ひと葉 ~弐の巻~   作:亜空@UZUHA

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辿り着いた場所

 

 サスケが生んだ“麒麟”は天から堕ち、容赦なくその場を破壊した。

 千鳥が鳴く声、建物が崩れる音、そして地鳴りが大気を激しく揺らす。

 それが鎮まり、雨が思い出したように其処に降り注いだ。

 

「終わった……」

 

 サスケは弱い声で呟いた。

 

「……終わったぞ……!!」

 

 もう聞くこともないはずだったその声を……ナナは聞いた。

 

(どうして…………?)

 

 目を見開いたが、視界は暗かった。

 

(なんで……私……)

 

 握った手に、刀の感触はあった。

 ここに、サスケの鉄槌が下るはずだったのに。

 

(なんでっ……)

 

 息をしている。

 

(…………?!)

 

 と、吸い込んだ息に覚えのある薫り。

 

「……なっ……!!!」

 

 ナナは目の前の闇を払いのけた。

 いや、目の前にあったモノを押し退けた。

 

「なんで……?!」

 

 そこは最期に行きついた地獄じゃなく、

 

「イタチ……」

 

 イタチの腕の中だった。

 

「なんで……私を……」

「ぐっ……!」

 

 イタチは血を吐いた。

 

「なんで……?」

 

 彼は苦しげに息をしながら、ナナを見た。

 

「イタチ……」

 

 閉じたままの右眼から流れる血が、降り注ぐ雨に混じった。

 

「これが最期だと……」

 

 そう思ったのに。

 

「…………」

 

 イタチは無言のままナナの手から刀を奪い取り、脇に捨てた。

 そして、

 

「どうして……私を……?」

 

 声を振り絞るナナに

 

「言った……はずだ……」

 

 切れ切れに言う。

 

「お前は……殺さず……生かす」

 

 あくまでも、

 

「お前には……まだ『利用価値』が……ある」

 

 冷たい言葉を。

 

「イタチ……っ……」

 

 それをナナが信じられるはずもなく。

 

「そんな……ことっ……!」

 

 否定の言葉も覚束ないまま、

 

「イタチ……!!」

 

 ナナは再び血を吐いたイタチに手を伸ばす。

 が、

 

「イタチ……?!」

 

 力尽き、イタチは目の前から煙となって消え失せた。

 ナナの手は空を抜け、地に落ちた。

 そして、少し離れた場所から聞こえた声。

 

「これが……お前の求めた現実か……?」

 

 ナナはよろめきながら、声のした方を探す。

 瓦礫と煙の向こうで、イタチは血を滴らせながら立ち上がった。

 

「くそがァ!!!」

 

 ナナがそれを理解する前に、サスケが怒号を響かせた。

 

「サスケ……」

 

 彼は呪印に呑まれ、醜く姿を変えた。あの、ナルトと終末の谷で戦った時のように。

 ナナの足もとで小石が割れた。

 それだけで、ナナは怯えた。

 

「コレがなければ……やられていた……」

 

 なぜなら、そう呟いたイタチは、得体のしれない何かに守られて立っていた。

 それはまるで、実体の無い鎧のようにイタチの周囲に在った。

 霊的な存在を扱うナナだからこそ、それが忍の術にとどまらないものであることはわかった。

 しかし、そんな思考はあっけなく打ち切られる。

 イタチがこう言った。

 

 

「本当に……強くなったな……サスケ……」

 

 

 ナナは息を呑んだ。

 歯が音を立て、膝が震え、傍の瓦礫に手をついた。

 単に口からついて出た言葉とは思えなかった。

 そう言ったイタチの顔に覚えがあった。その声色も聞き覚えていた。

 罪にまみれた記憶が蘇る。

 もう、それを懺悔することなどできなかった。

 イタチは……。

 

(違う……)

 

 サスケにそう言ったイタチの顔は……。

 

(違う……!!)

 

 幼きナナに、弟のことを語った時の顔だった。

 

「今度はオレの最後の術を見せてやろう……」

 

 見間違うはずはない。

 

「“須佐熊乎(スサノオ)”だ……」

 

 忘れるはずはない。

 

「月読と天照を開眼した時に、この眼に宿ったもう一つの術だ」

 

 だから、イタチがいくらサスケにそう話そうとも。

 

「お前の術はもう終わりか……?」

 

 ゆっくりとサスケに向かっていこうとも。

 

「ああ、さっきのが最後と言っていたな……」

 

 挑発的な言葉を投げかけようとも。

 

「ここからが……本番だ……」

 

 そう告げようとも。

 

(ちがうっ……!!)

 

 その姿は偽り。これは虚妄の世界。

 ナナにはもう、そうとしか思えなかった。

 

 イタチの纏うモノが、はっきりとした形を成した。

  “須佐熊乎”は神々しくもおぞましい姿をしていた。

 ナナはわずかに首を振った。

 アレが……あんなモノがここに居て良いはずはない。

 人外の力を扱うナナだからわかった。

 負傷した人間があんな術を使って、無事であるわけがない。

 

(もう……やめて……)

 

 浮かんだその想いは、何故か懐かしいもののように感じた。

 

(もう……終わりにして……)

 

 ナナはサスケを見た。

 髪も、肌も、眼も……すでに呪印によって色を変えていた。

 その呪われた力を引っ張り出さなければ、立っていることすら困難な状態だった。

 それでも、まだイタチにどす黒い殺気を飛ばしていた。

 雨はいつの間にか止んでいた。

 サスケの放った雷が、立ち込めた雲を飛散させたのだ。

 ナナの心もまた、重く息苦しい雲が晴れたようだった。

 

(サスケ……)

 

 「やっと」だった。

 ナナはここへきてやっと、その足を進めた。

 雲が晴れても、冷えた心は震えを止めなかった。

 それでも、ナナは二人の元へ向かった。

 決意を何度も手折られて、想いを強く打ち砕かれて、今になって零れ墜ちた力がようやく戻った。

 心が、ようやく願いの先へと辿り着いた。

 

「もうやめて……!!」

 

 そして、その願いを向けたのは、

 

「サスケ……!!」

 

 “サスケに”……だった。

 

「お願いだから……」

 

 向き合ったのは、

 

「もう終わりにして……!!」

 

 サスケだった。

 

「二人とも、もう戦えない……! これで終わりでいいでしょう?!」

 

 サスケに向き合い、

 

「アナタはそんな姿になって……」

 

 イタチに背を向け、

 

「イタチにもこれ以上こんな術を使わせたくない……!」

 

 ナナは初めて二人の間に立った。

 早く終わらせなければ、どちらかが居なくなってしまう予感がしていた。

 そんな最期は見たくなかったから、

 

「イタチの『本当の望み』は、私が聞くからっ……」

 

 イタチではなく、サスケに向けて声をあげた。

 

「絶対に私が聞き出すからっ……!!」

 

 サスケを止め、

 

「アナタにちゃんと伝えるからっ……」

 

 イタチを護って立っていた。

 

「だからっ……」

 

 小刻みに震える膝は止められない。呼吸は喉を掻き切る痛さを伴っていた。

 それでもナナは、まっすぐにサスケを見据えた。

 

「サスケ……!!」

 

 願いを込めた。

 全てを懸けて。

 たとえまた打ち砕かれようとも、今は心をそのままに伝えるしかなかった。

 だが、

 

「其処が……」

 

 サスケは昂るものを止めようとはしなかった。

 

 

「其処がお前の辿り着いた場所か……!!!」

 

 

 それをぶつけられ、ナナは歯を食いしばった。

 

「言ったはずだ……オレの前に立ちはだかるならお前も殺す!!」

 

 無理やり拳を握らなければ、彼の怒気に蹴倒されそうだった。

 

「わかってる……」

 

 だから、必死で顎を上げる。

 

「アナタは私を殺して、イタチも殺して……それで、後でヒトリで苦しむんでしょう……?」

 

 押し寄せる悔恨は底なしの奈落だった。

 

「でもっ!!」

 

 そこに落ちないよう、全力でサスケに向き合う。

 

「イタチは私を殺さない!!」

 

 そして、背にしたイタチへの想いを口にする。

 声は少し震えた。

 それでも……。

 

「絶対に……!!」

 

 迷うのも、償うのも後にした。

 

「私を利用するためなんかじゃなくて……!」

 

 今はただ、懸けるだけ。

 

「……そんな理由で私を生かすわけじゃないから!!」

 

 命を。

 

「やっぱり……私はそう信じているから……」

 

 そして想いを。

 

「だから私は、“アナタを”止めるっ!!」

 

 今はここで懸けるしかできない。

 

「お願い……!!」

 

 全てを、

 

「サスケ……」

 

 彼に。

 

「もう……止めて……!!」

 

 

 しかし、彼の心は応えなかった。

 

「ぐっ……!!」

 

 憎しみと怒りを眼に滾らせたまま、彼は苦しげに膝をついた。

 

「サスケ……!!」

 

 駆け寄ろうとしたナナに、彼はうずくまりながらもクナイを投げつけた。

 憎悪の気流に乗った凶器は、ナナの足下に突き刺さった。

 

「……サスケ……」

 

 ナナの声は、闇に吸い込まれた。

 

「……アナタは……」

 

 虚無の風が吹いた。

 

「うっ……!!」

 

 そしてサスケは、闇に呑み込まれて行った。

 

「ぐああああ!!!」

 

 彼の背に、おぞましい蠢きがあった。

 かと思うと、龍の如く巨大な蛇が彼の身体から天に昇った。

 

「サスケ……!!」

 

 地面が割れた。

 その亀裂に落ちて行くような錯覚を、ナナは必死に解く。

 サスケから現れた蛇は、八つの頭を持っていた。

 覚えのある嫌な気配が立ち込めていた。

 ナナは身構えたが、蛇の金に光る十六の眼はどれも彼女を見なかった。

 蛇は眼下のナナを無視したまま、不気味に鳴きながらイタチに食いつかんと牙をむく。

 が、イタチを護る須佐熊乎は、右手のとっくりを剣に変えて八つの首を一気になぎ払う。

 下草のように、あっけなく首は胴と切り離された。

 それらが地に落ちた衝撃で地は大きく縦に揺れ、ナナはよろめき膝をついた。

 飛礫が全身に降りかかった。

 大蛇と須佐熊乎の間で、ナナは小石同然のちっぽけな存在に過ぎなかった。

 

(サスケ……)

 

 それでも、ナナはサスケの名を呼んだ。

 そして再び立ち上がった。

 

「サスケ……!!」

 

 今は見えないサスケの姿を探した。

 だが、切られた断面から新たな蛇の頭が生えた。

 そしてその口からは、サスケに殺されたはずの大蛇丸が姿を現した。

 

「これよ!!!」

 

 大蛇丸は蛇の体液をねとねとと纏わりつかせながら狂喜した。

 

「この時を待っていたのよ!!!」

 

 ナナは遥か頭上の大蛇丸を睨んだ。

 

(アレが……サスケを……!!)

 

 その視線を、大蛇丸は案外すぐに受け止めた。

 そして、

 

「久しぶりねェ……ナナちゃん……」

 

 前よりもずっと不気味に笑った。

 

 

 

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