ひと葉 ~弐の巻~   作:亜空@UZUHA

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裁きの(いかずち)

 

「言ったはずだ」

 

 先に立ち上がったのは、月読を破ったサスケだった。

 

「アンタがいくらその眼を使おうが、オレの憎しみで幻は現実になる……と」

 

 ナナだけが、まだ幻と現実の挟間に漂っていた。

 

「幻が現実になる……か」

 

 イタチも立ち上がり、フッと笑った。

 彼には似合わぬ、毒を持った笑み。

 

「その台詞、そのまま返しておこう」

 

 兄と弟は再び向き合った。

 

「さっきの月読で、己の眼が奪われるのを見ただろう……?」

 

 まだ幻から抜け出せないナナは、イタチの言葉にサスケの鮮血を想起する。

 もう二度と……幻であったとしても、二度と見たくはない光景のはずなのに、

 

「それを現実にしてやる」

 

 言い放つイタチの言葉を、まだ信じられない自分に気づいている。

 右眼を閉じ、印を結ぶイタチの行為を、まだ現実と思えない自分がいる。

 だから、イタチが術を発動させる前にサスケが放った手裏剣が、イタチの足に突き刺さった時、ナナは歯を食いしばった。

 初めて見るイタチの血の色。

 

 気づいてしまった。

 

(私は……まだ……)

 

 イタチを信じている。

 あんな光景を見せられて、それを現実にしようとするイタチを見せられても、イタチをまだ信じている。

 そして思い知らされる。

 己にとって、イタチの真意はさっきの言葉などではなく、記憶の中にある温もり……。

 どんなにイタチが冷たい眼でそれらを打ち捨てようと、この心はそう信じたままだと。

 幻術だったなどと信じられるわけがない。

 感じた自分を信じたかった。

 たとえサスケが殺されようと、自分が殺されようと、永遠に過去の記憶に捕らわれたままなのだと。

 また、ひとつ罪が重なった。

 

(ごめんね……)

 

 この痛みは逃れようもない罪。

 

(ごめんね……サスケ……)

 

 ここまで来ても、変えられない心。

 

(私は……)

 

 初めから……サスケを愛する資格など無かった。

 

 そんな現実に、今さら目が眩みそうだった。

 それでも目を閉じることさえできなかった。

 二人が屋根の上へと消えて行った。

 が、目を伏せることもできない。

 突き破られた屋根が瓦礫の雨を降らせたが、それを避ける力も無かった。

 二人の火遁が、ぶつかり合った。

 その下で、ナナはただ己の身を抱いた。

 なんとちっぽけで愚かな存在だろう。

 力など皆無。

 止める力も、護る力も、ひと欠片だって持ってはいなかった。

 決意こそが幻だった。

 二人を止めるのだとようやく持てた決意だったはずが、その実、どちらを止めるべきかわからなかっただけ。

 どちらを護ればいいのか、選べなかっただけ。

 サスケの傍にいた赤い髪の少女の蔑みを思い出した。

 自分はもう、サスケには必要の無い存在。

 彼女の言うとおりだった。

 むしろ、出会わなければ良かったのだ。

 サスケにも、イタチにも。

 彼らと想いを交わしても、結局、何もわからないままだった。

 抗う手は空を掴んだ。

 もう何もできない。何もわからない。

 このままサスケと供に、信じたイタチに殺されるのか。

 信じたイタチと供に、サスケに殺されるのか。

 ただ、この惨めな生の終わりを考える。

 それを求めて頭上を見上げる。

 イタチの黒炎が、呪印を浮かばせたサスケに襲いかかった。

 

   あれを護って、サスケと逝こうか……

 

 天井に新たな傷ができ、黒炎から逃れたサスケが現れた。

 そして、呪印の力をさらに濃くして火遁を放った。

 火龍は屋根のイタチに襲いかかかった。

 

   あれを護ってイタチと逝こうか……

 

 ナナは静かに息をついた。

 屋根はほとんど崩れ落ち、イタチの姿が見えていた。

 右腕に傷を負い、右眼から血を流しているイタチ。

 彼の向こうの空が、妖しげに鳴き始めていた。

 それをぼんやりと見上げ、ナナはすぐそこにいるサスケに視線を戻す。

 彼は疲れ切ったように膝をついた。

 それでも、口の端を上げて切れ切れに言う。

 

「さすがのアンタも……さっきの天照(あまてらす)はかなりの負担がかかったようだな」

 

 呪印が徐々に引いて行った。

 ナナはもう一度イタチを見て、またサスケを見た。

 

「そろそろ決着をつけてやる……」

 

 ゆっくりと立ち上がりながら、サスケは言った。

 

「オレの最後の術だ……」

 

 最後……。

 その言葉を、ナナは独り繰り返す。

 

「強がりはよせ……」

 

 そして再びイタチを見上げる。

 

「さっきの大蛇丸流の変わり身の術……アレはそうとうな量のチャクラを使う」

 

 イタチもまた、息を切らしながら言った。

 

「写輪眼はチャクラを見る眼だ。もうお前にチャクラが残っていないのは見えている」

 

 嫌な風がナナの髪を揺らした。

 

「確かに、さっきの火遁で全て使い切ったからな……。オレにはもうチャクラが無い」

 

 不吉な雲が立ち込めた。

 

「だが……」

 

 ポツ……滴が空から落ちてきた。

 

「アンタを殺すために、オレが何もせずにここまで来たと思うか?」

 

 空が、鳴いていた。

 

「一瞬だ」

 

 ナナはサスケに視線を移した。

 

「この術は絶対にかわすことは出来ない」

 

 時を急かすかのように、滴はすぐに雨へと変わった。

 

「現実を見せてやろう……」

 

 サスケは憎しみの心だけで立っていた。

 

「アンタの死を……!」

 

 彼に降り注ぐ雨も、その憎しみを冷ますことなどできなかった。

 サスケはイタチを睨んでいた。深い憎しみを紅い眼に込めて。

 ナナはじっとサスケを見つめた。彼の最後の術を待っていた。

 が、サスケの視線が変わった。

 イタチを通り越し、その向こうの空へ……。

 イタチがそれに気づいて空を見上げた瞬間、眩い稲光が走った。

 

(雷……)

 

 サスケの最後の術を待つだけと思った時、ナナの心は初めて鎮まった。

 あの雲が、サスケが作り出したものだとわかった。

 さっきの火遁を打ち上げたのはイタチが狙いだったのではなく、気流を発生させるため。

 この雷雲を生み出すため。

 それが理解できるほど、頭も冷静さを取り戻していた。

 

 意外とあっけない『答え』だった。

 波打つ心など捨ててしまえばよかったのだ。

 性質(タチ)の悪い記憶も想いも、消してしまえばよかったのだ。

 愚かな生など、さっさと投げ出してしまえばよかった。

 サスケの腕で、千鳥が鳴いた。

 

(アレが……最後の術……)

 

 サスケの目的を知り、ナナは息をついた。安堵と諦めが入り混じっていた。

 サスケの雷遁は雷雲の力を得て、その威力を何倍にもするだろう。

 そして彼が言ったとおり、落ちる雷を避けるすべはない。

 たとえイタチでも……。

 周囲に雷鳴が轟いた。

 サスケはそれに誘われるように、空に近いところへ登って行った。

 サスケの姿が遠くなって、ナナはゆっくりと立ち上がった。

 久しぶりに力を入れた足は、少しフラついた。

 

「見ろ、天から降る雷だ……。オレはこれをアンタへと導く……!」

 

 サスケはイタチを見下ろして言った。

 彼のマントが、ナナの肩からすべり落ちた。

 

「術の名は“麒麟(きりん)”……!」

 

 サスケの向こうで、時を待ちわびる稲妻が光る。

 その光はまさに麒麟のごとくに形を変え、大気を震わす声で鳴いた。

 ナナは背の刀を抜いた。

 

(カカシ先生……)

 

 そして切っ先を見つめて呟く。

 

(こんな使い方しかできなくて、ごめんなさい……)

 

 古びた柄を両手で握る。

 

(綱手様……)

 

 刃に映る自分の顔は、情けないほど青ざめていた。

 

(これを託してくれたのに……ごめんなさい)

 

 そこに雨が伝い、ナナの姿はさらに醜く歪んだ。

 

(サクラちゃん……ナルト……)

 

 ナナは顔を上げた。

 

(ごめんね……)

 

 雨が痛いくらいに強く当たった。

 

(姉上……)

 

 イタチはサスケを見上げて立っていた。

 

(ごめんなさい……)

 

 そこへ行く力は無かった。

 

(イタチ……)

 

 ナナは空を見たまま跪いた。

 

(ごめんね)

 

 そして、

 

「雷鳴と共に散れ……」

 

 サスケの最後の言葉とともに、ナナは小さく笑んだ。

 そして、サスケは千鳥が泣きわめく左腕を振り下ろした。

 憎むべき兄の元へ。

 麒麟は導かれるがまま、其処に落ちた。

 

(サスケ……)

 

 ナナは目を閉じた。

 手にした刃が受ける雷光。

 それが罰となることへの安堵だった。

 未練は無かった。

 後悔は山ほどあった。

 それでも、心は痛まなかった。

 ただ、ひどく……疲れていた。

 

 

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