この地に赴いてから絶えず吹いていた砂交じりの乾いたい風が、やんだ。
彼は一瞬、紅く染まった雲を見上げた。
そして、おもむろに立ち上がる。
「イタチさん? どこかへ行かれるんですか?」
相棒というべき関係にある男が彼に言った。
「……ああ……」
低く答えながらも、イタチは四方八方に首をめぐらす。
「一尾の捕獲には成功したらしいですからね、明日にはアレが始まりますよ?」
「……わかっている……」
背にかかる男の声に気半分に返事をし、向かうべき方向を知り得て歩き出した。
彼の脳内にある考えを完全に理解したためしの無い相棒は、それ以上何も言わない。
「……“集合”までには戻る……」
イタチはそう言い残し、その場から消えた。
イタチの駆ける速さは、砂交じりの乾いた空気を切り裂いた。
やみくもに走っていたのではない。彼はあるものを追っていた。
鬼鮫には見えるはずもない、瑠璃色の可憐な蝶だ。
組織から『一尾の捕獲成功』の連絡を受けてすぐ、それは現れた。
それが何を意味するのか、容易に想像がついた。
そして日が落ちた頃、彼は川原で足を止める。
乾燥地帯を流れる川の周辺は、ゴツゴツとした岩が転がる殺風景な場所だった。
だが、空気には先ほどまでは無かった湿り気が含まれている。
岩肌もかすかに湿って黒ずんでいた。
そこに、隠しきれない人の気配が漏れていた。
イタチは身構えることも無く、そのままの姿勢で、ゆっくりと身の丈の半分以上もある岩の間を歩いた。
早い流れのおかげで、彼の足音も、潜む人間の身じろぎも聞こえはしなかった。
しかし彼の目は、岩の影でいっそう黒く染められた地面に落ちた“点”をとらえた。
(……血か……)
そう判断した瞬間だった、
「…………!!」
殺気が……。
今までかろうじて押さえ込んでいたかのような、膨れ上がった殺気が、一気に岩陰から放たれた。
キンッ……
辺りに鳴った音は一回だけ。
イタチは低い位置から喉もとに突きつけられた凶器を、クナイでなぎ払っていた。
見下ろしたその“敵”は、血走った双眸で彼を見上げ、片手は払われた状態のまま、荒々しい息でそこに立っていた。
あまりに幼稚な攻撃と、あまりに無防備な今の姿。
奇襲を容易にかわされて、絶望的な状況にさらされた“敵”という、安易な構図……。
一瞬だけ眉を寄せ、イタチはゆっくりとクナイをしまった。
そして、その動作を身じろぎもできずに待つ“敵”の肩に、両手をおいた。
ビクン……
細い肩が揺れた。
その手を
イタチはもう一度眉を寄せた。
彼はこの“敵”を知っていた。
“敵”も彼を、よく知っていた。
なのにその瞳には、彼は『イタチ』として映っていない。
「……ナナ……」
だから彼は、その名を呼んだ。
「ナナ……」
もう一度。
ナナは小刻みに震えたまま、まだ彼を認識できずにいる。
「ナナ……」
イタチはナナの乱れた呼吸をなだめる様にささやいた。
本当は彼自身も、動揺していた。
ナナの尋常じゃないこの様子は、その様相を一目見れば予測がついた。
彼女の白い着物は、ところどころに黒ずんだ模様をつけ、あちこち破けている。
イタチはなるべくゆっくりとした手つきで、まだ中途半端に上がったままのナナの右手を下ろそうと触れる。
が、細い手首は彼に捕らわれることはなく、ドン……と、彼の胸へと叩きつけられた。
「……してよ……」
同時に動き出す、ナナの心。
「返してよっ……」
彼の胸を拳で打ちながら、
「我愛羅を返してよっ……!!」
ナナは泣いた。
「我愛羅を返してっ!!」
繰り返し叫びながら、ナナは彼の胸を叩き続けた。
イタチはその拳を受け止めることもせず、黙って立っていた。
そしてナナが彼の胸に泣き崩れたとき、彼はようやく、震える肩を抱きしめた。