ひと葉 ~弐の巻~   作:亜空@UZUHA

6 / 69
野襤褸菊

 この地に赴いてから絶えず吹いていた砂交じりの乾いたい風が、やんだ。

 彼は一瞬、紅く染まった雲を見上げた。

 そして、おもむろに立ち上がる。

 

「イタチさん? どこかへ行かれるんですか?」

 

 相棒というべき関係にある男が彼に言った。

 

「……ああ……」

 

 低く答えながらも、イタチは四方八方に首をめぐらす。

 

「一尾の捕獲には成功したらしいですからね、明日にはアレが始まりますよ?」

「……わかっている……」

 

 背にかかる男の声に気半分に返事をし、向かうべき方向を知り得て歩き出した。

 彼の脳内にある考えを完全に理解したためしの無い相棒は、それ以上何も言わない。

 

「……“集合”までには戻る……」

 

 イタチはそう言い残し、その場から消えた。

 

 

 

 イタチの駆ける速さは、砂交じりの乾いた空気を切り裂いた。

 やみくもに走っていたのではない。彼はあるものを追っていた。

 鬼鮫には見えるはずもない、瑠璃色の可憐な蝶だ。

 組織から『一尾の捕獲成功』の連絡を受けてすぐ、それは現れた。

 それが何を意味するのか、容易に想像がついた。

 

 そして日が落ちた頃、彼は川原で足を止める。

 乾燥地帯を流れる川の周辺は、ゴツゴツとした岩が転がる殺風景な場所だった。

 だが、空気には先ほどまでは無かった湿り気が含まれている。

 岩肌もかすかに湿って黒ずんでいた。

 そこに、隠しきれない人の気配が漏れていた。

 イタチは身構えることも無く、そのままの姿勢で、ゆっくりと身の丈の半分以上もある岩の間を歩いた。

 早い流れのおかげで、彼の足音も、潜む人間の身じろぎも聞こえはしなかった。

 しかし彼の目は、岩の影でいっそう黒く染められた地面に落ちた“点”をとらえた。

 

(……血か……)

 

 そう判断した瞬間だった、

 

「…………!!」

 

 殺気が……。

 今までかろうじて押さえ込んでいたかのような、膨れ上がった殺気が、一気に岩陰から放たれた。

 

 キンッ……

 

 辺りに鳴った音は一回だけ。

 イタチは低い位置から喉もとに突きつけられた凶器を、クナイでなぎ払っていた。

 見下ろしたその“敵”は、血走った双眸で彼を見上げ、片手は払われた状態のまま、荒々しい息でそこに立っていた。

 

 あまりに幼稚な攻撃と、あまりに無防備な今の姿。

 奇襲を容易にかわされて、絶望的な状況にさらされた“敵”という、安易な構図……。

 一瞬だけ眉を寄せ、イタチはゆっくりとクナイをしまった。

 そして、その動作を身じろぎもできずに待つ“敵”の肩に、両手をおいた。

 

 ビクン……

 

 細い肩が揺れた。

 その手を()()()()()()のように、受けとめきれずにいる。

 イタチはもう一度眉を寄せた。

 彼はこの“敵”を知っていた。

 “敵”も彼を、よく知っていた。

 なのにその瞳には、彼は『イタチ』として映っていない。

 

「……ナナ……」

 

 だから彼は、その名を呼んだ。

 

「ナナ……」

 

 もう一度。

 ナナは小刻みに震えたまま、まだ彼を認識できずにいる。

 

「ナナ……」

 

 イタチはナナの乱れた呼吸をなだめる様にささやいた。

 本当は彼自身も、動揺していた。

 ナナの尋常じゃないこの様子は、その様相を一目見れば予測がついた。

 彼女の白い着物は、ところどころに黒ずんだ模様をつけ、あちこち破けている。

 イタチはなるべくゆっくりとした手つきで、まだ中途半端に上がったままのナナの右手を下ろそうと触れる。

 が、細い手首は彼に捕らわれることはなく、ドン……と、彼の胸へと叩きつけられた。

 

「……してよ……」

 

 同時に動き出す、ナナの心。

 

「返してよっ……」

 

 彼の胸を拳で打ちながら、

 

「我愛羅を返してよっ……!!」

 

 ナナは泣いた。

 

「我愛羅を返してっ!!」

 

 繰り返し叫びながら、ナナは彼の胸を叩き続けた。

 イタチはその拳を受け止めることもせず、黙って立っていた。

 そしてナナが彼の胸に泣き崩れたとき、彼はようやく、震える肩を抱きしめた。

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。