知らない場所だった。
蝋燭の明かりで、洞窟のような場所だとわかる。
そんなことはどうでも良かった。
疑問すらもたずに、ただ無意識のうちに起き上がる。
と……、傍らでナナがじっとうずくまっていた。
泣いているのか、眠っているのか……。
髪の先すらピクリとも動かず、ただ蝋燭の明かりさえ拒絶するように身を縮めていた。
その姿に、確かに死したイタチの顔が重なった。
「勝ったのはお前だ、サスケ」
そのビジョンを見抜いたかのように、暗がりからくぐもった男の声がした。
「前に一度会ったのを覚えているな? あの時は敵としてだったが……」
見覚えのある、橙の面。暁の……確かデイダラとかいう男と組んでいたのを思い出す。
彼は言った。
「お前といずみナナに“ある事”を伝えるため、ここへ連れて来た」
自分とナナに……。
そう言われても、何の興味も湧かなかった。
傍のナナも、少しも動かない。
あの男が何を言おうとも、自分が目覚めていようとも……、きっともうどうでも良いのだとサスケは思った。
放っておいて……。
ナナの心が見えるようだった。
もう、放っておいてくれ……。
自分もまた、同じだったから。
が、
「二人とも、まるで興味無し……か」
男はサスケとナナを捕えて放さなかった。
「だが、こう言えば少しは聞く気になるだろう」
次の言葉に、サスケもナナも、かすかに視線を男に向ける羽目になる。
「オレの話は、うちはイタチについてだ」
サスケは横目で男を見やった。
ナナも、ようやく気だるそうに顔を上げた。
「聞く気になったか?」
男はひとつ溜息をつき、己の面に手をかけた。
「まずは自己紹介から始めよう……」
そして、
「オレはお前たちと同じ、うちは一族の生き残りであり……」
少しだけ、その面をずらして言った。
「うちはイタチの真実を知る者だ」
ドクン……と、サスケの心臓が鳴った。
男の言葉に対して……?
いや、それは男がわずかに見せた“右の眼”を見てしまったからだった。
それは確かに“写輪眼”だった。本来うちはの人間しか持たぬモノ。
が、それに心が、脳が、反応したというわけではなかった。何か別の、自分の五感とは関係ない何かが、サスケにその反応をさせていた。
そして、それはさらにサスケを支配するように動かした。
感じたことのない力が流れ、左眼の痛みとともに男の姿が歪んだ。
「ぐあっ」
男は声を上げた。
カラン……という面が地面に落ちる音で、サスケは男の身に黒い炎が纏わりついたことを知る。
「ぐっ……」
サスケは左眼を抑えた。そこから脳に突き刺すような痛みが走る。
「ぐおぉっ」
同時に、男が倒れこむようにして暗がりに身を引いた。
「サスケっ……!?」
悲哀に満ちた声がして、冷たい手が身体に触れた。
「うっ……」
ひどい疲労感がのしかかった。気づかなかった全身の傷の痛みも、この時ようやく表れる。
「サ……!」
反対に、冷えた指先は怯えたようにすぐに引っ込んで行った。
当然だと思った。
だから彼は、その残像を追わなかった。
そしてすぐ、男が再び姿を現した。
「これは恐らく……、イタチがお前に仕込んだ“天照”だろうな……」
サスケは面をつけ直して立つ男の方を見た。
ナナが息を呑んだのがわかった。
「さすがはイタチだ。ここまで手を打っておくとは……」
男は独り言のように言う。
「一体、何のことだ……?」
ようやくサスケは言葉を出した。
と、男は勿体ぶらずに答えた。
「イタチはお前に術をかけていたのだ。オレを殺すため……、いや、お前からオレを遠ざけるためにな……」
それがどんな意味かはわからなかった。
「お前がその眼でオレを見ると、自動的に“天照”が発動するように仕掛けたんだろう」
ナナの気配が揺れていた。
「何の話をしている?」
サスケはそれを感じつつ、そう言った。
男は淡々と聞き返す。
「イタチは死ぬ前に、お前に何かをしたはずだ」
「…………?!」
瞬間、鮮やかに瞼裏に浮かぶ最後の光景。
追い詰められたあの時に、イタチは……。
「最後の最後、イタチは己の瞳力を全てお前へ授けたのだ」
「何を言っている……?」
とうとう、ナナが震え始めたのを感じた。
「どうしてイタチがそんなことを……」
「わからないのか?」
だが、残酷にも男は“真実”とやらを告げた。
「お前を
わずかに抵抗はした。
だが、それは無意味だった。
「イタチから聞いたんだろう? “あの夜”の協力者のことを」
“あの夜”……イタチが一族を殲滅した“あの夜”……。
それを思い起こす前に、男は容赦なく己の正体を明かした。
「オレがその、うちはマダラだ」
うちはマダラ……。
その名の記憶が断片的に蘇る。
が、それらを繋ぎ合わせる間もなく、彼は続けた。
「オレはイタチの全てを知っている」
否定する力を持とうとするサスケと呼吸すら震わすナナに、マダラを名乗る男は苦笑とも嘲笑ともとれるものを混ぜながら言った。
「……まぁ、イタチはそれに気づかずに死んだがな」
「うるせぇ!」
怒りか憎悪か……、湧き上がるままにサスケは叫んだ。
「そんなことはもうどうだっていい!」
終わったはずだ。“あの夜”のことは全て……。
だから、
「オレたちの前から消えろっ!!」
もう終わったはずだから……。
だが、
「いや、聞いてもらう」
マダラは今までで一番強い声で言った。
「お前たちは聞かなくてはならない! それがお前たちの義務なのだ!」
身体に掛けられていた布を握りしめた。
ナナは耳を塞いだ。
「忍の世のため、木ノ葉のため……、そして何より弟のために全てを懸けた、うちはイタチの生き様を!!」
マダラは興奮を隠しもせずにぶつけた。
そして、自らのそれが収まるのを待って語り出した。
「イタチの真実を知る者は四人いた……」
木ノ葉の三代目火影とダンゾウ、相談役のコハルとホムラ……。
三代目火影亡き今は、三人だけがその事実を知る。
彼らは絶対にこのことを口外しないだろう。
だから、イタチの真実はこのまま闇へと葬られる。
永久に……。
イタチ自身もそれを望んでいた。
だが、マダラもまたその真実を知っていた。
木ノ葉の過去、イタチの真実、忌まわしい事実……。
全て知っていたが、イタチはそのことには気づかずに死んでいった……。
マダラは淡々とそう語った。
「だが、イタチはずいぶんと用心深かったようだ。オレがその事実を知る可能性を考慮し、万が一の場合には“天照”でオレの口を封じようとしたのだろう」
容易に理解できない話の中、マダラの声に憐みが含まれた。
「オレがお前に話すとき、オレが写輪眼を見せることまで計算していた」
少し昔の物語に、急に自分が登場した。
「オレに……話すとき……?」
疑問は自然と声になった。
「何を言ってる……?」
ナナの気配はもう感じなかった。
いや、感じ取る余裕すらなくなっていた。
同じ疑問を持っているのか、マダラの話を聞いているのかさえもわからなかった。
「最初に言っただろう。お前を守るためにイタチはそうしたんだ」
ぐるぐると、ただぐるぐると頭の中を渦巻く言葉。
「オレを……守る……?」
浮かんだ疑問を、一向に考えようとしない脳。
「思い出せ、サスケ」
代わって、マダラがそれに命令をする。
「イタチのことを思い出すんだ」
呼応するように、呼吸が速くなる。
「優しかった兄を」
マダラの言葉はまるで催眠術のようだった。“優しかった兄”が、いとも簡単に脳裏に蘇った。
「あ、アイツはオレを殺そうとした……」
あの笑顔、あの声……。
「オレの眼を……奪おうとした……!」
まるで拒絶反応を起こしたかのように、サスケは激しく咳込んだ。
「落ち着け、ゆっくりと息をしろ」
伸びた手を、サスケは払いのけた。
「触るなっ!!」
反動で、身体がガクンと傾いた。視界までが暗くなり、より鮮明にイタチの記憶がまぶたに映った。
“優しい兄”の顔、一族を殺した殺戮者の顔、兄としての笑み、眼を奪おうと伸びる手……。
最後に泣き叫ぶナナの顔が蘇った時、サスケは意識を失った。
(ナナ……)
ナナがこの瞬間に何を見つめているのか、知ることはできなかった。