再び目を開けた時、身体は縛られ、座らされていた。
ナナはすぐ隣に居た。が、瞬きすら忘れたように宙を眺めていた。
「悪いが拘束させてもらった。おとなしく話を聞いてくれそうもなかったんでな」
マダラは腕組みしながらこちらを見下ろしていた。
「あいつは……」
サスケの口から、呪文のように言葉が出た。
「イタチは……敵だ……」
今まで在り続けた思いを呟く。
「父さんと、母さんを殺し……一族を皆殺しにし……」
自分に言い聞かせるように。
「木ノ葉の抜け忍で……暁のメンバーだ……」
そして、
「あいつは……憎むべき存在だ……」
そこに居る、ナナにさえも届くように。
「オレが……殺した……」
少しの沈黙があった。
ナナはピクリとも動かなかった。
サスケの声が、聞こえているのかどうか……それすらも分からないほどに。
だが、マダラはかまわず沈黙を破った。
「“あの夜”……、イタチがうちは一族を皆殺しにしたのは事実だ。そしてイタチは木ノ葉を抜けた」
いや、『破った』というよりは、残酷な言葉で切り裂いた。
「そうすることが木ノ葉から下された任務だったからだ」
「…………?!」
サスケは初めてまっすぐにマダラを向いた。
応えるようにマダラは言う。
「それが、イタチの真実への入り口だ」
「……任務……だと?」
何かが無理やりはがされて行くような感覚。
サスケはそれに身を任せるほかなかった。抗おうにも心は追い付かなかった。
「“あの夜”、イタチは己を殺し、木ノ葉の忍としての任務をやり遂げたのだ」
「どういう事だ……?」
哀れにも、ナナもまた、ゆっくりとマダラに焦点を合わせていた。
その姿を視界の隅に留めて、サスケはさらなる“真実”を要求する。
「イタチの話をするには、まず木ノ葉創設期にまで話を遡らねばならない」
マダラは腕組みを解いて言った。
「イタチは犠牲になったのだ。古くから続く因縁……その犠牲にな」
因縁……。
木ノ葉隠れの里が創られた当時の因縁など、知るはずもなかった。そんなものが自分たちに関係があるなどとは思えなかった。
だが、
「これから話すことは全て事実だ」
マダラは話はじめた。
八十年以上も前の話を……。
――――――――――――――――――――
国が権力を争っていた戦国時代……。
まだ忍は武装集団でしかなかったその時代時代、国に雇われて戦争に参加していた忍たちの中で、最も恐れられていた一族があった。
それが、千手一族と、うちは一族だった。
マダラはうちは一族の中でも、ずば抜けたチャクラを持って生まれた。
その時代、忍は戦いに明け暮れ、うちはもまたそうだった。そしてマダラは、力を保持するために友も弟も手にかけた。
そうしてうちはのリーダーとなり、木遁を扱う忍の憧れ……千手一族と幾度となく戦った。
千住の長は、後の初代火影となる男、千手柱間だった……。
国と国との戦争で、一国が千住を雇えば、敵国はうちはを雇う。
二つの“名”はライバル同士のように戦いを重ねることで、世界に知れ渡った。
マダラは言った。
弟の眼を得たのは、名を上げるためではない。一族を守るためだと。
千手を初めとする外敵から一族を守るために、強くならねばならなかったのだと。
そして、弟は自ら眼を差し出した……と。
やがて、千手はうちはに休戦を申し入れた。双方の一族の誰もが、戦いに明け暮れた毎日に疲れ切っていたのだ。
が、マダラは一人、休戦に反対した。
今までの憎しみは……?
弟の犠牲は何のために……?
いずれは千手に駆逐されてしまうのでは……?
しかし、一族の休戦への願いは強かった。
マダラはリーダーとして、仕方なく千手の申し出を呑んだ。
やがて忍連合を築いた彼らは、火の国との協定にこぎつけた。
火の国と木ノ葉隠れの里という『一国一里』のシステムが生まれ、他国もそれを真似た。
そして、力の均衡がとれたことで、一時の平和が訪れた。
しかし、木ノ葉はすぐに混乱に陥る。
初代火影の座を巡っての争いが起こったのだ。
サスケやナナも、当然それが誰になったか知っている。
選ばれた千手の柱間に対し、マダラは危機を覚えた。
うちはが主権から遠ざかって行く……。
それはマダラにとって“一族の危機”だったのだ。
だから、うちはを守るためにうちは主導の道を選び、彼は再び柱間と対立した。
しかし、平和を願ううちはの一族で、彼に従う者は無かった。
マダラは全てに裏切られ、里を出た。
やがて……。
復讐者となった彼は、木ノ葉に戦いを挑んだ。
そして、終末の谷と呼ばれるあの場所で、破れ散った。
マダラは死んだ。
戦った柱間さえもそう思って、歴史からマダラの名は消えて行った。
その後、二代目火影は二度と同じ事が起こらぬよう、うちは一族に特別な役職を与えた。
それが今の『警務部隊』だった。
それは聞こえが良かったが、実態はうちはを里の
うちはの中に、上層部の意図に気づく者もいた。
だが……時すでに遅し。
木ノ葉の主権は千手の手から離れることはなかった。
さらに、ある事件がきっかけで、うちはは完全に駆逐されてしまう。
それがあの、“九尾来襲事件”だった。
「どういうことだ?」
サスケは口を開いた。
今までの、マダラが語った歴史は、彼の知る歴史の裏側だった。
信じられなくもなかった。
が、“九尾の事件”を出されて、黙って聞いていることはできなかった。
「九尾を手懐け、コントロールすることができるのは、和泉一族の陰陽術と、うちはの瞳力だけだ」
マダラはサスケとナナを交互に見た。
「木ノ葉の上役たちは、あの事件を“うちは”か“和泉”の何者かによる仕業ではないかと勘ぐった」
サスケは視界の隅でナナを伺った。
弱った横顔に変化はなかった。ただ、膝に置かれた指の先がかすかに動いていた。
「だが実際、あれは自然発生的な天災というやつだ。うちはは関係していない。それに……」
マダラはうちは一族の関与を否定し、
「当時の和泉には、九尾を呼べるような術者など“和泉成葉”以外にはいなかったし、その成葉も木ノ葉の人間になっていた」
和泉一族の可能性も打ち捨てた。
「しかし双方に疑いはかけられた。うちはが里の主権を狙って、自分たちの手で九尾を操ったか、もしくは古くから繋がりがあった和泉に協力させたのではないか……とな」
「うちはと和泉が古くから親交があっただと?」
しかし、新たな事実はナナの顔さえも引きつらせた。
「歴史が刻まれる前からの深い深い繋がりだ……たとえば“対極”という位置でのな」
「対極……?」
サスケはついに、ナナを向いた。
「お前は知らされなかっただろうが……和泉の血を持つ者には一切の幻術が効かない。逆に、和泉の特殊な陰陽術は“万華鏡写輪眼”によって破られる」
「天敵……というヤツか……」
「そうだ。一族固有にして最強の術が、唯一効かない相手同士という関係だ」
ナナは……これを知っていた。
「だが、和泉は千年の歴史のなかで衰退していった。本来ならば世界を治めるほどの術を持ちながら、それを扱う者が産まれなくなっていった。特異なその血は当然外敵に狙われたが、自らを守る力すらなかった」
その証拠に、サスケの視線から逃れるようにうつむいた。
「だから木ノ葉隠れの里ができた時、不測の事態に木ノ葉の忍が和泉を守る代わりに、火の国にその類稀なる術を捧げるようにとの協定が交わされた。かつて地上の神とも呼ばれ、闇に消えてもなお伝説の一族と呼ばれた和泉が、ただの大名たちの“お抱え陰陽師”になり下がったのだ」
マダラは淡々と続けた。
「和泉は力を失い闇に隠れ、うちはもまた里での権力を失っていた。木ノ葉の上層部は、対立し合いつつも繋がりを持っていた二つの特異な一族が、この期に手を取り合って反逆に踏み切ったのだとこじつけた」
和泉の歴史など、サスケはひとつも知らなかった。その存在自体、皆と同じで知らなかったのだから。
だが、彼の名とナナの名は、暗い闇の奥でこんなにも複雑に絡み合っていた。
「木ノ葉は暗部によってうちは一族を徹底的に監視した。居住区も里の隅へ追いやり、隔離さながらの状態になった」
知っていることと、マダラが口にすることが、だんだんとそれらを知らしめる。
「木ノ葉の追及を恐れた和泉は、反逆の意を否定するためと、九尾来襲を予言することができなかった償いのため、九尾が再び暴れ出した時のための“封じの器”を創り上げ……“保険”として差し出した」
知りたくなかったことまでも。
「そうやって産み出されたのが……和泉菜々葉だ」
「……っ……」
サスケはナナから目を逸らした。
そのために、そんな都合のために、ナナは意図的に産み出された……。
操られた生に、抗うことができるはずもない。ナナの諦めがこの絶望と同調しているように思えた。
「和泉は“保険”でなんとか誤解を解いた。が、里に住まううちはは差別された。唯一、三代目がこの措置に異議を唱えたが、ダンゾウや相談役たちは認めなかった」
マダラはその全てを見据えたうえで、事実を明かす。
「不信はわだかまりを生み、疑いはやがて現実となっていく……」
その現実とは。
「うちは一族は実際にクーデターを企んだ。里を乗っ取るために」
サスケの……己の一族の謀反という現実。
「その動きに勘付いた木ノ葉上層部は、うちは一族にスパイを送った」
悲劇の真実。
「それがお前の兄、うちはイタチだ」
「…………!!」
それこそが、イタチの悲劇の始まりだったのだと……。