ひと葉 ~弐の巻~   作:亜空@UZUHA

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最果て

 

「許せ……ナナ……」

 

 イタチの声が聞こえた瞬間、唱えていた呪文は途切れた。

 そして、右半身に鈍い痛みがはしり、目の前に居たはずの大蛇丸が消えた。

 自分が叩き飛ばされたと知ったのは、崩れた壁に背を打ち付け、瓦礫の中に倒れ伏してからだった。

 

「ぐっ……!!」

 

 衝撃で意識は朦朧となった。

 かろうじて視線を上げると、須佐熊乎の剣が大蛇丸の胸を貫いているのが見えた。

 

(あれ……は……)

 

 その剣が『十拳の剣(とつかのつるぎ)』であることは、ナナにはひと目でわかった。

 それは突き刺したモノを永久に幻術世界に封じ込める、封印の一太刀。

 和泉にも伝説としか伝えられていないはずの霊剣だった。

 そんなものをイタチが持っていたことに驚く間もなく、大蛇丸はあっさりと消え失せた。

 あれほど永遠の命に執着し、執念深くサスケの身体を付け狙っていた大蛇丸が消えた。

 ナナが命をかけて葬ろうとした大蛇丸を、イタチは一瞬で葬り去った。

 

(サスケ……)

 

 サスケは大蛇丸から解放された。

 力を失い、膝をつきながらも、ちゃんと生きていた。

 イタチは須佐熊乎を纏ったまま、ゆっくりとサスケに向かって歩みを進めた。

 

「ようやく邪魔者は去った……。これでお前の眼はオレのものだ……」

 

 そんな恐ろしい言葉を吐きながら。

 

(イタチ……!!)

 

 声が出ない。

 視界が暗い。

 耳も遠くなる。

 

(これじゃ……)

 

 だが、ナナは薄れる意識を手繰り寄せるように、無理矢理身体を起こした。

 

(これじゃ……あの時と同じ……)

 

 皮肉にも、短冊街で再会したときのことが鮮明に甦る。

 あの時はサスケを背にイタチに向かって立った。サスケを護ってイタチと戦おうとした。

 だがそれは、イタチによって遮られた。

 イタチとサスケ、二人の前から弾き出され、身動き一つ出来ないまま。

 声すら発せないままだったあの時……。

 あの時と同じことはもう御免だった。

 何もできない後悔は、未来を削ぎ取るほど恐ろしいものだと知った。

 だから、ナナは傍に転がっていた瓦礫に手を伸ばした。

 そして、それを胸に叩き付けた。

 自らが作った傷に、瓦礫の角が突き刺さる。さらに、そこを抉るように力を込めた。

 

「ぐっ……!!」

 

 ひび割れた地に、血が滴り落ちた。

 その痛みが、やっとナナの意識を繋ぎ止めた。

 

(立たなくちゃ……! 立て……! 立て……!)

 

 強引にそれを引っ張り上げた。そして同時に立ち上がった。

 眩暈を振り払うように血まみれの塊を思い切り投げ捨てる。

 が、それが砕けた音は、サスケとイタチ、二人の耳には届かなかった。

 イタチは明らかに弱った身体を、もっと力尽きているはずのサスケに向かって進めた。

 

「イタチ……!!」

 

 彼の目的は、未だナナにはわからなかった。

 だが、悪い予感だけが有り余るほど在った。

 

「待って……!!」

 

 今さら、震えたナナの声は届くはずもなかった。

 ただ願いだけで、竦んで曖昧に歪む心の形を保っていた。

 そして、イタチが歩みを止めて血を吐いた時……。

 

「イタチ……!!」

 

 ナナは再び走り出した。

 傷の痛みは消えていた。焦りと予感で吐きそうだった。

 だが、

 

「……っ……!!?」

 

 その足はすぐに止まった。

 ナナの行く手を遮るように、目の前に黒い炎が立ち上った。

 

「天照……!!」

 

 黒炎の向こう、それを放ったはずのイタチはナナの存在を忘れたかのように、サスケを睨んでいた。

 そしてサスケは、最後の力を振り絞ってフラフラとイタチに向かって行った。

 

「サスケ!!」

 

 サスケに残されていたのは憎しみの力だけだった。

 それだけに突き動かされてイタチに向かって行くサスケを、ナナは止めたかった。

 

「もうやめて……!!」

 

 サスケが放った起爆札付きのクナイが、イタチの須佐熊乎に当たって爆音を響かせる。

 ナナはその衝撃を避けもせず、目を見開いた。

 

「イタチ!!」

 

 イタチはちゃんと、須佐熊乎の盾に守られていた。

 が、彼の無事に安堵する間は一瞬たりとも与えられなかった。

 すぐさまサスケのなりふりかまわぬ攻撃が続き、イタチはそれを跳ねつけた。

 じわり、じわり……。

 イタチはサスケとの距離を縮める。サスケの眼を奪おうと迫る。

 だが、ナナが止めたいのはやはり()()()だった。

 

「サスケ!!」

 

 だから、こう叫んだ。

 

「逃げて!!」

 

 イタチがサスケの眼を奪おうとするなど信じない。

 これほどまでに切羽詰った状況でも、ナナはまだイタチを信じた。悲しいほどに信じていた。

 だからサスケに言う。

 

「お願いだから、ここから逃げて!!」

 

 早く去って欲しかった。

 イタチがその目的を果たす時こそ、絶望の時だとわかっていた。

 それが“何”なのかはどうしてもわからない。

が、遂げさせては駄目だと血が叫ぶ。

 それは、「イタチがサスケを殺す結末」じゃなく、別の何か……。

 

「サスケ!!」

 

 根拠はなかった。

 ただ、まだイタチを信じているから……。

 それだけの理由。

 それが果たして、正解かなどわからない。わかっていたらこんなにも心は細切れに切り裂かれたりしなかった。

 目の前で、イタチがサスケを殺そうとしているのに……。

 それでも。

 

「逃げて! サスケ……!!」

 

 イタチを止めるのではなく、サスケを止める。この光景を終わらせるために、サスケに去れと言う。胸の痛みは自業自得と割り切って、悲鳴のように叫ぶ。

 だが、憎しみの対象に殺意を向けられたサスケが逃げてくれるはずもなく。命を懸けて挑んだ復讐の道を、命惜しさで逸れるわけがなく。

 まして、ナナの声に耳を貸すはずもなく……。

 彼は草薙の剣を抜き、イタチに斬りかかる。

 

「サスケ……!!」

 

 終わらない……。

 終わらせたい……。

 一刻も早く……。

 

 願いが立ち消えたと同時に、ナナの心は停止した。考えるより早く、身体が勝手に動いた。

 サスケと同じように、なりふりはかまわなかった。

 ナナは周囲を見回し、黒い炎の切れ目を探した。

 が、イタチの放ったそれはナナを其処に閉じ込めるように、ぐるりと周囲を囲っていた。

 ナナは手袋を脱ぎ捨て、掌に胸に滲む鮮血をつけた。そして両手を合わせ、和泉の術を発動した。

 何と言う名の術だったか、何のための術だったか思い出さぬうち、その術を発した。目の前の黒い炎に両手を向けると、手のひらから吹いた青白い風によって、炎の勢いは弱まった。

 ナナはそこから脱して、再び二人の元へと走り出す。

 すでに、サスケは崩れ落ちた壁へと追い込まれていた。

 何の皮肉か……その壁には“うちは”の家紋が彫られてあった。

 

「サスケ……!!」

 

 壁を背にして逃げ場を無くしたサスケの眼に、イタチの手が伸びた。

 

「イタチ……!!」

 

 最後……。

 それを目前にしても、ナナの心は叫んだ。

 

「違うっ……!!」

 

 目に映るものと、信じるものの矛盾。

 それを抱えてナナは走った。

 止めたいから。

 護りたいから。

 失いたくない……。

 二人とも……。

 だが……。

 

「……え……?」

 

 その場所へ辿り着く前に、ナナの足はぴたりと止まった。

 思考も……、心も……、ぴたりと止まった。

 信じ続けたその心が、

 

「……イタチ……?」

 

 遂に、目に映る光景に押し流されて逝った。

 

 

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