自来也が命と引き換えに残した暗号、“ペイン”の遺体、そして捕虜。その解読も検視も尋問も、未だ“ペイン”という驚異の謎を解くには至らなかった。
具体的な対策もとれぬまま、木ノ葉はとうとう“暁”の襲来を許した。
「くそっ……なんだってんだ……!!」
紅を避難所まで送り届けたシカマルは、土埃の中、轟音の鳴りやまぬ空に向かって悪態づいた。
辺りは避難所へ駈け込む住人たちの悲鳴と罵声に満ちている。その後ろからは倒壊する建物の瓦礫が迫っていた。
「みんな! 急いで避難所に入れ!!」
シカマルは現場の中忍たちと共に非戦闘員である住人らを誘導した。
そして目の前で躓いて転んだ子供を助け起こした時、すぐ近くで爆音が鳴った。
見上げれば、目の前の森の上空にたっぷりと木片や岩を含んだキノコ雲が出来上がっていく。
「あんなのが降ってこられたんじゃあ……!!」
シカマルは影を操るべくチャクラを練った。
が、彼の術は多角攻撃に対抗するに適してはいない。あの雲が降らすものを全て防ぐのは不可能だった。
絶望を予感した悲鳴がいっそう耳をつんざいた。
その時、土埃と喧騒の中に一陣の涼やかな風が舞った。
そこだけ塵も音も消え去って、代わりに人の形が浮かび上があった。
「お、お前っ……」
“それ”はまっすぐに暗くなった空を見上げ、静かに印を結んだ。
すると……、落ちて来るはずの無数の瓦礫や岩は空中で何かにぶち当たり、弾かれて粉々になった。
シカマルはそれらの行方も見届けず、この修羅場に現れた途端、一瞬にして今の大技をやってのけた者に向かって叫んだ。
「ナナっ!?」
入院着のナナが立っていた。怖ろしく青白い顔に、何の表情も浮かべずに。
「ナナ、お前っ……なんで……」
今朝まで一度も目を覚まさなかったはずだ。
“何かの事情”に巻き込まれて負傷したところを、カカシらが見つけて連れ帰ったと聞かされていた。
詳しくは知らない。いのも、サクラさえも多くを語ろうとはしなかった。いや、二人も詳しい事情を知らないようだった。
カカシや火影に尋ねようにも、何かがおかしかった。明らかに、自分たちに対してただ事実をはぐらかしているのではなかった。
恐らく皆、誰一人として、“何かの事情”に巻き込まれる以前にナナの身に何が起きたのかを知らないのだ。
そしてナナが目覚めたとして……、その口で真実を語るのかもわからなかった。
「この避難所の近くに、私の式神を置いておいたの」
そのナナは、まだ印を結んだまま答えた。
「この場所が危険にさらされた時、護れるように」
混乱のさ中に目覚めたばかりとは思えないほど、淡々と。
「式神……?」
『式神』という単語を知ってはいたが、当然聞き慣れぬ言葉だった。
というよりも、ナナがあまりにも平静な姿だから、頭が良く働かなかった。
「私は木ノ葉隠れの里を守るためにここへ来たのに……」
ナナは“壁”に当たって弾け飛ぶ瓦礫を見上げながら言う。
「大蛇丸の時にはその使命を果たせなかった……」
物憂げでもないその物言いに、何かが引っかかった。
だから、シカマルもようやく頭を働かせる。
「『使命』ってお前……」
ナナがここにいる理由は、単純なようで複雑だった。
まるで目の前のナナが、出会う前のナナであるかのように思えた。
「だからあの後……里が襲われたらここを護れるように、式神を隠しておいたの」
「ナナ、だからってお前は……」
そんな身体で……
シカマルはそう言おうとして言葉を失った。
ナナが初めてまっすぐに彼を見たからだった。
「シカマルはもう、知ってるでしょう?」
「…………」
「私の使命のこと」
「使命……」
「私が“何”から木ノ葉を護らなければならなかったのか」
黒い瞳には、強い使命感など浮かんでいなかった。悲壮感も恐怖感も、動揺や気合いも、何ひとつ見受けられない。
彼の頭脳をもってしても、ナナが今、何を想ってそんなことを言っているのかわからなかった。
「でも……お前の身体はまだ……」
シカマルの言葉を遮るように、ナナは再び空を見上げた。
ようやく、先ほどの爆発で発生した木っ端や飛礫は無くなり始めていた。
「“九尾”が具現化したら、まず避難所に結界を張り非戦闘員の安全を確保する」
『九尾』という言葉にドキリとした。
「それが私に課せられたプログラムの第一段階」
「プログラムって……」
そしてその台詞で、ナナの『使命』がどれほど重かったのか理解させられた。
「大丈夫」
だがナナはやはり淡々と語った。まるで説明書を読み上げるかのように。
「たとえ私が死んでも、一度発動させれば私の死後も七日は消滅しない“結界”だから」
「結界……」
今ここで、術の強度を心配しているわけでないことはわかっているのだろうか……。
シカマルはもどかしさで逆に言葉を失った。
「私はそういう術を、何通りも、何万回も修行してきたから」
だから、自分が弱っていても「心配ない」と、ナナは言う。
「そのために産み出されたんだから」
ちがう、そうじゃない……
そんなことを言わせたいんじゃない……
肩をつかんでそう言いたかった。
が、こんなナナを“否定”するすべを持たなかった。
「里を襲っているのが“九尾”じゃなくても……護らなきゃ」
ナナはほんの少しだけ笑んだ。決意にも皮肉にもとれる笑みだった。
喉の奥に気分の悪い塊りが現れて、シカマルは拳を握った。
使命なんかどうでもいい! お前は休んでろ!
そう言いたかった。
「ナナ!」
が、一言も発せぬうちに、二人の前に気配もなく小さな子供が現れた。
「姫様」
ナナに向って「姫」と呼んだのは、薄青の着物を着た見慣れぬ少女だった。
「呪符を張り終えました」
ナナと同じように無表情のまま報告した少女の目に、シカマルの姿は映っていなかった。
「できるだけ強く結界を張りなさい」
「かしこまりました」
二人の静かな会話と反対に、また空が轟いた。
ナナと少女がそちらを見上げたが、シカマルはナナから視線を外せなかった。
「いつも……」
ナナは再びシカマルを見た。
「私のこと、心配してくれてありがとう、シカマル」
その口から自分の名が出たことで、彼はいくらか安堵した。
「ナナ……」
やっと、ナナの瞳にかすかな光が灯ったように思えた。
「私……、なんで木ノ葉にいるのか、よく思い出せなくて……。話さなきゃいけないことも、たぶんたくさんあるんだけど……」
ほんの小さなともし火のようだったけれど。
「今は……、使命を果たす」
その言葉のどこにも、熱は籠っていなかったけれど。
「ナナ……」
シカマルは言葉を全て呑み込んだ。
いつも考えていた、ナナの中の自分の価値、自分の役割、存在の大きさ……。それを思い出し、彼はナナに背を向けた。
「んじゃ、オレもオレの役目を果たすか」
『役目』と言った。ナナのように『使命』とは言えなかった。
それでも自身で強がりに聞こえたが、今はこれが精一杯だった。
「シカマル、また後で」
最後にかけられた言葉にだけ満足し、返事は喉の奥に押し込んで、彼は戦場へと駆け出した。