよう、怒りを伴って叫ぶ。
「そんな終わり方っ……!」
だが、
「お前は黙ってろ!」
「…………!!」
サスケは憎しみで返した。
「オレは最期にこいつに聞きたいことがある。お前は黙っていろ」
今度こそ、完全にそれに染められた。
払いきれない、深い深い色だった。
「“最期”か……」
イタチが抑揚の無い声で呟いた。
その口の端から、紅い血が流れる。
ナナはうなだれた。
「さいご」というたった三文字の言葉が、重く冷たく圧し掛かる。
「聞きたいこととは何だ?」
それを悟っているのか、イタチは淡々としていた。
己の無力さとは逆に、刃を握るナナの手に力が籠った。
「もう一人の“うちは”一族とは誰だ……?」
サスケの言葉に、ナナはゆっくりと顔を上げた。
(もう一人の……“うちは”……?)
激しさを増すサスケの憎しみが、言い知れぬ不安を呼び醒ます。
「何故……そんなことを聞く?」
初めて意識するその存在が、黒い予感を掻き立てる。
「わかってるだろう。アンタの次にそいつを殺す……!」
握った刃から、イタチの血よりも赤いサスケの憎しみが滴り落ちるようだった。
「一族を皆殺しにしたあの時、アンタはもう一人の“うちは”の存在を口にした」
ナナの知らない過去がサスケの口から語られる。
「いくらアンタでも、警務部隊を独りで殺れるはずがない。そいつは協力者だったんだろ……?」
一族殺しの協力者……。
確かに、たとえイタチといえども、うちは一族ほどの忍の軍勢ををたった一人で全滅に追いやることなど容易ではなかっただろう。
だが、そんな者が存在したなど想像したことすらなかった。想像することは不可能だった。
何故なら、最初からイタチが一族を殺したなど信じていなかったから。
「イタチ……?」
ナナはゆっくりとイタチに視線を移す。
「ちゃんと、気づいたんだな……」
彼は背後のサスケを意識して呟いた。
そして、
「誰なんだ……?」
サスケの問いに平然と答えを与える。
「うちはマダラだ……」
ナナの手の中、刃の先がわずかにピクリと動いた。
「木ノ葉隠れ創設者の一人……。万華鏡写輪眼を初めに開眼した男だ」
「創設者だと? そのマダラなら、あの時はとっくに死んでいたはずだ!!」
サスケが否定するのも無理はない。
すでに、木ノ葉隠れの創設時に関わった人間が生きているような時代ではなかった。
「マダラは生きている。今も……」
だが、イタチはそう言った。
「ふざけるな!」
そしてサスケの苛立ちも静かに交わす。
「信じる信じないはお前次第だ」
彼が話すことで、刃から伝わる血はますます流れ落ちた。
が、ナナは彼の言葉に捕らわれていた。
「人は誰もが己の知識や認識が『現実』だと思っている。しかしそれらは曖昧なものだ。その『現実』は『幻』かもしれない」
刀を突き刺されながらも淡々としたイタチ。
彼が話すことに、自ずと身構えざるを得ない。
「何が言いたい?」
「人はみな、『現実』という思い込みの中で生きている……」
同じく、サスケも身構えていた。
ナナは小さく唾を飲み込んだ。
と、
「マダラが死んだと思っているのは、お前の勝手な思い込みだ」
イタチはフッと笑った。
「かつてお前が……」
怖ろしいほどに妖しい笑みだった。
「オレを優しい兄と思い込んでいたように……」
空気がいっそう張りつめた。
ナナにはイタチの今のセリフと笑みを信じられるはずもなく、ただ目を見開いて彼の顔を見つめていた。
少しの沈黙が流れた。
「ガキだったオレは……、あの夜のことを『幻』だと思いたかった。酷い幻術の中に居るのだと、そう思いたかった……」
話し始めたサスケは低く声を震わし、そして、
「だが、あれはまぎれもない『現実』だった!!」
突然自身の
壁が砕ける音がした。
「今のオレはあの頃とは違う!!」
ナナはその光の先に見た。
そこには、すぐそばに居るはずのイタチが
「オレの写輪眼は幻術を見抜く!!」
サスケの千鳥は椅子に掛けるイタチの顔をかすめ、後ろの壁に突き刺さっていた。
「写輪眼……か……」
イタチは血を流すことなくゆったりと腰かけていた。
そしてナナが触れていたイタチはゆっくりと消え失せ、背もたれに隠れていたサスケの姿が露わになった。
「……イタチ……?」
震える手をサスケの刃から離した。
手袋には、ナナ自身の血だけが滲んでいた。
やはり、痛みはなかった。代わりに感じたのは、そこから何かがすり抜けた寒々しさ。
そしてそれは、永遠に戻らないもののような気がした。