うちはがクーデターを企てていたこと、その首謀者がイタチとサスケの父、うちはフガクであったことは、当時幼かったサスケには知らされていなかった。
もちろん、イタチが父によって暗部……つまり里側へ送り込まれたスパイだったということも。
「だが……それは逆だった」
マダラは言った。
「イタチは逆に、里側にうちはの情報を流していたのだ」
俗に言う、“二重スパイ”だった。
なぜイタチは一族を裏切り、里についたのか……。
当然、サスケは疑問を吐きだす。
だが、マダラはこう答えた。
幼くして戦争の酷さを目の当たりにしたイタチは、平和を愛する男になったのだと。
里の安全のため……平和のために働いたのだと。
そして、その心を上層部の人間に利用された。
「眼には眼を……写輪眼には写輪眼を。うちはに対抗するには写輪眼が必要だった」
上層部がイタチに命じたこととは……。
「うちは一族の全員の抹殺……」
サスケの肩が震えた。
マダラは「お前がイタチならどうする?」と問うたが、答えられるはずもなかった。
『想像を絶する』とはまさにこのことだ……。
イタチの心中……それを想像できないのではない。その悲痛さ、複雑さ、愛、憎しみ、後悔……それらの痛みの大きさを想像することができなかった。
イタチはその後、うちは一族に裏切られた恨みを抱いていたマダラと接触したという。
『里には手を出さない』という条件を出して、一族への復讐の手引をすると言ったのだ。
そして……唯一の三代目の和解策も失敗に終わり、イタチは“任務”を遂行した。
「任務だった」
マダラのやけにやんわりとした声が、部屋を冷たくした。
「一族を殺した犯罪者として汚名を背負ったまま抜け忍になること……その全てが里から下された
イタチは任務を全うした。
ただひとつの“失敗”を除いては。
イタチはサスケを守るよう三代目に嘆願し、ダンゾウに脅しをかけて里を抜けた。
サスケには、自分を恨むよう言い捨てて……。
何よりサスケのことを案じていたのだ。
自分を恨むことででも……サスケが強くなってくれることを願って。
そして、強くなったサスケと戦い、死ぬことを心に決めていた。
すべてが、その時からのイタチの計算だった。
何度もサスケを追い込んだのは、その身体に巣食った大蛇丸の痕を断つこと。そして、自分の死でサスケが万華鏡写輪眼を開眼すること……。
そのためにイタチが演じたことだった。
「血の涙を流しながら、全ての感情を断ち切って同胞を殺しまくった男が、弟だけは殺せなかったのだ」
マダラはサスケに近づき、縄を解いた。
が、サスケの身体は硬直したまま、体勢を変えなかった。
「イタチにとってお前の命は、里よりも重かった」
そのサスケに、マダラはイタチの真実を突きつける。
「里を抜け……血にまみれたままで、イタチは和泉の里へ向かった」
そしてマダラは久しぶりにナナを向いた。
「その時、お前に何を言ったのかは知らないが……」
ナナの視線は宙に浮いたままだった。
が、マダラは続けた。
「お前もイタチにとって大切な存在だったらしい」
ナナの視線がわずかに揺れた。
「イタチは……自らの手で最愛の弟につけた“傷”を、お前が癒すことを望んでいた。だからこそ、お前にも真実を告げなかったのだろう」
そしてついに、ナナの瞳がマダラを捉えた。
「お前がいつか木ノ葉の里に入った時、“兄に一族を抹殺された可哀想なサスケ”と“唯一心を許した許婚に裏切られた哀れなナナ”とが……ともに手を取り合って生きることを、イタチは望んだはずだ」
マダラは腕を組み換え、一度サスケを見据え、またナナに視線を戻した。
「だが……それならばお前には会わずに消えた方が効果的なはず……」
ナナのかしこい脳が次の言葉を悟ってしまったかのように、その白い額がピクリと引き攣る。
「それでもイタチ自身が会いたかったほどに……いずみナナ、お前もイタチにとっては特別だったのだ」
少しの間……。
そしてナナの首が、呆けたように少し傾いた。
「木ノ葉を抜け、イタチは暁に入り込み、最も危険な組織を内部から見張っていた。それでもなお、何度かナナを救った」
マダラは立ち上がり、ピクリとも動かなくなった二人を見下ろした。
「イタチは……サスケに殺されることで、うちはの仇を討った。お前が木ノ葉の英雄になることで、うちはの誇りを取り戻そうとしたのだ」
サスケの視線も宙を彷徨っていた。
「そしてイタチは、最愛の弟に新しい力を与えるために死んだ」
二人とも、呼吸をしているのかどうかさえわからない様子だった。
「病に蝕まれながら、薬で無理に延命を続けて……」
が、マダラは淡々と告げた。
「それでも、どうしてもお前と戦い、お前の前で死ななければならなかったのだ」
『このオレを殺したくば恨め、憎め! そして醜く生きのびるがいい。逃げて…逃げて…生にしがみつくがいい』
“あの夜”の声が耳の奥から聞こえて来る。
言われたとおり、恨んで憎んだ。心の底から殺したいと思っていた。
そして……、それを叶えた。
あれは、挑発や蔑みではなかったというのだろうか。
全て、イタチの本当の望みだったのだろうか。
あの言葉を言いながら、イタチは何を思っていたのか……。
あの時、泣いてた……。
あの時の涙は、見間違いなんかじゃなかった。
歓喜の涙ではなかった。嘲笑でもなかった。
いったいなんだったのか……。
残酷な所業に対する無意味な後悔か。あるいは自身への憐みか。
ずっと心に引っかかっていた。
が、深く考えようとはしなかった。
憎しみがあの涙を踏みつけた。憎き男の心境などどうだってよかった。
だが、マダラが語ったことが全て真実だったとしたら……。
涙の答えに辿り着いてしまったのだろうか。
そう考えたくはなかった。
今度は絶望が、あの涙を踏みつけた……。