イタチに愛され、自分が一族の誰からも愛されていないことを知った。
イタチが現れるたび、未来への希望が生まれた。
イタチに憬れて、忍になりたいと思った。
イタチの話を聞くたび、サスケへの想いが募った。
目を開けても、悪夢が続いているかのようだった。
さっきまでのことはただの“悪夢”だったのだろうか……?
そう思えればよかった。たった一瞬でも。
だが残念ながら、ナナの思考はそう思えるような明朗なつくりではなかった。
とても陰鬱だった。
なんだか薄暗くてジメジメとしたこの空間に溶け込んでしまいたかった。
が、そこに寝転がって絶望に身を任せることすらできず、ナナは重い身体を起こした。
手にはまだ、イタチの冷たい手と、サスケの体温が残っている。
それをそのままにはできなかった。
たとえ見たくないものを見たとしても、もうあの光景以上に悲惨なものはきっとないのだから。
ズキンと胸が痛んだ。自ら作った傷が、場もわきまえずに悲鳴を上げている。
そこを見下ろすと、切り裂いた衣服の下にあるはずの傷には手当てがされていた。
「目覚めたか、和泉菜々葉……、いや、いずみナナと呼ぶべきか?」
聞き覚えがあるかどうか定かでない男の声がした。
蝋燭の灯が届かぬ闇から、男はゆっくりと姿を現した。
橙色の歪な面をつけた男……。見覚えは無い。
だが彼に対して、何も感じることはなかった。
二つの名を知っている事実にも。
ただ、
「イタチと……サスケは……どこ……?」
そう問う。
喉の奥が干からびていた。
が、男は答えずに手にした何かを投げつけた。
「……っ……?!」
顔の近くでかろうじてそれを受け止め、何なのかを理解する前に男が言う。
「隣にサスケを寝かせている。手当てをしてやれ」
男は腕組みをしたままその場から動こうとはしなかった。
ナナはわずかに躊躇って、投げつけられたものを見下ろした。
これには覚えがある。自分のポーチだ。
「どうした?」
男が言わんとすることはわかっていた。
『イタチを殺した憎い相手を手当てすることはできないか?』
だから、ナナは彼をひと睨みし、立ち上がった。
胸の痛みも、頭の軋みも、感じないようにした。
いや、そんなものはどうだってよかった。
いや……、もうよくわからなかった。
男に反抗しているのか、それともただの使命感なのか、それすらよくわからぬまま、ナナは男が指した『隣』の部屋へ向かった。
部屋といっても壁の向こうではなく、木の衝立で仕切られただけだった。
だから、すぐにサスケを見つけることができた。
何の役に立つのかわからない木箱に置かれた蝋燭が、横たわるサスケの顔を照らしている。
岩盤を削って無理やり人が過ごす空間を作ったかのような歪な場所だ。
陰気で、湿って、殺風景で……、床というか、岩肌にただ敷物をしいただけのところにサスケは寝かされている。さっきまでの自分と同じように。
ナナは唇を引き結んだまま彼の傍に膝をつき、ポーチから自身で作った傷薬を取り出した。
サスケの顔をまっすぐに見ることはできなかった。
どんな顔をして眠っているのか……、知りたくはなかった。その瞼が開くとき、目を合わせる瞬間のことを考えたくなかった。
顔を背けたまま薬の蓋を開けると、薬草の匂いが鼻をついて……涙が滲んだ。物心ついた頃から作り慣れた薬なのに、涙が止まらなかった。
サスケの身体に包帯を巻き終えても、頬から涙は消えなかった。
「うっ…………」
遂に片手でそれをぬぐったとき、いつの間にか傍に来ていた男が、先程より同情を含んだ声で言った。
「イタチの遺体は別の部屋に安置してある」
“遺体”という言葉に、ナナは唇をかみ締める。
「お前たちに話すことがある。お前たち二人にとって、とても重要な話だ」
そう言われても、興味は少しも湧かなかった。
「サスケが目を覚ますまで、お前も休んでいろ」
ナナはそのままサスケの傍らで、膝を抱えて顔をうずめた。
男が何を話そうとしているのか、男がサスケと自分にとってどんな関わりのある人間なのか……そんなことはどうでも良かった。
ただ、放っておいて欲しかった。
そうして、自分の感情に始末をつけたかった。
だが、サスケの傍から離れることも、この何処だかわからない場所から逃げ出すこともできずに、力なくうずくまることしかできなかった。
どのくらいの時間が経ったのか……。
ぐるぐると同じ想いが巡るばかりで、時の経過などさっぱりわからなかった。
こんな時ほど早く過ぎ去ってしまえばいいと思うのに。
苦しみは少しも引かぬまま、とうとうサスケが目を開けた。