「あなたとイタチには礼を言うわ」
ナナは身構えた。
「あなたたちのお陰で、私を抑えていたサスケ君のチャクラが消えたわ!!」
大蛇丸にではなく、己の中の殺意に対して。
「これでサスケ君の体は私のモノ……!!」
抑えなければ、吐きそうだった。
それくらい強烈な殺意が、腹の奥から沸いていた。
「サスケは渡さない」
自身の殺気で眼の奥が痛んだ。
アレがサスケを闇に引きずり込んだ。サスケの傷に付け込んで、サスケの身体を付け狙って……。
絶対に許せない相手だった。
「フフフ……」
だが、
「『渡さない』ですって……?」
大蛇丸は嘲笑した。
「よく言うわね……ナナ……」
金色の目をナナに向け、嘲った。
「あなたが私にくれたのよ?」
大蛇丸の長い髪から伝い落ちた気味の悪い液体が、ナナの足下に落ちた。
「“私”が……?」
「……あなたがこうしてサスケ君に向き合い、イタチに背を向けていることが……」
嫌な臭いがした。
「それこそが、サスケ君の闇を濃くしたのよ?」
(サスケの……闇……)
それでもナナは目を逸らさなかった。
「私は側でずっとあのコを見てきたわ……。あなたの存在こそが、サスケ君の闇なのよ!」
また、ポタポタと水滴が落ちた。
「あるいはあなたが、イタチと関わりの無いただの小娘だったなら……、あのコは私の元へは来なかったかもしれないわね」
「……っ……」
わかっていた。
覚悟はあった。
が、ナナはついにうつむいた。
「それ程に……」
痛みで眼を瞑った。
「あのコのあなたへの想いは深かったわ」
知っているような口調で語る大蛇丸に、反論する言葉は見つけられなかった。
「今この瞬間に、イタチを守ろうと立ちはだかるあなたを見て、サスケ君の心が闇に呑まれないはずないでしょう?」
両手で強く、眼を抑えた。
奥から来る痛みを誤魔化すかのように。
「本当に可哀想なコ……」
サスケの想いは知っていた。
なぜなら、自分の想いも同じモノだったから。
それは、苦しみを伴う想いだった。
だから怯えて、目を背けて、抗おうとした。
だが、今はもう……。
「でも、そのお陰で私は……」
「サスケは闇から引きずり出す!!」
その想いを誤魔化さなかった。
「今度こそ、私が……!」
「無駄よ。あのコはあなたに背を向けてるわ」
償いは後にすると決めたから。
「それでもいい……!!」
また、背を向けられてもいい。
蔑むような視線を落とされてもいい。
「拒絶っ……されてもいい……!!」
あれほど怖かったサスケの拒絶。
それを受け止める覚悟ができた。
だからナナは、足元に突き刺さったクナイを引き抜いて再び上を向く。
「憎まれてでも、引きずり出す!!」
そしてベストを千切り、布を切り裂き、己の肌をさらけ出す。
「そんなモノで、今更どうしようというわけ?」
「私がアナタを、サスケから引き剥がす……!!」
ようやく持てた覚悟。
だがそこに、
「おとなしく、イタチに守ってもらったら?」
大蛇丸は凶器を穿つ。
それは鋭く突き刺さった。
一番深く、一番脆い所まで。
「結局あなたはイタチを選んだ……そういうことでしょう?」
その冷たさに、クナイを持つ手が震えた。
「あなたはイタチを信じ、サスケ君を否定した……そうでしょう?」
大蛇丸の凶器は、サスケが放ったものとなんら変わりはない。
「あなたこそがサスケ君の闇よ! ナナ!!」
わかっている。
自分がサスケを傷つけた。
『二人を戦わせたくない』という願いを抱き続けてきたことこそが、サスケに対する罪。
サスケがいっそ、自分を憎んでくれればよかった。
サスケと自分が関わらなければ良かった。
でも、そうするには自分の想いが強すぎた。
闇に引かれるほど……深い深い想いだった。
そしてサスケと自分のそれが同じ深さであると知った時、向き合うほどに互いの闇を濃くすることも知ってしまっていた。
だが。
「アナタに……」
言葉はもっとも。
でも、
「アナタに何がわかるの?!!」
サスケとイタチと自分の何がわかるというのか。
自分でさえ、今になってようやく知ったというのに。
「私の願いはっ……」
大蛇丸などにわかるはずもない。
「私はっ……」
もうずっと前から傍にあったその願いは、
「サスケの闇を消し去りたかった……!!!」
そんな単純なコト。
『二人を戦わせたくない』。
ずっとそう願ってきた。
和泉でイタチに去られ、木ノ葉でサスケの闇を知り、それを願った。
大切な二人が敵対し合う現実が、何より悔しかった。
でも、サスケに拒絶されるのが怖くて、願いを口にする勇気は無かった。
私はイタチを信じている。
だから復讐なんか止めて。
イタチを殺すために命を奉げないで。
サスケを想っているくせに、サスケの全てを否定する願い。
それこそが罪だと、確かにそう思った。
だが、本当はもっと単純なコトだった。
『二人を戦わせたくない』。
それは、
「イタチを止めてサスケを護りたいとか……、サスケを止めてイタチを護りたいんじゃなくて……」
初めから、二人の間に割って入りたかったわけではなく。
「そんなことじゃなくて……」
止めるとか、護るとか、そんな叶い難いことではなく。
本当は、
「私はただ、イタチに負わされたサスケの闇を消したかっただけ」
そんな単純な願いだった。
「……それだけだった……!!」
ナナは大蛇丸を見据えたまま、クナイを胸に突き刺した。
「フフ……何をするつもりかしら」
そこは、あの刻印が在った場所。姉につけられた傷の痕が、禍々しく残る場所。
ナナは醜い皮膚に、また赤い印をつける。
「こんな私の命でも……」
クナイの先は、奪われる前と同じ星の形を其処に描いた。
「アナタを葬る代償にはなる」
星の刻印は青白く浮かび上がった。
赤い血は、その光に溶かされた。
「まさか……其処に私を……!!?」
ようやくその禍々しさを見止めた金の目が、大きく見開いた。
「無駄よ! 琴葉にその刻印を潰されたはずでしょう?」
ナナは小さく笑った。
「アレが無いと、この私が力を使えないとでも思った?」
大蛇丸の顔が引き攣った。
人外の存在となったからこそ、ナナの身に集まるチカラの強大さがわかったのか、心底初めて心底怯えた様子を露わにした。
「や……やめなさい……」
哀れだとも思わなかった。
「あ、 あなたも無事じゃすまないんでしょ?!」
醜いとすら思わなかった。
「たとえ私をサスケ君から引き剥がしても、サスケ君とイタチは止まらないわよ?!」
ただ……。
「サスケ……」
ナナはフッと笑って呟いた。
最期……サスケを守れることが嬉しかった。
うまくいくかはわからない。
が、闇の中でも、もう一度サスケの心を見つけられる自信はあった。
「サスケ……」
今度は迷わず、彼の手を取ろうと思った。
ナナは血まみれのクナイを捨て、印を結んだ。
「ここに……来て……」
呟いて、唱えた。
幼いころから何万回も暗唱させられた、九尾を封じるための呪文を。
だが、最後の一節を唱えようとした時、
「許せ……ナナ……」
後ろから声がして、
「……えっ……?!」
ナナの身体に鈍い痛みが走った。