サスケの足元で、動かない身体。
ナナの瞳はそれに焦点を合わすこともできず、ただ足だけが先ほど下された命令のまま、そこに向かって動いていた。
瓦礫の中をどう進んだのか。どのくらいの時間をかけたのか……。
わかるはずもないままに、ナナはそこに立った。
僅かに開いたままの彼の眼は光を失い、何も映してはいなかった。
ぼろぼろの身体はピクリとも動かず、長い前髪だけが湿った風にかすかに揺らいでいた。
「イタチ……?」
応えて欲しかった。
「イタチっ……!」
名を呼ぶことしかできず、喉の奥で息が潰れるだけだった。
「……っ……」
指先は力を持たず、彼の汚れた頬に触れるしかなかった。
「…………!」
冷たい……、いや、まだ温かい。
信じたかった。まだ、彼の魂が此処にあると。何かの間違いだと思いたかった。
だが、ナナはそういう存在ではなかった。
心が、頭が……どれほど強く否定しても、ナナの血は“それ”を肯定していた。
イタチはもう……此処には居ない。
逝ってしまった。
自分と、そして……サスケの目の前で……。
「……っ……!!」
悲しみか、怒りか……。
ナナの中の混沌とした感情が湧いた。
応えるように、側で石ころが鳴った。
見たくもないのにそちらを向く。
ボロボロで血まみれのサスケが、ほとんど崩れ落ちた壁に寄りかかり、うつろな顔で宙を見つめていた。
壁に彫られた“うちは”の紋章は今にも跡形も無く壊れそうなほどにひび割れて、ボロボロと小さな破片を吐き出している。
「終わった……」
彼は確かにそう吐き出した。
反射的に歯を食いしばる。
そして立ち上がった。血が下がり、目が眩んだが、まっすぐにサスケを向いた。
「終わった……?」
立ち込める死の香りに犯されて、まるで狂気が顔をもたげたように……。
「これで……これで満足なの?!」
ナナは叫んだ。
「これが本当に……アナタが願ってたことなのっ?!」
疲れ果てたサスケの眼がこちらを向く。
弱い息……。
彼も、今にも崩れ落ちそうだ。
が、ナナは彼の胸に拳をぶつけた。
「ねぇっ……! 答えてよ、サスケっ……!!」
ポツリ……。
空から涙雨が零れ始めた。
「本当にっ、これで良かったの?!」
何度も、何度も……。
拳を当てて、そのたびに力が抜けていった。
「こんなっ……」
振り落ちる雫さえも、肩に重い。
「こんなっ……オワリ……!!」
オワリ……口にして、ナナは力尽きた。
サスケの肩の上で唇が震えた。言葉が失せた。
もう、何をどうすれば良いかもわからず。
情けなく……。
サスケの言葉を聞くことすらできず……。
「サスケっ……!!」
彼の肌に触れたまま、泣いて……その心には確かに彼を“殺したい”という感情があった。
いや、自分も“殺して欲しい”という感情があった。
憎しみなのか、怒りなのか、絶望なのか、感情の正体はわからない。
何かを壊したかった。同時に、壊されてしまいたかった。
が。
「…………」
サスケはとうとう言葉を発することないまま、ゆっくりと右腕を動かした。
そして、ナナの背に手を回し、暗部のベストを少しつまんで……そのまま力を失った。
支える力などないナナは、そのままサスケの身体と共に濡れた地面にへたり込んだ。
サスケの体重と、体温を、しっかりと抱きしめたまま泣いた。
そしてすぐ傍の、イタチの手を握り締めた。強くは握れなかった。
冷たいイタチの手と……わずかに温もりのあるサスケの肌。
どちらもちゃんと触れているのに、失ったもののように感じる。
雨は、二人の兄弟に降り注ぐ。
ナナは愛しくも憎い二人の間で、激しく泣いた。
泣いて、泣いて、どれだけ泣いても、何も変わらなかった。
サスケは動かない。力を使い果して弱い呼吸を繰り返すだけで、何も返してはくれない。
イタチも動かない。冷たい手は、二度と握り返してくれないどころか、1ミリも動かない。
この雨が、全てを流し去ってくれればいいと願っても、痛みも、悲しみも、怒りも、恨みも、虚しさも、後悔も……何ひとつ無くなりはしない。
“オワリ”はいつまでたっても終わらない。
だが、やがて雨が止み始めた頃……、ついに空気が揺らいだ。
ナナの背後に、突然無遠慮な気配が現れた。
「和泉菜々葉か」
それは唐突に声を出した。
だが、ナナにとってはそれが何者でもよかった。
自分の名を知っている者だとしても、どうでもよかった。
「……放って……置いて……」
嗚咽の中にも、確実に怒りを込めてナナは言った。
「もう、私たちを放っておいてっ……!」
後ろの男は淡々と何か言っていたが、ナナは吐き捨てた。
「放っておいてよっ……!!」
サスケを抱き、イタチの手を握り締めたまま……。
「やっと……」
やっと……
「やっと三人でっ……」
不毛な言葉は声にならなかった。
やっと、三人で……
『いつか三人で……』
あの願いが、こんな形でオワリを迎えたのだから。
このまま三人で一緒に消え去りたかった。ただそれだけ……。
どうにもならなくても、そう願うことしかできなかった。
「可哀想に……」
背後の男はそう呟いた。
それに対する言葉をナナが返すことは無かった。
男はサスケの肩に顔をうずめたままのナナの首に、手刀を打ち付けた。
薄れゆく意識を繋ぎ止める気力など、ナナにはもう残ってはいなかった。