ひと葉 ~弐の巻~   作:亜空@UZUHA

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秘かなる血

 

『やっと、辿り着いた……』

 

 サスケはそう言った。

 

(たどり……ついた……?)

 

 ナナはその言葉を繰り返す。

 

(ここが……?)

 

 ここがサスケとイタチと、そしてナナが行き着いた場所……。

 本当にそうなのか。ここは本当に迎えるべき終末だったのか。

 こんなふうに、こんな事実で……。

 

「なんで……こんな……」

 

 ナナの膝にようやく力が入った。

 削がれていた決意が、やっと腹の底に蘇った。

 

(違うっ……!!)

 

 思い出したように湧き上がる怒りともどかしさ、そして後悔。

 それらが混在したまま、ナナはイタチに向かって叫んだ。

 

「殺し合うことが兄弟の絆?! 何を言ってるの?!」

 

 全てを否定したかった。今明かされたことを全部否定したかった。

 否定できるだけの思い出を、ナナは持っている。

 たとえ少なくても、刹那でも、かけがえのないそれらを突き出して否定できる。

 

「私に……」

 

 今更それらを蹴散らされようとも、忘れられなかったから。

 

「あんなに優しい眼で……サスケのことを話してくれたじゃない!!」

 

 弟のことを語るイタチの優しい瞳を。

 せがむままに語ってくれたイタチの優しさと、彼の口から出る弟を想う声を。

 忘れるなんてできなかった。

 

「自分の力のためにサスケを殺す?! それが本当にアナタの目的だったの?!」

 

 あれを偽りなどと思えるはずがなかった。

 突きつけられたイタチの意志より、ナナの記憶がまだ勝る。

 

「本当にそのために生きて来たの?!」

 

 鋭い言葉は悲鳴のようにその場に響いた。

 サスケはゆっくりとナナを向いた。

 そしてイタチは、冷えた声で応えた。

 

「……お前はまだ信じられないのか?」

「信じない……!!」

 

 ナナは即答した。

 

「まだ、思い込みの中で生きようとするのか?」

「思い込みなんかじゃない……!」

 

 全身の力を己の心に集中させた。

 

「お前が信じようと、そうでなかろうとかまわない」

 

 冷たく言い放つイタチの言葉に、砕かれてしまわぬように。

 

「サスケはオレの新たな光……。オレはこれからそれを手に入れ、永遠の瞳力を手にする」

 

 あの赤い眼に、染められてしまわぬように。

 

「邪魔をするな」

「私が邪魔……?」

 

 強く、自身の想いをすべてここに曝露する。

 

「だったら……」

 

 何度も与えられてきたイタチの温もり……。

 それがある限り、イタチの言葉は信じない。

 

「だったらどうして……何度も私を助けたの?!」

 

 邪魔というなら……最初からわかっていたはずなのに、何故何度も救ったのか。

 何故護ったのか。

 何故優しかったのか。

 何故、愛を……。

 

「今だって……」

 

 閊えが取れたように、ナナは叫んだ。

 

「私が邪魔なら、その眼ですぐに殺せばいいじゃない!!!」

 

 悲鳴のような声は、むしろ願いのように響いた。

 サスケは黙ってナナを見つめていた。

 イタチも表情を変えなかった。

 ただひとり、ナナだけが荒ぶる気を纏っていた。

 

「お前は殺さない」

「なにを……今更っ……!」

 

 イタチはそれを受け止めもせずに言った。

 

 

「お前を殺さず手懐けていたのは、目的があったからだ」

「…………?!」

 

 

 「手懐ける」。

 さっきも聞いたその語感に、今度はひんやりとしたものを感じる。

 その単語が、イタチに突き放されていく感覚を大きくする。

 

「目的……?」

 

 ナナは息を呑んだ。身構えざるをえなかった。

 イタチはあっさりとその答を出した。

 

 

「お前は“うちは”の血を引く最後の女だからな……」

 

 

 たっぷりとした間があった。

 

「……どういうことだ?」

 

 先に口を開いたのはサスケだった。

 

「こいつが何故“うちは”の血を引いている?!」

 

 サスケの苛立ちにも、イタチは焦らさず応える。

 

「言葉の通りだ。ナナは“和泉”と“うちは”の混血だ」

 

 ナナの指先が凍りついた。

 先ほどまでの憤りは完全に剥ぎ取られ、代わりに未知に対する怯えが目覚める。

 

「だ、だって……私は……」

「お前は、天才陰陽師『和泉成葉』の生まれ変わり……そう言われてきた」

 

 天才陰陽師と恐れられた和泉成葉の力を受け継ぐため、その魂を転生させて生まれ落ちたのが自分だった。

 それ以外の過去など知らず、自分をそういう存在と受け入れて疑いもしなかった。

 

「だがお前は、『純粋なる和泉の人間』でも、『和泉成葉の生まれ変わり』でもない」

 

 しかしイタチは、容赦なくナナの生を否定する。

 

「だったら一体なんなんだ……!」

 

 サスケまでがイタチの言葉に侵されたように問う。

 

「和泉成葉の生まれ変わりでないのなら、こいつは一体なんなんだ?!」

 

 揺らぐ命に耐えるように、ナナは血の滲んだ両手で胸を抑えた。

 その下には、意味を失った刻印があった。

 

「和泉成葉は九尾襲来の後、木ノ葉で子を産み、死んだ……。それはナナも聞かされていたことだ」

 

 ナナの脳裏に、まだ新しい成葉の笑みが浮かぶ。

 姉の力によって飛ばされた時空。そこで出逢った“もう一人の自分”……そう信じて疑わなかったはずなのに……。

 

「確かにそれは事実だ。だが……知らされなかったことは……」

 

 イタチは成葉の記憶さえも覆す。

 

「和泉成葉が身籠っていたのは、“双子”だったということだ」

 

 触れた成葉の腹の温かさは、今も容易に思い出せるのに。

 

「和泉成葉は子を一人産み、そして死んだ」

 

 ナナは干乾びた唇を震わし、イタチを見た。

 イタチはまっすぐにナナを見下ろし、告げた。

 

「お前は産み落とされることなく、母体とともに死んだ()()()()()()の生まれ変わりだ」

 

 瞬きをした。

 それすらも酷く疲れる作業であるように、恐ろしくゆっくりと。

 

「でも……私は……」

 

 受け入れる、受け入れられない、信じる、信じない……とか言う前に、その事実が考えもよらぬことだった。

 

「そんな……」

 

 だから、ナナは今までの現実に縋るべく呟いた。

 

「だって、私は()()()だって……。だから父上も母上も私を憎んで……」

「確かに、和泉の者たちは初め、『和泉成葉』本人を転生させる術を行った」

 

 が、イタチは跳ねつける。

 

「しかし……術者たちは途中で目的を変えた」

 

 明かす事実によってナナに斬りつけるでもなく、ただただ淡々と。

 

「つまり……和泉成葉ではなく、彼女の“産まなかった子ども”を転生させることにした。それがお前だ、和泉菜々葉」

 

 カラカラに乾いた喉が、呼吸によってキリリと痛んだ。

 が、ナナには唾を飲み込むことすらできなかった。

 

「そして、お前の父親は“うちは”の人間だった。そういうことだ」

 

 ナナは視線を床に落とした。

 

「そんなこと……」

 

 成葉の笑みと、膨れた腹。父親である和泉当主と、産みの母。そして姉。

 皆の目、声、言葉が、記憶の奥から押し寄せる。

 

「そんなこと、誰も……姉上も言っていなかったっ……!」

 

 和泉当主は木ノ葉へ去った元許婚の甦りとして、自分を憎しみの対象にしていたはず。

 母も、そんな存在の自分を怖れ、疎ましく思っていたはず。

 何より、真実を握った姉がそう言っていた。

 そして一族の者たち全てが、畏怖の目で自分を見ていた。

 

「お前の周りの人間は皆、お前が和泉成葉の生まれ変わりと()()()()()()()()()からだ」

 

 が、イタチはその矛盾を解く。

 

「思い……込まされて……?」

 

 解かれても、一向に安定しないナナの心。

 そしてそれをさらに揺るがすイタチの台詞。

 

「和泉の誰も真実を知らなかったのは、ある者がその事象に『裏葉の術(うらはのじゅつ)』を施したからだ」

「そ……んな……」

 

 『裏葉の術』。

 ナナには聞き覚えがあった。

 それは和泉一族の中でも限られた者しかその存在を知らない、禁術に当たる高等陰陽術だった。

 

「ウラハノジュツ……だと……?」

 

 聞いたことのあるはずもないサスケが問う。

 が、同じく知るはずもないイタチが答えた。

 

「事実を捻じ曲げる禁術だ……。和泉本家ですら扱うことができない、分家のある一族にのみ伝わる一子相伝の陰陽術だ」

 

 『事実を捻じ曲げる』……即ち、偽りの事実を信じ込ませる術。

 幻術とは違い、『人』に対して掛ける術ではなく、『事象』に対して掛ける術だった。

 当然のことながら、理に背く禁術。

 それを分家のある一族が編み出し、一子相伝で受け継いでいた。

 その術が使われた案件を、ナナは一つだけ知っていた。

 というより、ナナだからこそそれを知らされていた。

 なぜなら、『裏葉の術』を使ったのはあの和泉実葉だったから。

 実葉は成葉が産んだ子を守るために、命と引き換えにその術を使ったと聞かされていた。

 真実が永遠に隠されたから、未だその子の行方を誰も知らない。知ろうとさえしない。

 和泉の人間も、木ノ葉の人間も、和泉神社に居た静葉でさえも。

 それこそがこの術の効果を示していた。

 だが、

 

「だって……私は和泉成葉の生まれ変わりだから……」

 

 容易に信じられるわけなどなかった。

 

「だから九尾を抑えるほどの力があるって……」

 

 背負わされた力は、和泉成葉のそれとして違わぬほどに大きいものだった。

 何より色濃いその血を感じ、嫌悪してきたのはナナ自身だった。

 

「私は……」

 

 それでも、『生まれ変わり』という生を受け止めた。

 その生に背負わされた宿命と向き合った。ナルトという存在に希望すら見出し、戦った。

 それは決して簡単なことではなかった。

 だから、たとえイタチの言葉であっても、信じられるはずはなかった。

 が……。

 

「なら……」

 

 イタチはナナの全てを泡と化した。

 

「何故オレの幻術にかかった?」

 

 ナナは一歩、後ずさった。

 

「……え……?」

 

 イタチの赤い眼が濃くなっていた。

 

「“うちは”の万華鏡写輪眼による幻術に、唯一かからない存在が『生粋の和泉の血』のはず……」

 

 そう……、対極の一族であることは知っていた。

 互いに天敵だからこそ、イタチとナナが引き合わされたこともわかっていたはずだった。

 

「だが、お前はオレの幻術にかかった」

 

 それなのに、今さら気づく事実。

 イタチの言葉からもう逃れられないことを、否が応でも悟ってしまう。

 

「お前は純血の和泉の人間ではない」

 

 彼から告げられる言葉に、今は恐れを感じる。

 

「お前には、半分だけオレたちと同じ“うちは”の血が流れているのだ、ナナ」

 

 

 長い長い沈黙の後。

 

「なんでだ……」

 

 ふつふつとしたものを表す声が、ナナの隣で発せられる。

 

「なんでアンタがそんなことまで知っている……!!」

 

 かろうじて目を動かすと、サスケがナナの前に立っていた。

 

「禁術で事実が捻じ曲げられたっていうのに、何故アンタは真実を知っている?!」

 

 その場に響いたサスケの声が消えた後、イタチはナナを見つめたまま答えた。

 

 

「すべては……マダラが仕組んだことだからだ」

 

 

 再び登場した“うちは”の名に、サスケは眼光を鋭くする。

 

「マダラが仕組んだだと……?」

「マダラは古くから、和泉の人間と秘かに手を組んでいた」

 

 ナナの脳はもう、働きを失っていた。

 力はつま先から抜けて行った。

 

「天才陰陽師『和泉成葉』と“うちは”の血を引く子を甦らせるため、マダラが和泉の人間を操ったのだ」

 

 ナナは視線を落とし、ゆっくりと己の感覚の無くなった両手を開いた。

 手袋が血を吸い込み、黒く滲んでいた。

 

「『和泉成葉』ではなく、『和泉成葉の子』を転生させるよう、本家の当主や他の術者を仕向けろ……と」

 

 その血の意味を、ナナは失いかけていた。

 

(私は……)

 

 ナナの意識が揺らいだ。

 

「あるいはお前が写輪眼を開眼するのでは……とオレたちは見てきた。が、お前は『覚醒』を遂げ、和泉の血のほうを濃くした」

 

 覚醒……それはナナがイタチに告げた。

 その時も、イタチが救ってくれた。覚醒の苦の中、カブトと大蛇丸に捕らわれたところを、何故かイタチが現れて救ってくれた。

 あれほど優しく、切なく……。

 あの夜の想いが甦った瞬間、

 

「……ぐっ……」

 

 ナナは歯を食いしばった。

 力の抜けた身体に、痛みと苦しみだけが甦る。

 

「だが……まだお前の利用価値はある」

 

 だったらあれは、イタチの気まぐれか……それとも演技か……。

 

「だから、お前は殺さず生かす。どんな形でもな……」

 

 ナナは初めて生まれたその問いを感じずにはいられない。

 

「最初から……?」

 

 思考と関係なく、ナナの唇から掠れた想いが零れ落ちる。

 

「わざわざ和泉の里まで会いに来てくれたのも?」

 

 その想いは、すでに行き場を亡くしていた。

 

「カブトに捕まった時、助けに来てくれたのも?」

 

 重ねた肌に、疑う余地などどこにもなかったのに。

 

「今度こそ……一緒に連れて行ってくれるって言ったのも?」

 

 次第に窄んでいく心。

 

 

「私を……『愛しい』と……言ってくれたのも……?」

 

 

 全て偽り……?

 

「……っ……」

 

 最後の問いは喉の奥で千切れた。

 足もとが、ふらついた。まるで細い糸の上に立っているようだった。

 今まで歩いて着た道が、どれほどイタチを支えにして来たか今更わかった。

 イタチの優しさに甘え、イタチの愛に守られ、イタチへの想いに導かれて来たか……そう思って来たのかが嫌というほどわかった。

 

「お前はオレの幻術の中にいたのだ」

 

 ナナはイタチを見た。

 彼の眼に、かつての自分は映っていなかった。

 

「お前は“うちは”と“和泉”の血を引く者として、利用させてもらう」

 

 今、彼の眼に居るのは、ちっぽけで哀れな自分。

 全ては幻……?

 

(イタチじゃない……)

 

 己の中で呟いた。

 それこそが現実に留まる残された唯一の手段であるかのように。

 

(こんなの……イタチじゃない……)

 

 動かなくなった頭の片隅で念じた。

 イタチが自分にそんな事実を告げるはずはない。

 あんなに冷たい眼で、あんなに乾いた口調で。

 大切な過去を、想いを、全てを否定するなど。

 

「……イタチ……」

 

 そだが、それを振り払う力などもう無い。

 

「すべては……このため……?」

 

 滲む声。

 

「そうだ」

 

 揺るがぬ答え。

 ナナは己の身体を抱いた。

 無意味な生を、これ以上晒したくなかった。

 

(イタチは……私を……)

 

 優しく、温かく、守って、救ってくれたのに……。

 しかし、想いを口にすることはできなかった。

 これ以上、彼に否定されることが怖かった。

 怖くて、怖くて仕方なかった。

 今すぐに、泡となって消え果てたかった。

 これが現実というなら、もう何も聞きたくなかった。

 見たくもなかった。

 ナナは目を閉じた。

 今まで必死で受け入れてきた己の『生』。

 それを手放すように。

 

「そういうことか……」

 

 傍でサスケの、安堵とも蔑視ともとれる声がした。

 そして、

 

「ナナ……」

 

 彼は脱いだマントをナナに掛け、触れるように抱き寄せた。

 

「強くなれ……」

 

 ナナはぼんやりと、サスケを見上げた。

 

「あいつの言葉にも……お前の宿命にも……」

 

 サスケはじっと、イタチを見据えていた。

 

「これから……オレがお前につける傷にも……」

 

 ナナは囁いた。

 

「……サスケ……」

 

 今、縋れるものはもう、

 

「……サスケ……」

 

 彼のこの腕しかなかった。

 

「お願い……」

 

 だから、願うしかなかった。

 

「このまま私と……」

 

 叶わなくても。

 

「……何処か……遠くへ……」

 

 何処か、遠くへ。

 この突きつけられた事実からも、宿命からも、これから先の悲劇からも……。

 全てから逃げたいとナナはサスケに願った。

 だが、

 

「ナナ……」

 

 サスケは身体を離した。

 二人の視線が交差した。

 ナナはサスケの眼に、別れを悟った。変えられない宿命が、音をたてて押し寄せる。

 サスケは、ナナの身体を押しやった。

 軽いその行為で、力を失ったナナの身体はフラフラと追いやられ、先ほど自らの手で開け放った扉に背を打った。

 そのまま、ナナはそこにへたり込む。

 サスケはもう、ナナを見てはいなかった。

 そしてイタチも、サスケの赤い視線を受け止めていた。

 

 ここにはもう、ナナの居場所はなかった。

 

 

 

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