ひと葉 ~弐の巻~   作:亜空@UZUHA

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惨絶

 

 サスケの足元で、動かない身体。

 ナナの瞳はそれに焦点を合わすこともできず、ただ足だけが先ほど下された命令のまま、そこに向かって動いていた。

 瓦礫の中をどう進んだのか。どのくらいの時間をかけたのか……。

 わかるはずもないままに、ナナはそこに立った。

 僅かに開いたままの彼の眼は光を失い、何も映してはいなかった。

 ぼろぼろの身体はピクリとも動かず、長い前髪だけが湿った風にかすかに揺らいでいた。

 

「イタチ……?」

 

 応えて欲しかった。

 

「イタチっ……!」

 

 名を呼ぶことしかできず、喉の奥で息が潰れるだけだった。

 

「……っ……」

 

 指先は力を持たず、彼の汚れた頬に触れるしかなかった。

 

「…………!」

 

 冷たい……、いや、まだ温かい。

 信じたかった。まだ、彼の魂が此処にあると。何かの間違いだと思いたかった。

 だが、ナナはそういう存在ではなかった。

 心が、頭が……どれほど強く否定しても、ナナの血は“それ”を肯定していた。

 

 イタチはもう……此処には居ない。

 

 逝ってしまった。

 自分と、そして……サスケの目の前で……。

 

「……っ……!!」

 

 悲しみか、怒りか……。

 ナナの中の混沌とした感情が湧いた。

 応えるように、側で石ころが鳴った。

 見たくもないのにそちらを向く。

 ボロボロで血まみれのサスケが、ほとんど崩れ落ちた壁に寄りかかり、うつろな顔で宙を見つめていた。

 壁に彫られた“うちは”の紋章は今にも跡形も無く壊れそうなほどにひび割れて、ボロボロと小さな破片を吐き出している。

 

「終わった……」

 

 彼は確かにそう吐き出した。

 反射的に歯を食いしばる。

 そして立ち上がった。血が下がり、目が眩んだが、まっすぐにサスケを向いた。

 

「終わった……?」

 

 立ち込める死の香りに犯されて、まるで狂気が顔をもたげたように……。

 

「これで……これで満足なの?!」

 

 ナナは叫んだ。

 

「これが本当に……アナタが願ってたことなのっ?!」

 

 疲れ果てたサスケの眼がこちらを向く。

 弱い息……。

 彼も、今にも崩れ落ちそうだ。

 が、ナナは彼の胸に拳をぶつけた。

 

「ねぇっ……! 答えてよ、サスケっ……!!」

 

 ポツリ……。

 空から涙雨が零れ始めた。

 

「本当にっ、これで良かったの?!」

 

 何度も、何度も……。

 拳を当てて、そのたびに力が抜けていった。

 

「こんなっ……」

 

 振り落ちる雫さえも、肩に重い。

 

「こんなっ……オワリ……!!」

 

 オワリ……口にして、ナナは力尽きた。

 サスケの肩の上で唇が震えた。言葉が失せた。

 もう、何をどうすれば良いかもわからず。

 情けなく……。

 サスケの言葉を聞くことすらできず……。

 

「サスケっ……!!」

 

 彼の肌に触れたまま、泣いて……その心には確かに彼を“殺したい”という感情があった。

 いや、自分も“殺して欲しい”という感情があった。

 憎しみなのか、怒りなのか、絶望なのか、感情の正体はわからない。

 何かを壊したかった。同時に、壊されてしまいたかった。

 が。

 

「…………」

 

 サスケはとうとう言葉を発することないまま、ゆっくりと右腕を動かした。

 そして、ナナの背に手を回し、暗部のベストを少しつまんで……そのまま力を失った。

 支える力などないナナは、そのままサスケの身体と共に濡れた地面にへたり込んだ。

 サスケの体重と、体温を、しっかりと抱きしめたまま泣いた。

 そしてすぐ傍の、イタチの手を握り締めた。強くは握れなかった。

 冷たいイタチの手と……わずかに温もりのあるサスケの肌。

 どちらもちゃんと触れているのに、失ったもののように感じる。

 

 雨は、二人の兄弟に降り注ぐ。

 

 ナナは愛しくも憎い二人の間で、激しく泣いた。

 

 泣いて、泣いて、どれだけ泣いても、何も変わらなかった。

 サスケは動かない。力を使い果して弱い呼吸を繰り返すだけで、何も返してはくれない。

 イタチも動かない。冷たい手は、二度と握り返してくれないどころか、1ミリも動かない。

 この雨が、全てを流し去ってくれればいいと願っても、痛みも、悲しみも、怒りも、恨みも、虚しさも、後悔も……何ひとつ無くなりはしない。

 “オワリ”はいつまでたっても終わらない。

 

 

 

 だが、やがて雨が止み始めた頃……、ついに空気が揺らいだ。

 ナナの背後に、突然無遠慮な気配が現れた。

 

「和泉菜々葉か」

 

 それは唐突に声を出した。

 だが、ナナにとってはそれが何者でもよかった。

 自分の名を知っている者だとしても、どうでもよかった。

 

「……放って……置いて……」

 

 嗚咽の中にも、確実に怒りを込めてナナは言った。

 

「もう、私たちを放っておいてっ……!」

 

 後ろの男は淡々と何か言っていたが、ナナは吐き捨てた。

 

「放っておいてよっ……!!」

 

 サスケを抱き、イタチの手を握り締めたまま……。

 

「やっと……」

 

 やっと……

 

「やっと三人でっ……」

 

 不毛な言葉は声にならなかった。

 

 やっと、三人で……

 

『いつか三人で……』

 

 あの願いが、こんな形でオワリを迎えたのだから。

 このまま三人で一緒に消え去りたかった。ただそれだけ……。

 どうにもならなくても、そう願うことしかできなかった。

 

「可哀想に……」

 

 背後の男はそう呟いた。

 それに対する言葉をナナが返すことは無かった。

 男はサスケの肩に顔をうずめたままのナナの首に、手刀を打ち付けた。

 薄れゆく意識を繋ぎ止める気力など、ナナにはもう残ってはいなかった。

 

 

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