ひと葉 ~弐の巻~   作:亜空@UZUHA

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「ようやく、目的を果たす時が来た……」

 

 サスケの言葉は、全ての終わりを告げる言葉に聞こえた。

 

「残念だが、お前の目的は幻に終わる……」

 

 イタチの声は心を冷たく冷やした。

 呪われた一族の眼。

 

「万華鏡写輪眼を持たぬお前などに、オレは倒せない」

 

 その赤は、すでに不吉な色でしかなかった。

 

「万華鏡写輪眼なんかなくとも……、このオレの憎しみで幻は現実になる!」

 

 現実……。

 

「現実とは……アンタの死だ!」

 

 それが何なのか、ナナにはもうわからなかった。

 

(なんで……?)

 

 無数の手裏剣が散った。それらがぶつかり合う高い金属音が鳴り響く。

 が、耳をつんざく音も、ナナの鼓膜は鈍くそれらを受け止めた。

 互いに向けて放たれる凶器も、殺気を滾らせて組み合う姿も。

 サスケの千鳥も、イタチの分身が鴉になって飛ぶ様も、何もかも……現実とは別の世界で起きていることのように傍観していた。

 

(なんで……?)

 

 空になった己の中で、唯一その声だけが廻旋する。

 何故、二人は戦うのか。

 今更それを思う。

 何故、イタチはあんな言葉を言ったのか。

 まだ信じられずにいる。

 何故、自分はここに居るのか……。

 初めからわからなかった気がする。

 

 目を閉じ、耳を塞ぎ、記憶を閉ざし、生を捨てられればそれで良かった。

 が、ナナの瞳は殺し合う二人を映し、耳は憎しみと殺意の言葉を聞いた。

 そしてその記憶は、自分を救ったイタチを蘇らせる。

 だから、心は目の前の現実と記憶の狭間で大きく震えていた。

 偽りのはずはない、あまりに鮮明なイタチの記憶。疑う余地のなかった温もり。

 ナナがせがむまま、弟のことを優しい瞳で語ったイタチ。

 心が折れそうな時、計ったように現れて、傍にいてくれたイタチ。

 苦しげな眼で、別れを告げたイタチ。

 戦わせてもくれず、サスケをまた傷つけて去ったイタチ。

 似合いもしない冷たい言葉を吐いたイタチ。

 にも関わらず、カブトに捕らわれたナナの前に現れ、救ってくれたイタチ。

 そして、優しく、切なく、抱きしめてくれたイタチ。

 我愛羅を護れなかったナナの前に再び現れ、手を差し伸べたイタチ。

 今度こそ、連れて行ってくれると言ったイタチ。

 

 

『オレは……お前が愛おしい……』

 

 

 イタチは遂にそう言った。

 あの瞳を疑えるはずがない。

 

『オレは誰より……お前を想ってきた……』

 

 己惚れじゃなく、彼の想いを知っていた。

 

『……そして二度と離さないだろう……』

 

 約束のあとに触れた手。

 あの熱は確かに真実。

 

『お前が例えどの道を選んでも……オレの心は変わらない……』

 

 「変わらない」と言ったイタチの心。

 イタチはそれを今更になって、“うちは”の血を受け継ぐという自分を利用するためだったと言った。

 その開眼を待っていたということはつまり、ナナもサスケ同様『新たな光』と……『スペア』として見ていたということ。

 そして、開眼をせず、和泉の陰陽師として覚醒したナナにまだ『利用価値』を見出すとは、即ち『“うちは”の血を継続させる者』として見ているということ。

 そんなことを、信じられるはずがない。

 何より、“道具”として周囲から扱われていた自分にとって、唯一そう扱わない存在がイタチだったのだ。

 そのイタチが、自分をそんなモノのように見ているなど、有り得ることではなかった。

 

 イタチは自分の全てだった……。

 

 ナナはそう、カカシに言い切った。

 大切な、大切な存在。

 彼がいなければ、今の自分はもっと脆く、哀れな存在になっていた。

 宿命も、受け入れて生きることはできなかった。

 ナルトに対して向き合うことすら、きっとできなかっただろう。

 その想いがあったから、ナナは木の葉で聞いたイタチのことを、何の迷いも無く否定し続けた。

 

 一族を殺し、里を抜け、サスケを苦しめたなどと……。

 

 木の葉じゅうがその事実を当然としていても、ナナだけは否定していた。

 あれほどサスケの傍に居たにも関わらず。

 サスケがその事実によって、大きな傷と払えぬ濃い影を負わされたとしても。

 それに惑わされることはなかった。

 

 少しも。

 一度も。

 

 まるで、そのことに対する罪を突きつけられているようだった。

 サスケに焦がれながらも、彼の運命を捻じ曲げた事実を信じなかった。

 サスケの傷を否定し、己の記憶を肯定した。

 サスケの心に寄り添えなかった。

 サスケの憎しみを怨んだ。

 サスケの敵に救われ、守られた。

 サスケが殺したい相手を、守りたかった。

 そのことへの罰。それが今の痛み。

 だとしたら……涙を流すことすら許されるはずもない。

 

(二人を……止める……?)

 

 願いはあまりに浅はかだった。

 そんな願いを抱くことなど、傲慢でしかなかったのだ。

 だが、

 

「許せ……サスケ」

 

 もがいていいと、愚かでいいと、そう言って消えた姉の言葉通り、ナナの心は醜く足掻いた。

 

「やめて……」

 

 イタチがサスケの左眼に手を伸ばしていた。壁に抑えつけられたサスケに、動くすべはない。

 現実が、結末を迎えようとしていた。

 

「やめて……」

 

 心がもう一度動いた。

 

「やめて……!!」

 

 そんな資格など無くとも、ナナは叫んだ。

 それは“意志”などという立派なものではなかった。

 足を動かしたのは、その先にある現実への“恐れ”だった。

 逃げたかったからこそ、ナナは二人へ向かって行った。

 そして、

 

「もうやめてっ……!!」

 

 その手は背の刀を抜き、サスケの眼に伸びたイタチの腕に切りかかっていた。

 初めて彼に刃を向けた。

 願いと後悔、そして少しの憎しみを持って。

 しかし……。

 

「サスケを守るのか……?」

 

 耳元に冷笑があった。

 

「オレを殺すか?」

 

 目の前でサスケを捉え、こちらを見ているイタチ。

 刃は彼に届かなかった。

 分身のイタチが、後ろからナナを拘束していた。

 

「お前には無理だ……」

 

 後ろで嘲る声がしたと同時に、目の前のイタチはナナから目を逸らし、サスケに言った。

 

「これがオレの『現実』だ」

 

 そして、

 

「光をもらう……」

 

 その手は遂に、サスケの左眼を抉り取った。

 

「ぐああああああっ!!」

 

 サスケが絶叫した。

 

「…………!!!」

 

 ナナの声は悲鳴にもならず、千切れ落ちる。

 サスケの血が頬に飛んだ。

 先ほどイタチが見せた、マダラとその弟の光景と同じだった。

 手から刀が零れ落ちた。身体から力が抜け落ちた。

 膝をついたナナの後ろで、もはや役目を失ったイタチの分身が解けた。

 

(サスケ……)

 

 彼の左目から流れる血が、やけに鮮やかに目に映る。

 

「だから言ったのだ。万華鏡写輪眼を持たぬお前が、オレに勝てるはずはないと」

 

 イタチの言葉は最後の宣告だった。

 これが『現実』。

 

(これが……)

 

「もう片方ももらうぞ」

 

 再び伸びるイタチの手。

 落とした刀は手を伸ばせば届くところにあった。

 拾い上げて、イタチに斬りかかれる間合いに居た。

 だがナナにはもう、指一本動かすどころか、一言も発する力さえ残ってはいなかった。

 初めから叶うはずなかったのだ。サスケを守ることも、イタチを止めることも。

 喉の奥がヒューヒュー鳴った。

 この『現実』の終焉を予感した。

 

 だが、サスケは呪印の力でイタチを遠ざけた。

 彼の顔にはあの忌まわしき痣が浮かびあがり、右肩の後ろからは醜い腕が生えていた。

 その腕が起こした疾風が、ナナの髪を切った。

 が、それでも動くことはできなかった。

 初めから叶わぬことだったのだ。サスケを止めることも、イタチを守ることも。

 

 イタチの拘束を解いたものの、息を荒げて左眼があったところを抑えるサスケ。

 対して静かな表情で、サスケから奪った左眼を小瓶に収めるイタチ。

 

「これが実力の差だ」

 

 小瓶の蓋が閉まる小さな音が、先ほどの凶器がぶつかり合う音よりも、ずっと恐ろしくナナの耳に響いた。

 

「これが、お前とオレの瞳力の差だ」

 

 再び現れたイタチの分身がサスケを後ろから拘束した。

 が、ナナはそれから視線を外した。

 血まみれのイタチの手がサスケの右目に伸びるのも、サスケの呪印が濃くなるのも、見なかった。

 ナナはただ、サスケの足もとに落ちる赤い点を見つめていた。

 早く……終わって欲しいとさえ思った。

 もう見たくない。

 結局見届ける勇気さえ、最後まで持てなかった……。

 が、まだ結末を迎えることは許されなかった。

 紅い点は突然、意志を持った生き物のようにうごめき、形を変えた。

 そしてひび割れた地面に吸い込まれていった。

 

 ナナは虚ろな顔を上げた。

 サスケの姿は、目の前に無かった。

 少し視線を彷徨わすと、少し離れたところに呪印の影を持たぬサスケが居た。

 彼は苦しげに息を吐きながら左眼を抑えて立っている。

 そこからは、あれほど鮮明だった血は流れてなどいなかった。

 

「くっ……」

 

 彼はそのまま、力尽きたように地面に両手をついた。

 左の眼は、奪われずにちゃんと在った。

 

(どうして……)

 

 ナナは再び視線を彷徨わす。

 と、サスケと向き合う場所に居たイタチも膝をついた。

 彼もまた左眼を押さえ、初めて息を荒げていた。

 

「お前……オレの月読を……!」

 

 そして右眼でサスケを睨み、わなないた。

 

(月読……?)

 

 ゆっくりと、ナナは事態を理解する。

 今の惨劇はイタチの月読……幻術の中の出来事。

 つまりは、幻。

 そう気づけば、ナナが二人を見つめるこの場所は、先ほどと少しも違わなかった。

 ナナは片手でサスケのマントを握りしめ、逆の手を背にやった。

 カカシの忍刀はちゃんとそこにあった。

 腹の底が軋んだ。

 今の惨劇が幻だったことに対する安堵は少しも無かった。

 サスケの写輪眼が、イタチの万華鏡写輪眼による月読を破ったことへの憂慮も無かった。

 

 たとえ幻の中であっても、サスケを護れなかったこと。

 その咎。

 それ以上に、イタチに刃を向けたことへの咎。

 

 その痛みだけだった。

 

 

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