ひと葉 ~弐の巻~   作:亜空@UZUHA

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第4章 暁襲来編
鎖


 

 波の音は懐かしかった。潮気を含んだ風も、今の心には丁度よかった。

 隣でサスケが泣いていた。

 サスケの涙は初めてだった。

 が、胸は痛まなかった。

 憐みも、悲しみも、罪悪感もない。

 ただ、『わかっている』と……、そういう思いで彼の震える拳に触れた。

 サスケはすぐに、ナナを抱きしめた。

 ナナも彼を抱いた。

 こんなに自然な気持ちで触れ合ったのは、いつ以来だろう……。

 ナナはサスケの体温を感じながらふと思った。

 いったいいつから、傍に居ることが苦しかったのだろう……。

 抱き合う二人の間に、もう苦しみはなかった。

 亡くしたものが同じだから。後悔も、絶望も、全部同じだから。

 

 だから、安らぎもなかった。

 

 サスケは身体を離すと、まっすぐにこちらを見た。

 その瞳は、前よりも透き通っていた。暗い……奥底までをさらけ出すかのように。

 だからナナは、サスケがこう言うのを黙って聞いていた。

 

「オレはこれから、木ノ葉を潰す」

 

 サスケの気持ちは良くわかった。

 何を愁い、何を憎んでいるのかもわかった。

 そして……。

 

「ナナ……お前は……」

 

 次に言う言葉も。

 だからナナは、先に応えた。

 

「私は行かない」

 

 サスケの瞳にはかすかな動きもなかった。

 サスケもまた、ナナの気持ちを知っている。

 

 

「さようなら、サスケ」

 

 

 別れの言葉と共に、波が足元で小さく弾けた。

 それを見届けるように、ナナはサスケから目を逸らした。

 わかりきったことだった。

 同じ咎を持つ者どうし、一緒にいて何になる。決して償うことなどできないというのに……。

 

 サスケに別れの言葉はなかった。

 彼はまるで波が引くようにナナの前から消えた。

 

 見送ることはしなかった。

 ただ波間を眺めていた。

 日は昇り、ますます辺りを輝かせていく。

 時が経ち……、日が沈んで光が失せたとしても、きっとこの波間に星は流れ落ちることはないだろう。

 そう思いながら、ナナはずっと……海を見つめていた。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 木ノ葉の暗部、三名一小隊(スリーマンセル)が森を駆けていた。

 木ノ葉の暗部……といっても、彼らの所属は“根”。

 彼らは火影ではなくダンゾウからの直々の命で動いていた。

 

 “根”の中でも諜報活動に特化した彼らは、数時間前にある情報を得た。

 “和泉一族”のいずみナナが、火影から特命を受けて単独で里を出たこと。それも、暗部の装束で。

 彼らはもちろん、いずみナナがどんな存在であるかは知らされている。だからすぐさまダンゾウに報告した。

 ダンゾウは『うちはサスケを単独で追ったのだろう』と予測した後、彼らに別の情報を与えた。それは、もう何十年も前にうち捨てられたという“うちは一族のアジト”の場所だ。

 そしてダンゾウは、片目の奥をギラつかせて彼らに命を下したのだ。

 師と慕うダンゾウが、あれほど感情を露わにした瞬間は初めて見た。

 彼らはこの任務の重要性にうち震えながら、完遂を誓ったのだった。

 

 

 忍犬のうちの1匹が戻って来た。

 教えられた“うちはのアジト”を二ヶ所訪れたが、周囲に人がいた痕跡は無かった。

 今回はようやく『当たり』だ。

 彼らは犬を追って潮風の吹いてくる方へと走る。

 日が傾き始めている。思ったより時間がかかったが、ついに標的(ターゲット)を見つけたのだ。

 逸る感情などいっさい滲み出さず、彼らはひと気のない砂浜に出た。

 波打ち際、濡れそうになるかならないかのところに、彼(・)女(・)は膝を抱えて座っていた。

 まるで人形のように微動だにしない。砂浜に打ち上げられた流木のように、じっとそこにいる。

 暗部装束でなく、淡い藤色の着物を着ているところを見ると、“特命の任務”は失敗に終わったのだろう。

 だが彼らにとって、ナナのそれがどういう結末を迎えたのかなどどうでも良いことだった。もちろん、現在のナナの心境にも関心は無い。

 ただ、ダンゾウの命を完璧に遂行するだけ……。

 三人は顔を見合わせ、面越しに互いの行動を確認し合うと、それぞれ小さくうなずいた。

 チャクラを溜めて跳躍し、軽やかに彼女の周囲に躍り出る。

 

「見つけたぞ、いずみナナ」

 

 一瞬で接近した。が、彼女は少しも驚かなかった。

 

「“上”の命令だ。一緒に来てもらおう」

 

 ピクリとも動かず、まるで彼らの存在を無い物のようにぼんやりと波を見つめていた。

 

「最初に警告しておく。無駄な抵抗はやめておくんだな」

 

 ひとり一言ずつ声をかけた。

 だが、いずみナナはどの声にも反応を示さず、手の中で貝殻を弄ぶばかりだ。

 

「我らは木ノ葉の“暗部”だ。抵抗すればお前は反逆者とみなされる」

 

 重ねて警告すると、ナナは海に沈もうとする赤い塊を見上げてかすかに笑った。

 歪んだ唇に色は無く、とても不自然な笑みだった。

 

「木ノ葉の暗部……?」

 

 そしてナナは、ついに口を開いた。

 薄くて弱いのに、波音に紛れずはっきりと聞こえる声だった。

 

「“木ノ葉の暗部”じゃなくて“ダンゾウの手先”でしょう?」

 

 それは、やけに冷え冷えと空気を伝った。

 

「貴様、ダンゾウ様への謀反か?」

「そのような口をきくとただではすまさんぞ」

 

 ナナはクスリと息を吐きながら笑った。

 

「ダンゾウ……“様”……?」

 

 夕日に染まらぬ暗い瞳でこう言った。

 

「殺したい相手に、“様”なんてつけるわけないでしょう?」

 

 吐き捨てるようなその言葉尻に、ひとりが思わず呟く。

 

「『資料』とはずいぶん雰囲気が違うようだな……」

 

 ナナは初めて、首を傾けた。

 

「あなたたちの『資料』には何て?」

「おとなしく控え目で、集団の中で最も目立たぬガキだと伝えられていた」

 

 彼らは三方からナナを取り囲み、懐の拘束具を掴んだ。

 

「へぇ……そんなふうに見られてたんですね、私」

 

 少女ひとりに対し、暗部が三人。にもかかわらず、そこに緊張感が漂っているのをそれぞれが気づいていた。

 

「実際はずいぶんと反抗的な態度をとるようだな」

「うちはサスケに逃げられ、ヤケを起こしたか?」

「それともそれが本性か……」

 

 何がおかしかったのか……、ナナは噴き出すように笑った。

 懇意であったはずの『うちはサスケ』の名は、何の効力も示さないようだった。

 

「何が本当の自分か……なんて、わからないと思いませんか?」

 

 そう愉快そうに言いながら、ナナはやっと立ち上がった。

 

「妙なマネはよせ」

 

 一人がそう警告したものの、ナナは未だ完全なる無防備だった。

 身構えるどころか逃げようとする素振りも見せず、妖しく笑っている。

 彼らはさらに警戒を強めた。

 “和泉”の力で何かの術を始めるのか……。

 チャクラを発してはいない……が……。

 印を結び始めたら一瞬で拘束だ。

 三人一組(スリーマンセル)を組んで長い彼らにとって、無言のうちにも意思疎通は容易だった。

 が、ナナは彼らひとりひとりの内側を見透かしたように言った。

 

「べつに……今さら抵抗なんてしません」

 

 そして、手にしていた貝殻をグシャリと潰した。

 

「連れて行けばいい……ダンゾウのところへ……」

 

 一人が慎重に近づいた。

 

「ずっと……私を狙ってたってことでしょう?」

 

 他の二人も、殺気を高めて身構える。

 しかしナナはうすら笑って、潮風に貝の破片をさらわせると手を払った。

 

「余裕だな……。さすがは“和泉の姫”といったところか?」

「それとも逃れられぬと観念したか?」

 

 その行為が術の発動でないことを確かめてから、カマをかけるように二人が言った。

 

「まぁ……そんなところです」

 

 ナナは掌に滲んだ血を眺めてから、顔を上げて答えた。

 やはり、その顔は紅い日に照らされてはいなかった。

 

「あのダ(・)ン(・)ゾ(・)ウ(・)様(・)が(・)私を欲しがっているのなら、簡単には逃れられないはずだから」

 

 強がりでも挑発でもない、ただの“皮肉”。ナナの声はただそれだけだった。

 三人は互いの相図もなしに、一斉に懐から拘束具を引き抜いて、全く同じ動作でそれをナナに投げつけた。

 宙に放られたのは、特殊な呪印を刻まれた鋼の鎖。

 それらが中心に位置していたナナの身体に容赦なく巻き付いて、三方向に綺麗に伸ばされた。

 

「木ノ葉の忍としてはここで“終わり”でも、無念に思うな」

 

 身動きとれなくなったナナに、彼らは言った。

 

「お前の存在価値は“九尾の受け皿”だけには止まらない」

「お前はダンゾウ様によって研究し尽くされ、やがて木ノ葉の武器となり、木ノ葉を平和へと導くのだ」

 

 言い終えた瞬間、その場にそぐわぬ高らかな笑い声が響いた。

 

「な、なんだ……?」

 

 その声はあまりに唐突で……精神も肉体も鍛え抜かれたはずの男たちの背に悪寒が走った。

 声の主が誰なのか、一瞬判断を遅らせるほど。

 

「おい、やめろ!」

 

 それを羞恥と感じたひとりが、鎖を引いた。

 他の二人も、少し遅れて力加減を合わせた。

 彼らの中心で狂ったように笑う少女は、足元をふらつかせただけだった。

 

「黙れ!」

 

 そう制するほどに、彼女の笑い方は異常だった。

 不気味な振動が空気を伝い、鼓膜を揺らす。

 何かの術を発動しているのかと疑ってみるが、彼ら自身に異常はない。こんなことで助けを呼んでいるようでもない。

 ただ無邪気な笑いのだ。

 捕らわれの身でありながら、ナナは子供のようにケタケタと笑っている。面白くて面白くて仕方がない……といったように。

 その異常さが彼らを惑わせているのは確かだった。

 

「おい、やるぞ!」

 

 ついにナナが咳き込んだ時、ひとりが言った。

 彼らはいっせいに鎖を引き、もう一方の手で印を結んだ。そして全く同じタイミングで術を発動した。

 瞬時に不気味な笑い声は止んだ。

 彼らの耳には、波と風の音だけが入り込む。

 

「何の抵抗もしなかったな……」

「ああ……」

 

 そう言葉を交わしつつも、誰も手を緩めない。

 彼らが発動したのは封印術だ。ダンゾウの指示で、いつか九尾を封じられるようにと、任務の合間に鍛錬を続けている。

 まだそこまで達してはいないが、相当な手練れでも一瞬にして“仮死状態”にできるほどの技となっていた。

 ナナは……、間違いなく死(・)ん(・)で(・)いた。

 鎖のおかげで砂の上に倒れ伏してはいないが、目から光は消えている。歪んだ口元からは、笑い声どころか呼吸音も聞こえてこない。

 が、彼らはしばらく様子をうかがった。

 “和泉”についてはダンゾウから聞かされている。師の話を聞く限り、彼らにとってその血は未知なる驚異であった。

 だから十分に用心した。が、ナナはもう動かなかった。

 

「よし、連れて行くぞ」

 

 近くの木でカラスが突然鳴いた時、彼らはようやく行動を再開した。

 伸びていた鎖も全てナナの身体に巻き付けたところで、目配せし合う。

 彼らは対等であったが、一番年嵩でなんとなく最初に行動を起こす役割の者が、ぎこちなくナナの瞼を下ろした。

 

「本当に、何(・)も(・)し(・)な(・)か(・)っ(・)た(・)ようだな……」

「ただの薄気味悪いガキか……」

「うちはサスケを逃してヤケにでもなってたんじゃないか?」

「ああ。ダンゾウ様からいただいた資料通りならそういうことになるだろうな」

 

 他の二人がそう言いながら、鎖の塊を担ぎ上げた。

 

「とにかくこの“和泉の姫”とやらを例の場所へお連れしよう」

「ダンゾウ様もお喜びになるだろう」

 

 彼らはナナを連れて走り出した。もちろん、砂浜にはひとつも足跡を残さなかった。

 それを見送ってから、カラスは静かに飛び去って行った。

 

 

 

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