ひと葉 ~弐の巻~   作:亜空@UZUHA

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薄氷

 

 すぐそばに居たはずのイタチが、向こうからこちらを見ている。

 触れていたはずの手は、少しの温もりさえ残さず消えた。

 胸を貫かれていた彼は、一滴の血も流してはいなかった。

 そのことへの安堵より、何故か薄氷の上に立たされているような感覚が強かった。

 ナナはその場に膝をついたまま、立ち上がることすらできずに居た。

 

「アンタの小芝居に付き合うのもここまでだ」

 

 サスケが吐き捨てるように言って千鳥を収めた。

 

「サスケ……お前はまだ、オレと()()()を持っていないようだな……」

 

 同じ眼……つまりは万華鏡写輪眼のことだ。

 イタチはそれを持ち、サスケは未だそれを持たない。

 ナナは目の前のサスケの背を見上げた。

 

「なら、さっさと万華鏡写輪眼とやらでオレを殺してみろ!」

 

 その背に虚勢は無かった。

 

「それとも、オレでは“己の器”とやらを量りかねるのか?」

 

 声にたっぷりの皮肉すら浮かべていた。

 イタチはため息をついた。

 

「かなりの自信があるようだな……」

 

 そして、ゆっくりと椅子から立ち上がる。

 二人はナナの存在など忘れたかのように互いに向き合った。

 少しの沈黙の後、

 

「万華鏡写輪眼……この眼は特別なもの……」

 

 イタチは話し始める。

 

「開眼した時から闇へと向かう」

 

 それはその眼の持つ秘密。

 

「使えば使うほど、封印されていく……」

「どういうことだ……?」

 

 低く問いかけるサスケの後ろで、ナナは口を引き結んだ。

 『闇』『封印』、二つの嫌な単語が心を暗くする。

 だがイタチは、事実をあっさりと告げた。

 

 

「万華鏡は、いずれ光を失う」

 

 

 その台詞通り、心は真っ暗だった。

 だが、サスケに喫驚は無かった。

 

「失明か……」

 

 そればかりか、ナナを震駭させる台詞を放った。

 

 

「それが九尾をコントロールする力を得るための代償ということか……」

 

 

 ナナは己の耳を疑った。

 

「え……?」

 

 『九尾』『コントロール』……その二つの単語は、並べて聞くにはあまりにかけ離れる単語だった。

 だが、ナナの驚愕は取り残される。

 

「フ……」

 

 イタチは小さく笑み、ゆっくりとこちらへ向かう。

 

「“うちは”の集会場の石版を読めたようだな」

 

 そしてサスケは彼をますます鋭く睨みあげる。

 

「その眼を最初に開眼したというマダラは一体何者なんだ?!」

 

 イタチはまた一歩、サスケとナナに近づいた。

 

「オレの相棒であり、師であり、不滅の男……」

 

 告げるイタチの眼は、まるで知らない色をしていた。

 「怖い」……単純にそう思った。

 足元の氷は今にも割れそうだった。

 そして、身体を強張らせて身構えたナナの耳に、イタチは信じがたい事実を告げた。

 

 

「そして九尾を手懐けた最初の男だ」

 

「どういう……こと……?」

 

 

 ナナは初めて口を挟んだ。

 いや、勝手に唇がわなないた。

 

「九尾を……手懐けた……?」

 

 サスケにだけ向いていたイタチの視線が、ようやくナナに移った。

 その眼は、不吉な夜に浮かぶ紅い月のようだった。

 

「お前が“知らない”というのは不幸だな、和泉菜々葉」

 

 まるで憐れむような声。初めての呼び方。

 それらがイタチの口から発せられたことが信じられず、ナナは次に告げられる言葉を拒絶するように身を引いた。

 だが、彼は言った。

 

「十六年前、木ノ葉を襲った九尾の事件は……」

 

 薄く笑ってさえいた。

 

「マダラが起こしたものだ」

 

 氷は音を立てて砕け散った。

 驚く間もなかった。

 沈む身体を支えるかのように、ナナは床に手をついた。

 

「う……そ……」

 

 受け入れられるはずもなかった。

 九尾を呼んだのが、うちはマダラ……。

 木ノ葉を混乱に陥れ、多くの不幸を生み、四代目火影を死に追いやり、そしてナルトと自分に宿命を背負わせた……その人物が“うちはマダラ”だという。

 

「だっ……て……九尾は……」

 

 声が喉の奥で掠れた。

 

「九尾は“天災”と言われてきたはずだ……!」

 

 上手く話せないナナの代わりに、サスケが唸るように言った。

 

「木ノ葉も火の国も、他国も……そして和泉一族さえもそう思ってきただろうが、それは違う」

 

 ナナの額にいつの間にか浮いていた嫌な汗が、前髪を伝い落ちた。

 残酷なイタチの言葉は、呼吸すらも困難にした。

 

「九尾はマダラが呼び出した。それが事実だ」

 

 疑念の欠片さえ持つことが許されぬイタチの声。

 サスケは足を鳴らし、苛立ったように言った。

 

「うちはマダラとは、一体何者なんだ!?」

 

 その声に縋るように、ナナは彼の背を見た。

 そして捕らわれたかのように、その向こう側のイタチの眼に吸い寄せられる。

 そこにはすでに、ナナなど映ってはいなかった。

 

「何も知らないお前に、“うちは”の歴史を話してやろう」

 

 彼は再びナナの存在を忘れたかのように、サスケに言った。

 息が苦しかった。

 割れた氷の下は、冷たく暗い水だった。

 まるで、そこで溺れてしまうようで……それでもナナはもがくことすらできずにいた。

 

 

 

 

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